※パラレルです。=因縁がないから仲良し。
※バクラは生身の人間です。
※深いことは考えていません。タイトルからお察し下さい。
性感リラクゼーション
獏良は眉根を寄せ、細心の注意を払ってピンセットで摘まんだミニチュアの車を手元のタイルに近づけた。車がゆっくりと道路形のタイルに着地する。そのまま優しく押しつけ、タイヤパーツにつけた接着剤を馴染ませる。しっかり固定されたことを確認すると、ピンセットを机に置いた。
「ふーっ」
伸びをして首を回し、椅子の背もたれに体重を預ける。
「イテテテ」
長時間背中を丸めていたため、腰に鈍痛を感じた。手で痛む箇所をさする。少しだけ楽になるが、根本的な痛みは消えそうにない。まるで身体のあちこちが錆びついてしまったようだった。頭は靄がかかったようにぼんやりしている。眉間を指で摘まんだ。
硬直している首を無理やり動かし、壁かけ時計を見上げる。もうすぐ朝の六時。もう太陽は昇っているはずだ。その前に見たときは前日の二十三時だったから、少なくとも七時間は脇目も振らず机に向かっていたことになる。数値にして意識をすると、痛みが増した気がした。
獏良は目を瞑り、頭の中にあるスケジュールを基に時間を計算する。納期、残りの作業量、必要な睡眠時間、行きつけの店の開店時間――。
まだ動き出すには時間がある。それまでにやることを済まさなければ……。
九時半、獏良は玄関の扉を開けた。早朝とは打って変わって爽やかな表情。服装は塗料や汗で汚れたTシャツから、真新しい襟つきのシャツに変わっている。
キーホルダーをチャリチャリと鳴らしながら施錠をし、ノブを回して数回扉を引く仕草をする。
しっかり鍵がかかっていることを確認すると、廊下を通ってエレベーターへ。居住階から一階に下り、エントランスに辿り着く。
携帯を取り出して画面をトントンと叩き、見慣れた電話番号を呼び出した。耳に携帯を当て、流れる呼び出し音を聞きながら、正面玄関から外へ一歩踏み出す。数回のコールで通話状態になった。
「こんにちは、獏良です――」
獏良の暮らす童実野町は駅前にある広場から扇状に発展している。東西に伸びる大通りを中心に張り巡らされた無数の路地。人通りの多い通りは華やかだが、入り組んだ細道になると影が差す。場所によっては治安が悪く、不良がたむろしていることもある。
獏良はそんな路地の一画、怪しげな店が並ぶ場所へ向かった。雑居ビルの一つに迷わず足を踏み入れる。外に看板も掲げていない店。玄関の案内板に店名を形式的に載せているだけ。宣伝するつもりはないようだ。
一階にある店なら中の様子が見えるからいい。階上店は業種すら分からなくて不気味だ。
小型のエレベーターに乗り込む。大人三人がギリギリ乗れるほどの広さ。頼りなげな照明、大きい振動、微かな異音が来訪者の不安を掻き立てるだろう。しかし、通い慣れた獏良はどこ吹く風。 階数表示が上がるに連れて順番に点灯していく。目指す階の数字が光ると、ポーンという音と共にぎこちなく扉が開き、薄暗い通路が現れた。
通路には二つ部屋があり、そのうちの「営業中」というプレートがぶら下がっている方を獏良は選んだ。
レバーハンドルを捻ってドアを引く。ベルがチリンチリンと鳴った。
「こんにちは」
音に反応してカウンターに向かって俯いていた男が顔を上げた。
「いらっしゃい」
客相手にしては愛想が欠ける語調が返ってくる。獏良は気にする様子もなく、にこやかに続ける。
「対応してくれて、ありがとう」
男は小さく頷いた。手に持っていたペンを置いて立ち上がる。
「じゃあ奥のベッドへ」
こここそ獏良が贔屓にしているマッサージ店、エル・クルナなのだ。
整骨院とマッサージ店というのは似て非なるものだ。前者は医療行為にあたる施術をし、後者はリラクゼーションを目的としている。
マッサージ店は整骨院より施術の種類が限られている。もちろん保険適用外だ。そのかわりに様々なサービスを提供する。美容メニューやアロマテラピーなどがそうだ。
獏良の症状は職業病であり、通うなら前者の方が理に敵っている。しかし、この店に通い続ける理由があった。
店内はカーテンで仕切られたベッドが二つとレジカウンターが一つだけの狭い空間となっている。完全予約制で店主が一人という体制だから、かえって手狭の方がいいらしい。
基本的に貸し切り状態での営業になるが、予約時間が多少は被ることもある。そういうときは一人を施術している間に、もう一人をマッサージ器や温熱器にかけるといった塩梅で対応する。だから、どうしても回転率は悪くなる。
そんな状態で店の経営が成り立つのかというと、繁華街から外れた立地条件と一人運営でどうにかなるらしい。大通りと薄暗い路地では家賃が雲泥の差だ。一人で店を回せば人件費は一切かからない。
すると今度は客が入るのかという問題が浮上する。金払いのいい常連客がついているから困らないのだ。宣伝の必要もない。
流行っているような店を忌避する人種がいる。そういった者たちは隠れ家的な店を好みがちだ。このマッサージ店のように。
さらには店主の腕がいい。名の知られた店ならゴッドハンドなどと称賛されるだろう。
確かな実力とニッチな店舗展開でひっそりとこの店は繁盛していた。
獏良は店主に促されるままにベッドに腹這いになった。中心に穴が開いたドーナツのような枕に頭を乗せ、その周囲を腕でぐるりと囲う。通い慣れているから、一連の流れをよく理解している。改めて細かく指示される必要はない。
「最近、作業が続いて運動不足かな。家で座りっぱなしだった」
「分かった。確認する」
獏良の背中に両手が触れた。弱めの力で肌を押される。リズミカルに背面全体を移動していく。
肩、首、腰、太股―適度な刺激に、獏良は唇を結んで漏れそうになる吐息を堪える。
まだ診察の段階なのに、痺れるほど気持ちいい。凝り固まった筋肉が喜びを感じている。
「なるほど」
獏良が心地良い手技に寝不足もあいまって呆けていると、店主の手があっさりと離れた。
「お前、また徹夜したな。多忙なのは分かるが、規則正しい生活をしろと言ったろ。あとは食事もろくにしてねえな。せめて水分はきちんと摂れ」
客商売にあるまじき鋭い文言がピシャリと飛び、獏良の身が竦む。
「うう……だって夜の方が捗るんだ……」
このマッサージ店の特徴の一つが店長の乱暴な接客だ。丁寧な対応を望むものは初診の時点で腹を立てて二度と来ない。逆にそれが痛快だという客もいる。そうして店にとって都合のいい客だけが残る。客も他店にはない質のいいサービスを受けられる。相互利益が生まれるのだ。
決して嫌がらせではなく、的確な指摘を直接的な表現で伝えだけ。物言いには問題があるものの、店長は正しいことを言っている。
だから、獏良は怖がりこそすれ嫌な気分にはならない。疲労が溜まる頃合いを見計らって足繁く通っている。
*****
薄暗い路地も無愛想な店主も不釣り合いな獏良がなぜこの店に通うことになったのかというと、一年ほど前に今日と同じく徹夜をしたときまで遡る。
模型製作が獏良の生業だ。企業の飾りとしての華やかなものから博物館の展示物という学術的なものまで注文があれば何でも請け負っている。
企画や打ち合わせ、設計から製作まで一人ですべて行う。客の元に赴くのは最初のうちだけで自室にこもって机に向かうことが主となる。長時間ずっと猫背のまま。どうしても身体に負担がかかる。
さらに近年趣味として模型の需要が高まりつつある。ジオラマ専門の展示場が増えている。獏良は休む暇もなく片っ端から仕事を引き受けた。趣味が高じて仕事にしているくらいだから模型作りが好きで仕方ないのだ。それに頼まれたら断れない責任感もある。
結果、深夜に仕事をしていたら腰に激痛が走った。
情けないことにヒイヒイ悲鳴を上げて床に這いつくばった。とてもそれ以上は動けなった。患部をさすっていると少し楽にはなったが、根本的な痛みはとれない。
近くに置いていた携帯に辛うじて手が届き、藁をも掴む思いで病院を検索した。当然のことながら、どこもやっていない。ことごとく受付時間外だ。
夜間救急に駆け込むか迷った。が、近くにはないし、大袈裟にしたくない。救急車を呼ぶのはもっと許せなかった。病院が開く朝まで待った方がいいだろうか。しかし、耐え難い痛みが今も腰を襲っている。朝まで待てる気がしない。額に冷や汗が滲んだ。
そのとき、検索結果から「エル・クルナ」というマッサージ店を見つけた。ホームページは見つからず、地図に表示された簡単な情報のみ。住所が駅の近くになっているから、さほど遠くはないはず。獏良の目を釘づけにしたのは店舗情報の営業時間外応対可能・要相談と記載だった。
通常なら遠慮をする時間帯だが、痛みで余裕のない獏良は即座に受話器のアイコンを叩いて電話をかけた。助けて欲しい一心だった。
このときの呼び出し音は、人生で一番長く感じたと今でも思っている。何コール目だっただろうか。呼び出し音が少し高く切り替わり、しばらくして通話状態になった。
「…………はい」
電話口に出たのは不機嫌そうな声の男。
普段の獏良ならこの時点で怯み、謝って電話を切っていたはずだ。しかし、腰の痛みが爆発している状態の獏良に躊躇はなかった。
「あの……夜分遅くにすみません……実は――」
喘ぎ喘ぎ病状を伝えた。話ながら力が入ってしまい、さらなる鋭い痛みが生まれ、電話中にもかかわらず悲鳴を上げる始末。
獏良が説明を終えると、一拍の間を置いて店主と思わしき電話相手が口を開いた。
「――とりあえず店まで来られますか?出張はやってないんで」
「はいっ!ありがとうございます!」
獏良は店主らしき男のことを神か仏のように思った。姿は見えないけれど、きっと素晴らしい人物に違いない。高校時代の厳しい体育教師のように五分刈りにしてやるなどとは言わないはずだ、絶対に。
感涙を流さんばかりに何度もお礼を言った。
「しばらく楽な姿勢で、可能なら患部を冷やして下さい。来るのは動けるようになってからでいいんで」
男は淡々と獏良に指示を出した。
その通りにすると、あれほど辛いと思っていた痛みが少し引いた。続いてタクシーを呼び出し、インターネットに記載された住所を頼りに店に向かった。徒歩でも行ける距離だが、まだ歩ける自信はなかった。
十分ほどで目的地に着き、獏良はタクシーから降りて腰をさすりながらエレベーターに乗った。全体的に建物の照明が落とされていて不安を掻き立てられたが、ドアから漏れた灯りで部屋はすぐに分かった。
恐る恐るノックをすると、目つきの鋭い男が出てきた。
「中にどうぞ」
男は電話と同じ声だった。想像よりも少し怖い顔つき。それでも施術は丁寧だった。あっという間に獏良の痛みを取り除いてしまった。
施術中の会話で、男は一人で店を運営していること、自宅はすぐ裏にあること、態度が悪いだけで取り立てて不機嫌ではないことが分かった。
「無理をすれば、またすぐに痛みが再発する。しばらくは安静にしてろ。二、三日中にもう一度見せに来い」
獏良は男に謝辞を丁寧に述べ、請求額に深夜料金を加算するように申し出た。
ところが男は通常料金だけで構わないという。
獏良が仰天して首を横に振るも、男が頷くことはなかった。痛みが落ち着いたところで、深夜に電話をかけてしまったことも、無理に店を開けてもらったことも、すべてが面目なく感じていた。しゅんと肩を落としたところで、
「謝るくらいならまた来な」
やはりつっけんどんに男は言った。
そのとき獏良は不思議と恐ろしさは感じなかった。眉間に皺は寄っていたが口元は笑っているように見えたからかもしれない。
通うようになったのは、それからだ。
*****
「ウッ。くぅ……ン、ハッ、うぅ……」
ギシッギシッと軋む音に苦しげな声が重なる。
「また猫背気味になってるぞ」
男は手や足を獏良の身体に絡ませて強張りを伸ばしていた。赤面してしまうほどの距離感。ちょうど柔道の寝技に似ている。本来ならば互いの息遣いや体温を意識してしまうはず。
しかし、そんな余裕は獏良にはなく、認識している稼働範囲を超える負荷に、苦悶の表情を浮かべるばかり。これは強制的な柔軟体操なのだ。普段使っていない筋を伸ばすことは気持ちいいが、それよりも苦痛の方が僅かに勝る。どうしても呻き声が漏れてしまう。
柔軟体操に耐えている間も、ベッドの上で横向きにされたり、足を大きく開かされたり、伸しかかられたりする。そのたびに「ひう……うぅ……」と声を出してしまうのだった。
「終わったぜ」
唐突に呆気なく苦痛から解放され、四肢が力なくベッドに降下した。その上に柔らかい毛布がふわりとかけられる。
「最後は温めておくな」
平べったいクッション型の温熱パットがさらに加えられた。じんわりとした熱が獏良を包む。身体を解した後は特別に気持ちよく感じる。
「タオルも目元に置くぞ」
今度はよく冷えたタオルで視界を覆われる。ハーブのような爽やかな香りが染み込んでいて、これも堪らなく落ち着く。
もしかしたら、全身の凝りから解放されたこの時間が一番好きなのかもしれない、と獏良はしみじみと思った。
店を出るときには身体が軽やかになり、実際に可動域も広がる。また重石でも乗せられているかのような凝りに悩まされるとなると、今の時間だけは大好きな仕事も億劫に感じた。
今日の午前中は休みにして、午後から続きをするとするか。夕方には発注者に進捗報告もしなくては。完成までにあと二週間はかかるはず。順調にいけば。納期まで一ヶ月は切った。油断はできない。目利きの客だから、修正が入るかもしれない。定期連絡は念入りに。やはり少々急ぐべきか。それにしても、冷やしタオルが気持ちいい……。
*
獏良はハッと意識を取り戻した。半ば混乱して顔に乗っている物体を除けると、真っ白な壁紙が貼られた天井に埋め込み型の小さな丸い照明が見えた。自宅じゃない、と慌てて上体を起こすと、今度は周りを囲うミントグリーンのカーテンが視界に入る。胸からタオルが落ちたところで、ようやく意識を失う前の記憶と繋がった。
――お店で寝ちゃってたんだ……。
一瞬だけ冷静になるも、信じがたい状況に真っ青になる。首を左右に動かして壁にかかった時計を発見し、時間を確認する。予定よりも一時間半の超過。
ベッドから飛び降り、スリッパを足に引っかけてつんのめりながらカーテンを開けた。
来たときと同様に店主がレジカウンターに座って書き物をしている。時間が巻き戻ったような光景と時計の針が指し示す事実がちぐはぐで狐に化かされたような感覚だ。
「あの……僕、寝ちゃってた!ごめんなさいっ!」
店主はキャスターを転がして椅子に座ったまま振り返り、
「ああ。寝ちゃってた、な」
上腕で口元を隠してプッと吹き出した。
獏良は和やかな対応に安堵しかけるも、イヤイヤと首を振る。
「お店に迷惑をかけた。他のお客さんは?!」
「一人来たが、もう一つのベッドに通したから問題ない。熟睡してたからな。多分、お前がいることにも気づいてないと思うぜ」
慌てる獏良に対し、店主は椅子に腰かけたまま余裕の態度。
それでも申し訳ないから超過料金を取って欲しいと伝えても、問題なかったと店主は何処吹く風。
「ベッドで寝てただけだろ。後ろがつかえてりゃ叩き出してる」
これ以上レジ前で押し問答を続けても、次の客が来てしまうかもしれない。観念した獏良は言われるがままに通常料金を払った。
「疲れてたんだろ。今日はゆっくり寝な。身体は?」
「うん。すっかり楽になったよ。ありがとう」
ようやく獏良は微笑み、超過料金の代わりに二日後に予約を入れた。
「水分はしっかり摂れよ」
領収書とショップカード、お釣りが入ったキャッシュトレーを差し出される。獏良はそれを受け取り、財布にしまった。ドアに手をかけ、立ち去る前に親しみをこめて口元を緩めた。
「また来るね、バクラ」
*****
その日は午後だけを仕事の時間とし、夜は早々と就寝した。マッサージと適度な休息のお陰で翌日は仕事が捗った。頭が冴えているから作業効率が上がり、アイディアもどんどん浮かぶ。予定より大幅に早く進められた。あとは借りている工房に運んで仕上げの作業をするだけ。一週間かからずに終わるかもしれない。
茶を一杯啜りながら完成間近の作品を見つめ、ホッと溜息をつく。最近では一番素晴らしい出来映えだ。ポートフォリオへの転載許可をもらって、代表作としてもいい。塗料で汚れた爪先が誇らしく思えた。
事態が急転したのは昼過ぎにかかってきた一本の電話からだった。
「え……変更ですか……?」
いつになく畏まった態度の担当から伝えられたのは、作品の根本に関わる仕様変更。
企業の創立記念のため、歴史の重みを感じる創業当時の姿を町並みとともに――という依頼のはずだった。打ち合わせも何回も重ねた。しかし、経営陣の一人が何の気なしに放った一言ですべてが覆った。
「きみきみぃ、時代は変わったんだよ。古臭いイメージじゃお客さんもついてこないよ。未来を見つめていかなきゃー」
機嫌よくガハガハと笑う重職者を前に青くなったのは社員たちだ。真っ向から意見できる者はいない。絶対的な命令ではないが、従わなければ機嫌を損なう。後々のことを考えれば、今のうちに軌道修正を図った方がいい。
こうして社員たちは一斉に謝罪と懇請行脚の旅に出た。
「ちょっと待って下さい……」
電話口で事情を聞いた獏良は額に手を当てた。担当が電話の向こうで汗を拭う姿が今にも見えそうだった。いきなり電話がかかってきたということは、それほど切羽詰まっているということ。本来なら菓子折りを持って訪問するところだが、それもないなら余程の緊急事態になる。
獏良は混乱する頭で話を整理する。打ち合わせの中で確認したスケジュールでは、創業記念祭が一ヶ月半後にある。したがって納品はそれよりも前に設定されている。どうしても動かせない期日があるということだ。いくら見積もっても最初から作り直す時間はない。
獏良が唸っている間、担当は何回も謝罪を繰り返す。「無理を言っているのは重々承知です」「なんとかお願いします」「納期は延ばしますから」
電話口で膠着状態に陥っていても仕方がない。獏良は話を進めるため、差し当たり先に交わした契約書から契約変更の項目を抜粋して突きつける。
変更を受け入れても最低限の品質しか保証できない、これ以上の要求は受け入れられない、余分にかかった材料費と不要になった部品の廃棄料金は請求する――これらの条件に念を押し、最終的に相手の要望を聞き入れた。
結局、受注側の立場は弱い。なんでも従っていると安く見られてしまうが、強気な態度はなるべくなら避ける。
個人で仕事を請け負うと、こういうリスクはつきものだ。今までにもなかったわけではない。だから必ず契約書を交わしている。それでも今回のように予測できない事態はあるわけだが。
「――追加契約については、あとで書面で送りますから」
担当は丁寧に礼を述べ、遠くないうちに新規の発注をすると申し出た。獏良にとっては痛手の方が大きい話なので、短い相槌を打って電話を切った。
静寂が一気に押し寄せる。作品を前にすると涙が出そうだった。ここ数日の頑張りはほぼなかったことになる。苦労した分だけ愛着が湧いてきたところだった。完成に至る前から一部を解体しなくてはならない。自分自身が傷つけられたような感覚になる。
肩を落としてその場に立ち尽くし、しばらくしてから作業を再開することにした。
ベースはそのまま使える。時間がないから建物もほぼ動かさない。古めかしく見える木製の部品を外し、クリア素材で作り直す。こだわって錆やくすみを表現した彩色は上からメタリック色を塗り重ねる。
すべて間に合わせの突貫工事だ。こんなの自分の作品ではない。本来なら綿密な打ち合わせをしてから時間をかけて設計図を引きたかった。日の目を見ることのない廃材が詰まれていくたびに悲しさも募る。
食事もせずに作業を続けること十数時間。ようやく修正の道筋が見えた頃には真夜中を過ぎていた。服も着替えず風呂も入らずにベッドへ倒れ込こんだ。視界が霞んでいる。頭が上手く働かない。それまで動き続けていた分、一度止まるともう動けなかった。
――疲れた……。片づけは明日にしよう。お風呂も食事も。ああ、そうだ。明日はマッサージの予約を入れてたんだっけ……。沢山ほぐしてもらおう。よかった。楽しみだなあ……。
目を閉じると、それきり意識は深い海の底へ沈んでいった。
*
バクラはカウンターで顧客カルテの整理をしていた。一人で店を営業していると、やることは山ほどある。帳簿の管理、備品や消耗品の仕入れ。清掃。顧客リストの管理――ある程度は専門業者に任せてしまうにしても、一日のほとんどは店にいることになる。誰にも縛られないことが個人事業における最大の利点になるが、すべての責任を負わなくてはならないという欠点もある。
一人で切り盛りすることが性に合っているバクラだからこそ成り立つ商売だ。店にとって不利益になる客は容赦なく切り捨てていくし、儲かりそうな客なら可能な範囲で対応してやる。情はそこにはない。
予約表をパラパラとめくり、次の時間に書き込まれた名前を確認する。いつも平日の昼間に訪れる常連客の一人だ。時間に融通が利く職に就いているから、予約が少ない時間帯をよく選ぶ。うらぶれた路地に似合わない清潔感に溢れる人物。金さえ出せば尊大な態度を取ってもいいと勘違いをする連中がいる中で、こういった客こそ大事にしていきたい。容姿には目を見張るものもあるし……。
チリンチリン――。
涼しげなドアベルの音。続いて遠慮がちに開く戸の音。
バクラは顔を上げ、口を開く前に怪訝そうな顔をした。疲れている顔をしていることが多い常連客だが、今日はどこか影が差しているように見える。眉尻や口角が下がっている。視線の先はやや斜め下。表情全体が湿り気を帯びているよう。
「どうした?」
挨拶よりも先に出たのがその言葉だった。
常連客である獏良はゆっくりと首を横に振る。何かあったことは確かだが、どうにも口が重いようだ。ただの客にこれ以上深入りするものではないが――。
「とりあえず座れ」
施術前に俯いたままの獏良を客用のソファに座るよう促した。それからウォーターサーバーでコップに水を注いで手渡してやる。間近で見ると、やはり少し顔色が悪い。
「何かあったのか?」
らしくないと自覚しながらも、バクラは改めて問いかける。
「仕事で色々あって……」
獏良が口にした事情は断片的なものだったが、そこから推測することは容易だった。働いていれば理不尽なことは往々にしてある。バクラのように跳ね除ける者もいれば、真っ向から受けてしまう者もいる。獏良は後者なのだろう。自分に非がないことを無念に思っているのだ。バクラにとってはまったく無意味なこと。しかし、鼻で笑うことはできても、それはしなかった。
「……この後は時間が空いている。お前さえ良ければ延長しないか?」
「え?」
「オイルマッサージでしっかりほぐしてやるよ」
*
バクラが施術の準備をするために中座すると、獏良は待合室に一人残された。紙コップを傾けて水をあおる。仕事のことを少し吐き出したことで、心が軽くなったような気がしていた。
一般的にオイルマッサージはエステの延長線上にあり、女性が受けるイメージが強い。獏良も例に漏れず、男性である自身には無縁だと思っていた。店内に張り出されたメニューで存在することは知っていても選んだことはない。
バクラによると、女性客受けを狙って用意したメニューらしい。その甲斐あって売上は上々で一部の男性客もよく頼むという。
獏良は女性客がそれなりにいるという事実にまず驚いた。洒落た店とは程遠くても、遅い時間まで営業しているから、会社帰りの多忙な女性社員や夜の街で働く女性が集まるらしい。
――なんか……ちょっと……。
獏良は胸の奥に説明できない蟠りを感じた。
店主は気にも止めていない様子だが、女性客の心を掴んでいるのはマッサージだけではない気がする。愛想はなくても顔は恐ろしく整っているのだ。少し微笑まれれば女性なら瞬殺に違いない。たまに見せる微笑には、男の獏良でもドキッとすることがある。
女性を相手にする店主を想像すると、なぜだか穏やかな気分ではいられなくなった。相手が誰であろうと気安く談笑をする性格であるはずないと知っているのに。今までほとんど他の客とは接点がなかったから余計だ。
空の紙コップを持ったまま考え込んでいると、バクラが店の奥から木製の収納箱を片手に戻ってきた。
「まだ難しい顔してんな」
ソファのサイドテーブルに箱がコトリと静かに置かれる。
本当は今の間だけ仕事のことは頭から吹き飛んでしまっていた。獏良は少し気まずくなって曖昧に頷く。
「最初にアロマオイルを選んでもらう。好きな香りはあるか?」
バクラが箱の留め具を捻って蓋を開けると、中は格子状に区切られていて、その一つ一つに小さなこげ茶色の瓶が収まっている。
「アロマはよく分からないんだ。うーん……キツい香りは苦手かも……」
獏良にとって香りといえば、香水が最初に思い浮かぶ。群がってくる女たちがまとう噎せ返るような甘ったるいものだ。それが原因で女性がよくつける花の香りには特に苦手意識が強い。
バクラは獏良の答えを受けて考える素振りを見せ、指で瓶の蓋を順番に撫でていき、
「これは?サンダルウッドという名前だ」
そのうちの一つを摘み上げ、蓋を開けて獏良に向けた。
「サンダル……?」
珍妙な名前に首を傾げるも、漂ってきたのは獏良が想像したものとは違った香りだった。少なくとも真夏の浜辺を想起させるものではない。
「ん……なんだろう……木の……?」
浮わついた甘い花の香りではなく、心に浸透していく木の香り。ヒノキのような純和風でもなく――。
「あっ、お香……かな?」
仏壇や墓の前で嗅いだことのある香りだ。オリエンタルと表現したらよいのだろうか。
「正解。和名はビャクダン。線香によく使われてるな。これでいいか?」
「うん。落ち着くいい香り」
バクラは蓋を回し閉め、小瓶を箱に戻した。
「これをメインに同系統のイランイラン、くすんだ香りになりすぎないよう少量のジャスミンでまとめる」
流れるような説明に分かったような分からないような微妙な感覚のまま獏良はこくこく頷く。
バクラはフッと笑い、
「お前の注文通りってことだ」
施術ベッドはいつもと同じものだが、薄紙とタオルが敷かれていた。それだけで違う店に来たような感覚になる。
「服が汚れるから上も下も脱いで、使い捨ての下着に着替えろ。終わったら呼べ」
透明袋に入ったままの状態でおしぼりのように丸められた物体を渡された。
カーテンを閉め切ってしまうと完全な密室空間になる。すべての視界から隔絶され、獏良はやっと一息をつく。
勧められるままにオイルマッサージを受けることになったが、これで良かったのだろうか。疲労と落胆で思考が狭まっていた。とはいえ、信頼する店主が言うのだから適切な判断なのだろう。たまには贅沢してもいいかもしれない。
腹が決まったところで、あまり待たせるわけにはいかないと上半身の服をポイポイと脱ぎ捨て、ジーンズに手をかける。替えの下着を袋から取り出し――硬直する。
――えっ。
使い捨てというのだから軽量化されたものに違いないと予想はしていたが、広げてみれば下着というには頼りない紙製の一枚に唖然とした。
Y字型の局部や尻をゆったり覆うデザイン。女性ものではと疑いたくなる。しかし、紺の無地という簡素な見た目から男女兼用ではないかと思い直す。
腰側を左右に引っ張ってみると多少は伸縮性があり、ゴムが入っていることが分かる。
ゴクリ――。唾を飲み込んでから意を決してジーンズと下着を下ろし、足を薄い不織布に突っ込んだ。
布製の下着とは異なり、ゴワゴワと荒い繊維が肌を刺激する。そのまま腰骨付近まで引き上げた。
慣れない感覚にゾワゾワする。女性はこんな格好をしても平気なのだろうか。しかも、細身の獏良にはいまいち寸法が合わない。
脱いだ服を畳もうと前屈みになったところで、アッと声が出そうになる。
あまりにも弱々しい防壁は動こうとすると容易く意味を成さなくなってしまいそうだった。直接的に表現すれば、中に収めた局部が裾からぽろんと露出しかねない。
――溢れ落ちそう……。
中腰のまま獏良の頬がカアッと赤くなる。女性なら凹凸の問題で見えるものはないだろうが、男性なら大いに障りがある。
どうしようと困り果てて周りを見回し、ベッドの上に折り畳まれたバスタオルが目に入った。天の助けとばかりに、手を伸ばして下半身に巻く。下着ごと完全に隠したところで安堵した。このままベッドに移動してしまえばいい。そういえばテレビか何かで見たマッサージは芸能人がタオルを被った状態でうつ伏せになっていた。
獏良も例に倣って身体の前面を隠すようにベッドに乗り、タオルの位置ずれを直す。これで下着が用を成さなくても問題ない。よしよし……。
カーテンの外に向かって声をかける。バクラがカーテンをシャッと開けて現れた。顔色を変えないところを見ると、獏良の判断は正しかったらしい。
「始めるか」
バクラはベッド脇のキャビネットに向かい、静かな水音を立てる。
「嫌な感じがしたら言えよ」
ピタッ。獏良の背中に濡れた手の感触。服の上からと肌に直接触れられるのとではまったく違う。伝わる体温にむず痒さを覚えた。
オイルが摩擦を緩和させることにより、背中から腕までバクラの手のひらが抵抗なく滑る。そうして行ったり来たりしているうちに、先ほど選んだアロマの香りが鼻に届く。仄かに甘い上品な香りに心が穏やかになるよう。それでいて頭の芯が痺れる心地よい感覚もする。
「ん…………」
思わず鼻から息が漏れた。
心地よさに浸っている間に施術箇所が上半身から下半身に移る。筋肉疲労で凝り固まった首と肩をほぐすことは勿論気持ちが良かった。さらに運動不足による血液不良に苛まれた下半身へのマッサージもまた別の快感があった。
ピタピタピタ、と小刻みに優しく叩かれ、脚部が揺れる。神経が集まった足裏を押し込まれる。どこを触られても気持ちが良くて、このまま眠りこけてしまいそうだ。
脚を上に向かい、下半身を覆うタオルの端を捲られる。
――ヒャッ。
太股の一部が外気に晒される。普段は下着で隠されているような箇所だ。脚の付け根辺りまで手が這い上る。その上は緩やかな丘となっている。脚の間が見えてしまっていないだろうか。下着はつけていても心許ない。太股の際どい部分を鷲掴みにされる。息が止まりそうになったところで、
「上向きになれ」
出し抜けに解放された。
ホッとしたのも束の間、ベッドの上で起き上がると、タオルが身体から落ちそうになる。獏良は慌てて太股を押さえ、用心しながら身体の向きを変え、タオルの位置ずれを直した。
仰向けになると視界が広がり、バクラと視線が合う。これではうつ伏せよりもずっと意識してしまう。視線を避けようとしても避けられない。目を瞑ってしまおうか迷ったところでハンドタオルが差し出された。
「タオルかけるぞ」
視界が望み通りに塞がられる。仰向けの場合はいつもこうされていたのに、どうして失念していたのか。視線を合わせる必要がなくなり、獏良の気が緩まる。
前面も背面と同様に隅々までオイルを塗り込まれていった。時折、長い髪が獏良の顔にかかり、くすぐる。同時にアロマとは異なる爽やかな香りに包まれた。客と接触する仕事だから体臭には気づかっているのだろう。まるでバクラに抱きしめられているようで、恍惚感に浸ってしまいそうになる。アロマの蠱惑的な香りと男性的な飾りのない香りが混ざるとより極まる。
腕を上腕部から先端まで指圧された後に指が絡められた。くぷくぷくぷ――液体をまとった細長い生物が指の間を出入りする。足元から何かがゾクゾクと這い上がってきた。今まで指を絡めて手を繋ぐ機会を逃していたせいで敏感に反応してしまう。
「あっ……くすぐったい……」
言葉を繋げることで漏れた声を誤魔化した。
腕の次は側面――特に脇周辺にはツボがあるのか、押されると身体のコリが和らぐようだった。そのまま脇から胸を手のひら全体で持ち上げられる。
「くふっ」
例えようのない切ない感覚が押し寄せる。今、バクラの両手には寄せられた小山が収まっている。想像しただけで獏良の顔から火が出そうだった。尚且つその状態を保持される。数秒後に手は離れたものの、胸の先端をかすめていった。奥歯を噛みしめて身が震えないよう耐えた。
脚のマッサージになるとバクラの気配が遠退き、獏良は平静を取り戻せたが、太股を触られたところで再び落ち着かなくなる。
「股関節を刺激する」
宣言と同時に片足を持ち上げられた。
股関節は下半身の中でも重要な役割を果たす部位だ。だから獏良は何度もマッサージを受けたことがある。しかし、それは服を着た状態でのことだ。
下半身を覆うタオルも持ち上がり、ほぼ意味をなさなくなる。それどころか、下半身がやけに風通しがいい。下着は一応つけているから大丈夫なはず。
脚の上から体重がかけられる。タオルがさらにめくれる。股関節が開く気持ちのよさよりも、下半身を無防備に晒す羞恥心が上回った。
――早く終わって……。
願ったところでもう片方の脚が残っている。獏良はタオルの下で眉間に力を入れた。さりげなく手を脚の間――タオルへ伸ばす。なるべく下半身は隠したい。意識しているのを知られないように少しずつ。だってこれはただのマッサージなのだ。恥ずかしがっている方がおかしい。
タオルの位置を下にずらそうとしたとき――強い力で両の太股を裏側から押さえられた。両脚は持ち上がって腹へ。尻が浮き上がり、恥部を曝け出す姿勢になる。タオルなどもう意味はない。あの頼りない紙切れが下半身を守っているだけだ。
「えっ、やっ……あ、の、体勢辛い、んだけど」
「股関節はしっかり柔らかくしないとな」
動揺する獏良をよそにバクラの声は落ち着いている。文句をつけることは間違っていると暗に指摘しているかのようだった。
「うっ、くっ、ふっ……」
獏良にできることはペーパーショーツが下着として機能していることを祈るだけだった。上から脚を押されるたびに紙が肌に食い込んでいくよう。恥辱以外の何物でもない。バクラの手が離れてもタオルを直すことを一瞬忘れてしまうほどに呆けてしまっていた。
「次はリンパを流していく」
獏良はバクラの声に正気を取り戻し、下半身にタオルをかけ直した。具体的に何をするのだろう、と不安な面持ちになる。視界が隠されているから、音と触感だけが頼りだ。
濡れた手が鎖骨に触れる。筋に沿って優しく指圧された。首筋も同様に。老廃物やリンパマッサージと言われても想像がつかないが、深部まで届く刺激が心地よい。
胸部をくるくると円を描くように擦られる。時に胸筋を持ち上げるように、時に脇から寄せるように。中心部まで手が淀みなく滑り、敏感な部分をかすめた。
「…………っ」
少し周囲より盛り上がっている境目を辿り――いきなり先の膨らんだ二つを摘ままれる。そのままぐにっと指で軽く潰された。
「ヒッ」
胸の先端を意識してしまっていたから、余計に反応してしまった。
バクラはその反応を気にする素振りも見せず、小さな果実への刺激を続ける。先端を人差し指で小刻みに弾いた。
「声出したかったら出してもいいぞ」
「ンッ……ゃ……ぁ……」
この状況ではまともに言葉が届くわけもない。獏良はたまらず身体を仰け反らせた。指を畳んだ足がシーツを蹴る。振動で落ちる目元のタオル。それにも気づくことができずに、目を固く瞑ったまま顎を天井へ向けた。
胸への刺激が止まると、身体が力を失くしてベッドに沈み込んだ。
「相当老廃物が溜まってんなァ」
「ぅ……ン……?」
ぼやけた頭でバクラの言葉を理解しようとしても追いつかない。じんじんとした痺れがまだ胸に残っている。
「出してやらないとな」
下半身のタオルが剥ぎ取られ、柔らかい二つのふくらみに手が伸びた。
「あッ!」
これには獏良も仰天して上体を起こしかけるが、
「ジッとしてないとダメだろ?」
もう一つの手で紙ショーツの上から雄茎も掴まれる。
「ま……ッ、ゃ、ァ」
制止の言葉は自らの小さな叫び声に掻き消えた。バクラの腕を押さえようと思った手も宙で行き場を失くす。
薄い一枚越しに本人の意思に反して愛撫が始まった。
「あ、あ、やぁ、くッ……」
茎と根本を同時に刺激される。茎は上下に、根本は優しく包まれて。自分で触るときと違い、予想をしない動きと力で加えられる刺激は耐えがたいものがある。やめたくてもやめられない。
「もう硬くなってきてるぞ。染みもできてる」
紙ショーツの中央だけ色が変わっていた。じゅわ、と範囲が少しずつ広がっていく。
「悪いものを全部出してやるからな」
あくまでバクラの声は通常の施術時と変わらない。だから獏良はますます混乱した。
これもマッサージの一部なのか。変なことをしている雰囲気ではない。過剰反応はおかしいことなのか。そんなとこ触られたら、もう頭が回らない……。
「ン、ン、ンッ」
柔らかい二つの膨らみも、主張し始めたしこりも、同時に触られて思考がぼやける。シーツを掴み、首を振りながら奥歯を噛み締めた。
徐々に体積を増したしこりが下着を押し上げる。今や外からでも形がくっきりと分かる状態になっている。そして、窮屈とばかりに桃色の先端が飛び出した。既にそこは濡れてテカテカと光っている。下着はずり下がり、なんとかしこりの半分を隠しているものの、もう用は成していない。
バクラは顔を出した桃色の分泌液を塗り広げる。
「ヒィッ、ぁ、ん」
獏良の腰が浮いて左右に揺れる。意識はしていなくとも扇情的に勝手に動いてしまう。
「ほう――。先が好きか?気持ちいいか?感じるってことは疲労が取れてきた証拠だからな」
バクラの手つきが早まり、獏良から余裕が辛うじて残っていた自尊心を引き連れて消えていく。はしたない姿は見せるまいと耐えていた緊張感もふつりと切れた。
「あッ、やめ、ダメダメダメ、らァ、出ちゃう、あ、やぁ」
先からトロトロと透明の液が溢れてバクラの手を汚す。ヒクヒク。微かな蠕動が限界を報せる。
バクラは優しげに膨らみをさすった。
「随分溜め込んでいるようだが、ちゃんと出してンのか?」
「ふぁ?ァ、ア、ンッ」
問いかけが獏良の耳を右から左へ通過し、答えられるわけもなく喘ぐだけ。
「週何回扱いてるかって訊いてンだよ」
痺れを切らしたバクラがもう一度問い直す。
まともな判断能力を失った耳には問診のように聞こえ、答えなければいけないもののように感じた。
「ん、ァ、月……三回……くらいぃッ」
「はっ、少ねぇな。ダメだろ、もっと出さねえと。身体にわる――」
言いかけたところでバクラの視線が獏良の顔に注がれる。快感に悶えながら口が物言いたげに開きかけている。バクラは言葉を呑み込んで続きを促した。
「月三回、で?」
獏良はパクパクと口を開閉させてから、うわ言のように続ける。
「ぅん、徹っ、夜したときはァ、イッパイ……しちゃう、ンッ」
何を口走っているのか自分自身でも分からなくなっていた。
だからバクラの言葉に熱が入っても、瞳にギラギラとした光が灯っても、飢えた獣のように喉が鳴っても気づくことはない。
「……じゃあ、前回来る前もイジって来たんだな?」
「う、んっ、あ、ゃ」
バクラは答えを聞くや否やしこりを容赦なく擦り上げる。獏良の声が一段と高くなった。
「いい子だ」
くちゅ、くちゅ、ぬちっ、ぐちゅ、じゅっ――。
「出ちゃ……ぁああ、んっ、アッ、イッ、アアァ」
桃色の先端から勢いよく飛沫が吹き上がる。びゅっ、ぴゅるる、ぴっ、ぱたぱたぱた――。獏良の腹が白い液体で汚れる。
「はい、お疲れサマ。よく出たな」
執拗な愛撫が終わっても余韻が獏良を支配していた。濡れた身体を拭おうともせずにベッドに横たわる。荒い息遣いだけがその場に残っていた。
バクラは放心している獏良をそっとしておいてはくれなかった。力が抜けた脚を広げるようにして間に割り入り、腰が浮くまで持ち上げた。
「最後に中も解していくからな」
獏良の返答も聞かずに紙ショーツをずり下ろした。果てた雄茎もしこりを残した膨らみも淡く色づいた後ろの窄まりもすべてが露になる。
「………………っ!」
獏良が一拍遅れて異変に気づくも、
「邪魔だから取るぜ」
片足から下着を抜き取られてしまった。水分を含んで小さく丸まった物体がだらしなく足首に引っかかる。
唯一の防壁を失った獏良は、大股開きで秘部を曝け出している。そこへ注がれる不躾な視線。脚を閉じたくても、割り込んだ胴が邪魔をするからどうすることもできない。せめてもの抵抗として両手で覆おうとしたが、強い力で手首を掴まれてしまった。
「おいおい、これじゃあ解してやれねえじゃねえか」
両手首をまとめて片方の手で押さえられ、身動きが取れないままに、後孔の周りを弄られる。垂らされたオイルが音を出した。ぐぷ、ぺちゃ、にちゃ――。
「ヒィッ、ンッ、ム……」
経験したことのない不快感に獏良は唇を噛んだ。誰にも触られたことのない部分を暴かれた屈辱と羞恥、この信じがたい状況に驚愕を覚え、次第に現実から意識が遠ざかる。これは、夢か何かの間違い。こんなことをされているのは、自分ではない。残るのはただの無力感。
獏良の反応が鈍くなったところに、更なる刺激が加えられる。解れた後孔に人差し指が差し込まれた。
「くっ……」
指は中を探りながら孔を広げていく。くちゅくちゅ、くぷ、ぐちゅ。一本が馴染んだところにもう一本。下半身の状態が見えなくても、圧迫感が強くなっていくのを獏良は感じた。下腹部の裏側辺りを撫でられ、ゾワリと鳥肌が立つ。
「ぁ、ぁ、ああ、ひゃぁッ、ぁンッ」
微かな浮遊感に目が回る。口から一筋の分泌液が流れる。
「スッゲェ……。もう硬くなってやがる」
力を失ったはずの雄茎は腹まで首を持ち上げ、ぷるぷると震えていた。先端には新しい液体がぷっくりと染み出ている。
「こんなに老廃物が溜まってたら苦しいだろ?今、楽にしてやるからな」
ずるり、と指が一度に引き抜かれる。形を覚えた孔は口を開けっ放しにしたまま。そこへ熱いものが押し当てられる。感触からすると指ではない。本能的に獏良の腰が逃げた。何が始まるのか理解してなくとも、肉体は恐怖を感じていた。
バクラに腰を引き寄せられた。がっちりと固定されて動けない。もう一度、後孔が熱くなる。
「あッ、ああ……ダメ……」
ずぶっ。指とは比べ物にならない太さの異物が侵入する。獏良の意思を無視し、肉を掻き分けて孔を広げながら奥へと向かう。
「ィヤ……ァア、ァ……ヒィ……」
掠れた悲鳴に被せるようにして、満足げな男の声で囁かれた。
「全部入ったぜ……っ」
何を、とは訊く勇気も余裕もない。獏良はか細く呻くだけ。息をするのもやっとな状態なのに更に追い立てられる。熱い塊がゆっくりと中で動き始めた。
ぱちゅ、ぐぷっ、ずむっ、ぐちゅ、ぐぽっ。
「はぁ……ぁあ……ンッ」
抜き差しされるたびに勝手に獏良から声が押し出される。
バクラはその反応をつぶさに観察し、徐々に速さを上げていった。
「アッ、ァッ、ア、ンッ、ヤァッ……」
突き上げられて獏良の腰が揺れる。声が甘く喜悦に染まっていく。反った上体にはツンと上向きにしこった淡い色の粒。一方的な刺激に翻弄されるがまま。
バクラが獏良の両手首を掴み、強く腰を打ちつける。
ぱちゅん。
獏良は高く声を上げて仰け反り、雄茎も身体に合わせてぶるんと揺れる。休む間も与えられずに、続けて何度も奥を突かれた。
パン、パン、パン――。
獏良は耳まで赤くして刺激を受け入れていた。すべての思考は頭から吹き飛び、前と後ろに与えられる快楽に戸惑うばかり。
誰にも教わっていないのに、挿入された熱い杭をぎゅうぎゅうと締めつける。
「……ッハ。オイオイ、そんなにキツくするなよ。そんなに『コレ』が気に入ったかァ?」
バクラが満足げな息を吐いた。夢中になって中を探り、やがてヘソに向かって擦り上げたとき、
「ヒぁ……ッ」
獏良が今までとは違う反応を見せた。
「見つけたァ」
ニイッと唇を横に広げ、重点的に「そこ」を撫でる。
「ハッ、アッ、アッ、ウ、ンンッ」
ぷるぷると震える先端から薄い色の液体がだらだらと流れ出た。雄茎は立ち上がったまま。
酸素を取り込むだけで精一杯だった。苦しげに喘ぐ呼吸は忙しない。そこへ太い塊が何度も打ち込まれる。
「……フッ」
周りが見えなくなっていた獏良は気づけなかったが、バクラの息も徐々に荒くなっていた。鋭い歯を剥き出しにした表情はどこか恍惚としている。
「アアッ、ヤッ――」
獏良が驚愕するように目を大きく見開いた。挿入されているものが膨張したのだ。ただでさえ太かったのに中を押し広げる。ビクビクと暴れ出さんほどに動き――。
どくん――。
熱い何かが体内でほとばしった。
ドプッ、ビュッ、ビュルル。
「あっ、あっ、あうっ、くぅ……んっ」
中で熱い液体が広がるのを感じる。その間も硬い物体は微動していた。
「はぁっ……」
獏良の雄茎から白濁液がぴゅっと飛び出て周囲に飛沫を撒き散らす。
「んんっ……」
太杭が抜かれた後孔からも似た液体が溢れる。尻を伝い、シーツに垂れた。
獏良は身体が汚れたのにもかかわらず、幸せそうに身体を震わせていた。
*****
「今日の施術は終わりだ。少し肩の疲労は残っているな。二、三日後に来るように」
バクラはクリップボードに挟んだカルテに何かを書き込み、カーテンをサッと開けてその場を離れた。
ベッドに取り残されたのは獏良一人。目元に置かれた冷やしタオルを取り、少しの間だけ天井を見つめ、するりとベッドから降りた。乱れた髪と服を整え、身体にかかっていたタオルを簡単に畳む。最後にカゴの中に置いていた荷物を手にした。
肩と腰の痛みは消え、頭もスッキリとしている。いつも通りだ。冴え渡る手技で凝り固まった筋肉はすっかり解れている。確かめように首を左右に振った。
ミントグリーン色の間仕切りカーテンから外へ出る。レジカウンターでは既にバクラが手を動かしている。
「予約取っていくか?」
視線は机上の書類から離さず、決まり文句を告げられた。
獏良は前へ歩み出て、躊躇いながら口を開いた。
「あの……」
遠慮がちにはにかみ、落ち着きなく指先は動いている。間を空けてから続きを紡ぐ。瞳には期待の色が滲んでいた。
「この前の特別なマッサージ……また、してくれない?」
バクラの手が止まる。顔を上げた顔に笑みが浮かんでいた。
「……そうか。じゃあ、貸し切りにしておいてやる。いつでも、な」
目を細めて頬を染める常連客をジッと見つめた。
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マッサージ店はバクラの自宅兼仕事場にしようと思いましたが、この場合公私をきっちり分けそうだなと思ってやめました。
店名はクル・エルナ村の元ネタからです。
サンダルウッドは半寄生植物です。
作中で使用したアロマはすべて催淫作用のあるものです。組み合わせると官能的な香りとなります。