それはほんの少しの好奇心から始まった。
いくら話しかけてもバクラが表に出て来ないので、獏良は心の部屋まで赴いていた。
ノックをしても呼びかけても、返事が一向に返ってこない。それどころか、気配すらしない。
おかしいなと首を傾げて、もっと深いところまで沈んでみた。
心の奥の奥――。
ふだんは自分ですら覗かないような心の奥底まで。
それがまさかあんなことになるとは、その時の獏良は思ってもいなかった。
イケニエの夜
深く深く落ちていく。
ゆっくりと水中を沈むように。
周囲は段々と暗くなり、下を見ても何も見えなくなった。
それでも、獏良は怖くなかった。
「ここ」は自分と彼の領域なのだから、怖がる必要はない。
だから、躊躇わず落ちていった。
自分の身体すら見えなくなるほどの闇に包まれた時、ようやく地面に足が着いた。
心の中なのだから、「地面に足が着く」というのはおかしいかもしれないが、とにかく最下層と思われる場所へ辿り着いたのだ。
獏良は臆することなく、裸足でぺたぺたと辺りを歩いてみた。
「バクラ?」
ここでも、やはり返事はなかった。
いくつかの出来事を経て、少しだけバクラのことを理解が出来たつもりだった。
相変わらず、何を考えているのかは分からなかったけれど。
それでも、バクラにも感情というものがあることを知った。
知ってしまって、初めて声を聞いたあの時にはもう戻れないと思ったのだ。
暗闇でも何か見えるものがないか、きょろきょろと辺りを見回しながら進む。
全く周囲を警戒せずに。
だから、ソレが背後に忍び寄っていたことも触れられるまで気づかなかった。
ぴとりと獏良の背中を何かが撫でた。
ひんやりとしたその感触に、獏良は背筋を震わせる。
振り返る間もなく、その何かは獏良の左腕を掴んだ。
そのまま、ぐいんと身体を宙に引き上げられる。
「ぐうっ!」
あまりに乱暴に掴まれたので、腕に抜けるような痛みが走った。
痛みを気にするよりも、何が起こったか分からず、獏良の頭の中が混乱の文字で埋め尽くされる。
乱暴を働いているのは何者なのか。
顔の目の前でふーふーという息遣いを感じた。
ぐるぐると獣のような唸り声も聞こえる。
人間の言葉が通じるかも分からないが、声をかけようとして、
「あ……」
がぼりと口の中に太い腕のようなものを突っ込まれた。
「ううっ……」
言葉になろうとしていたものが、呻き声へと変わる。
何者かは無遠慮に、獏良の喉の方へと進んだ。
閉じることを禁じられた口の端から唾液が漏れ始める。
塞いでるものを口から引き抜こうと、獏良は右手でそれを掴んだ。
しかし、もう一本の「腕」が現れ、右腕も押さえられてしまった。
空中で両手とも封じられては抵抗が出来ない。
塞がれた口で、「やめて!」、「はなして!」と声にならない声で叫ぶ。
三本目の「腕」が獏良の身体に触れたとき、相手が人間でないことを悟った。
その腕はTシャツの襟を掴み、一気に下へと引き裂いた。
獏良の白い肌が剥き出しになる。
上半身へぐるぐると腕が巻きついていく。
腕は若干湿り気を帯びていて、肌にぴたぴたと張りつくようだった。
そんな感触が気持ち悪くて、獏良はますます呻き声を上げる。
きっとここには来ていけなかったのだ。
遅すぎる後悔が獏良を襲う。
本当に遅すぎた――。
次の瞬間には、四本目の腕が下半身へ向かったのだから。
ズボンも下着も膝まで下げられ、もはや裸同然だった。
太股にも腕が巻きついていく。
ゆるゆると足の付け根まで上がっていき……。
「ンッ!」
陰部に直に触れられ、獏良は上体を反らした。
獏良の意思を置き去りにして、腕は陰部を掴んで上下に動き始める。
同時に下の膨らみも撫でた。
自由を奪われ、上も下も刺激を加えられる。
そんな非現実的な状況に、獏良の意識は遠退きそうだった。
現実に留まっていられたのは、皮肉なことにその虫酸が走る刺激のお陰だった。
乱暴に愛撫されても、気持ちいいはずがない。
口を塞がれている息苦しさも相俟って、獏良には不快感しかなかった。
「ぐぅっ……」
ぽたぽたと唾液を垂らし、身体を揺らすしかない獏良をいいことに、ますます何者かは身体中を這い回った。
――たすけて……。
バクラは暗闇の中で目を開けて起き上がった。
どれくらい微睡んでいたのだろうか。
宿主である獏良には伝えていないが、事が順調に運ぶ分だけ気力の消耗が激しくなっていた。
そういう時は外へ出るのを止め、内側で回復を図る。
王の記憶が蘇るのに近づく度に、その傾向は強くなっている。
あまり休んでいたら、獏良に「死んだ」と思われるかもしれない。
――顔を見てやるか。
心の深層から浮上をしようとし、はたと止まる。
周囲の空気が乱れている。
バクラは鋭い視線で辺りを探った。
ぴりぴりとした気配が肌に伝わってくる。
「これは……」
気配の元を辿るのは容易い。
なぜならこれは……。
何者かの獏良への責めは続いていた。
快楽もなく、ぐにぐにと秘所を触られる。
胃の中のものを全て戻してしまいそうだった。
唐突に両足首も掴まれ、持ち上げられた。
何本目かも分からない腕が、獏良の乾いた蕾に押し当てられる。
「んんっ!んー!!」
そんなものを準備もなしに入れようとしたら、確実に裂けてしまう。
獏良は真っ青になって、身を捩らせた。
それも叶わず、ぐっと何者かが秘穴に割り入ろうとする。
「んぐぅ……」
――挿入れられる……。
獏良はぎゅっと目を瞑った。
「おい」
低く鋭い声が闇を引き裂いた。
それは獏良がいま一番求めている声だった。
薄く目を開けると、闇の中にバクラの姿が浮かんでいるのが見えた。
バクラの顔は険悪な形相を帯びている。
その形相のまま、人差し指を勢いよく真横へ差した。
サインを受けた何者かは、大人しく獏良からゆっくりと手を離していく。
先ほどまでの凶暴さが嘘のようだった。
支えを失った獏良は、空中から地へ落ちる。
受け身も取る様子もなく、バクラは両手で獏良の身体を抱きとめた。
獏良は見るも無惨な姿になっていた。
服は破かれ、ほとんど着ていないも同然。
肌のあちらこちらに残る赤い痕。
望んでもいないのに、しつこく刺激を与えられた陰部がだらりと垂れてしまっている。
バクラの眉間の皺が一層深くなった。
――無茶苦茶しやがって。壊れたらどうする。
これはバクラの中にある闇――闇そのものといってもいいかもしれない――が、犯したことだ。
それは、バクラの一部でもあり、バクラ自身でもある。
意志は共有しているが、全ての意思は統一されているわけではない。
宿主である獏良を勝手に傷つけようとするとは思わなかった。
獏良が腕を痛いほど掴んできた。
さぞ怯えているのだろうと獏良の顔を見ると、顔色は確かに悪かったが、しっかりとバクラの目を見つめ返してきた。
そして、ゆらりと優しく瞳が揺れる。
「……君だったの。言ってくれれば良かったのに」
そう紡ぐ唇は震えていた。
「言ってくれれば、僕だって抵抗なんかしなかったよ」
それは、精一杯の強がり。
「僕は君のことなんて、もう怖くないんだからね」
震えながらも唇の端をくいと上げる。
それをバクラは否定しようとは思わなかった。
獏良を襲った闇は、確かに自分の一部であるからだ。
「痛むだろうな」
バクラは獏良の首についた痣をそっと指で触れた。
これほど乱暴にされても、強がる姿は痛々しい。
その痣に舌を這わせた。
もし、これがトラウマになって性に対する恐怖が拭えなくなったら、あまりにも不憫だと思ったのだ。
これはせめてもの罪滅ぼしだ。
局部には触れずに、舌と指で赤くなっている肌を撫でていく。
「……あっ」
その行為は人と人のものではなく、動物同士が行う愛撫に似ている。
ただただ苦痛でしかなかった先ほどの行為とは違う。
獏良はじんわりとした温かさを感じ、いつの間にか身体の震えは止まっていた。
――本当にもう怖くなんてないんだよ。
自分の言葉を証明すべく、バクラの首にしがみつく。
首筋から始まり、足までくまなく愛撫は続く。
内股にバクラの舌が辿り着いたとき、獏良は我慢が出来ずに仰け反った。
痛みなどもう全てが吹き飛んでいて、身体が愛撫に応えようとしている。
それでも、局部には触れられない。
悪戯に焦らされているわけではないと、獏良は分かっていた。
普段のバクラからは信じられないような優しさが愛撫から感じられる。
きっと、乱暴にされた陰部を気遣ってのことなのだろう。
確かに、いまそこを触れられるのは少しだけ怖い。
――同情されてるんだ……。
バクラの同情を受け入れるのは簡単だ。
このまま横になっていればいい。
そうすれば、身体に触れるだけでバクラは離れていくはずだ。
けれど、それで終わりにしたくはなかった。
獏良は熱い吐息を漏らしながら、
「いいよ。君のしたいようにして。僕はもう大丈夫だから……」
目元を和らげる。
与えられるだけの存在にはなりたくない。
「いまの君なら受け止められるよ」
バクラは獏良の言動に目を見張った。
恐怖と痛みを与えられれば、怯えて縮こまっているのが人間のはずだ。
長い年月の中、人間の弱さを見てきたバクラには信じられないことだった。
器を壊さないように始めたことだが、それを容易く乗り越えてくるとは思わなかった。
「闇」が壊したいと思うも分かる。
いや、乱暴をすることで征服してやりたいと思ったのか。
「いいんだな?」
バクラが尋ねると、獏良は黙ったまま首を縦に振った。
獏良の瞳は意思の強い光を帯びている。
頬を撫でてやり、そのまま顎まで手を持っていった。
うっすらと開いた獏良の唇に吸いついた。
下唇をやんわりと噛み、歯列をなぞり、舌を吸う。
お互いが一人では味わえない甘い感触に酔いしれていった。
この感触だけは、誰にも譲りたくない、今の自分だけのものだと、バクラは強く思った。
――なあ、ゾークさんよ。
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ゾーク関連はどう扱っていいか難しいのですが、これも一つの形ということで。