ばかうけ

意識が闇へ落ちていく。
息も出来ないような深い闇へ。
本来ならば、心地のいい場所のはずだった。
今はそこにいるだけで耐え難い苦痛に苛まれる。
呼吸をするためには、闇から抜け出るしかなく、無我夢中で光を求めて手を伸ばす。
伸ばした先には、一人の少年がいた。


苦くて甘い


「うっ……やめて……」
両手を縛られて動けない獏良は、全身をがむしゃらに動かして逃れようとしていた。
それをバクラは微塵も許さず、乱暴に獏良の頭を地面に押さえつけ、体重をかけた。
既に破かれた服からは、降り積もったばかりの雪のように白い肌が露出している。
まだ誰にも踏み荒らされていないそこは、バクラを誘っているように見えた。
バクラは躊躇なく獏良の白い肩に噛みついた。
「んっ!」
まるでそこに花が咲いたように、肩に赤い歯形がつく。
それを皮切りに、バクラは様々な箇所に歯を立てていった。
噛みつかれている方は、たまったものではない。
「やめて……お願い……ひっ」
身体中を走る耐え難い痛みに、獏良は苦痛の混じった声で哀願した。
それがバクラに届くわけもなく、全身に赤い花が咲いたところで、ようやく止まった。
「やどぬし」
呼ばれてバクラを見上げ、獏良の顔がぎくりと強張った。
暗い影の落ちた瞳は、どこを見つめているのか分からない。
獏良を通り越して何処か遠くを見ているようだった。
それでもなお、バクラは獏良を呼ぶ。
「やどぬし、やどぬし、やどぬし……」
獏良に覆い被さり、呟き続ける。
固くそそり立ったものを獏良の臀部に擦り付け始めた。
「うあ……」
それから逃れようと獏良が腰を引いたところで、背後から片方の太ももを持ち上げられた。
一切の気遣いなく、ずぶずぶと固いものが押し進められていく。
「うっ……あ……」
奥まで入ったところで、腰を動かされ、次第に獏良は抵抗をしなくなっていった。
黙ってバクラの前に身体を差し出した。
受け入れたのではない。
抵抗するだけ無駄だと思ったのだ。
抵抗する気力も尽きていた。
バクラは動かなくなった獏良を見下ろし、暗い瞳のまま口元に笑みを張りつかせた。
ぐったりとした獏良の身体に自分の身体を密着させる。
ぬくもりが直に伝わってくる。
ここで感じる熱は、身体ではなく、心の熱だ。
人間の本質そのものだともいえる。
『これは、自分だけのぬくもりだ』
バクラはその熱を少しも逃がさないように、身体の隅々までまさぐった。
無我夢中に突いて、しゃぶって、すがりつく。
何度も獏良を呼びながら。

人間は生まれ落ちて、何処へ行くのだろう。
幼子は親に手を引かれていく。
そして、いつの間にか一人でも立てるようになり、自分の意思で前へと進んでいく。
それがもし、奪われたとしたら……。
闇雲に前へ進むしかないのかもしれない。
先導者もなく、道標もなく。
たった一人で。
それでも、空いた手はいつだってぬくもりを求めていた。

『僕はここにいるよ』

バクラは暗闇の中で目を覚ました。
どれくらい寝ていたのか、見当はつかない。
不思議と頭痛や吐き気は治まっていた。
いつもの期間は過ぎたのだろうか。
それどころか、身体に残るぬくもりが心地良かった。
何か、夢を見ていた気がするが、思い出せない。
遠い昔の記憶――だったのかもしれない。
それを掻き消すように、バクラは頭を振った。
過去のことを考えても仕方がない。
思い出せたのは、獏良を手酷く嬲ったことだ。
それさえ朧気な記憶だったが、泣き叫んでいる声は耳に残っている。
獏良に対して悪いとは思わない。しかし、失態には違いなかった。
宿主が壊れたら、困るのはバクラ自身だ。
いくら正常な状態ではなかったとはいえ、後先考えずに欲望をぶつけるなど。
それも、誕生日の日に……。
――誕生日。
バクラは自分の手のひらを見つめた。
白く細長い指が目に入る。
かつては、もっとごつごつとして浅黒かったはずだ。
そして――。
その手で自分の右頬を撫でた。
――ここには、傷が……。
思い出す前に、バクラは手をぱっと離した。
やはり、まだどこかおかしいに違いない。
人間で言えば、感傷的になっているというのだろうか。
今の自分は限りなく人間に近くなっているのではないだろうか。
「ハハハ……」
勝手にバクラの口から笑いが漏れた。
――だとすれば、やはり、この日は……。
「今さら何を祝えってんだ」
バクラはゆっくりと腰を上げた。
感傷に浸っている暇などない。
獏良の様子を見ておいた方がいいとも思った。
心の部屋からゆっくりと浮上をする。
表に出ると、とっくに夜になっていた。
獏良は静かにベッドで横になっている。
今日はさっさと寝床に就いてしまったのかもしれない。
疲れきって血の気のない顔をしていた。
あれだけの行為を強いたのだから、当たり前だ。
いくら本当の肉体でないとはいえ、何も影響が出ないわけがない。
もう、きっと、誕生日は終わってしまっている。
バクラは静かな目で獏良を見下ろした。
誕生日を祝うどころか、奪って終わってしまった。
それには何の感情も動かされない。
「宿主……」
しかし、その呼びかけは、まるで恋い焦がれているようだった。
愛しくて愛しくて、手に入れたい相手を目の前にした、ただの一人の人間。
とても満たされている。
あれほど揺らいでいたのに、いまは風一つない湖面のように穏やかな心でいられる。
「……おめでとう」
獏良の寝顔に向かって、その言葉を口にした。
バクラにはとても似つかわしくない言葉だ。
それでも、返さなければならないと思った。
――返す?何を?
不意に疑問が頭に浮かび、首を傾げる。
答えは出るはずがない。

本当の贈り物をもらったのは誰なのか――。

暗闇から伸ばした手がほんのりと温かかった。

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誕生日祝いの「Sweet or Bitter」の苦い方のちょっとだけバクラ目線です。
長さのバランスを取る為に短くしたので、補完として少し書きました。
甘い方で絡んでいるので、そちらをさらに続きとしてもいいです。

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