ばかうけ

一体いつからここにいるのだろう。
狭い石造りの部屋の中で、獏良は膝を抱えて座っていた。
部屋の中には家具どころか、窓さえもない。
あるのは獏良の正面に見える鉄の扉だけ。
気づいたらこの部屋にいた。
それまでに何が起こったのか全く分からなかった。
覚えているのは、こっそりついて行った地下室で、父親の身体が宙を舞ったことだ。
父親は言っていた。「リングは……」と。
そのリングはいま獏良の胸にかかっている。
いつ身につけたのか覚えていない。
獏良はぎゅうと手に力を込めた。
父親は無事なのだろうか。きっと、大怪我をしたに違いない。
そう思って声が嗄れるまで呼び続けたが、誰の返事もなかった。
そもそも、この部屋があの地下祭壇と同じ場所にあるのかさえ獏良には分からない。
そして、獏良の右足には足枷が付けられていた。
足枷は獏良の背中側にある壁に鎖で繋がっていて、鎖の長さは正面の扉までの距離より短くなっている。
無情にもあと一歩というところで扉に手が届かない。
何度か試してみたが、繋がれた右足が痛むだけで結果は同じだった。
もう何日もこの部屋に閉じ込められている気がした。
それなのに、腹が減る様子はない。
体力が尽きるより先に、精神的に参ってしまいそうだった。
「……パパ」
そう呟いた時、こつこつと足音が外から聞こえてきた。
獏良ははっと顔を上げて扉を見つめる。
確実に足音はこの部屋に近づいてきている。
父親か、それとも別の誰かなのか。
この状況を打開してくれるのなら誰でもいい。
神に祈るような気持ちだった。
足音は扉付近までやってくると止んだ。
ゆっくりとノブが回る。
ギギギと不快な音を立てて、ゆっくりと扉が開いていった。
扉の向こうに立っていた者は、獏良には男のように見えた。
なぜ認識が曖昧なのかというと、全身が影に覆われていて顔が見えないのだ。
体型で辛うじて細身の男だと分かったくらいだ。
暗闇の中にいるわけでもないのに、その男だけが墨を垂らしたように真っ黒だった。
鋭い赤い瞳だけがその中に浮かんでいる。
顔に当たる部分にすうっと細い切れ目が現れたので、笑っているのだと獏良は推測した。
男は部屋の中に足を踏み入れ、獏良の目の前に立った。
「だ、だれ……?」
表情が全く読めない。それだけに不気味だ。
獏良は震えながら尋ねた。
それを受けた男は、獏良の目線に合わせるように片足で跪く。
「初めまして、××様」
後半の言葉の意味は分からなかった。
どうやら、自分のことを呼んでいるらしいということだけは理解が出来た。
声の調子は甘ったるいくらい優しげだが、どこか媚びた印象だった。
「ずぅーっと会いたかったんだぜ」
男の手が獏良に向かって伸びてきた。
反射的に獏良は頭を下げ、男の手から逃れる。
「おいおい、つれねえなァ。すこーし傷ついちまった」
その言葉は笑い混じりで、傷ついた様子など微塵も感じられない。
しかし、男は大人しく手を引っ込めた。
「……パパは?」
男の様子からして、少なくとも獏良より状況を把握していることは間違いない。
獏良は恐怖を堪えて男にすがる。何しろ頼りに出来る相手は他にいないのだ。
「僕のパパはどうなったの?」
その問いには、短い舌打ちが返された。
「せっかく二人で話しているところなのによォ。お前の父親のことなんかどうでもいいよ」
それまでの妙に優しい調子に不機嫌な声が混じる。
「でも、パパは怪我……」
「うるせぇなあッ!!」
突然の大声に獏良はびくりと肩を震わせた。瞳に恐怖の色が広がる。
「悪い悪い。でもよ、お前がいけないんだぜ。初めて話している最中に水を差すんじゃねえよ」
すぐに男の口調に柔らかさが戻る。
この男は異常だ。
幼い獏良でも仲良くしてはいけない人種だということは分かる。
「なあ、××」
顔を強張らせる獏良に、もう一度男の腕が伸びた。
頬をやんわりと撫でられる。
思ったよりも、ずっと優しい手つきだ。
「愛してるぜ」
それは獏良が両親によく言われる言葉だ。
力いっぱい抱き締められて言われれば、とても安心する言葉。
しかし、男から発せられたのは、同じ言葉でもねっとりと絡みついてくるようだった。
どうやら、この男から好かれているらしい。
ならば、この得も言われぬ背中に走る不快感は何なのだろう。
喋ることも動くことも出来ないまま、獏良は男の目を見返していた。
男の手が頬を下がっていき、首へと辿り着く。
首元から襟の中に指が入ったかと思うと、力任せに服が引き破られた。
ボタンが弾け飛び、白い肌が露になる。
獏良は驚きで声も出なかった。
男が何をしようとしているのか全く分からない。
ぺたりと獏良の胸に男の手が置かれる。
「すげー似合うなァ」
金色のリングが獏良の胸の上で怪しく輝いていた。
うっとりとした目つきで、男は獏良の胸に顔を寄せる。
今すぐにでも男を払い除けたい。逃げ出したい。
そんな感情に囚われるも、獏良の身体は動かなかった。
「シミ一つない真っ白な肌でよォ。スベスベじゃねえか」
男の手が獏良の胸をゆっくりと撫でる。
「金色が映えて綺麗だぜ」
男はリングの針をしゃらんと指で鳴らした。
「この傷も似合ってる」
獏良の胸にぽっかりと開いた五つの小さな穴を撫でた。
獏良にはそんな傷に覚えはない。
そして、とてもおぞましいことをされているという気がした。
男は獏良の心情などお構いなしに、恍惚の色が浮かんだ瞳を獏良に向けている。
「やっ……」
やっと、それだけ声にすることが出来た。
否定の意思だけは男に伝わったはずだ。
「まだ何もしてねえよ。冷てェなあ」
ぞわりと獏良の肌が粟立つ。
「まだ」ということは、これから何かされるのだ。
既に怖い目に遭わされているのに、これ以上の何かを。
「くっ……××様は賢いな。ご自分の状況が分かっていると見える」
男は笑いながら獏良のズボンに手をかけた。
カチャカチャとベルトを外される音がする。
なぜ男がズボンを脱がそうとするのか、獏良には想像もつかないが、親切心からであるわけがない。
「や、やめて!」
じたばたと手足を動かして抵抗する。
子供の力が大人に敵うはずがない。
男は必死の抵抗を物ともせずに、獏良の身体を床に押さえつけ、ズボンを脱がせた。
残る下着一枚にも手がかかる。
「やめて……」
制止の声も届かず、膝まで下着が下げられた。
まだ何も生えていないそこには、小さな陰部が収まっていた。
下半身が露出させられた寒さと恐怖で獏良の身が縮む。
無遠慮に男の手が陰部を摘まみ上げた。
「可愛いなァ……」
不衛生な場所を嬉々として触る男の神経が獏良には分からない。
何かぐねぐねと触られているようだったが、不快感しかなかった。
そのうちにぴりりと小さな痛みが走った。
「いたっ!」
思わず声を上げる。
「悪かったな。でも、これならいいだろう?」
今度はぬめりとした感触が性器を包み込んだ。
初めての感覚に恐る恐る自分の下半身に目を向けると……。
男が獏良の性器にしゃぶりついていた。
「やだあ!」
意味は分からないが、とても正常とは思えない。
逃れようと足を懸命に動かすも、男の手に捕らえられてしまった。
そのまま両足を腹の上で固定される。
「なんだよ。気持ちいいだろ?」
あたたかい咥内に包み込まれ、舌がぬめぬめと絡みつく。
先端をちろちろと刺激されたり、全体を優しく上下に撫でられたり、初めての感覚だった。
最初のピリピリとした痛みが消え、むずむずと下半身から表現できない何かが迫り上がってくる。
「怖い……っ」
とても幼い身体には受け止めきれない感覚だった。
やめて欲しい。
でも、続けて欲しい。
相反する二つの欲望が獏良の中で争っていた。
下から熱いものが上がってきて、だんだんと下半身に圧迫感が生まれていく。
この感覚は覚えがあった。
「も……もう、やめて!出ちゃう!漏れちゃうよ……」
顔を真っ赤にして頭を振る。この年でお漏らしなど笑われてしまう。子供なりに必死だった。
その言葉を聞いた男は、さらに激しく舌を動かし始めた。
手加減もせずに強く性器を吸い上げる。
「やだ……あっ!出ちゃう……オシッコ……へんになる」
獏良はうわ言のように同じような言葉を何度も繰り返した。
自分でも知らない内に腰をくねらせていた。
言葉の合間合間に甘ったるい息遣いが唇から漏れる。
完全に快楽に翻弄されていた。
「あっ……」
ぞわりとした感覚が腰にしたかと思うと、我慢していたものが一気に放出された。
「ああ……もれちゃ……」
解放感が下から頭の天辺まで全身を駆け抜ける。
――きもちいいの止まらないっ……!
頭が真っ白になり、出すことだけしか考えられなくなる。
獏良の身体がぴくりぴくりと跳ねた。
「はあ……っ」
くたりと獏良の身体から力が抜ける。
それを見届けた男はようやく性器から口を離した。
「よく出来ました」
獏良は目だけを動かし、男の方へ視線を向ける。
「見てみろよ」
男の手に液体がべっとりと付いていた。
ほとんど透明な色をしている。
「うっすいだろ」
男は見せつけるように舐め上げた。
その液体がなんであるのか、幼い獏良に分かるはずもない。
ただ、とても悪いことをしてしまったという感覚だけはあった。
虚ろな目で男のする様を眺めていた。
「まだ味も薄いな」
男は獏良の上から跨がり、顔を近づけてきた。
目の前にある赤い瞳が楽しそうに歪む。
「これで分かっただろう?お前の心も身体も全部、このオレ様のものだ」
再び胸のリングに男の手がかかった。
「大切にしてくれよ。絶対に手放すな。そうすれば、お前の願いはなんでも叶えてやるからな」
――大切にする。手放さない……。
獏良の心に男の言葉が一つ一つ刻まれていく。
同時に強烈な眠気に襲われた。
視界が狭まっていく中で、獏良は一瞬だけ男の顔を見た気がした。
白い髪の、どこかで見たような顔。誰かにそっくりの……。
「愛してるぜ、××様」

目が覚めると、そこはベッドの上だった。
一瞬だけ何がなんだか分からずに、辺りをきょときょとと見回した。
宿泊先の部屋ということが分かると、獏良の意識ははっきりと覚醒した。
なんだか悪い夢を見ていた気がする。
パジャマがぐっしょりと濡れていて気持ちが悪い。
ベッドからするりと下りて窓辺へと向かう。
どうやって帰ってきたのか、いつの間にパジャマに着替えたのか思い出せない。
空には天高く月が浮かんでいた。
――パパは?
はたと姿の見えない父親のことを思い出した。
すぐにでも会いたい。会って抱きつきたい。
どうしようもなく、そんな衝動に駆られる。
勢いよく窓に背を向けると、しゃらんと金属の擦れ合う音がした。
どうやら、パジャマの下から聞こえてきたらしい。
服の隙間から中を覗くと、金色のリングが首にかかっていた。
「これ……」
――大切に……手放さない……。
頭の中でどこかで聞いた言葉が繰り返された。
「うん、大切にする」
どこかの誰かの言葉に獏良は頷く。
こんなにきらきらと光って綺麗なのだから、手放すなんて考えられない。
パジャマの上からぎゅっとリングを抱き込んだ。
『いい子だ』
くすりと何者かが誰にも聞こえない声で笑う。
月光に照らされた獏良の白い髪と肌は、何ものにも代え難い美しさをまとっていた。

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あんな小さい頃からそばにいたなら、もちろん精通もご覧になっているんですよね?という妄想から生まれた話です。
また小さいので、これでも彼はとても優しくしているつもりです。

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