ばかうけ

ころころころ
獏良の舌の上で大きな飴が踊る。
獏良はソファで雑誌を読み進めていた。
その間も飴は口の中を満遍なく転がる。
飴の味はイチゴ。
味にこだわる必要はない。
口の寂しさを紛らわすために嘗めているのだから。
その証拠に獏良は飴の存在をほとんど気にしていない。
たまたま手に取ったのがイチゴ味の飴で、口寂しいから含んで、口の中にあるから嘗めて転がす――それだけの存在だった。
しかしもう一人は獏良とはまた違った受け止め方をしたらしい。
「む……」
突然獏良を奇妙な浮遊感が襲った。
獏良は冷静に「またか」と呟いて目をつぶった。
再び開いた目は鋭さを燈していて、先程までの柔らかさは全くない。
バクラは飴をころりと転がし、味や形をじっくりと味わった。
獏良はその様子をきょとんと見つめ、
「え、飴が食べたかったの?」
訝しげに呟いた。
わざわざ人格交代をしたのに、ただソファに座って飴を嘗めているだけなのは、目的がそこにあるということなのだろう。
なおもバクラは飴をじっくりと味わっている。
大きめな飴なので転がすのが少し難儀なのだが、バクラは上手く舌を使って転がした。
初めのうちは微笑ましいと思っていた獏良だが、だんだんと痺れを切らしてきた。
「雑誌、途中だったんだよ。そろそろ交代して」
言ったところで渋られるのを覚悟した獏良だったが、
「ほらよ」
あっさりとバクラが奥に引っ込んだ。
一体なんだったのと、ぶちぶち言いながら再び雑誌を開き、少し小さくなった飴を舌で……。
「ぁ……」
これは今の今までバクラが舐めていたものだ。
それも丹念に。
まるで深い……
深いキス、みたいに――。
舌の上の飴をどうしたら良いか分からない。
「上手く舌使えよ、宿主サマ」
吐息混じりにバクラが囁いた。
「……バカッ」


大きな飴玉を口の中で転がすのが難儀なもので、そこから発生したものです。
食べ物話が多いのは(何故/笑)ここから始まったのかも、です。

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デート

喧騒に満ちた放課後の教室で、"そこ"だけ異次元のようなのほほんとした雰囲気が流れていた。
「遊戯くん、駅前に新しい洋菓子屋が出来たんだよ。そこのタルトが物凄く美味しいんだって。今度行かない?」
「あ、杏子も美味しいって言ってたよ。ウン、行こうよ」
男子学生とは思えない二人の会話も、愛らしい容姿のお陰で実に自然と周りの雰囲気に溶け込んでいた。
「あっ。駅前だったら、近くのゲーセンで新しい格ゲーが入ったんだよ」
「ほんと?あそこはチェックしてたんだけどなぁ。それは知らなかったよ。じゃあ一緒に回ろうか」
漂う雰囲気に誤魔化されがちだが、二人とも根っからのゲームオタクなのだ。
どこぞの電気街を練り歩くお兄さん方と違い、二人が可愛らしく生まれたことに感謝しよう。
それまで微笑みを浮かべていた二人の表情がわずかに曇る。
二人が共に出掛けるには、大きな問題が立ちはだかる。

「千年パズルは置いていくね」
「千年リングは置いていくね」
双方の首から下がった装飾品がびくんと揺れた。
同時に二つの口から溜息が漏れる。
「あいぼぉおおお?!何故だ?何故オレを連れていかない?」
「宿主ィィ!それはないだろう!?」
教室には決して響くことのない声が絶叫する。
「バクラァ!貴様が獏良くんに押し掛け旦那気取りで迫るから、オレまでとばっちりを受けたんだろうが!」
「ハッ!被害者面するんじゃねぇよ、王様よぉ。てめぇのセクハラ三昧を棚に上げやがって。ヒャハハハ!」
耳を塞ぎたくなるような罵り合いは止まることを知らない。
「だからヤなんだよ……」
握りこぶしをわなわなと奮わせて呟く獏良の横で、遊戯がこくこくと頷いた。
「お互い……苦労するよね」


遊戯と了くんは仲が良くなくっちゃと思いながら書きました。
この続きはもんもんと考えていて、私の頭の中で留めておこうと思っていたのですが、
某さんの「ここで終わるはずがない」的な抗議があって(笑)、この後も続いちゃいました。

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メイド

「……で、午後から遊戯さまがいらっしゃるとのことです」
黒のメイド服を身にまとった獏良が、淡々と主人であるバクラに告げた。
メイド服といっても、やたらに丈が短いものや砂糖菓子のようにフリルのついたオトナ向けのものではない。
余計な装飾のない簡素な作りで、でろりと長いスカートの「元祖メイドさん」仕様なのだ。
獏良のその出で立ちは清楚を絵に描いたようだった。
「では、食事のご用意をさせていただきますので、三十分後に食堂におこし下さい」
微々たる表情も浮かべずに獏良は言葉を紡いだ。
「それで終わりか?」
「はい、ご主人さま」
それまで聞いているのかいないのか分からない様子だったバクラだが、今はしっかりと見つめ……いや、上へ下へと獏良を舐め回すような視線をねっとりと向けている。
露出の極めて少ない服だが、その下には雪のように真っ白で滑らかな肌が隠されているのだ。
その白さゆえに、熱を加えてやれば鮮やかにピンクに染まり、一面に散らされる印はさぞかしくっきりと生えるだろう。
「ならちょっと付き合えよ」
バクラはくいと獏良の顎を持ち上げ、もう一方の手で腰を撫で回す。
「おやめください」
一メイドごときが主人に逆らう権限を持てるはずもなく、口でささやかな抵抗をするしかない。
「お前はオレ様のモンだ」
喉の奥でくくと笑い、獏良をねめつけた。
服従せよとその目が語っている。
獏良はこの状況でも冷静に頭を働かせていた。
まずい。非常にまずい。このまま足止めをくらったら、廊下と部屋の掃除が間に合わなくなるのは目に見えている。
そして、その後の仕事も繰り下げられて――最終的には減俸だ。
それだけは避けなければならない。
獏良の目に感情が燈った。
機械的に作業をこなすメイドではなく、一人の人間としての。
「おやめくださいッ」
ぱしんとバクラの手を弾いて睨みつける。
思いもしなかった反撃に、バクラは唖然とするしかない。
獏良はすうと息を吸い込んだ。
迷いはない。
「主人だからって何をしても良いと思ったら大間違いですよッ」
もう止まらない。止められない。
大分前から主人に対する怨み辛みは破裂寸前だったのだ。
メイドとしての理性がそれを抑制していただけのこと。
「大体なんなの?シャツのボタンは上までちゃんと閉める!むやみに胸を肌蹴ても喜ぶ人はここにはいないんだから。ネクタイもちゃんと締めて。そんな身なりじゃ先代も悲しむよ。僕の目の黒 い内はお前の好き勝手にさせないよ」
勢いよくビシィと指をさして、決まりすぎるくらいに決まった後で気づいた。
これでは減俸どころかクビではないか。
相当腹を立てていたとはいえ調子にのりすぎた。
「しっ……失礼致しました」
謝っても謝りきれない失態だが、ぺこりと頭を下げてバクラの部屋を飛び出す。
――クビだ!絶対クビ!
獏良は主人の顔をまともに見られなかったので気がつかなかった。
バクラが恍惚の笑みを浮かべていることに。
「威勢のいい奴は好きだ……気に入ったぜ、獏良了」
上唇をぺろりと嘗め、楽しそうにバクラは呟いた。
獏良の受難の日々は終わりそうもない。


反撃してこその了さんだと思って、言いなりにはさせませんでしたぜ。
今見返してみると、恥ずかしいですね。開いてビックリですよ。
好き勝手しすぎですね。この時の私に何があったのか(笑)。

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