パラレル☆西遊記その1
出会い
昔々、あまりにも乱暴だったために、お釈迦様によって岩の牢の中に閉じ込められた男がいました。
幾年も幾年も独り暗闇の中で時を過ごし、いつの日か封印が解けることを待ち望んでいたのでした。
バクラは反射的に身体を起こした。
人の気配がしたのだ。
この岩牢に閉じ込められてからというもの、一度だって人が通り掛かることはなかった。
あれからどれくらいの月日が経ったのだろう。
太陽の浮き沈みを数えるのは、とうに諦めた。
鉛のように重い身体を引きずり、やっと顔を覗かせられる程度の大きさの穴に近寄る。
本来なら術を使って、この小さな穴から出て行くことは造作もない。
しかし、いかんせんこの 岩穴には術封じがかけられているらしく、どんな術も使うことが出来なかった。
久し振りに穴から外の様子を見た。
以前はただ荒野が広がっているだけの景色だったが、今日は違っていた。
目の前に、白い法衣で顔以外を覆った男が立っている。
坊主がこんなところに何の用だ?
バクラがじっと見つめると、その坊主は両手を目の前に突き出した。
その手を肩幅まで広げ、そのままぱちんと勢いよく両手を合わせた。
バクラにとってそれは猫だましの他にならなかったのでのけ反った。
「あはは、驚いた」
坊主は嬉しそうにバクラを指差す。
「何しやがるんだ、てめえ!」
鼻に噛み付くような勢いで、坊主に向かってがなった。
「僕はあるものを取りに、西……天竺に向かっているしがない坊主だよ」
あくまでマイペースに坊主はバクラに話しかけた。
「お前って、悪い妖怪なんだってね。大暴れして閉じ込められたんでしょ?フフフ……」
くすくすと笑い、バクラの神経を逆撫でする。
「ねえ、僕の従者になってみない?最近は物騒でさぁ」
「誰がお前……」
坊主の言っていることなど耳に入れたくはなかったが、バクラはふと思い止どまった。
この坊主はバクラが外に出ることを前提に話をしている。
ならば、この岩牢の封印を破る方法を知っているのだろう。
「お前はここからオレを出せるのか?」
「これでも坊主だよ。もちろん!」
使える。
バクラはにんまりと笑いたくなるのを抑えて、殊勝な顔で坊主を見つめた。
「良いだろう。お前を天竺まで連れていってやる」
従順そうにとまではいかないものの、その言葉には真実味を帯びていた。
「ほんと?」
坊主は手放しで喜びを見せた。
「じゃあ、出してあげる」
言うが早いか、手に持った長い錫杖を大きく振り上げ、軽やかに手の中で回転させる。
何やら早口で坊主が唱え始めた。
バクラは解呪の念仏だと思ったが、坊主はただ意味のないことをそれらしく呟いているだけだった。
やがて、錫杖を更に高く持ち上げ、バクラからは見えない岩牢の上部まで伸ばす。
そこには釈迦がバクラを封じるために貼り付けた札が、ひらひらとはためいていた。
その札はどんなに強い風が吹こうとも、決して剥がれない。
ちょいと手首を利かせて錫杖で札を落とした。
「破ッ!」
そのまま力強く杖を振り下ろす。
ただの長い棒で紙切れを取ったその仕草が、バクラには仰々しい術を施したように見えた。
「さ、解けたよ」
バクラが岩牢を蹴破って外に舞い出た。
「ヒャハハハ」
外に出られた今、大人しくしている必要はなかった。
「お人好しもほどほどにしておいた方が良いぜ、坊さんよぉ」
擦り切れて汚くなった服が、一瞬にして真新しくなった。
自慢の如棒を振り回し、腕が鈍っていないことを確認する。
「ここから出られれば、もうお前に用はない」
「えー……一緒に行ってくれないの?」
「ケッ、だぁれが」
――やれやれ。お釈迦様の言ったとおりだね。
のんびりとした言動の裏で、坊主は冷静に構えていた。
バクラのことを教えた釈迦は、坊主にもしものときの道具を託していた。
法衣の袖からそれを取り出す。
「バクラ!」
「あ?」
なぜ名前を知っているのか疑問に持つより早く、
しゃらん
バクラの頭にそれを投げ掛ける。
「なんだこれは!」
頭を通って首から下がった物体を懸命に外そうとするが、敵わない。
「それは千年リング。絶対に外れないよ。そして、僕が呪文を唱えれば、お前の首にその紐がどんどん締まっていく」
「死ぬだろ、それ!っつうか、マジ外れねぇ」
「じゃあ……その針がお前の胸に突き刺さっていくよ」
「謀りやがったな……この狸め」
目を剥くバクラに、
「何を言う!先に僕のことを騙したのはお前の方だっ!この小悪党!」
先ほどとは別人のように、覇気のある声でバクラを諭した。 「僕を天竺まで連れていけば、外してやる」
錫杖の先でバクラの顎を持ち上げた。
「くそ……」
悔しそうに目を伏せるバクラに、坊主はやんわりと微笑んだ。
「僕の名前は了。よろしく」
ちょうどドラマがやっていた時期で便乗でした。細かいことは気にしないでやって下さいねv
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パラレル☆西遊記その2
夜に……
「本当に天竺に行けば、これを外すんだろうなぁ」
森の中を歩きながら、バクラが仏頂面で口を開いた。
「お前と違って、僕は嘘を吐かないよ」
涼しい顔で体を白い衣で包んだ了がそう返した。
「クソ坊主が」
口の中でこっそりと呟く。
バクラは名の知れた妖怪だ。
その乱暴さゆえに釈迦に封じられていたところを、旅の坊主の了が助けた。
たかが坊主一人の力では、バクラは制御出来ない。
しかし、バクラに付けさせた「千年リング」によって、逆らうことがあれば苦痛を与えることが出来るため、バクラは了に従うしかないのだ。
当然、この状態にバクラが満足しているわけでなく、反抗的な態度を続けていた。
「悲しくなっちゃうなぁ……」
人知れず了は呟いた。
「今日はここで野宿しよう」
森の中の平地に腰を下ろした。
簡単に食事を取ってから、それぞれ毛布にくるまって就寝の準備をする。
バクラは木にもたれ、了は地面の上に横になる。
その間、二人はほとんど口を聞かなかった。
焚火を消し、真っ暗な森の中で目を閉じた。
静寂が訪れる。
どれくらい経っただろうか。
了がもぞもぞと毛布から這い出た。
バクラの様子を見つつ、音を立てないように森の奥へ入っていく。
了の足音が完全に消えた後、バクラが目を開けた。
日頃からいつ奇襲が来ても良いように、浅く眠る習慣が出来ているのだ。
小さな物音でも逃すことはない。
音もなく立ち上がり、了が消えていった方へ向かった。
とにかく、バクラは了に腹を立てていた。
夜中にこそこそと抜け出るなんて、疚しいことがある証拠だった。
何か弱みを握れるかもしれない。
バクラは慎重に了の気配を探った。
ピシャン
小さな水温が耳に届く。
「あっちか」
音を頼りにバクラは茂みを掻き分けた。
視界の開けたその先には、小さな湖が広がっていた。
辺りを窺うと、白い衣が丁寧に折り畳まれて置かれていた。
バクラは衣を掴んで口元を歪ませた。
了は夜中にこっそりと水浴びにきたというわけだ。
日頃の荒いせに法衣をどうにかしてしまうのも良し、脅して跪かせるのも良し。
何にせよ、了はいま至極無防備な状態でいるはずだ。
気配を消して了の姿をゆっくりと探した。
湖の真ん中で白い裸身が揺らめいていた。
普段、顔以外は衣で覆い隠してしまっているので、フードの下はてっきり丸坊主だとバクラは思っていたのだが、長く白い髪が背中に張り付いて いた。
意外とほっそりとした身体に水を浴びせ、気持ち良さそうに微笑む。
整った顔立ちをしてるとは思っていたが、それ以上に隠された素顔は愛らしかった。
こうして見ると、これが本来の姿なのだと頷ける。
仏に仕える者特有の固い表情が、解放感でバクラが見たこともないくらいに柔らかくなっていた。
もっとも、バクラが心を開かないせいで、そういう表情をさせなくしているのだが。
その場に突っ立ていたせいで、かちりとバクラと了の視線が合った。
「あ……なに、お前も入りたいの?」
了が首を傾げたところで、バクラは踵を返した。
「あ、ちょっとッ!」
振り返らずに一目散に駆けていく。
毛布にくるまり、うずくまる。
岩穴に封じられたせいで、ずっと禁欲生活が続いていた。
旅の最中でも了の目が光っていたので、女とは一切縁がなかった。
それを……それを……
「どうしたのさ。お腹でも痛いの?」
了が濡れたままの身体に法衣を巻き付け、バクラを覗き込んだ。
「なんでもねぇよ!さっさと寝ろ!」
バクラはその後一晩中、悶々とした時間を過ごしたという。
「ふう……(ちょっと疲れた)」
「なんだ、休むか?」
「え?」
ヒロインにはお約束の水浴びシーンを入れてみました(笑)。惚れちゃった感じです
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パラレル☆西遊記その3
仲間
「この先の川には、通る者を次々と川に引きずり込む妖怪がいるんですだ!」
「よし、退治して……」
拳を握って向かおうとする了の首根っこを、バクラがぐわしっと掴んだ。
「迂回するぞ」
「どうして?」
「この先の村には、女を手篭めにする豚の妖怪がいるんじゃ!」
「よし、退治して……」
鼻息荒く村へ突進しようとする了を、バクラが後ろから抱きすくめた。
「迂回するぞ」
「どうして?」
「いつもなら、舌なめずりして妖怪退治に望むのに……このごろお前、変だよ」
巻き物を取りに天竺へ向かう了法師とその連れの荒くれ妖怪バクラ。
二人だけで荒野を歩いていた。
「嫌な予感がしたんだよ」
バクラは憂鬱な色を声に滲ませていた。
「行けば、この二人だけの旅がぶち壊されるような」
「?」
千年リングと了の呪文によって、了に従わなければならないバクラだったが……了にちょっぴり惚れていた。
仲間は一切いりませぬ。
あと続きが2つありましたが、紛失してしまいました;確か、牛魔王を対決→一緒に暮らそう……みたいな話です。