ばかうけ

ブレイクタイム

バリバリもぐもぐ
その食べっぷりには自然と感心してしまう。
僕の目の前で皿に積まれたサンドイッチが、あれよあれよという間に消えていく。
バクラと身体の主導権を入れ替えたのはほんの気まぐれ。
見た目に似合わずよく食べる。身体は僕のなのに、不思議だなあ。
「なに見てんだよ」
不機嫌そうに鼻を鳴らして、バクラが睨みつけてくる。
ヤの付く人じゃないんだから、いちいち因縁を付けてくるのはやめて欲しい。
「別に……ただ、良い食べっぷりだなあと、思って」
言った後で「ああ、しまった」と、唇を噛んだ。
普通に話したつもりだったけど、軽口を叩いたように聞こえるかも。
不機嫌にさせたって良いことないんだから。
「お前はもっと食わないと、細ぇままだぞ」
サンドイッチを齧りながらかけられる言葉は何故か優しい。
勢い良く食べているし、美味しいと思ってくれているのかな。
サンドイッチはただハムや野菜を挟むだけでなく、自家製のソースやマッシュポテトが入っている自信作だ。
「お前も変わってるっつーか、お人好しだよな」
「え?」
バクラがにやりと口角を上げる。
「このままオレ様がどっかばっくれたら、どうするんだ」
それは考えてなかったわけじゃないけど。
確か僕の身体をバクラの好きにさせるなんて、ちょっと前の僕なら考えられないことだ。
僕は口元に手を置いて考えるふりをした。答えなんて決まっている。
「んー……そんなことを自分から言うってことは、そんな気はないってことでしょ。それに、僕じゃなくてお前に食べさせたかったんだ。取らなくても栄養的には問題ないかもしれないけど、自分で食べた方が心にも身体にも良いんだよ」
にこりと微笑む。
ふいっとバクラが顔を伏せて、無言でもぐもぐと口を動かし始めた。
もしかして、逆効果?
せめてこういう日常のことに興味を持ってくれたら、素行も良くなるかもと思ったんだけど……。
僕は肩を落としてふうと溜息をついた。
気がつくと、お皿が綺麗に空になっていた。
僕が口を開く前に、
「ご馳走さん」
ぽつりと呟いてバクラは引っ込んでしまった。

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あくまでも獏良目線なので、バクラの心情は想像にお任せします。


鏡よ鏡

「何のマネだ?」
獏良が鏡台の前に立ち、右手に持った手鏡を色々な方向に向けている。
身なりを整えたいのなら鏡は一枚で足りるはず。
「合わせ鏡だよ。こうやって後ろ髪の具合を見るわけ」
二つの鏡はお互いを映し合って、正面の鏡台から獏良の後頭部も見えるようになる。
「お前は知ってる?こうやって無限に出来た鏡像の中に、過去や未来の自分の姿が映るんだって」
手鏡を鏡台の正面に向ければ、鏡の中にずらりと獏良の鏡像が出来る。
ミラーハウスなどで大量の自分の分身に囲まれて、他にも人がいるのではないかと錯覚してしまう人は多い。
そんな非現実の中に有り得ないものが映る可能性はないとは言い切れないかもしれない。
「自分をそんなに映しても気持ち悪ぃだけじゃねぇの」
「む、じゃあお前もやってみる?」
バクラに押し付けるように手鏡を差し出す獏良。
肉体なしの具現化した姿では鏡に映るはずもなく、バクラが試してみるのなら身体の主導権を交代させなければいけない。
獏良の取った行動はバクラとのコミュニケーションの一貫なのだろう。
バクラはわざわざそこまでする気は起きなかった。
そんな戯言を信じる信じないは別として、今ここに映ってないように未来の姿が映るとしても、そこには何もないように感じられたからだ。
過去の姿が映ったとしたら、それは遠い昔の姿で、今のバクラには何の意味も為さないように思えた。
どちらが映るにしても、獏良に見せる気にはなれない。
バクラが何もしないでいると、獏良は首を傾げて鏡を下ろした。
「うーん、やっぱり見なくても分かるかな」
獏良は鏡の前に向き直り、再び手鏡を自分にかざし始めた。
「何がだよ」
「お前の過去か未来の姿」
どくりとバクラの胸が鳴った。
そんな動揺を分かるはずもなく、獏良は手鏡を静かに鏡台に置いて続けた。
「お前の過去か未来っていったって、僕とお前が映るだけだもんね」
ふわりとバクラに柔らかい微笑みが向けられた。
それは、本人にとっては他愛のない言葉だっただろう。
バクラの姿を鏡に映そうとすれば、獏良の肉体とバクラの心が映るのだから。
しかし、バクラにとっては別の意味でも捉えることが出来た。
「そんなの、ごめんだぜ」
バクラはにやりと笑って、憎まれ口を叩いた。

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宿主にとってはバクラの過去も未来も関係ないのです。
自然と欲しい言葉をくれる仲にしたいと思ってます。


銀の光

マンションの一室のドアがお世辞にも行儀が良いとは言えない音を立てて開いた。
眉を吊り上げ、口をへの字にした獏良が玄関にズカズカと入って来た。
ドアの機嫌も聞かずに、そのままの勢いで閉める。
革靴を揃えもせずに投げ出してしまった。
リビングに直行し、ソファに学生鞄を放り投げ、いい加減煩わしくなった上着を乱暴にその場に脱ぎ捨てた。
荒々しく息を吐くと、ソファにどっかと座り込む。
普段物静かと評される彼とは思えない行動だ。
その場に誰か知り合いがいないことが幸いだった。
きっと、口をあんぐり開けて、彼との接し方を考え直してしまうだろう。
少なくとも、世にも珍しい同居人はその様子に驚いたらしい。
いつもは呼んでも姿をなかなか見せないはずなのに、自分から獏良の前にふわりと現れた。
「なに?」
口を開く前に、獏良の方から気だるげに問いかけてきた。
吊り上がった目だけが爛々と光っていて、迫力のある顔立ちではないはずなのに、平常時とのギャップで恐ろしく見える。
「なに荒れてんだよ、宿主さま」
少々唖然としながら、バクラが尋ねた。
獏良を器としているとは思えない面構えのバクラだが、今だけは鏡を見ているような気分に陥った。
「見てたんじゃないの?」
会話をし慣れている仲ではないとはいえ、行儀も愛想もない言い方だ。
「四六時中お前のことを見張ってるわけじゃねぇんだ」
獏良が大きくため息をつく。
「髪、注意された」
面倒臭そうにぽつりと零した。
「ああ」
その一言だけで合点がいった。
獏良は非常に珍しい髪の色をしている。
端正なその顔立ちと相まって、良い意味でも悪い意味でも目立ってしまう。
童実野高校に転校してすぐに無遠慮な体育教師に目を付けられたことはバクラも覚えている。
「すぐに染めてこいだってさ」
「はあ?お前、地毛だろそれ」
現代社会のルール――ましてや、たかが校則なんてバクラにとっては知ったことではない。
しかし、今の一言がどれほど横暴かは明白だった。
髪や目、肌の色なんて生まれつきのものなのでどうしようもない。
それをねじ曲げようとしたら、自分自身を否定することになる。
「言ったけど、信じてもらえなかった」
それまで怒りに染まっていた顔が少しだけ暗くなり目を伏せた。
何事も力ずくで乗り切ってしまうバクラにとっては、例え同じような目に遭っても些細な問題だ。
けれども、根が真面目な獏良には堪えるのだろう。
バクラは立ったまま腕を組み、
「今まではどうしてたんだよ?」
獏良の神経を逆撫でしないように静かに問いかけた。
「今までは……」
バクラによる事件が起きるまでは、そこそこ名の通った私立高校に通っていた。
基本的には今の高校より校則は厳しく、初めは難色を示されたが、親から証明を出したらすんなりと許された。
その頃は髪が短かったこともあるだろう。
放って置いたら女子と見紛う長髪になってしまったが、すぐに転校を繰り返すようになったので、あまりぐちぐちとは言われなくなった。
童実野高校は生徒もそうだが、教師も荒っぽい方が多い。
獏良が何と言っても、言い訳だと思い込んでいるに違いない。
「もう、本当に染めちゃおうかな……」
獏良は一房の髪を指に絡めて小さく呟いた。
これから何度も言われるのかと思うと、反論するのが面倒になってしまっていた。
それならいっそのこと染めてしまった方が楽ではないのか。
「それはやめとけ!」
いきなり響いた声に驚いて、獏良は顔を勢い良く上げた。
他人事としては感情のこもった声だった。
ましてや、バクラに獏良の髪の色なんて興味がないことのように思える。
てっきり獏良は笑われるかと覚悟をしていたくらいだ。
「お前に関係あるの?」
自分で言ってから、バクラと関係があるはずのないことに気づいた。
しかし、あえて撤回はしなかった。
「そんなことを言ってんじゃねぇよ」
何故かバクラは眉間に皺を寄せた。
「お前の言う千年アイテムの因縁に関係があること?」
「違う」
はっきりとしない物言いに、獏良の苛々が再熱しそうだった。
それを感じ取り、バクラは眉を少し下げた。
「個人的にっつーか、好みっつーか……」
口の中でぶつぶつと呟く。
その様子に獏良は首を傾げざるをえない。
「なに、お前がこのままでいたいっていうこと?」
やはり姿を共有するものとして、勝手に容姿を変えるなということだろうか。
バクラの顔が再び険しくなる。
「あ、そうと言え……ねぇかもなあ」
どうやら答え方を思案しているようだ。
「まあ、元のままのが楽だろ」
少し間を置いて、バクラがそう結論づけた。
「そうだけど……」
納得がいかない。何か別のものが喉の奥に詰まっているようだった。
獏良が問うより先に、バクラは元の調子に戻ってしまった。
「親のサインか昔の写真でも取り寄せればいいだろ」
何もなかったかのようだ。
「ウチは時間がかかるだろうから気が進まないけど」
それまで胃は痛くなるだろうが、背に腹は代えられない。
「そうするか……」
ソファの上で大きく伸びをする。
それを見届けて、バクラがその場から霞のように姿を消した。
獏良の心の奥に帰るほんの一瞬、彼らしからぬ言葉を聞いた気がした。
『そのままでいいんだよ、お前は』
獏良は目を見開き、声にならない声を上げたが、それっきり何も聞こえてこなかった。
気のせいだったのだろう。

乱暴に照りつける太陽よりも、優しく照らす月が好きだった。
全てを包み込むような柔らかな光。
銀色の光が降り注ぐ夜は、心が不思議と安らいだ。
ふわりと揺れる柔らかな髪が、いつもそれを思い出させてくれる。

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髪型という遊戯王の触れちゃいけないところへいってみました。

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