オセロ
「ねぇ、バクラ。オセロしようよ」
唐突に、獏良がオセロのボードを引っ張り出してきた。
「はぁ?なんだよいきなり」
面倒臭ぇと言わんばかりに、不平の声を上げるバクラ。
「長いことやってなかったからしたくなってさ。それにたまにはお前とゲームするのも良いかなって」
承諾も得ていないのに、獏良はさくさくと準備を進めていく。
「やるなんて一言も言ってねぇぞ」
「お前が勝ったら……」
やる気はゼロだが、褒美を目の前にちらつかされたら思わず耳を傾けてしまうのが人情。
バクラを引き付けることが見事に成功したことに、獏良は唇の端をにいと上げた。
「一つだけ願い事を叶えてあげる」
どくん
愛しい愛しい宿主さまにどんな望みを願う?そんなの決まっている……!
「おもしれぇじゃねぇか。やってやるよ。後から今の条件を取り消すなんて言うなよ」
漲るオーラが全身にまとわり、元から跳ねている髪が更に上がる。
「うん。お手柔らかにね」
そう言って獏良は妖艶に微笑んだ。
オセロはとてもシンプルだ。
駒は白と黒の二つしかない上に、勝敗判定もどちらの駒が多いかのみ。
それだけに戦略の読み合いや騙し合いが純粋に必要となってくる。
奥深いゲームなのだ。
「そこだ」
獏良が白の駒でバクラが黒だ。
実体の無いバクラに代わり、獏良が二人分の駒を動かしていく。
「じゃ、僕はここ」
傍目から見たら一人でやっているように見える。
「お前、つまんなくねぇか?――そこな」
自らの手で白を黒に染めながら、獏良は首を横に振った。
「楽しいよ。オセロは一人じゃ絶対出来ないもの」
今度は黒を追い込むように白が増殖する。
「そうかよ」
バクラが次の一手を指示した。
結果は一目瞭然。
ボードの上に乗った駒は圧倒的に白が多い。
「バクラ、弱~い」
心底楽しそうに獏良がけらけらと笑った。
「うるせぇ」
敗因は「ご褒美」に釣られて勝負を急いでしまったことにある。
願い事を叶えるなどと獏良が言い出したのは、勝負に引きずり出すだけではなく焦らせる意味もあったのだ。
つくづく恐ろしい奴だとバクラの背筋が凍る。
「で?」
「え?」
「なんかオレに叶えて欲しいことがあんだろ」
何を言われても驚かない覚悟は出来ている。
自分は勝ったらどうしてやろうかと、散々いらない妄想をしたのだから。
「ううん。良いよ。何もしなくて」
意外な返答にバクラは目を丸くした。
獏良のことだから家事を押し付けたり、無茶苦茶なことを言われたりするのだと思っていたのだ。
「だってお前が勝ったら願い事を叶えるって言ったけど、負けたら叶えてなんて言ってないし、僕は一緒にオセロをやるっていう願い事を叶えてもらったからいいんだ」
言って、獏良は鼻歌交じりにオセロを片付け始めた。
「待て。まだ終わっちゃいねぇぞ。もう一回だ」
「え?でも……」
嫌だって言ってたじゃないかと、遠慮がちに口を挟む。
「勝ち逃げは許さねぇからな。さっきの賭けも有効だろ」
荒い口調とは裏腹に、バクラの視線が宙を泳いでいる。
「うん」
――ホント……不器用だけど、優しいんだから……。
書いてみて分かったのですが、黒と白の駒ってなんだか意味深。
私はオセロとか、パズル系大好き人間ですv
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体調不良
人間には後悔するときが往々にしてあると思う。
僕は今日それをひしひしと感じた。
録画をするだけして、見ていなかったビデオを全てやっつけてしまおうと思ったのが間違いだった。
気付いたときには明け方で、ほとんど眠る時間がなかった。
思い返してみて、つくづくバカなことをしたと思う。
授業に身は入らないし、みんなの会話にはついていけないし、絶不調。
おまけにすっかり忘れていたんだけど、今日は体育があったんだ。
こんな状態で運動したら、絶対倒れちゃう。
それなのに先生が「寒さで体が鈍っているだろうから、マラソン五周!」なんて言い出したから堪ったもんじゃない。
世の中はなんて無慈悲なんだろう。
「獏良ぁ、大丈夫か?」
城之内くんがふらふらと走る僕を気にかけてくれる。
「う……うん」
本当は景色はぐるぐる回ってるし、頭はくらくらしてる。
も……もうダメ……。
気を抜くや否や、ふっと意識が遠のいた。
このまま倒れたら痛いんだろうなぁ。
でも不思議なことに、何の衝撃もなかった。
ふわりふわり奇妙な浮遊感。
遠くで誰かが喋ってる……。
「一人で大丈夫か?オレも保健室まで行ってやろうか?」
「うん、ありがとう。平気だよ」
――僕?
僕じゃない……バクラだ。
バクラが僕の真似して喋ってる。
「まったく……世話かけさせんな」
不機嫌そうな口調でバクラが僕に話しかけてきた。
「ごめん……」
「いいから、お前は寝てろ。あとはオレに任せとけ」
相変わらず苛々とした喋り方だったけど、怒ってるからじゃない。
僕を心配してるからなんだ。
それが分かった途端、なんだか僕は安心して眠りにつくことが出来た。
本当はもっと長くて、おもて用に以前打ったものを小話用に打ち直しました。
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記憶喪失
「キミ……だれ?」
朝起きて開口一番、獏良がバクラにそう告げた。
その言葉にぴしという音を立ててバクラが硬直する。
そんなバクラに気付いているのかいないのか、獏良はベッドに座ったままきょろきょろと辺りを見回し、
「ここ……どこ?」
更なる衝撃を口にする。
「や……宿主サマ……?」
やっと硬直から抜け出せたバクラが、震える手を獏良に伸ばそうとすると、最後の爆弾が投下された。
「僕は誰なの?」
初めは新手の嫌がらせかと思ったが、どうも記憶を失っているのは真実らしい。
二言三言言葉を交わしてみたが、あまりにも普段の獏良の様子から掛け離れている。
何もかもが記憶から抜け落ちているらしい。
無造作に置いてあったテレビのリモコンを興味深げに見つめたり、スプリングのきいたソファの上で弾んでみたり、まるっきり初めて接するような行動をとった。
「僕の名前は"ヤドヌシ"って言うの?」
「あ゛ー……」
一から獏良とバクラの関係を説明するのは骨が折れる上に、なんとなく気まずい。
とりあえず、当たり障りのない返答をすることにした。
「それはあだ名だ。お前の名は了。オレ様はバクラだ」
この状況で混乱を招くような発言をするのは得策ではない。
それに、今言ったことはまるっきりの嘘でもない。
「りょう……りょう……」
繰り返し呟き、獏良は残念そうに首を振った。
「よく分からないや……。ねえ、バクラちゃん、僕のこと呼んでみてくれる?」
「ちゃ……ちゃん?頼むからそれはやめてくれ……」
獏良は首を傾げてから、
「うん」
無邪気な顔で大きく頷く。
その瞬間に、雷に打たれたような衝撃がバクラの全身を駆け巡った。
今の獏良はバクラのことを一切覚えていない。
逆に言えば、バクラに対する悪感情を全く持っていないことになる。
つまりは、嫌悪感をあらわにしてくることも、冷たい目で見られることもゴミのように扱われることもない。
――チャーンス!
「やど……了ッ」
バクラはがっちりと獏良の両肩に手を置いた。
「んー……やっぱり、自分の名前っていう実感湧かないや」
バクラの発する妖しいオーラに全く気付かずに、獏良ががっくりと肩を落とす。
「普段、お前がやってることをやれば、何か思い出すかもしれねぇ」
「ホント?いつも僕って、何をしてるの??」
獏良は疑うことを知らない純粋な瞳でバクラの顔を覗き込んだ。
突然の急接近に思わず暴れだしたくなる衝動を必死に抑えこむ。
「オレ様の言うことを、一字一句間違えずに言ってみろ」
「うん」
バクラはこほんと咳払い一つ。
「僕、本当はバクラのことが……好きなの」
自分で言って鳥肌がたったが、
「僕、本当はバクラのことが……好きなの」
獏良の口から同じことを繰り返されるだけで全てが帳消しになる。
調子に乗って次から次へと繰り出される恥ずかしいセリフを獏良は素直に繰り返した。
「バクラになら何されても良いよ」
「僕の全てを捧げるよ」
「今日だけで良いんだ……お願いっ」
真似をすることが面白くなってきたのか、にこにこと浮かべる獏良の微笑みがバクラの目には三倍可憐で美しく映った。
「次は……バクラの嫁に……」
「ねえバクラくん……」
調子づいたバクラの言葉を遮るように、身体をもじもじさせて獏良が小声で言った。
心なしか顔が赤い。
「なんだか僕、ヘン……ヘンな感じがする……熱い……ッ」
獏良は潤んだ瞳でバクラを見つめた。
バクラはごくりと唾を飲むと、なんとか繋ぎとめられている理性で欲望を抑え込む。
「……熱いってどこがだよ」
「ここ……」
獏良はゆっくりとバクラの目の前に右の拳を突き出した。
炎のような赤いオーラを放ち、ぶるぶると震える右の拳を。
「なんだか暴れだしそうなんだ。これ、どうしたんだろう……ってあれ、バクラくん?」
「すみませんでした……」
バクラの額から冷や汗が滝のように流れ出す。
覚えていなくても、身体にはきっちりと拒否反応は出るらしい。
「えっ、なに?どうしたの?」
思わず後退りをするバクラに、訳も分からず間合いを詰める獏良。
「あ、ああー!僕の……僕の右手が勝手にぃー!」
「許して下さい、宿主さま!」
バクラの断末魔の悲鳴がマンション中にこだました。
一度はやりたかった記憶喪失ネタ。
でも、これ、シリアスになりそうだったので、重くならないように明るく頑張りました。
↑のもやってみたいなぁ。→※後にやりました。