着せ替え人形
「あ、これカワイー!」
杏子が色とりどりの服を吟味しながら、黄色い声を上げた。
店に入ってからさほど時間は経っていないのに、遊戯と獏良は疲れた表情をしていた。
「遊戯くんはいつもこんなことに付き合ってるの?」
大した用事もなくぷらぷらと町を歩いていたら、ショッピングに出かける二人とたまたま出会い、現在の状況に至る。
「ううん。杏子は女友達と買い物に出かけるんだよ。僕と来るのはたまに」
何故か歯切れ悪く遊戯が返答した。
「そうだよね。普通は女の子と一緒だよね。なんで遊戯くんと行くのかな」
「それは……」
遊戯が口を開いた瞬間、
「これに決めた!」
杏子が心底嬉しそうに言った。
服を手にし、くるりと獏良の方に振り返る。
「獏良くん、これ着てみて!」
「は?」
杏子の腕の中にあるのはどう見ても女性用。
目を丸くして返答に困っていると、遊戯が獏良に耳打ちをした。
「杏子の趣味なんだ」
「あっちも良いかも!」
杏子が離れている間に簡単に遊戯が説明をした。
初めは冗談半分に遊戯にきせかえをしてみただけだった。
それがあまりにも似合ってしまったために、たまにこうして遊戯を引っ張りだして出かけるようになったらしい。
「タイミングが悪かったね、獏良くん」
「杏子さんが自分で着れば良いじゃない」
獏良のもっともな意見に、遊戯は首を横にする。
「自分じゃ着れない服を着て欲しいんだって。あんまり可愛い服は着れないって言ってたから」
「女の子ってそういうものなのかな?遊戯くんはなんで断らないの?」
獏良の質問に遊戯の顔にふっと哀愁の影が下りる。
「うん……。……理由はすぐに分かると思うよ」
それ以上は聞けない雰囲気だった。
「やっぱり、これ!これ着て獏良くん!」
杏子から手渡されたのは黒のワンピース。
余計な装飾はなく、黒という色も加わって上品に仕上がっている。
「え……いや……」
きらきらと瞳を輝かす杏子に、真っ向から断れず口ごもる獏良。
助けを求めようと遊戯を見やると、
「後で杏子、奢ってくれると思うよ。シュークリームとか」
後ろから逆に追い討ちをかける一言を告げた。
「うう……っ」
獏良を助けてくれそうな人物は見当たらなかった。
追い立てられるようにして入れられた試着室という逃げ場のない個室で、黒のワンピースを身にまとう。
「スカスカする……」
初めてのスカートの着心地に思わず涙した。
着てみて分かったのだが、丈が思ったよりも短く、胸元がかなり開いている。
気を抜くと太股が剥き出しになるのではないかと思った。
気合いを入れて、カーテンに手をかける。
じゃっ
「獏良くん、似合うー!」
杏子が手放しで褒めた。
当たり前だが、嬉しいはずがない。
「うんうん。バストがもう少しあったら着映えするよね。あ……胸がないなんて言って、ごめんね」
「いや、僕、男だし……」
いつまでこの格好をしていれば良いのかと、獏良はもじもじと身体をよじった。
――早く脱ぎ捨てたい。
「もう良いよね?」
歓喜する杏子に問いかけると同時に、何かおぞましい気配を感じた。
ゆっくりと視線を向けると、いつもよりやや気迫に欠けたバクラがいつの間にか姿を現していた。
――見られてたんだ!
弱みを握られたと青くなるのも束の間、
「オレ様のー!」
「うわー!」
文字通り飛び付いてきたバクラに悲鳴を上げた。
「なに、どうしたの?」
バクラの姿は獏良以外に見えるはずもなく、杏子が訝しげに首を傾げる。
「あー……な、なんでもないよ……や!」
バクラが裾を捲ろうとしたので、慌てて手で押さえる。
――小学生か、お前は!
怒鳴りつけたいのを血を吐く思いで我慢する。
「杏子さん、もう着替えて良いかな?」
「十分見せてもらったから、良いよ」
やっと逃れられると安堵したのも束の間、
「これ、購入だ!買え!このまま着て帰れ!」
血走った瞳でバクラが言い寄った。
「もうやだ……」
その時、獏良は気がついた。
もう一人の被害者――遊戯が「分かってるよ」と言わんばかりに優しく見守っていることを。
――遊戯くん、もしかして、君も同じことが?
――もう一人のボクもすごくお気に入りなんだ……。
目と目で確かに分かりあえた。
背負うものは同じである。
やっぱり基本の女装は押さえておかないと……ということで(笑)。
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看護士さん
「失礼しまーす。お体の調子はどうですか?」
元気良く看護士・獏良が患者に問いかけた。
患者であるバクラは、むすっとしたまま何も答えなかった。
「調子が悪くなったら我慢せずに、いつでも声をかけて下さいね」
獏良はめげずに優しく微笑みかる。
この患者は入院してからずっとこんな調子だ。
お陰で怖面なことも手伝って、同室の患者や見舞い客、他の看護士にさえも怖がられている。
その上、刃物を使った喧嘩での入院なので、暴れださない保証はないと女性職員たちが担当を嫌がったので、この病院の看護士の中では数少ない男である獏良が面倒をみることになったのだ。
獏良は献身的に面倒をみているのだが、一向に心を開く様子が見受けられないので少しだけ落ち込んでいた。
でもそれは決して顔に出してはいけないと心に決めてある。
怪我も病気も直そうという気力があるかないかで大分違ってくる。
患者に元気を与えるには、まず自分から明るく振る舞わなければならない。
「ガーゼ取り替えますね」
カーテンを引き、周りと遮断する。
獏良はバクラを脱がし、古い包帯やガーゼを取り去る。
消毒液を傷口に優しく丁寧に塗る。
手際良く作業をこなしていった。
「だいぶ傷が塞がってきましたね。これなら早く完治しそうですよ」
手を止めずに口を動かす。
不意にバクラに腕を引かれた。
バランスを崩し、バクラの胸に倒れこむ。
「ごめんなさい!大丈夫ですか?」
慌てて体勢を元に戻す。
バクラの様子を見る限り、傷口には触れていないようなので、ほっと胸を撫で下ろした。
「どうしたんですか?痛いところでもありましたか?」
何か不安なことがあるのかもしれないと極力優しい口調で問うが、バクラはふいと横を向くだけで語ろうとしない。
いつもと変わらない二人の距離に、残念な気分になりながらも、
「では、何かあったら声をかけて下さいね」
カートを引いて退室する。
出てすぐの廊下で見知らぬ金髪で色黒の少年とすれ違った。
患者ではないし、見舞い客の中にも覚えがなかった。
「バクラ、見舞いに来てやったよ」
けたけたと笑いの混じった声が後ろから聞こえてきた。
――なんだ友達いるんじゃない。
獏良は保護者のような視点から嬉しい気分になった。
「くっくっく。バクラが入院するなんてさ」
獏良からトモダチと認識されたマリクは、バクラを指差して笑った。
「帰れ」
「だからあんまり調子に乗るなって、忠告しておいてやったのに……プッ」
「帰れと言ってるだろうが!」
バクラは不機嫌そうに鼻を鳴らし、マリクを睨みつける。
「てめえ、何しに来たんだよ。手ぶらで見舞いとか言うなよ」
「冷やかしに来たんだよ」
にやにやと笑いながら言うので、憎たらしいことこの上ない。
「あ、さっき白い髪の可愛い看護士さんとすれ違ったんだけど、バクラを担当してる子?」
バクラはちっと軽く舌打ちする。
このマリクに知られるとろくなことがない。
「そうだ」
なるべく感情を出さないように答える。
「良いな。あの子が甲斐甲斐しくお世話してくれるのか。凄くオイシそうだった……もうやった?」
少しも隠そうとせず、露骨にマリクが言った。
「これを見てから物を言いやがれ」
バクラは身体のあちこちに巻かれた包帯を指差す。
「バクラならいけるかなあって思ってさ。なんだ、まだ清い関係なのか。で、どう?いけそう?」
興味津々に尋ねてくるマリクに、
「うるせぇよ」
バクラはぴしゃりと打ち切った。 「はいはい。じゃあまた来るよ」
「二度と来なくて良い」
ひらひらと手を振り、マリクが病室を立ち去った。
静かになった部屋の中で、バクラは腕に巻かれた包帯を擦った。
獏良が終始丁寧に優しく巻いた包帯を。
「今はまだ、な」
バクラはペロリと唇を舐めた。
飢えてたのかしら(恥)。
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ダイエット
半裸の獏良がおそるおそる小さな箱状の物体の上に乗った。
ぎしりと箱が軋み、中の針がぐるんと大きく動く。
針が指したメモリを確認した途端、獏良の瞳に影が落ちた。
「太った……」
獏良はその箱――体重計の上でしゃがみ込み、膝小僧を抱えた。
パジャマに着替え、ごろんとベッドに横になった獏良の表情は暗い。
獏良は腹をぷにぷにと押してみたり、太股をぺちぺちと叩いてみた。
「なんだ、色仕掛けか?」
「違うよ……」
バクラに言い返す気力もなく、獏良は力なげに首を振った。
「太った」
「ハァ?どこがだよ」
バクラの目でも変わったところは見受けられない。
それどころか、獏良は華奢すぎるように思える。
バクラは常々もっと肉をつけた方が良いと思っていた。
「2キロも増えてた」
こうべを垂れ、暗い口調で呟く。
「筋肉がついたのかもしれないぜ?」
「ずっと引きこもってばっかだもん。それはないね」
獏良はパジャマの裾をぺろんと持ち上げて腹を出す。
「腰回りが太った気がするんだけど」
「気のせいだろうよ。大体、男が細かいこと気にすんな」
と、バクラは突き放したような言い方をしたが、内心は自分好みの身体のままなので、うきうきと上機嫌だ。
「うー」
「それとも……」
獏良の尻を撫で回すように、半透明な姿で手を動かした。
「ひゃっ」
「食べ頃か?」
感触はなかったが、獏良は尻を庇い、バクラを睨みつける。
「親父か!お前は!」
「ヒャハハ」
もう話すだけ無駄だと理解した獏良は、ふいと横を向いて呟いた。
「ダイエット……かなぁ。肉を減らして……あと運動?」
それを聞き漏らさなかったバクラは焦った。
肉を食べられないということよりも……
「やめとけ。ぶっ倒れるぞ、てめぇ。身体を鍛えるのは良いとは思うが、ケガして寝込むがオチだろう?お前は」
これ以上痩せて、せっかくの体形が崩れるのが嫌だった。
「うー……」
言い返す言葉が見当たらず唸る獏良に、ほっと息を吐く。
「お前はお前のままで良い」
「え……?」
ヨコシマな思考から出た発言だが、獏良は頬を赤らめた。
「今のままでいろ」
ある意味真剣なまなざしで見つめられ、こくりと頷く。
「お前は今のままで……抱き心地満点だ」
それを聞いた獏良の表情が一変し、
「ふっふっふー。今なんて言ったぁ?」
見るものを震えあがらす壮絶な笑顔を浮かべた。
「ちょっと待て。オレ様はお前の身体のことを思って……」
「待たない、よ?」
獏良は千年リングをわしっと掴んだ。
「何しやが……」
暗転
「あー、良かった。身長が伸びてたのかー。これでダイエットしなくてもすむよ。……ね、バクラ」
抜け殻になってしまったように、千年リングはウンともスンとも言わなくなっていた。
たぶんセクハラが描きたかったんだと……。