「よし、書けた」
獏良はペンを横に置いた。
一枚の縦長の紙が手元に添えてある。
「あー、『無病息災』ィ?」
後ろからバクラが覗き込むようにして、紙に書いてある文字を読み上げた。
「なんだ、色気のない願い事だな」
「む、元気なことは良いことじゃないか」
獏良はぷくりと頬を膨らませた。
「はい、じゃあそんなことを言うバクラの願い事はなにかなー?」
もう一枚の紙を取り出して、ひらひらとバクラに見せつける。
「は?」
「お前のも吊るしてあげるからさ」
獏良のマンションには、住民が願い事を吊るせるように笹が用意されていた。
住民なら自由に吊せるように紙とペンまで設置されている。
「願って叶うような願いなんてねぇよ」
「予想通りの反応だなぁ」
こつこつとテーブルをペンで叩きながら獏良が唸った。
「別に人生を左右するような、大きなことじゃなくて良いんだよ。ささやかな望みで良い。何か、ないの?」
「食い下がるじゃねぇか。そんなにオレ様の願い事とやらが聞きたいのか?」
バクラの捻くれた思考に困った顔で獏良は笑った。
「別にそういうわけじゃないんだけど。年に一度なんだからさ。お前も、ね」
バクラには祈りだとか奇跡だとかに頼ることはない。
それらが不確かであることを誰よりもよく知っているからだ。
望みは自分の力で叶えるものだと思っている。
しかし、他ならぬ獏良の提案なのだから、無下に断るわけにもいかない。
すぐに叶えられるような、ささやかな望み。
顎に手を当てて思考を巡らせた。
「何でも良いんだな」
「うん!」
言葉の端からバクラが乗り気になったと感じた獏良は、顔をぱっと上げた。
「じゃあな……」
聞き漏らさないように耳を澄まし、すぐ書けるようにペンを握る。
「 」
「え?」
獏良はペンを動かさなかった。
ペンを握ったままの姿勢で硬直している。
「どうした。書かないのか?」
「それは……誰に願っているの?」
躊躇いがちにバクラに尋ねた。
「織姫と彦星?それとも………僕……?」
獏良の少し俯き加減の顔が、薄く赤色に染まっている。
「さぁな。でも、願い事が叶うんだろ?」
願い事が叶う日とバクラに教えたのは獏良だ。
叶えなくてはならない何か責任感のようなものが、獏良の胸の中を占めた。
そんな気持ちになるのは、自分が叶えてやりたいと思っているせいなのか。
獏良はペンから手を離し、バクラの方へと振り返った。
「バクラ……」
「ん?」
にんまりと笑ってバクラは首を傾げた。
何か用か?
そう、言っているようだ。
――分かってるくせに。
あくまで獏良に"させる"気なのだ。
恥ずかしさで耳まで真っ赤になり、目が潤んだ。
――もうどうにでもなれっ。
両腕を勢い良く伸ばし、バクラにしがみつくような形で唇を押し当てる。
本当に触れているわけでもないのに、どうしてこんなに心臓が跳ねるのか分からなかった。
数秒の後に唇が離れた。
「これで良い……?」
どうしようもない羞恥心から、獏良は真っ赤な顔に腕を乗せた。
「好きになれそうだぜ、タナバタ」
バクラは満足げに笑った。
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バクラが関わると何でもエロくなります。