サイト内、2007年~2017年にある「昔々のはなし」のクリスマス番外編。
D版「美女と野獣」のパロディなので本編は読まなくても大丈夫。
バクラ…古城の城主。大昔の悪行により当事の王様に不老にされ、城から出られない魔法をかけられた。愛し愛されることを知れば人間に戻れる。了に心を開き始めた。
了…変わり者の村の青年。↑の魔法を解くために無理やり連れてこられた。バクラと少し仲が良くなったところ。
マリク…外界とバクラを繋ぐ役目をする。主は王様だが、バクラと了に肩入れをしている。
王様…バクラに魔法をかけたのはご先祖様。目に見えない誰かとよく話している。
『続・昔々のはなし』
王宮に一通の封筒が届きました。赤い実のついた柊の葉が描かれた招待状です。
王様は文面を読むと顔を綻ばせました。「彼ら」から招待状が届いたのは初めてのことです。それまでパーティが開かれたことはありません。
「楽しみだね、もう一人のボク」
玉座の間に王様以外の人物はいませんでしたが、見えない何者かに囁いたようでした。
*****
城が薄っすらと雪化粧をし始めた頃です。日差しが雪面に反射してきらきらと眩しい朝、了は白い息を吐き出しながら両開きのテラス窓を開けました。ひんやりとした新鮮な空気を部屋に取り込みます。
寒さなど物ともせずに鼻歌を歌い出してしまいそうなくらいの上機嫌でした。なにしろもうすぐクリスマスなのです。クリスマスといえば、ご馳走にプレゼント、楽しいことばかりなのですから。
実家にいたときは父親と貧しい中でも工夫をしてクリスマスの準備をしたものでした。お金がなくても心は満たされます。クリスマスはどれも幸せな思い出ばかり。
どうやって飾りつけをしようかしらと想像を膨らませていきます。大きな城ですから飾り甲斐があるでしょう。
しかし、ここは自宅ではありません。勝手をしては不都合があるかもしれません。まずは城主に許可を取ることにしました。
*
「くだらねぇな」
城主であるバクラの答えはにべもないものでした。不機嫌そうに鼻を鳴らし、獏良を一瞥しただけでそっぽを向きます。
「お前が勝手にやるのは見過ごしてやる。だが、オレ様の前で一言でもクリスマスなどと言うんじゃねえぞ」
了はしょんぼりと項垂れて噴水の縁に腰かけました。楽しみに水を差されたのは勿論ですが、バクラと少し仲が良くなれたと思ったのに冷たくされたのが悲しかったのです。
「おやおや、どうしたんだい?」
手綱を引いて馬を連れたマリクが傍らにやって来ました。外に出られないバクラに代わり、月に何度か物資を運んでくるのが彼です。今日がちょうどその日でした。
獏良が事の次第を説明すると、マリクは少し困った顔をしました。
「うーん。了のためにあいつを叱ってやりたいけどねえ……。クリスマスはさ——」
*
バクラは窓際に立って苛々と爪先で床を踏み鳴らしていました。窓に映る真っ白な雪景色も空気が澄んだ冬の青空も、この上なく忌々しいものに見えるのです。
魔法をかけられたのは、遠い昔のクリスマスの日でした。城から出られなくなったのも、不老の怪物になったのも。その日からクリスマスが近づくと古傷が痛むように全身が軋むのです。何も知らない人間たちが能天気に騒いでいるのにも腹が立ちます。
けれども了に厳しい物言いをしたのは、ただの八つ当たりでした。せっかく最近は笑顔が増えてきたというのに、とても悲しそうな顔をさせてしまいました。だからといって言葉を覆すつもりはありません。それほどまでにクリスマスの日が忌々しいのです。それでも最後に見た了の表情がいつまでも目の前から消えないのでした。
*
了は羊皮紙を手に城の廊下を歩いていました。クリスマスの飾りつけの図面を引くためです。本来なら大好きな作業のはずが、足取りはとぼとぼと元気がありません。
バクラに冷たくされたのが理由ではなく、知らなかったとはいえ、意味嫌っているものを無理強いするような形になったからです。了にはそんなつもりなどありませんでした。ただ二人でクリスマスを楽しみたかっただけです。
バクラが嫌というならそれで構いません。でも、クリスマスの思い出が辛いままなのは悲しすぎます。それが毎年毎年やってくるのです。考えるだけで胸が張り裂けそうでした。
了は窓から外の景色を眺めました。部屋に閉じこもって一人で過ごす立場で考えると、綺麗な白銀の世界も寒々しく見えます。毎年バクラは何を思って色彩のない景色を見ているのでしょうか。
もうじきマリクが飾りつけの材料を持ってきてくれることになっています。滞りなく準備は進んでいるというのに、図面は白紙のままでした。
*
定例となった二人での晩餐では会話が少なくなってしまいました。広間に食器が擦れるカチャカチャという固い音が響きます。
了に味覚を思い出させてもらったはずなのに、バクラがいくら咀嚼しても料理の味がしません。砂を噛むようです。
心なしか了も気が滅入っているように見えます。
静かな食事が早々と終わり、部屋に戻る時間がやって来ました。了が何か言いたげな表情で背を向けると、
「了っ」
バクラは無意識に呼び止めていました。
「なに?」
混じり気のない透き通った瞳が向けられると、それ以上言葉が出てこなくなりました。だって何を言ってやればいいんでしょう。無垢な存在に呪いに囚われた者がかけられる言葉なんてありません。それに自分の運命が捻じ曲がった日が近づくたびに陰鬱な気分になる——長い時を経て複雑になった心境を言葉にするのは難し過ぎます。
「……寒くなるから暖かくして寝ろよ」
それだけしか言えませんでした。
了はじっとバクラの顔を見つめ、
「うん……」
ただそれだけを言って去っていきました。
*****
クリスマスの朝、バクラはいつもより遅く起床しました。肉体に起こった変異からでしょうか。のろのろとベッドから這い出し、ナイトガウンからローブに着替えます。
身体が重いのはひょっとしたら了のこともあるのかもしれません。もし、クリスマスを楽しむことができたら、こんな想いなどしなくてすむに違いないというのに……。
コンコン——。
控えめなノックが聞こえました。この城でノックを鳴らすのは一人しかいません。扉を開けると、了が少し不安そうに立っていました。
「身体の具合は大丈夫?」
「お前が気にすることじゃない」
了の肩がびくんと震えるのが見え、この言い方ではダメだとバクラは内心で舌打ちをし、
「心配するな」
声をなるべく柔らかく作り、色白の頬に手を添えて言い直しました。
「ん……」
了は手のひらに頬を擦り寄せ、
「ずっと考えていたんだけどね。やっぱり君にも一緒に過ごして欲しいなって」
バクラの手を取ります。そして、廊下の先へ先へと歩を進めるのです。バクラは戸惑いつつも抵抗はしません。辿り着いたのは大広間でした。
「お城は広いからここしか準備できなかった」
了が両開きの扉を開け放つと、中の様子が視界に飛び込んできました。窓枠や回り階段の手すりに金糸と銀糸を織り込んだ紐が這わせてあります。古ぼけた甲冑や石像をツリーに見立ててクリスマスに因んだ飾りをまとわせています。そして、中央には赤いテーブルクロスを敷いた長机があり、所狭しと沢山のご馳走が並んでいます。歴史を感じる広間が、華やかな印象に様変わりしていました。
「飾りつけで手一杯で食事まで手が回らなくて魔法の力借りちゃった」
了は顔色を窺うようにバクラの顔を覗き込み、
「……もし気に入らなかったら無理しなくていいから。気が紛れてくれたら、と思って。オートミールは作ったんだ。せめて、それだけでも食べて」
視線が自信なげにあちらこちらへと泳いでいます。
バクラは了の手を優しく握り、
「無理はしない。お前と過ごすクリスマスは悪くはないかもな」
憂いを帯びていた了の顔が花開くように輝きました。数日ぶりになる満開の笑顔です。思わず見惚れてしまいます。
了は足早に席から何かを手に取りました。
「これ、作ったんだ。クリスマスプレゼント」
手のひらに乗せたものをバクラに向かって差し出します。
円柱の台座の上に球体のガラスが接着している小さなスノードームでした。中には見覚えのあるミニチュアの城ともみの木。それらに雪が降り積もり、周りには人工の粉雪がきらきらと舞っています。ちょうど今日のような雪景色です。
「相変わらず手先が器用だ。……雪もこうして見ると良い」
バクラはスノードームを目の高さまで持ち上げ、小さく揺らしました。
「だが、お前に返せるものがない」
「いいんだ僕は。一緒に過ごしてくれれば」
了は慌てて両手を横に振ってから、「あっ」と声を上げて、
「じゃあ、来年は飾りつけを手伝って欲しいな。嫌じゃなければだけど」
「お前が望むなら」
こうして二人の元にもクリスマスはやって来ました。気温はその年で一番低かったのですが、寒くなどありません。
*****
翌年——城の魔法が解けてから初めてのクリスマスに、約束通り二人仲良く肩を並べて飾りつけをしました。その翌年も、翌年も、毎年クリスマスになると城には明るい笑い声が聞こえるようになりました。
『モンスター奮闘記』
重苦しい瘴気が漂っている。人間が吸い込めば、たちまち死に誘われてしまう濃色の霧。一寸先すらも見えなくしていた。
光の閉ざされた現世とは異なる次元の空間に、重厚感のある西洋アンティーク調の長テーブルが一つ。椅子が並んではいるものの、着席してるのは人間ではない。瘴気を好む異形の者たちが揃っている。それも異なる種ばかり。
彼らは人間の言葉ではなく、それぞれ特有の言語を使用する。唸り声、歯や骨が軋む音、関節を捻る音、金属の摩擦音——人間が不快と感じる音を、彼らは言語として理解していた。
首のない甲冑が手振りをつけてカチャカチャと金属音を鳴らす。
『我が同胞たちよ、よく集まってくれた。これから定例会議を始めたいと思う』
耳障りな音が一斉に応える。
『闇の支配者にして我らが尊き御方——マスターについてだが、器であらせられる了様との進展がまったく見込めない。ここは我らの出番と思うのだが、何か意見のある者はいないか』
甲冑が周囲を確認するように、ないはずの首元を動かす。
着席しているのは、人型の者のみ。どれも多種多様ではあるが、亡霊のような形を成してない者や歪な形をしている者は、席に座ることすらできないゆえに不在。代表者だけが集まっている。
マスターについて語るのは恐れ多いこと。どの者も臆して黙り込んでいる中、場違いなほど元気良く小さな二つの手が上がった。
『マスターとりょうさま、なかよくするー!』
『するー!』
『おてつだいするー!』
『するー!』
赤と黒、異なる色を持つ双子の女児人形が口をカタカタと上下に開閉させた。
『ふむ……。具体的にどうしたらよいものやら……』
二体の意見を受け、肯定の唸り声や異音があちらこちらから上がる。
『こ、恋文を代筆してみてはどうだろうか』
『いや、今はいんたーねっとの時代。動画の方がよいのでは?』
『待て、あかんうとがない……』
にわかに会議の場が活気づく。思い思いの案を出しては、互いに吟味をする。
前向きな者たちが多い中、頑なに口を噤んでいた者が重々しい呻き声を出した。人間であったときは遠い過去、生前の尊厳を失わないままに朽ちた屍は顔を歪める。
『そもそも……マスターはそれをお望みなのか……?器とはいえ、人間ごときがマスターの連れ合いなど許されるわけがないっ』
感情のままに振り上げたこぶしが机を力強く叩く。
再びしんと静まり返る会議の場。恫喝ともいえる屍の発言に多くが俯く。無邪気な双子もこれには怯えて小さくなった。
同じマスターを持つ異形たちではあるが、元々獏良が所有するカードに宿った者とバクラがそれを改良して新たに加わった者では思想に差異があった。
はじめに獏良の元に集まった者たちは、獏良とバクラを両方のマスターとして認識し、二人を等しく慕う傾向が強い。
一方のバクラが集めたカードに宿る者たちの中には、獏良に対して否定的である者もいる。
『ちょっといいかしら?』
それまで腕に抱いた陶器の赤子をあやすだけだった女型の球体関節人形が顔を上げ、
『伯爵、貴方は何が不服なの?』
屍に貫禄のある眼差しを向け、静かに問いかけた。
伯爵と呼ばれた屍は一瞬言葉を詰まらせたものの、
『終焉の慈母よ、偉大な我がマスターは汚らわしい人間などと気安くするべきではない。当然だ。それにご本人の口からお気持ちを伺ったことはあるか?』
強硬的な姿勢は崩さない。
『お黙りなさい!マスターがお選びになった御方への侮辱はマスターを侮辱したことと同じっ』
窓を引っ掻いたような空気を震わす高音が辺りに響いた。その場の全員が目を閉じて身を竦める。
『マスターのお心は直接聞かずとも目を見れば分かるわ』
命なき赤子を抱えた慈母の揺るぎない言葉に全員が感嘆の声を上げる。
慈母は、主戦力として扱われるだけあってバクラからの信頼も厚い。異形たちの間でも一目を置かれている。冥界で爵位を授かった屍伯爵でさえ頭が上がらない。
その慈母が自信ありげに言うのだから、異論を唱えられる者などいなかった。伯爵は深く頭を垂れて口を噤んだ。
『それぞれ見解の相違があるのも致し方なし。ならば、まず我らの意思を統率せんとし、了様に一丸となって忠誠心をお見せしようじゃないか』
改めて仕切り直す西洋甲冑の意見に、初めて満場一致となった。
しもべたちは敬愛するマスターのため、その連れ合い候補になる獏良のため、誠心誠意を尽くして住まいを清めることにした。死臭まとう異形たちにとっては不慣れなことではあったが、一致団結して挑めば造作もないこと。余計な感情がないから人間よりも勤勉で一途だった。無心で手を動かし続け、獏良が帰宅する頃には部屋は見違えるようになった。
*****
学校から帰ってきた獏良は、眼前の光景にリビングで鞄を持ったまま立ち尽くした。
ピカピカに磨かれて鏡のように周囲が映り込むフローリング。壁に対してきっちり平行に並べられた家具。曇り一つない窓。手垢まで拭き取られたテーブル。モデルルームのようだった。
いい仕事をしたと自負するしもべたちは、ワクワクしながら次元の亀裂から獏良の様子をそっと眺めていた。
多数ある期待の眼差しを向けられた獏良は卒倒しそうなほど青褪め、
「ポ、ポルターガイスト?!」
恐怖の混じった悲鳴を上げた。
しもべたちは交番へ駆け込もうとする獏良を慌てて念力で無理やり引き止め、ウィジャ盤で「通報するな」と意思を示した。異なる次元からでは直接伝える術がないのだ。しもべたちが行動をするたびに小さな悲鳴が上がり、恐怖映画さながらの一幕となってしまった。
叫ぶだけ叫んだ後に獏良は落ち着きを取り戻し、まず貴重品が手つかずであることを確認する。取り返しのつかない状況ではないらしい。何者かの侵入の形跡がないことに額の汗を拭う。
不在中に起こった異変は気持ちが悪いことには変わりない。しかし、実害がないのに警察に通報することは躊躇われた。「勘違いじゃないのか」と言われたら、ぐうの音も出ない。「幽霊のせいかも」などとは、さらに言えない。
獏良はとりあえず気休めの消臭スプレーを撒いておくことにした。これまで何度となく降りかかった災いのお陰で獏良には異常現象への耐性がついていた。
その冷静な行動に命拾いをしたのはしもべたちだ。計画は失敗したものの不幸中の幸いだった。警察沙汰にならなくて良かった、と肩を落としながらもホッと息を吐いた。
『やりすぎだったな……』
三角巾を頭につけたままの人骨が疲れた様子で呟いた。
*****
『まどろっこしいやり方はやめよう。人間は睡眠中に聞いたことを記憶するらしいから、マスターのお気持ちを直接伝えたらどうだろうか』
しもべたちは夜になってから獏良の枕元に集まった。睡眠中なら潜在意識が表面化する。この世ならざる者たちの声でも届きやすい。そうして睡眠を妨げることのないように小さな音で伝えた。
『バクラ様は了様のことが好き』
『了様のことだけを愛することを永遠に誓います』
『好きすぎて震える。優しく抱きしめて髪に口づけたい』
当然、獏良はうなされた。余計な悪夢まで見るはめになり、
「う、うぅ……やだ……近づかないで……へんた……い」
目尻に涙が溜まるほどに拒絶反応を示していた。
*****
『何故だ……何故上手くいかん』
全員が意気消沈し、今にもテーブルに額を擦りつけそうになっている。
『うううっ、早く、私めにマスターのお世継ぎを……お世継ぎをこの胸に……』
『落ち着いて伯爵ッ』
作戦に懐疑的だった伯爵までもさめざめと涙を流していた。
今までになく力を合わせたことで、異形たちの意志統率だけは完璧なものになっていた。
『諦めるのはまだ早いわ!こういうときはマスターと了様が寄り添っている姿を想像してごらんなさい!ああ……美しいわぁ……尊い……』
群を抜いて忠義に厚い慈母が頬に手を当ててくねくねと身を捩らせる。
その様子に双子がキャッキャと両手を叩いた。
『お姉様は美しいものが好きーっ』
『好きーっ』
甲冑が胸元に手を置いてぎゅっと握りしめる。人間には雑音にしか聞こえない硬質な音は咳払いのようなものだった。
一斉に視線が甲冑に集まる。
『我らは所詮戦闘に特化した魑魅魍魎。恋愛の手助けなど最初から無理な話だったのだ』
鼓舞するように力強く抜き身の剣を天に掲げられた。
『——ならば、我らには我らのやり方がある。日陰となって了様の御身をお守りするのだ!』
異形たちはそれぞれのやり方で雄叫びを上げた。
*****
ちょうど獏良は三人の男たちに路地に連れ込まれていた。彼らはクチャクチャとガムを噛んだり、ポケットに両手を突っ込んでいたり、とても真面目な青年には見えない。
「オニイチャン、ボクたち財布を忘れて困ってるんだよねー。ちょぉっと貸してくれない?」
「すぐ返すからさー」
下卑た笑いを浮かべながら、獏良を壁に追いやる。
「お金なんて持ってません……」
背中に当たった硬い感触にびくりと震え、逃げ場がないことを悟る。通学鞄を胸に抱き、裏返りそうな声を絞り出した。
「お茶代くらい持ってるデショー?」
三人に取り囲まれては為す術がない。獏良は泣きそうな表情で男たちを見るだけが精一杯だった。
異形たちは物陰にできた闇の中に潜みながら、その様子を見ていた。
『無礼者たちめ。我らの出番だ』
力を行使すれば、人間など容易く黙らせることはできる。しかし、目立てば獏良の立場が悪くなる。さすがに人間に仕える者としての分別はある。飛び出したい気持ちを抑え、首なしは思案する。ならば、人ならざる者の領域に闇を介して引きずり込んでから制裁を加えるのが得策か。
『よし、いいか——』
首なしが同胞たちに策を伝えようと片手を上げたとき、小さな二つの影が先頭に踊り出た。
『りょうさま、たすけるー!まかせてー!』
『いっくよー!』
呪いの双子人形が無邪気な明るい声を張り上げて、大きな箱を頭上に掲げる。
『お前たちっ、ちょっ……』
人間でも異形でも、幼い子どもには常識は通じない。制止の声が届くことはなく、路地に爆煙が上がった。
*****
「もーっ!最近変なことばかり起こる!絶対お前の仕業だっ」
獏良は頭から湯気を立ててバクラを千年リングから呼び出した。
「あ゛っ?なんだ藪から棒に。なんでもかんでも人のせいにしてんじゃねえよッ!」
バクラは獏良の中にいても、すべてのことを把握しているわけではなく、一連の出来事には気づいていなかった。突然に怒りをぶつけられ、獏良に負けず劣らず不機嫌だ。
「いやっ、お前しかいないっ。霊障なんて他に心当たりがないもの!」
「はあ?てめえの頭がどうかしちまったんじゃねえの?」
真実を知る由もなくバチバチと火花を散らす二人。しもべたちは物陰からハラハラと見守っている。
「ポルターガイストにこっくりさん、霊聴、自然発火……あと、え……えっちな夢とか……」
「待て、最後の詳しく聞かせろ」
獏良は指折り数えていた手を勢いよく振り下ろし、
「とにかく、迷惑してるんだっ!」
バクラをキッと睨みつけた。
その気迫に押され、バクラは一瞬だけ黙るも、「あのなあ——」と再び口を開こうとしたとき——視界の隅、獏良の後ろにある棚の隙間に生まれた闇から覗く無数のしもべたちを見た。
人間なら脱兎のごとく逃げ出すおどろおどろしい見た目の魔物たちが泣きそうな顔をしながら、バクラに向かって何度も頭を下げては首を横に振る。
バクラは視線を斜め上に向け、しもべの様子と身に覚えのない獏良の不可解な訴えを総合して考え、
「あー…………」
事情を何となく察し、頬をひくつかせる。
理由は分からないが、良かれと思ってしもべたちが余計なことをしたに違いない。
しもべの失態はマスターであるバクラの責任。人間界の常識を知らないしもべたちのせいにするつもりは更々ない。バクラはこういったことに関しては筋の通った考えを持っていた。
——だが、怒り狂っている獏良に何と言えばいいのか。しかも、セクハラ疑惑のオマケまでついている。しもべたちに対して威厳は保たなければならない。
獏良としもべたちの間に挟まれ、控えめにいっても地獄だった。
「……あ、あのな、オレは何もしちゃいない。いないが、お前が腹を立てるのも分かる」
「うん?」
急にバクラの態度が軟化したことに獏良は不審げに目を細めた。
「オレぐらいの闇を操る者になると、力が……暴走すんだよな。……無意識に」
「え……なにその設定……」
即興で虚偽説明を始めるバクラに引き潮のように獏良の気持ちが離れていく。
「それって……よく分からないけど……結局はお前のせいだってことだよね……?」
バクラは奥歯に物が挟まったような顔で頷く他なかった。
獏良に一ヶ月間トイレと風呂の掃除を申し渡され、バクラは今日もブラシを片手にトイレに向かう。
『バクラ様、ごめんなさいー!』
メソメソと泣きながら謝罪をするしもべたちに見守られながら。
++++++++++
モンスターたちは熱烈なバク獏推し。
『番長トキメキ帳』 ※同級生パラレル
「一発締めてやって下さいよアニキ!」
机に腰かけたバクラは、鼻息荒く唾を飛ばして話しかけてくる男子高生を冷めた目で見ていた。その男子が同じ学年だということは認識している。しかし、名前までは出てこなかった。ましてや、舎弟にした記憶もない。自称弟分は訊いてもいないのに近隣校の話をペラペラと語っていた。
常闇高校はガラの悪い生徒が集まった童実野町でも有名な高校だ。入学早々に「目つきが気に入らない」と拳を向けてきた上級生数名をボコボコに返り討ちにし、バクラは一年生のときから一目置かれる存在になった。噂は瞬く間に広まり、知らないうちに慕う生徒が何人も増えた。
バクラ本人は群れることを好まず、誰ともつるんでいるつもりがなくても、勝手にペコペコと頭を下げる格下が集まってくる。今日も空き教室で休んでいたら、二人の舎弟が話しかけてきた。
ほとんど聞き流した上で耳から入ってきた内容は、常闇高と反りが合わない童実野高に女子生徒たちを侍らしている男子がいるという。さながらアイドルのような扱いで、そのグループが街中でも目につく、ということだった。
根性の曲がった不良が喚いているだけなのだから、話はどこまで本当なのか分からない。しかし、「アイドル」「侍らす」という現実離れした言葉には少なからず興味をそそられた。現実にあるのだろうか。
舎弟(自称)が何故かシャドーボクシングをしているタイミングで、バクラは机から降りポケットに手を突っ込んで教室から外に向かう。
「あ!さすがはアニキ!今から殴り込みっスね!」
慌てて舎弟二人が後ろからついてくる。何やら誤解が生まれているようだが、バクラは意に介さない。学生同士の縄張り争いなどには興味がない。ただ暇つぶしに珍獣見物に行くだけだ。童実野高は一駅も離れていないところにある。歩いてすぐだ。大した労力ではない。噂は噂でしかなく、その男子がただの平凡な生徒だったとしても一向に構わない。それくらい、バクラは退屈をしていた。
*
童実野高は商店街を抜けた先にある。バクラは早足で歩道を進んだ。舎弟たちは荒っぽい口調でそれぞれ何かを言いながらその後ろをついてきた。時刻はちょうど放課後の時間。童実野高校の制服を着た学生とすれ違う。
「見えてきましたぜ!」
舎弟その一がわざわざ大きな声を張り上げて視界ままの景色を指摘した。
街中に佇む日本に散見される造りの校舎。繁華街に近く、駅から通いやすい位置にあるため、地理に関しては劣る常闇高の生徒から反感を買いやすい。校門からは鞄を持った生徒が続々と出てきている。
「アイツだ!!」
その二が親切に人差し指で目的の人物を示したので、バクラもそこへ視線を向ける。
アイドルの噂は話半分だと思っていたが、本当に女子十名ほどがキャアキャアと黄色い声を上げながら人垣の輪を作っている。中心にいるのは、周りを囲う女子より背が高い人物なので男子生徒だとすぐに分かる。
「ぐううう。羨ましい……!」
舎弟の正直な感想には気にも止めず、バクラはそのグループを観察した。騒ぎながら校門を出て、好都合なことにバクラたちのいる方角へ向かってくる。噂の君の顔がよく見える。
「ねえ、獏良くんカラオケ行こぉ?」
「お腹空かない?バーガー屋は??」
女子たちはウットリと「獏良」に我先にと話しかけているが、当の獏良本人は困り顔で曖昧な返事をしている。
獏良は優しげな整った顔立ちで背が高く、女子生徒たちが騒ぐのも無理はない少年だった。バクラが周りを忘れてはっと息を呑んだほどだ。周囲の女子が引き立て役になってしまうような輝き。バクラの目には背景に花が咲いて見えていた。吸い寄せられるように足が獏良の元へ向かう。
通常、女にモテる男というのは、見た目が良いということではない。ミーハーな女から見た目が重要視されることもあるが、モテるには+αが必要なのだ。清潔感、頭脳、美しい立ち振舞い、コミュニケーション能力、そして——性格の良さ。
多くの女子から人気があるということは、ただの顔だけ人間ではないという証。現に獏良は女子に騒がれても、困った素振りは見せているが、調子に乗ったり、鼻の下を伸ばしている様子はない。
女子たちが迷惑なら言えばいいだけだ。それをしないということは能動性に欠けているのかもしれない。しかし、それでさえ優れた外見と相まって奥ゆかしく見える。
取り巻きの女子の一人がいち早くバクラたちに気づき、警戒の表情へと変わる。
「やだっ!トコ高の人たちじゃない?!」
その声に他の女子たちも怯えた顔つきをした。
いつの間にか鴨の雛よろしくバクラの後に続いていた舎弟たちが左右に一歩前へ踏み出す。
「ゴラァ、お前ら!この……」
メンチを切って言いがかりをつけ始めたところで、バクラは獏良から目を離さずに右手で裏拳、左足でローキックをそれぞれ舎弟たちに素早く叩き込んだ。鈍い音がした後に、舎弟たちが地面に転がる。痛みに言葉を失い、みぞおちと脛を押さえ、呻いていた。
「悪かったな。コイツらが怖がらせて。同じ学年で評判の悪い奴らなんだ。詫びにおごる」
今まで退屈そうだったバクラの顔には紳士的な柔らかい笑み。呆然とする女子たちをほったらかしで、獏良の腕を掴み、強引にぐいぐい引っ張っていく。
「駅前のカフェにするか?それとも、甘いモンは好きか?」
「えっ?!あの……」
獏良が戸惑っている間に駅通りへと消えていった。
残された舎弟たちは「さすが……アニキ……。イイ技……持って……っスね……」と、息も絶え絶えにまだ地面と仲良くしていた。
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この後、三十分くらいお茶している間に全力で口説いてきます。