ばかうけ

クリスマス2021

「——それで、了はサンタさんに何をお願いするの?」
夕食の席で母親が優しく微笑みながら言った。
獏良は味噌汁の椀を持つ手を止めて両親の顔を見る。父親も母親もにこにこと同じ笑顔を浮かべている。
「あー……」
箸と椀をテーブルに置き、予め用意しておいた返事を頭の中から探す。
「ええっと。分数と少数の割算がね、難しくて……だから、算数のドリルが欲しいなあ」
「あらぁ、そうなの?じゃあ、サンタさんに頼むと良いわね!」
「クリスマスを楽しみにしてるんだぞ」
声を弾ませて会話を続ける両親を前に、獏良は少し俯いてから小さく「うん」とだけ答える。
そんな息子の態度に違和感を覚えることなく、両親はクリスマスの話題から年末年始の話をし始めた。親戚の老人の身体の具合だの、従兄が今年受験だの。
獏良は取り留めない話を聞き流し、後頭部に石が乗ったような重さを感じていた。

獏良はサンタクロースなんて居ないことはとっくに知っている。プレゼントは両親が用意したものだ。駅前のショッピングセンターで辺りで買っているのではないかとまで思っている。包み紙が以前の買い物と同じだったのだ。
紅茶ポットに住む妖精も、悪さをするとやって来る鬼も、美しい歌声で人を惑わす人魚も、すべて存在しない。
だから、希望するサンタクロースからのクリスマスプレゼントは、両親が喜ぶ答えをいつも用意している。去年は理科の実験セットだったし、一昨年はなんでも子ども図鑑だった。
本当は夕方にテレビでやっているアニメのロボットフィギュアが欲しいのだ。
子どもたちに大人気で、友だちはみんなフィギュアを持っている。持っていないのは周囲では獏良だけだ。
フィギュアは三段階変形でとても格好いい。動物から車や人型へ変形する。翼も生える。
友だちの家に遊びに行ったときにだけ、触らせてもらっている。自分のものにできたら、どれだけ嬉しいか。
もしかしたら、両親は獏良がそのロボットを好きなことさえ知らないのかもしれない。
アニメが放送している夕方はどちらも家にいない。だから、いつも獏良は学校から帰り、食べるのを許されたお菓子を持って一人でテレビを見ている。
その後はすべて片づけて自室で宿題に取りかかるから、両親は知りようがない。

厳しい両親ではないのに、獏良が大人が好む子どもを演じるのには理由があった。
すべては妹がいなくなってから。両親は、失くなった心の隙間を埋めるがごとく獏良に過保護になった。そうしなければ、耐えられなかったのだろう。
獏良はその気持ちを鋭敏に感じ取り、両親をこれ以上悲しませないように、明るく子どもらしく振る舞った。そうすればそうするほど、両親に笑顔が戻っていく。
かつての笑顔を家庭が取り戻す頃には、無邪気で勤勉で手のかからない理想の子どもが形成されていた。そうなると、後戻りをすることは難しい。両親のために仕方のないことと思いながら、逆に獏良はどんどん苦しくなっていった。両親が望んでいるわけでもないのに、完璧なイメージを作り過ぎた。
そうして、サンタクロースにプレゼントとしてドリルや図鑑を頼むような子どもになった。
現実と理想の剥離は幼い子どもには過大な負担を生む。毎年クリスマスが近づくと、獏良は息苦しい想いをしなければならなかった。

風呂から出てパジャマに着替えた獏良は、リビングでクイズ番組を見ながら寛いでいた。
時計の針がもうすぐ夜九時を指したことに気づき、リモコンでテレビを消して飲んでいた麦茶のコップを台所に持っていく。
「トイレに行ってから寝るね」
食器を片づけている母親にわざわざそう告げ、背中を向ける。
「今夜はクリスマスね。了はお利口にしてたから、きっとサンタさん来るわよ」
母親の優しい声がその背に追い討ちをかけた。
悪気があってそうしているわけではない。息子への思いやりから出る言葉だ。
「うん……」
獏良は本当の気持ちがバレないようにそそくさと洗面所に逃げた。

    *

ベッドの中に入ってからは、翌朝のことばかりを考えていた。朝になったら枕元にプレゼントが置かれているはず。
まず包みを開けて中身を確認してから、パジャマ姿でリビングにいる両親へ報告しようか。「見てみて」などとプレゼントを見せびらかすのはやりすぎか。
ぐるぐる考えていたのがいけなかったのだろうか。深い眠りに就くことができず、真夜中に目が覚めてしまった。
部屋が真っ暗で驚き、首だけを動かして周囲を確認する。こんなことは滅多にない。まだ夜であることを把握し、また眠りに就くために掛け布団の中に潜ろうとする——何かが頭に当たった。手を伸ばして触れたものを引き寄せる。包装紙に包まれた薄い長方体の物体。リボンシールがついている。
中身を見なくても分かった。算数ドリルだ。小さなサンタクロースとトナカイがたくさん描かれた楽しそうな包装紙が虚しい。
獏良は元の位置にプレゼントを戻し、視界から締め出すように背中を向けた。
——そのとき、一瞬だけ視野の端に白い影が見えた。驚いて瞬きをしている間に本棚の後ろに隠れたのか、次に目を開けたときには見えなくなっていた。
あまり大きくはなかったが、犬や猫のように小さくはなかったような気がする。
こんな夜中に子ども部屋に入ってくる人など両親以外にいるだろうか。今は何時なのか分からないけれど。二十四日か二十五日。クリスマスイヴの夜にこっそりと来るのは……。
獏良は躊躇いがちに口を開いて、緊張しながら本棚の後ろにいるだろう人物に話しかけた。
「——サンタさん??」
両親なら堂々としているだろうし、それしか考えられない。半信半疑のまま声に出したので、言葉端が少し上擦っていた。
長い沈黙の後、
「……ああ」
低い子どもの声が返ってきた。サンタクロースに子どもがいるのだろうか、と獏良の頭に疑問が浮かぶ。ただの子どもが夜中に彷徨っているはずがないので、隠れているのがサンタクロースだという推理の信憑性が増した。
「ったく、こんな夜更けにガキが起きるとは思わねえだろ……」
非難するような口調に獏良の首が引っ込む。
「ごめんなさい」
すぐに声を小さくして申し訳なさそうな顔をした。子どもの声に聞こえるが、話の内容からすると、大人なのかもしれない。それでも、髭もじゃのサンタクロースのイメージからはかけ離れているが。
「いや、責めてるんじゃねえよ。謝んな。たまたまだ、こんなの」
確かに口調は乱暴だが声から怒りは伝わってこない。獏良は胸を撫で下ろし、おずおずとサンタクロースに尋ねる。
「何しに来たの?」
枕元に置かれていたプレゼントは間違いなく両親からのものだ。他には毎年何もない。今年に限ってサンタクロースが現れたのは、意味があるのだろうか。
「ガキの姿じゃあんまりウロつけねえなァ。クソッ。誰も彼もが話しかけてきやがる。ウゼェ……」
サンタクロースが音量を抑えた声でボソボソと喋っている。獏良に意味は分からない。大人がよく話す難しい話だと理解した。質問が聞こえなかったのかもしれない、ともう一度声をかける。
「あの……??」
「あー……そうだったなァ……」
サンタクロースは獏良の存在を思い出したように反応した。そして、続き様に荒っぽく獏良に向かって指図する。
「お前、小さいの、朝起きたら本棚の後ろを見てみろ。朝が来たらな」
「う、うん。でも、寝られるかなあ?」
獏良は突然のことに戸惑いながらも頷き、困った顔を浮かべた。今夜は何度も驚き、ドキドキで眠気が飛んでいってしまった。目が冴えてしまって眠れそうにない。
サンタクロースは拍子抜けしたような口調で獏良に言い聞かせた。
「オレが十数えたら眠くなるから心配すんな。いいな?起きたら本棚の後ろな?」
「うん」
「よし。十、九、八、七——」
サンタクロースが数字を告げる度に獏良の意識が遠くなっていく。身体の力が抜け、心配事が嘘のように消える。心地よい現実と夢の狭間で、サンタクロースの声が遠くに聞こえた。
「これは宿賃代わりだからな、宿主様。何年かしたら——」

*****

獏良はサンタクロースの言葉通りに朝までぐっすりと寝た。目覚めてすぐに昨晩のことを思い出し、ベッドから降りて本棚の後ろへ行く。
「わあ……」
欲しかったロボットが置かれていた。番組のコマーシャルでやっていた、みんなが持っている玩具ではない。ペットボトルや牛乳パックを組み合わせたもの。全部家の中で手に入る材料だ。
しかし、しっかりと可動するようになっている。よく見ると小さな磁石がパーツごとについていて、変形と着脱が可能だった。丁寧な塗装までしてある。欲しがっていたものとは違うが理想のロボットだ。
獏良はロボットを抱きしめ、心から嬉しそうな笑顔を浮かべた。
「サンタさん、ありがとう!」

*****

それから、獏良は新しいロボットを友だちに見せにいった。ロボットが見たことのない作りだったので、友だちは全員感嘆していた。世界でたった一つのロボット。羨ましくないはずはない。獏良は堂々とロボットごっこに加わって目一杯遊べるようになったのだ。
サンタクロースを見たのはその年だけだったが、獏良はいつかまたサンタクロースに会えたらいいなと思っている。
高校生になっても彼の正体は分からないが、それでもいい。
あのときのプレゼントは、フィギュア棚の隅に今でも飾られている。

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夜な夜な作ったよ。
※二心同体です。


サラリーマン

バクラは脇目も振らず、入口近くにいる人物の元へ近づいていった。早足で器用に道を阻むデスクを避けていく。バクラによく似たパーカー姿の男がそれに気がつくと、手を振って駆け寄ってくる。
そばにいた同僚たちは目を丸くした。噂に聞く同居人とやらは、バクラとは正反対の雰囲気をまとっていたからだ。穏和で親しみやすい顔つきをしていて、にこにこと笑っている。
「ごめんね!邪魔しちゃったかな」
「いや……。どうした?」
バクラの口調は変わらず無愛想ではあったが、同居人に対してはほんの少し柔らかい。
「今朝寝坊しちゃって間に合わなかったから、届けに来ただけなんだ」
同居人の男は紙袋をバクラに差し出した。バクラの視線が中身に一瞬だけ移る。
「もう帰るよ。仕事頑張って」
同居人は微笑んでから長髪を靡かせて外へ向かっていった。
そのやり取りを見ていた同僚たちは、視線を合わせて腑に落ちない顔をした。同居人は双子のようにそっくりだったが、距離感は兄弟よりもずっと近かった気もする。全員の脳内に疑問が駆け巡っているところで、
「……随分、暇そうだなァ。雁首揃えて」
背中を向けたままのバクラから異様な殺気が溢れ出す。
同僚たちは小さな悲鳴を上げると、鞄を抱えて出口に向かった。
「外回り行ってきます!!」
誰もいなくなったエントランスで、バクラは紙袋を改めて見つめた――。

    *

社内の小会議室でテーブルの上にあるのは、青と白の縞柄の布に包まれた何か。バクラは無言でそれを見つめた後に布を解いた。中から現れたのは四角形のどこにでもあるシンプルな弁当箱。
真剣な面持ちで更に蓋を持ち上げる。そこには、プチトマト、ウインナー、からあげ、たまご焼き、枝豆、ブロッコリー――栄養的にも色彩的にもバランスの良い中身が収まっていた。
獏良は出勤するバクラに栄養が偏るからと毎日弁当を持たせてくれる。手先が器用な獏良らしい丁寧で繊細な料理だ。
ただし、ハムとチーズは渦巻き状に巻かれ、たまご焼きはハート、桜型にくり貫かれた大根の酢漬けは薄ピンク色、ウインナーはたこさん、おにぎりはきっちりと三角。とどめとばかりに、動物キャラクター付きの鮮やかな色のピックが刺してある。
バクラは目眩を感じ、額に手を当てた。獏良は両親と妹のいる家庭で育った。父は仕事で外泊が多い。すなわち、女の意見が強い環境下に長年身を置いていた。家は可愛らしい家具や道具に埋もれていたらしい。父親は何も言わずに猫柄のネクタイをしていた。
そんな環境に獏良は不満を持っていたそうだが、「可愛い」が溢れる状況に慣れてしまったのだろう。獏良の作る弁当はどうしても可愛らしかった。可愛らしい弁当は、獏良にとって当たり前のことなのだ。
バクラの口から細く長い溜息が出る。弁当を断ればいい、内容を変えてくれと指摘すればいい。毎日、満面の笑顔で弁当を差し出す獏良を前にすると、何も言えなくなるのだ。おにぎりがクマでなければ男用弁当だというわけじゃないぞ、と伝えるだけなのに。
バクラは箸を手に取り、誰も訪れない会議室で昼食を食べ始めた。こうして、今日も手作り弁当は空になる。

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バクラは毎日完食してます。
※だから、了くんは毎日お弁当を作る(負のループ)。


ウサギ年

重たい身体を引きずって小路を歩く。時折、足がもつれ、その場に倒れそうになる。なんという体たらく。思わず舌打ちをしそうになった。
前へ思うように進まない。ほんの数メートルを進むだけで一苦労だ。
見知らぬ子どもが目を丸くして前方を通り過ぎる。見世物扱いはこれで何度目だろうか。不躾な視線はバクラを大いに苛立たせた。光の女神は悪戯好きなのかもしれない。
道の先に見覚えのある人物が立っていた。長い白髪に背の高い痩身。少し驚いたような顔をしてこちらを向いている。
宿主——そう口にしようとする前に、細い手が伸びてきた。翳りのない瞳がバクラを顔を覗き込んでいる。数回瞬いてから、口元に柔らかい笑みが浮かぶ。
「ねえキミ、うちに来るかい?」
図らずもバクラはその表情に目が釘づけになった。それが婉曲的な肯定となり、かつて宿主と呼んでいた少年の家へ導かれたのだった。

*****

バクラはしかめっ面でフローリングに寝転がっていた。
そこへ獏良が容器を手に持って現れる。
「今日は遅くなるんだー。ごめんね。ご飯と水は用意しておくから」
バクラに話しかけてから無人のケージに容器を取りつける。
ショルダーバッグを肩にかけ、「行ってきます」と言いかけ——微動だにしないバクラを持ち上げた。澄んだ瞳で顔を覗き込む。少し首を傾げ、「行ってくるね」と優しく微笑んだ。返事は大きな耳がわずかに揺れただけ。
大学に向かう獏良をバクラは仏頂面で見送る。玄関の扉が完全に閉まり、鍵のかかる音が聞こえると、床の上を苛々と忙しく歩き始めた。足音がトコトコという軽い音なのがさらに腹立つ。
やがて獏良がケージに設置した容器に狙いを定め、蹴り飛ばした。ちゃぷんと中の水が揺れる。それでも気が晴れることはない。バクラにとって屈辱的で不自由な身体になってしまったのだから。

    *

王との闘いに敗れ、消滅したはずだった。意識を取り戻したときには、見たことのある街並みが広がっていた。なぜか新たな生を与えられ、現世に戻ることを許されたのだ。
恩赦か懲罰か、悩むまでもなかった。与えられた肉体は、食物連鎖の下位に位置するか弱い草食動物のウサギ。悪事を働かないための配慮なのか、無力な姿へと変えられてしまったのだ。手も足も捥がれたのと同然だった。
小さな身体では移動することすら一苦労。弱っているところに何の偶然か、かつての宿主である獏良が現れた。ウサギと人間では言葉は通じない。獏良は迷子のペットだと判断し、ウサギを保護した。
ペットは拾得物扱いになる。獏良は速やかに警察に報告し、遺失物届けが出されていないか照会してもらった。当然、飼い主は見つからない。拾ったペットは各自治体に預けることが可能だ。だが、獏良はそうはしなかった。飼い主探しをすることを決め、迷いウサギを自宅で預かることにした。運良く住んでいるマンションがペット可だったこともある。
獏良はウサギの飼い方を調べ、必要なものを買い揃えた。ウサギに危険がないように部屋を整理し、住みやすくする。病院へ連れていき、健康に問題がないか検査までした。
健気にも見える涙ぐましい努力を、バクラは相変わらず騙されやすくお人好しだなと冷めた目で見ていた。獏良には利益など一つもない。理解し難い行動だ。
バクラは普通のウサギのフリをするつもりはなく、自然体で過ごしている。ウサギ辞典を手にした獏良は何度も本と睨めっこをし、不思議がっていた。ウサギは臆病なのでは?活発に動くのでは?
結局、個体差ということで理解したのか、獏良は本を読むことをやめた。今ではバクラの反応を見つつ対応している。それでも、生野菜を出されて嫌な顔をするウサギは珍しいを通り越して奇妙だ。よほどの変わり者を拾ったのだな、というのが獏良の感想だ。
現世に戻ってからバクラには苛立ちが募るばかりだった。獏良に見下されているようで気に入らない。ただ単にペットとして扱われているだけなのだが、どうしようもなく気に触った。住み処を提供されることだけは許せても、現状を受け入れることは到底できない。今日もバクラは長い耳をぴくぴく動かし、不貞寝をするのだった。白いふわふわの柔らかい毛を生やした生物が丸まっている姿はどこからどう見ても愛らしい——バクラにとっては間抜けな姿だが。仕方なく愛玩動物として暮らしているうちに一ヶ月のときが経った。

    *

獏良はウサギの面倒をよく見ている。二人が別れてから数年が経ち、大学生として忙しそうにしているというのに、ペットの世話の手を抜くことはない。
バクラが市販のペレットや牧草を好まないことが分かると、試行錯誤をしながら手作りのご飯を作ることにした。
食欲がないときは大いに心配し、病院へ駆け込もうとするほどだ。誰もいないことをいいことに間食を多く取っただけなので、バクラは慌てる獏良を足で蹴り飛ばして落ち着かせた。
言葉は通じなくても何となくお互いのことを理解し、つかず離れずの距離を保ちながら、二人の奇妙な共同生活は続いている。

    *

いつものように機嫌悪く床に寝転がるバクラの横に、獏良がマグカップを手に座る。バクラが触られるのを好まないと学習しているから近くにいるだけ。時折、指が撫でたそうに動いているが、バクラは素知らぬ顔をしていた。
獏良は膝に頭を寄せるようにしてバクラに話しかける。
「飼い主さん見つからないねー。ねえ、ウサギくん。もしも、このまま見つからなかったら、うちの子になる?」
バクラの耳は小さく左右に揺れただけ。視線を向けることすらない。
「僕、なんだか君のこと放っておけないんだ」
春のように温もりのある光を瞳に湛えた穏やかな表情。桜色の唇を優しく綻ばせる。
「君さえよかったら……」
バクラは穏やかな音色の言葉を動かずに聞いていた。小動物に住み処の選択権などないのだから問われても意味はない。けれど——どうしたってここが居心地のいい場所なのは確かだ。もうしばらくは居てやってもいいかもしれない、と小さなウサギは欠伸をしながら思うのだった。

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せっかく卯年なので。


アクスタ

※グッズネタなので、本編のBC編とは異なる世界です(マルチバース)。
※獏良が始めからディスクを持ってます。


獏良は机の上にカードを並べている。鼻唄を口ずさみ、誰の目から見ても楽しげだ。
人差し指をカードに置き、少し考える仕草をしてから端にあるカードの山に乗せる。その繰り返し。
カードの山は二つあった。必要なもの、そうでないもの。M&Wのカードを次から次へと仕分けていく。
足元には新型のデュエルディスクが立てかけてある。近所のカード専門店で運良く手に入れられたものだ。
店員がたまたま訪れた獏良の名前をデュエリストのデータベースから探し、出た結果が決闘者レベル五——近く行われる大規模なM&Wの大会の出場条件を満たしているという。
店員は「おめでとう」と言いつつ、海馬コーポレーションからのお達しだから、と新型デュエルディスクを獏良に手渡した。代金は請求しない決まりらしい。
獏良は言われるがままにディスクを受け取り、はてなと首を傾げる。いつの間にそんなレベルになったのだろうか。確かにM&Wはプレイするが、獏良にとっては数あるゲームの中の一つ。遊戯や城之内のように大会に出場したりはしない。
念のために間違いではないかと店で確認してもらい、問い合わせた海馬コーポレーションからは問題ないとの回答。デュエルディスクは改めて獏良のものになった。
おかしな点はあるが、主催がそう言うのだから変に固辞するのはやめた。話がややこしくなる可能性もある。
どうしたものかと家に帰ってカードを触っていると、段々と面白くなり、友人たちと一緒に大会に出るのも悪くないと思い直したのだ。獏良にとってM&Wは、命やプライドをかけた決闘ではなく、みんなと遊ぶためのツール。ご機嫌で友だちを驚かせる大会用のデッキを組み始めた。
獏良の選んだカードは面白い効果のものばかり。墓地に送ったモンスターをゲームから除外して召喚する特殊なモンスターカード、死のメッセージを相手に突きつける罠カード——。
通常、使い終わったカードは自フィールドにある墓地に置く。基本的にもう使用できませんという意味だ。あえてカードを墓地に送り、カードの効果で場に戻すのはどうだろうか。
墓地の他にカードを存在しないものとする「除外」という扱いもある。カードが使えなくなる代わりに攻撃もされない隔離場所。墓地と除外を使いこなせば、デッキが上手く回る気がする。
獏良は自分の考えた作戦に口元をにやつかせ、足元のデュエルディスクに視線を送った。
——思ったよりも、面白いデッキができそう。城之内くんは怖がるかな??
攻撃力には劣るかもしれないが、人の目を引くトリッキーなデッキ。ゲームはみんなで遊ぶものという獏良の信条にぴったりだ。
獏良は完成したデッキを手に思案をする。モンスターが墓地から蘇るイメージだから……『ゾンビ』『ゴースト』『ホラー』と色んな単語がぐるぐる頭の中を巡り、一つの単語に辿り着く。
——オカルトデッキだッ!
獏良は満足げに頷き、新しいデッキを掲げる。早速試してみたいが、今は相手がいない。
それならばとデュエルディスクを持ち上げ、説明書にあったとおりにデッキをディスクにセットする。続いて試しにそのまま左腕に装着してみた。慣れるまで少し重そうだが、何より一流の決闘者になったみたいで格好いい。
嬉しくなった獏良は、童心に帰ってカードを大袈裟にドローしてみたり、プレイの真似事をしてみたりする。いまだになぜ決闘者レベルが高かったのか分からないけれど、カードをお披露目をする当日が楽しみだ。
そんな楽しげな獏良を「後ろ」から見ていたもう一人は、誰にも聞こえない声で笑う。
『ソレ、オレ様が上手く使ってやるよ』

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新しいアクスタのデュエリストな了くんがとても可愛いしバクラも健在だったので嬉しくて書きました。

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