ばかうけ

冷蔵庫

獏良家の冷蔵庫の状態は二パターンある。
飲み物以外はあまりないスカスカの状態か、作り置きのおかずで溢れている状態。
それというのも、安売りをしている時に買い溜めをして、一度に大量のおかずを作っているからだ。
その時はタッパーで冷蔵庫が埋まる。
料理は獏良にとって謂わば、ストレス解消だった。
無心で大量のおかずを作った時の達成感は、なんとも言えない心地良さなのだ。
元々、両親が多忙だった為に料理は作っていたが、一人暮らしをするようになって、さらにレパートリーが増えていった。手際も良くなっている。
屋内で前向きになれるという点では、料理は獏良に合っていた。
ただ残念なことに、消費が生産に追いついていなかった。
いわゆる供給過多というやつだ。
結局は自分一人の為に作った料理で、誰に食べさせるわけでもない。
一人暮らしの獏良にとって大量のおかずは持て余し気味だった。
食が細いというわけではない。
食に対する欲がないという言い方になるのだろうか。
多少の空腹では食べなくてもいいかと思ってしまうのだ。
朝食をコーヒーで済ませて、あとはサンドイッチ一切れなどという食生活がまかり通っていた。
趣味のTRPGの世界にどっぷり浸かっていることも原因の一つかもしれない。
作ったおかずが持つのは長くても3、4日。
冷凍できるものもあるが、結局は減らないと意味がない。
腹を空かせている友人にお裾分けをするにしても、毎回渡すのは躊躇われる。
――そもそも作りすぎなければいいんだけどね。
我ながら贅沢な悩みだなあと、タッパーだらけの冷蔵庫を目の前に自嘲の溜め息をつく。
――そろそろ、きんぴらと里芋の煮っ転がしが危ない気がする。
そのままの味だと飽きてしまっているので、きんぴらは卵で包んで焼いてもいい。
里芋は汁物の中に入れるか。
などと考えながら、ごそごそと冷蔵庫を引っ掻き回す。
「ん?」
獏良は違和感に思わず声を漏らした。
おかずが減っている気がする。
正確に冷蔵庫の中のものを把握しているわけではないが、おかしいと疑問に思うくらいは変化があった。
食べようと思っていたものは勿論、昨日作った漬物やひじきもゴッソリとなくなっていた。
昨日一日は家にいたので、誰かが勝手に家に入ったなどということはないはずだ。
それに夢遊病でもあるまいし、自分でも気づかない内に食べたなんて冗談でも思いたくない。
気持ち悪さを覚えながらも、タッパーを幾つか出した。
どれも味付けがしてあるから、簡単に手を加えるだけで食べられるので簡単だ。
獏良はフライパンを温めて料理を始めた。
手際よくレンジも使いながら仕上げていく。
「こんなもんかなー」
「また同じもの食ってんのかよ」
唐突に降って湧いた声に、菜箸を落としそうになる。
気づけばバクラが、フライパンの中身を覗きこんできた。
「僕の食事なんだから、僕の勝手でしょ」
「もっと肉食えよ」
バクラは獏良の身体を自分のものとしている節がある。
いくら獏良がムッとして言い返しても気にする様子がないので、またフライパンに視線を戻した。
背後でバクラは愚痴愚痴と文句を続けている。
「――イモだの漬け物だの、じいさんじゃねェんだからよ」
あれ?と獏良に疑問が湧いた。
目の前で出しているのは、そのどちらでもない。
――もしかして……?
「冷蔵庫の、食べたの君?」
「それがどうかしたか?」
バクラはその問いを煩わしそうにしていたが、答えとするには充分だった。
「そっか、君が食べたのか」
口元が緩みそうになるのを必死に堪える。
夜な夜な冷蔵庫から、自分の作ったおかずを食べているのかと思うとおかしかった。
出来上がったものを皿に盛りつけながら、何もないように装って口を開いた。
「……美味しかった?」
「不味かったら、食わねーだろ」
とうとう、獏良は表情を緩めて肩を震わせた。

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私は二人に何かを食べさせるのが好きなようです。


天気

『――今日は大気の状態が不安定です。晴れ間の出る所でも、急に雨雲が発達する恐れがあります。また、雷を伴う場合もありますので、外出の際にはご注意下さい』

獏良は落ち着かない様子で、窓の外にちらちらと視線を送っていた。
一見、空にはほとんど雲がないように見えるが、遠くの方が暗くなっているのが見える。
朝のニュースの時点でそれが分かっていたので、今日は洗濯をしないことにしていた。
それでも、獏良はしきりに雨雲を気にしていた。
そんな姿を朝からずっと見せられているバクラは、いい加減痺れを切らした。
「出掛ける予定でもあったのかよ?」
獏良の目の前に姿を現し、腰に手を当てて尊大な態度で尋ねた。
その問いに、獏良は目を丸くして口をぽかんと開けた。
しかし、すぐに平常の表情に戻って首を横に振る。
「今日は元々ゆっくりするつもりだったから何もないよ」
「その割にはお前、朝から挙動不審だぞ」
訝しがるバクラに向かって、獏良は締まりのない顔で笑いかけた。
「えへへ、そうかなあ」
バクラの目が疑念で細まる。
いつもなら、「おいおい、可愛い顔しやがって」とか「虐めてやりたくなるなァ」と無条件で内心思うところだったが、さすがに様子がおかしいことに気づいた。
一方的になるが、長年共に過ごしてきたのだ。
この笑顔が本物か偽物かくらいの見分けはつく。
「お前、何を隠して……」
全て言い終わる前に、とうとうゴロゴロと空が鳴り出した。
突然、獏良はその場に立ち上がり、
「うん!今日は暇だからね!昼寝しよう!」
くるりとリビングに背を向けてぎこちなく歩き出す。
「あ、おい!」
バクラが呼び止めるのも聞かずに、自室のベッドに飛び込むと、首まで掛け布団を引き上げた。
そして、天井を見つめて何度か瞬きを繰り返す。
「寝られねえだろ」
バクラが冷静な声を投げ掛けた。
「うん」
獏良が口をへの字にして頷く。
「だってお前、夜12時間くらい寝ただろ」
「覚えてない……」
前日は遊戯たちと遊びに出掛け、べろべろに疲れて帰ってきた後はシャワーも浴びずに、夜もまだ浅い時間からベッドで朝まで眠りこけたのだった。
本人は覚えてなくても、すぐそばでその有り様を見ていたバクラは覚えている。
「なあ、何があるんだよ?」
バクラが問い詰めても、獏良は首をふるふると振るばかりで答えは返って来ない。
始めの内は、バクラにしては優しく尋ねていたが、段々と声に苛つきが混じってきた。
――いっそのこと、泣かしてやろうかコイツ。
ふと窓の外を見ると、空はすっかり雨雲に覆われ、今にも雨が降りだしそうだった。
次の瞬間、とうとう雷が大きな音を立てて落ちた。
「お、近いな」
屋内にいれば、何処に雷が落ちようと関係ない。
しれっとした顔でバクラが呟いた。
そして、再び獏良の方を見下ろし、今度は目が点になった。
頭の上まで掛け布団をすっぽり被り、ミノムシのようになっていたのだ。
「おい……」
理解の出来ない行動に、バクラはさすがにおずおずと布団の上に手を置いた。
その声に反応して布団の中からひょこっと獏良の顔の上半分だけが覗いた。
「なに?」
その途端、また雷が落ちた。一回目より近くで落ちたらしい。さっきより派手な音を立てた。
獏良がまた布団の中に潜った。
バクラは前屈みになり、布団に顔を近づける。
「お前……雷がこわ」
「怖くないよ!」
間髪入れずに否定の言葉が返ってきた。
「僕、お兄ちゃんだから怖くないんだ!」
「いや、兄とか関係ねえだろ」
そういえば、気をつけて見てみると、布団が小刻みに震えていた。
なんだ、そんなことかと、バクラはため息をつく。
もっと、重大な問題が起こっているのかと思っていた。
雷が怖いことが大したことではないという意味ではない。
「自然現象にビビるのは、ニンゲンにとって健全な証だろ。隠す必要ねえよ」
再び獏良は布団から目を覗かせた。
「ほんと?」
「むしろ危機感のない方がこえー」
少しだけ獏良の表情が和らいだ。
「意外と、優しいこと言うんだね」
「意外とは、余計だろ」
バクラにしてみれば、弱いくせに無警戒すぎる人間の方が苛立ちを覚える。
「あのさ……」
天井を見つめて獏良が語り始めた。
それを黙ってバクラは見ていた。

「妹がいたんだよ。あまり年は離れてないんだけどさ。僕たちが小さい頃から親は二人とも忙しくて、僕が妹の面倒見てたんだ。二人で親が帰るのを待ってるの。
こんなふうに天気が悪い日は天音が……妹が怖がってさ。僕は背中を摩ったり、抱きしめたりして慰めていたんだ。
お兄ちゃんだから。『お兄ちゃんだから、天音を宜しくね』って言われてたから」

そこで獏良の言葉が途切れる。
一拍置いた後、聞き取れるか聞き取れないくらいかの小さい声で、
「僕も怖かったな……」
と付け加えられた。
「そうか」
バクラは柔らかい眼差しで獏良を見つめていた。
そして、悪ふざけをするような調子で言った。
「宿主様は背中を摩られるのと抱きしめられるのと、どっちがいいんだ?」
その言葉に獏良はぷっと吹き出す。
ようやく晴れやかな笑顔を見せて、
「どっちも!」
布団から出て両手を広げた。
外ではもう雨が降り始めていた。

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バクラの態度が甘いのは、ラブラブ強化期間中だったからだと思います。
思い出したように、お兄ちゃんアピールさせます。


秋の香り

夏が過ぎ、風が段々と冷たくなってきた頃――。
「うう……、そろそろマフラー出そうかなぁ」
身体を寒さに縮こませ、獏良は大通りを歩いていた。
賑やかだった夏と比べると、秋は静かで物悲しい。
寒さのせいもあるかもしれないが、外で遊ぶよりも家の中でゆっくりしたい気分になってくる。
何となく周りの人々も、帰りを急ぐように足早になっている気がした。
ふと、甘い香りが鼻をくすぐる。
「あっ」
獏良は急に立ち止まり、きょろきょろと辺りを見回した。
「どうした」
獏良だけに聞こえる声で、バクラが話しかけてきた。
特に変わった様子のない、いつもの帰り道のはずだ。
「キンモクセイ」
「ん?」
言葉の意味が分からず、バクラは聞き返す。
そんなバクラに向かって、獏良は鼻の前で手を仰ぐ仕草をして見せた。
「キンモクセイの香りだよ。僕、好きなんだ」
身体がないバクラは、獏良を通して五感を感じる。
言われた通りに匂いを嗅いでみると、甘い香りがバクラにも届いた。
「花のキツい香りは苦手だけど、これは昔から好きだなあ。こんなところに植えてあるなんて知らなかったよ」
道路端の植え込みなど、急いで通りすぎてしまえば、誰も気づかずに終わってしまう。
バクラだって、こんな些細な香りなど、気にも止めなかっただろう。
「ほんと、いい香り」
獏良は香りを味わうように目を瞑った。
その横顔をバクラは見つめる。
同じ香りを嗅いでいるはずだが、バクラにはそれほどいい香りとは思えなかった。
香りを堪能した獏良が、ぱちりと目を開けた。
そして、小さなオレンジ色の花を付けた木を見上げる。
「香りって、その時の記憶や感情を思い出させるんだって。僕もキンモクセイにいい思い出があるのかな」
ふわりとバクラの方に振り返り、
「バクラには好きな香りはないの?」
にこりと微笑んだ。
香りのことなど、深く考えたことも感じたこともない。
遠い昔に忘れてきてしまった。
ただ――。
「さあね」
目の前にいる少年の優しい香りは嫌いではなかった。

++++++++++++++++++++++

私は好きです。金木犀の香り。


カフェテリア

「お一人様ですね。店内かテラス席か、お選び頂けますが」
「テラス席でお願いします」

今日はぽかぽかとした陽気だ。そんな日は迷わず、テラス席を選ぶに決まっている。
店員に案内されて着席したのは、カフェ前にある広場がよく見える席。
獏良はメニューを広げて目を走らせる。
そして、少しだけ悩んだ後、店員を呼んだ。
「このケーキセット一つ。シュークリームで。飲み物はホットのカフェラテ」
散歩中の人が通ったり、子供たちが駆け回ったり、広場にはゆっくりとした時間が流れている。
その様子をのんびりと眺めて注文の品が来るのを待つ。
「……む、いいじゃないか。好きなんだから」
向かい側の空席に向かって、獏良は小さく話しかけた。
「この前も?いつの話だよ。言うほどそんなに食べてないから」
近くに人がいれば、何事かと首を傾げるだろう。
幸いなことに、今は客が少なく、テラス席には獏良しかいない。
「お待たせしました。シュークリームとホットのカフェラテのセットです」
しばらくしてやって来た店員が、獏良の目の前に皿を並べる。
皮の間にたっぷり生クリームが挟んであるシュークリームと、ふわふわの泡が乗ったカフェラテは、見るだけでもわくわくしてしまう。
「ごゆっくり」
ぺこりと店員が頭を下げ、店内へと戻っていった。
獏良は目をキラキラと輝かせ、シュークリームを見つめていたが、
「……だって、美味しそうなんだもん」
急に口を尖らせて拗ねて見せた。
「いっただきまーす」
シュークリームの上に乗っている申し訳程度のフタを持ち上げてクリームを掬う。
ぱくりと一口。
もぐもぐと口を動かしてから、ごくんと飲み込む。
獏良の顔がふにゃんと崩れた。
続いて、カフェラテを啜る。
まろやかなミルクとエスプレッソの苦味が口に広がる。
甘い菓子との相性は抜群だ。
「美味しいー」
今度はフォークを使って、上からシュークリームを突き始めた。
「ん?何を笑ってるの?食べてるだけなんだけど」
もぐもぐと口を動かしながら、獏良は眉間に皺を寄せる。
「美味しいんだから仕方ないの」
不機嫌な顔になりながらも、カフェラテを啜るのは忘れなかった。
テラスに涼しい風が吹き抜けた。カフェラテのいい香りが周囲に広がる。
「はー、幸せ」
獏良から思わず至福のため息が漏れた。
この優しい時間を惜しむように、ゆっくりと食べて進めていく。
何度か正面の席に向かって声を出しながらも、獏良は全て綺麗に平らげた。
「ごちそうさまでした!」
満足げに微笑み、伝票を手に取る。
席を立ちあがり、店内に向かおうとして、獏良は何かに気づいたように突然くるりと振り返った。
目をぱちくりとさせ、誰もいないはずの席を見つめる。

『ここ、クリーム付いてるぜ』

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相手のセリフは、ご想像にお任せします。


瞳の色

「綺麗な瞳の色だね」
目の前の白い肌の少年が微笑みながら言った。
「そうか?」
「うん!」
顔と顔が触れそうになるくらいの距離まで近づいて、少年が顔を覗き込んできた。
くりくりとした目が好奇心で輝いている。
あまりにも無防備な距離感に男は驚きつつも、不思議と嫌な気分にはならなかった。
それはきっと、少年に邪気がないからだろう。
「綺麗なアメジスト色」
男の瞳はなかなか見られない紫色をしていた。
少年はにっこりと笑ってから、ステップを踏むような軽い足取りで後ろに下がった。
「僕の国ではね。紫は高貴な色なんだよ。昔は偉い人しか身につけることを許されなかったんだって」
そんなに手放しで褒められると、全身がむず痒くなってくる。
男の瞳を今までそんなふうに褒める者などいなかった。
しかし、悪い気はしない。
「そうだな。オレの国でも、この色の石は重宝がってるな」
表情を緩めて少年を見つめ返す。
「君の国でも?不思議だねー」
「だから、目玉を盗られそうになったこともあるぜ」
それはほんの冗談のつもりだった。
その証拠に、男は人の悪い笑いを浮かべていた。
だが、少年の反応は男の予想を超えていた。
男に飛びつくように縋りつき、その細い腕には似合わない力でぎゅうと男の袖を掴んだ。
「大丈夫なの?!視力に問題はない?」
そのただならない様子に、逆に男の方が狼狽えてしまった。
見ず知らずの少年に、ここまで心配される謂れはない。
「大丈夫だ。落ち着け。ただの冗談だよ」
「え、冗談??」
少年は呆けた顔で、男の言葉尻をオウムのように繰り返した。
しばらくして、ようやく男の言葉を理解し、
「なんだ良かったー」
ほっと胸を撫で下ろした。
その素直すぎる反応から、男の心に罪悪感が芽生える。
そんなことで生きていけるのかと疑問にも思う。
すぐに他人に食い物にされてしまうのではないかと。
「悪かったな。オレ様が簡単に自分のモン盗ませるかよ」
「そうだね。でも、もし君の瞳が失くなるようなことがあったら……」
二人の間に風がさあっと吹き抜ける。

「僕の瞳をあげるね」

靡く白い髪の間から、透き通った双眸が覗く。
少年は男の瞳を綺麗だと言ったが、少年の瞳こそ宝石のようだと男は思った。
また、少年も男の神秘的な瞳の色に心を奪われていた。
この先、二度とこの瞳と同じ色には出逢えないだろう。
二人はお互いの姿を瞳に映したまま動けないでいた。
「気持ちは有り難いが、それは大切に取っておきな」
先に口を開いたのは男の方だった。
「必要になったら呼んでやらァ」
男はそう言って、白い歯を溢して見せた。
「うん、必要になったら呼んでね。すぐに飛んでくるから」
少年は名残惜しそうに男から手を離した。
「じゃあ、また……」
どちらからともなく、二人は背を向け、各々の進むべき道を見据えた。

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了くんの方が年上なはずですが、お気になさらず……。

私は小説を書く時もそうですが、絵を描くときは特に了くんの瞳を青に塗りがちなのです。
東映版の影響の他に、バクラが赤で了くんが青で、盗賊王が紫なのって素敵!と思うからです。
もちろん、DMの茶も映画の赤も素敵と思うので、その時の気分ですがっ!

赤も紫もとても珍しい色なのですね。紫もアルビノにあるらしいことを知って、ほーっと思いました。
でも、色が白くても、ばくらがアルビノのイメージは私にはないです。それぞれ元気だからね(笑)。

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