オチなし意味なしのファンタジー詰めです。 心の広い方のみドウゾ。
僕と千年リングの魔人 ※セクハラあり
魔人よ魔人、僕の願いを叶えておくれ。
たった一つの僕の願いを叶えておくれ。
荒野を一人の少年が歩いていた。
顔以外の全身をぼろ布で覆っているが、その細すぎる体型は隠しきれていない。
だから、荒野に住む荒くれ者たちが、少年に目をつけるのに時間はかからなかった。
十数人の盗賊たちが少年を囲うように岩影に隠れて、舌舐めずりをしていた。
この数に対し一人では、まともに戦うことも逃げることも出来ないだろう。
それに、ここでは叫んでも助けは来ない。
「いつでも襲う準備は出来た」と、盗賊たちは目線で合図を送り合った。
それを確認したリーダー格の盗賊が、岩影から少年の前へ躍り出る。
「こんなところを一人で歩いてるとは、よっぽど世間知らずのお坊ちゃんのようだなあ」
少年はぴたりと足を止め、盗賊を見つめた。
盗賊は手にした三日月刀を少年に向けて下品に笑う。
それを合図に他の盗賊たちも次々と姿を現した。
逃がさないように、じわじわと少年に歩み寄る。
「命が惜しければ、身ぐるみ置いていきな」
再びリーダー格の盗賊が凄んで見せる。
しかし、不思議なことに、少年は身動き一つしない。
盗賊は恐怖で一歩も動けないのかと初めは思ったが、布から覗く瞳は冷静そのものだった。
「生意気な奴だな。殺しちまってもいいんだぜ!」
威嚇の意味を込めて、少年に怒鳴りつける。
すると、少年は身にまとったぼろ布を脱ぎ捨てた。
盗賊たちが思った通り、女のように華奢な身体つきの少年だった。
布の下の服装はとても金持ちには見えないが、首から下げられた金色のリングが盗賊たちの目を引いた。
――あれは金になる。それに男とはいえ、なかなかの上玉だ。売れば高くつくだろう。
盗賊たちは、ますます下卑た笑みを浮かべた。
この状況でも、少年は冷静さを失わない。
胸のリングに両手をかざし、小さな声で呟いた。
「頼んだよ」
その声に応えるようにリングが光り始め、盗賊たちの目を眩ませる。
「な、なんだ?!」
光が収まったと同時に、リングから一人の男が飛び出して宙に浮かんだ。
男は少年と瓜二つの姿だが、全く異なる表情をしている。
不適な笑みを浮かべて、盗賊たちを見下ろしていた。
「お前たちのような雑魚が、オレ様の宿主に手ェ出そうなんざ、百万年早いんだよ!」
盗賊たちが刀を構え直す前に、男は宙を滑空して突っ込んでいった。
目にも止まらぬ早さで全てを薙ぎ払っていく。
少年のまわりを一周した頃には、盗賊たちは誰一人として立っていなかった。
「こんなもんでどうだ」
ぴたりと少年の横に止まり、男が胸を張る。
「うん、ありがと」
慣れた様子で少年は頷いた。
少年の名前は獏良了。
骨董商の父親を持つ、ごく普通の少年だ。
父親がたまたま手にした千年リングという魔力の籠った宝物を手に入れ、紆余曲折を経て息子である獏良の手に渡った。
千年リングには魔人が宿っており、何でも一つだけ願いを叶えてもらえるという。
魔人は決まった姿形がないために、獏良の姿を借り、名前も同じバクラを名乗った。
バクラはこうして願いを叶える対象である「宿主」と出会ったのは久しぶりだという。
獏良の願いは決まっていた。
それは――。
「この国の悪人を根絶やしにすること」
険しい顔で獏良は言った。
自宅が盗賊たちに襲われ、父親の商売品を全て奪われてしまったのだ。
残されたのは、獏良の持つ千年リングただ一つ。
命だけは助かったが、家も職も失っては、一家は路頭に迷うしかない。
いくら温厚な性格の獏良でも許せなかった。
バクラはその願いを聞き、心の中で密かに笑った。
――なんて危うい願いだ。
獏良は父親が襲われたから、悪人を根絶やしにしたいと願った。
裏を返せば、父親が襲われていなければ、この国の悪人など、どうでも良かったということだ。
小さな世界しか知らない少年らしい願いだ。
けれど、とても真っ直ぐで迷いがない。
危うくも純粋な願い。
だから、バクラは気に入ったのだ。
バクラは魔人でも、善良な魔人ではない。
世界を闇に染めろと言われれば、嬉々として実行する魔人だ。
「いいだろう。しかし、願いには代償が必要だ。タダで叶えてもらおうなんて思ってねえよなァ?」
初めて獏良は戸惑いを見せた。
何もかも失った少年には、魔人に差し出すものは何もない。
差し出せるものとしたら……。
「じゃ、じゃあ僕の命を……」
その言葉にバクラは、前髪を掻き上げて鼻で笑った。
「お前の命なんか奪って、オレ様の腹が膨れるかよォ。何にもなんねェよ!」
「どうしたらいいのさ?」
他に思いつくものなど何もない。
獏良は狼狽しながらバクラに尋ねた。
「そうだなァ……」
「なかなか順調じゃねえか」
日も暮れ、大きな岩の影で火を焚いた。
今日はここで一晩過ごすことに決めたのだ。
獏良は岩に背を預け、ぼろ布に包まっていた。
バクラは上機嫌に、獏良の周りを宙に浮いている。
一人で旅をしていると、悪人たちがほいほい襲ってくる。
その度にバクラが現れ、敵を蹴散らしていく。
二人はそれをずっと繰り返していた。
「でも、まだまだ平和には程遠いよ」
獏良の視線の先に浮かぶのは、いつだって家族の顔だ。
家族が安心して暮らせるようになるのは、まだ先のことに違いない。
憂鬱そうにため息をつく獏良の隣に、バクラがすうっと寄った。
「オレ様、結構頑張ってるんだぜ」
人間の事情など、魔人には興味がない。
「『代償』が先になるなら、味見くらいさせてくれよ」
にたにたと笑いながら、獏良の頬を撫でた。
「代償って、僕の……しょ、処女だよね?味見なんて出来るわけないじゃないか」
獏良は顔を真っ赤に染め上げ、バクラから目を背けた。
バクラが交渉に持ち出したのは、それだった。
先立つものがなければ、身体で払えというのがバクラの言い分だったが、そんなものに何の価値があるのか、いまだに獏良は分からない。
事あるごとにバクラが言い出すので、相当心待ちにしていることだけは知っている。
「最後までシなくても、色々出来ることはあるんだよ」
するっと獏良の上着の隙間から、バクラの手が差し込まれた。
「あっ!こら……ちょっと!」
油断すると、すぐこれである。
金銭面で苦労をしているため、薄着なのが災いしていた。
簡単に肌に触れられてしまう。
「いいだろ?減るもんじゃないし。ケチケチすんじゃねえ」
ごそごそと服の下で、バクラの手が這いずり回る。
「減る減る!減ってるよ!」
獏良はバクラの手を止めようと必死に腕を掴んだ。
「普通、お礼のチューくらいすんだろうがァ!」
手を止めようとすれば、唇が迫ってくる。
「いやだぁ!キスは好きな人とするんだ!」
顔を振って、それを避けようとした。
「う゛っ……てめえ、大人しくしやがれ」
上と下で激しい攻防を繰り返す。
バクラは唇を諦め、白い首筋に吸いついた。
「あっ!」
それを引き剥がそうと、獏良は両手でバクラの顔を押さえた。
今度は身体の方が無防備になる。
その隙をバクラが逃すはずもなく、小さな二つの突起に辿り着いてしまった。
「やだやだやだやだ!」
びくんと身体を震わせ、獏良は大きな声を上げた。
「ココが弱いって知ってんだぞ!」
「なんで知ってるんだよお……」
獏良の抵抗する力が徐々に弱まっているのを感じ、バクラは熱を入れて指を動かした。
「は……ふっ……押しつけないで……」
バクラの顔を押さえていた獏良の手がとうとう離れ、代わりに首筋に絡みついた。
「んんっ……もう好きにしていいよ。僕をめちゃくちゃにして。バクラの物にして……」
潤んだ瞳で吐息混じりに獏良が囁いた。
それを聞いた途端、バクラの手が止まる。
カチンと凍ったように動かなくなった。
その瞬間、獏良のこぶしがバクラの腹を目がけて力いっぱい飛んだ。
数秒後には、くの字に身体を折り曲げて、うずくまるバクラの姿があった。
「お前……何回この手に引っかかれば気が済むの?」
冷ややかな獏良の声が荒野の夜に響いた。
「昨日はひでぇ目に遭った」
「自業自得だよ!」
ぷりぷりと怒る獏良の後ろに浮かんでついて回りながら、バクラは腹を擦っていた。
「願いが叶った暁には……覚悟しろよ」
目的は違うものの、悪党を根絶やしにする為、二人は荒野を歩き続けた。
状態:獏良→色仕掛けを覚えた。バクラ→彼氏気取り。
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選ばれたのは君じゃない ※いきなりラスト
二心二体であること以外は、読まなくても大丈夫な説明
アテム、バクラ→肉体あり。千年アイテムの守り人みたいなもの。それぞれ童実野町にアイテムの所有者を探しに来た。
気が合わないライバルなだけで、敵対はしていない。最有力候補者の遊戯を取り合う。
遊戯→ラブコメの主人公レベルに、アテムとバクラから言い寄られる受難系主人公。
獏良→遊戯の親友。遊戯を追い回すバクラとは犬猿の仲。アテムとは良好。
闇の大神官→ボス。アテムとバクラとは敵対。
「やめろぉおおッ!」
叫んだところでバクラの声は届かず、遊戯は目の前にある千年パズルを手に取った。
アテムも獏良も固唾を呑んでその様子を見ていた。
パズルと繋がっている鎖を掴んで頭に通す。
チャリ
胸元に千年パズルが下がると、眩いばかりの光が放たれた。
「相棒……」
それは、彼が千年パズルの所有者に相応しいことの証。
つうとアテムの瞳から一筋の涙が零れた。
「やはり、君だったんだな」
長い間探していた。
たった一人の所有者を。
彼に違いない。
彼であって欲しい。
何度そう思ったか。
パズルの光が収まり、ゆっくりと遊戯が目を開いた。
「もう一人の僕」
頬を紅潮させて遊戯がアテムを呼ぶ。
「相棒ッ!」
アテムは叫んだかと思うと、遊戯に向かって駆け出した。
手を伸ばしてぎゅうぎゅうと遊戯の頭を抱える。
「もう離さないぜ」
「く、苦しいったら」
二人はお互いを確かめるように抱き合った。
そんな光景を見て、バクラは地面に視線を落とした。
先ほどアテムから受けたダメージがまだ残っていたが、原因はそれだけではない。
千年リングに選ばれた者だと思っていた遊戯が、よりにもよって千年パズルに選ばれてしまったからだ。
「チッ!また一から探し直しかよ」
これからまた、所有者探しに長い年月をかけなければならないと思うと反吐が出る。
三千年かかって見つけた候補者なのに。
確かに、反応はこの町であったはずだった。
「良かったね。遊戯くん、アテムくん」
獏良はにこやかに友人たちを祝福した。
これまでの苦労を知ってるからこそ、二人の間を心から応援できる。
遊戯はまだ離れたくなさそうなアテムを引き剥がすと、バクラに目線をやった。
地べたに座り込んだままの姿は、自暴自棄のように見える。
アテムと争っていたときは恐ろしく見えたが、今では同情の念を禁じ得なかった。
「獏良くん……」
「なぁに?」
これから言うことは、友人を驚かせてしまうだろう。
しかし、遊戯は意を決し、獏良にそれを伝えた。
「千年リングを付けてみて」
その場にいた全員が凍りついた。
「てめえ!どういうつもりだッ!」
最初に口を開いたのは、もちろんバクラだった。
肩で荒く息をしながら立ち上がり、遊戯を怒鳴りつけた。
「相棒……」
アテムも信じられないと言いたげな目つきで遊戯を見ていた。
以前、遊戯は獏良が偶然千年リングに触れたときに、リングが微かに光ったのを見たのだ。
バクラも当の獏良本人もそれには気づいていなかったが。
「付けてみればいいんだね……」
目を丸くしていた獏良は、真剣な面持ちになって頷いた。
「おい、やめろ!どうなるか分かってンだろう!」
狼狽えたバクラが叫んだ。
千年アイテムに選ばれなかった者の末路は思い出すまでもない。
獏良は地面に落ちていた千年リングを拾い上げた。
じっと手の中のリングを見つめる。
以前、手にしたときは弾き飛ばされてしまった。
その時は命を落とさなかったことが不思議でならなかったが、もう一度手にすることになるとは思わなかった。
吸い込まれように、千年リングの紐を頭に通そうとする。
バクラはよろめく身体で獏良に歩み寄った。
遊戯はバクラの取り乱しようを見て、心の中で問いかける。
――なんで君はそんなに必死なの?それは君が心の中で、獏良くんが所有者であって欲しいと思っているからじゃないの?
バクラの手が獏良に届く寸前で、千年リングが獏良の首にかかった。
リーン
リングに付いている五本の針が激しく揺れた。
獏良を中心として風の渦が巻き起こる。
「わっ」
たまらず獏良が声を上げると風が収まり、リングも静寂を取り戻した。
「これは……僕は……」
獏良は自分の胸にかかったリングを凝視し、戸惑いの声を上げる。
「やっぱりそうだ。前に千年リングを持ったときは、闇の大神官が近くにいたから、邪念に反応しただけだったんだよ。選ばれたのは獏良くんだったんだ!」
遊戯がそう述べても、獏良もバクラも固まっていた。
お互いに思いもよらなかったのだから当然だ。
「良かったね、バクラくん」
遊戯がバクラに向かって微笑んだ。
目の前にいるのは、千年リングを首から下げた獏良了だ。
遊戯を手に入れようとすると、いつも邪魔をしてきた。
この町にやって来たときに初めて会ったのも、千年リングの力で初めて操ったのも、目の前の獏良だ。
一時は選ばれた者かもしれないも思ったこともあったが、すぐにそれは否定された。
それが間違いであったなど、驚きを隠せなかった。
「バクラ?」
いつまで経っても何も言わないバクラを見て、気まずそうに獏良が声をかけてくる。
「なんか、ごめん。僕なんかで……」
横を向いてそう呟いた。
バクラはその声にはっと我に返り、獏良の肩に両手を置いた。
「謝るな。お前だったんだ」
「え、でも……お前が望んでいたのは遊戯くんで……」
確かに、遊戯は常人では考えられないほどの波動の持ち主で、千年リングに選ばれた者だと思っていた。
でも、違った。
千年リングに選ばれたのは、遊戯のそばにいつもいた獏良だったのだ。
思い返してみれば、バクラに近寄ってきたのは獏良の方だった。
『また、遊戯くんにフラれちゃったの?』
『僕が慰めてあげようか?』
『もう、諦めなよ。二人の間には入れないよ……』
何度その口を塞いでやりたいと思ったことか。
目の前にいる獏良は、間違いなくピカピカと光る千年リングを身につけている。
不安そうに揺れる瞳が儚げだった。
「なんで気づかなかったんだ」
こんなに近くにいたのに。
バクラは肩にかけた手をそのまま背中に手を回した。
力を入れたら壊れてしまいそうで出来ない。
その代わり、顔を寄せて思いを伝える。
「ずっと、そばにいてくれ」
獏良の身体がぴくりと震えた。
そっとバクラの耳に小さく囁く。
その答えは、バクラにしか聞こえなかった。
「じゃあ僕たちは、僕のウチに帰るから」
全てが終わり、遊戯とアテムは二人並んで立っていた。
「二人は一緒に住むの?」
獏良が尋ねると、
「遊戯が選ばれた以上、オレがずっと側にいないとな」
アテムが腰に手を当てて踏ん反り返った。
「母さんはアテムのことを知ってるから大丈夫なんだ」
アテムはこの町にやって来てから、居候のような形で遊戯の家で暮らしていたのだ。
「ふーん、離れちゃいけないんだ」
ちらりと獏良はバクラの顔を窺う。
バクラの表情から感情は読めない。
「獏良くんは一人暮らしだよね?」
「う、うん」
遊戯に考えていたことを読まれた気がして一驚した。
それと共に微かな笑い声が隣から聞こえる。
「へえー?」
とてもその顔は見れなかった。
二人とは別れ、獏良はバクラを連れて自宅に戻ってきた。
帰り道、二人の間には会話はなかった。
それまで、遊戯を挟んだ言い合いしかしてこなかったのだ。
いきなり仲良くしろと言われても、バクラに掛ける言葉など見つからない。
緊張で冷たくなってしまった手でドアノブを捻る。
――これから、どんな顔して一緒に暮らせっていうの……。
バクラに家の中を簡単に説明しながら、リビングへ向かう。
話すことがある内はいい。説明することがなくなってしまったら、何を話せばいいのだろう。
バクラは物珍しそうに、きょろきょろと部屋を見回していた。
「綺麗にしているんだな」
「……うん。一人暮らしだと、サボりがちになるから気をつけてる」
遠慮がちに答える獏良の横をバクラは通り過ぎ、ずかずかと勝手にソファに座り込んだ。
「お茶、入れるね」
その場を離れないと、息が詰まりそうだった。
背を向けようとしたところで、バクラに手招きをされた。
「なに?」
バクラの前に立つと、手を掴まれた。
「どうした?元気ねェな」
真っ直ぐな瞳で見つめられ、逆に問い返される。
その場から、その瞳から、すぐに逃げ出したかった。
しかし、しっかりと手を握られ、逃がしてはくれそうもなかった。
もう観念するしかない。
「君はずっと遊戯くんのことを追いかけてたから……。いきなり僕と仲良くしろと言われても、切り替えられないんじゃないかな」
獏良はぽつりぽつりと自分の心情を吐き出した。
そばにいて欲しいと言われた瞬間は、確かに嬉しかった。
しかし、後から後から不安が押し寄せてくるのだ。
遊戯の隣でバクラの激しい感情を見てきたから。
「そうか……」
闇の大神官に千年リングを奪われそうになった時、バクラは負傷をしていた。
地面に倒れ伏し、自分の千年アイテムに手を伸ばされるのを、指を咥えて見ているしかなかった。
――その時だった。
獏良が風のように走ってきたのは。
千年リングに向かって跳躍し、紙一重の差で闇の大神官より先に千年リングに触れた。
次の瞬間には、千年リングの力が発動し、闇の大神官も獏良も身体を吹き飛ばされた。
遊戯の言った通り、千年リングが闇の大神官の力を拒絶した為の反応だったが、その時は選ばれた者以外が触れたからだと誰もが思った。
獏良は地面に身体を叩きつけられ、壊れた人形のように転がった。
バクラのそばまで転がり、ぐったりと動かなくなった。
その光景はバクラには、とても信じられないことだった。
咄嗟の判断だったのかもしれない。
千年リングに触れたら、どうなるか知っていたはずだ。
獏良は千年アイテムのことなど関係ない部外者なのだ。
正気の沙汰ではない。
髪の毛を散らし、うつ伏せになったままの獏良を前に、バクラは我に返った。
「おい!」
バクラも身体は動かない。声を掛けることしか出来なかった。
だから、小さく獏良の手が動き、頭を上げたのを確認できた時は心底ほっとしたのだ。
「無茶するなァ、お前」
「だって……」
全身ボロボロになった獏良の腕の中にあるものが、ちらりとバクラの目に入る。
獏良はその手に千年リングをしっかりと掴んでいた。
「これ、お前の大切な物なんだろう」
弱々しく微笑む顔がバクラの目に焼きついた。
今から思えば、あの時に全てが決まっていた気がした。
「だから、オレにはお前しかいない」
バクラは握った手に、さらに力を込める。
もう離さないと言っているかのように。
「僕、結構ネクラだけど」
「知ってる」
「遊戯くんみたいに強くないし」
「知ってる」
「可愛げもない」
「それを含めてお前だって言ってる」
その言葉を聞き、ようやく獏良は安堵の表情を浮かべた。
握られた手の確かな強さに、不安な気持ちがゆっくりと薄れていく。
「本当はね、ずっと君のこと気になってたんだ」
バクラの手をぎゅっと握り返した。
「よろしくね」
いきなりラスト。大好きな擦れ違いネタに挑戦してみたのですが苦手でして。
アテム→遊戯←バクラ+獏良をやりかったのです。
この後、寝る時も離れちゃいけないと騙されて、一つしかないベッドに一緒に寝ます。
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司法取引でエンゲージ
「本当についていっていいの?」
「ああ、たぶんその方がいいだろう」
頷きつつ先を歩くのは、上着を肩に羽織るという変わった服装のアテムだ。
獏良は慣れない場所に、おっかなびっくりとその後ろについていた。
地下へと続く狭い階段を二人で並んで下りていく。
ここは凶悪犯罪者たちが集められた収容所だ。
噂には聞いていたが、獏良が訪れるのは初めてだった。
そもそも、鑑識官である獏良には無縁の場所だ。
そして、捜査一課のアテム警部とは所属が違うので、行動を共にすることは少ない。
そんな二人がなぜ揃って収容所を訪れているのかというと、収監されている犯罪者が目的だった。
アテムが長い年月をかけ、やっと捕まえた凶悪犯。
今日はその凶悪犯に二人で面会をしに来たのだ。
階段を下りきると、分厚い鉄の扉が表れた。
アテムは中の看守に連絡を取り、扉を開かせた。
さらに奥にはもう一つの扉がある。
この収容所のセキュリティは二重三重にもなっており、ここへ辿り着くまでも面倒な手続きが何度もあった。
これも重犯罪者を逃がさないためだ。
獏良はただアテムの後ろにくっついていただけだが、それだけでも疲労を感じたくらいだった。
涼しい顔でそれをこなしていくアテムに、獏良はさすがだなと感心をしていた。
奥へと進むと、通路にずらりと鉄格子が並んでいた。
ここには重犯罪者が一人ずつ入れられることになっている。
獏良は地下の湿っぽい臭いに、眉をしかめて胸に手を当てた。
これだけの設備だとしても、どうしても恐怖に身構えてしまう。
その気配を感じ取ったアテムはちらりと振り返り、
「ここには収容されるのは、よっぽどのヤツだけだぜ。このフロアにはアイツだけだから心配しなくていい」
捕捉説明を口にした。
それを聞いて、獏良はホッと胸を撫で下ろした。
二人は空の檻を通り過ぎていく。
突き当たりが見えたところで、アテムが獏良に小さく手で制止の身振りを送ってきた。
ここで待てというのだろうか。
指示された通りに、獏良はその場に止まった。
アテムだけが一番奥の檻に近づいていく。
「随分と元気そうだな」
「お陰サマで」
皮肉めいた口調が檻の中から聞こえた。
彼こそアテムが長い時間をかけ、手こずりながら捕まえたバクラだ。
本来なら、すぐにでも極刑に処されるところだが、その犯罪の特異性から例外的に処罰が見送られていた。
「今日はお前に話があって来た」
アテムは重犯罪者を前にしても、顔色一つ変えずに話を切り出した。
離れている獏良の方が、はらはらと見守っているくらいだ。
「協力しろって件かァ?」
牢の中にいるというのに、余裕どころか笑い声さえ聞こえてくる。
「いくら減刑してやると言われてもごめんだね。誰がてめぇらなんざに力を貸すか」
フロア中にバクラの高笑いが響いた。
それを聞き、獏良はこぶしをぎゅうっと握る。
バクラの処罰が保留となっているのは、警察側の対応が問題視されている面もあった。
様々な思惑の中で、この状況が生まれているのだ。
警察側に不都合な犯罪者は利用してやろうと、上は考えているらしい。
特殊な犯罪者には、似たような犯罪者をぶつけるのが一番だと。
アテムの口から深いため息が漏れた。
「そう言うだろうと思ってな……」
獏良へアテムの視線が送られる。
小走りで牢の前に寄り、獏良は鉄格子を掴んだ。
「せっかく減刑のチャンスなのに、どうしてお前はそういうこと言うんだ!」
バクラは今にもアテムを射殺しそうな目つきで睨んでいたが、視界に獏良が入ってきた途端、
「宿主ィ。なんだ、お前も来てたのか」
ころりと表情を和らげた。
「なんだ、じゃないよ!警部を困らせて」
頭から湯気でも出しそうな勢いで、獏良はバクラに言い返す。
アテムはニヤニヤとその顔を眺めているバクラを目にし、獏良を連れてきたことが正解だったことを悟った。
最後にバクラとアテムがやり合った時に、人質になったのが獏良だった。
バクラが立て籠もっている間に、獏良の手先の器用さを見込んで仲間に誘ったが、獏良は頑として首を縦に振らなかった。
その後、アテムとの銃撃戦で負傷したバクラを獏良は手当てをした。
「死ぬな!死んだら許さないからな!」
ぼやける視界の中で涙を溢しながら訴える獏良の顔を、バクラは今でも覚えている。
それがなければ、今頃あの世行きだった。
「そうは言ってもよォ……」
その時から、バクラは獏良にだけは弱い。
口を尖らせ、機嫌を取るように媚びた声を出した。
「上手くこちらに協力すれば、ここから外に出られる可能性もあるんだぜ」
アテムが後ろからバクラに言葉を投げ掛ける。
「ハッ!どうせ一生監視付きだろ」
一転して険しい目つきでバクラは吐き捨てた。
牢に入れられたとはいえ、バクラの牙は抜かれていない。
バクラにとって警察の駒になるなんてありえないことだった。
使いこなすのは難しいように見えた。
「その監視役に獏良くんが名乗りを上げてくれたんだぞ」
バクラは一瞬呆けた顔をした後、目の前の獏良に視線をやった。
獏良は困り顔でバクラを見つめている。
「……宿主が?監視役?一生?」
人質になった失態を盾にした上からの命令だったが、獏良自身も自分が適役と認めざるをえなかった。
それに、短い間だが人質として共に過ごした責任も感じていた。
「僕しかいないよね……」
その表情は半分諦めに近いものだ。
対照的にバクラの顔が嬉しそうに輝いた。
「いいのかよー!お前の人生、オレに捧げちまっても」
「よくもないし、捧げてないよ!……ただ、お前を野放しに出来ないから」
バクラは檻越しに、獏良の指に自分の指を絡ませた。
まるで捉えた獲物を離さない蛇のようだった。
「そういうことだ。獏良くんの想いを無駄にするんじゃない」
アテムが腕を組んで、バクラに向かって最後の一声をかけた。
「いいぜ。とち狂った連中をブッ殺しゃあいいんだろ」
「殺すな!」
「殺しちゃダメだよ!」
こうして、警察と犯罪者の取引が秘密裏に成立したのだった。
この後、連続殺人犯や爆弾魔などの異常犯罪者と対決。
宿主様になかなか会えなかったり、不貞腐れたり。
最終的に一緒に暮らせるやつです。
バクラの態度が甘いのは、ラブラブ強化期間中だったからだと思います。
「彼岸花事件だっけ。どうだった?」
「グロかったぜ。腹がぱっくり裂かれて中身がもろ見え」
「……うっ!よく平気だね。素直に尊敬するよ」
「アー、全然平気じゃなかった。癒してくれよォ」
「嘘つき!」