ばかうけ

昔々、ある王国に仲睦まじい国王夫妻がおりました。
千年パズルを持った非常に力の強い王様と誰にでも優しく温かいお妃様です。
長年、この夫婦の間には、子宝が恵まれませんでした。
しかし、やっとのことで二人の間に子どもが授かったのです。
国を挙げてのお祭り騒ぎとなりました。
順調に十月十日が過ぎ、生まれたのは可愛いお姫様でした。
お姫様の誕生に国中が喜びに包まれ、お城でお披露目会が開かれることになりました。
周辺各国の王族や貴族を始め、王国と協定関係にある魔法使いたちも呼ばれました。
王様と同じく不思議な千年アイテムを持つ魔法使いたちは、お姫様にお祝いの魔法をかけると言ってくれました。

ある魔法使いは、杖を振り上げ、「お妃様に似て、優しい子になりますように」と、魔法をかけました。
ある魔法使いは、天秤をかざし、「雪のように白い肌を持つ子になりますように」と、魔法をかけました。
ある魔法使いは、金色に輝く左目で見つめ、「手先の器用な子になりますように」と、魔法をかけました。

王様とお妃様は大層喜びました。
しかし、そこに招かれざる客がいたのです。
柱の影からぬっと現れたのは、黄金のリングを胸にかけた魔法使いでした。
王様は顔色を変え、お妃様とお姫様を庇うように前に立ちはだかりました。
その魔法使いは、かつて王様と激闘を広げた悪い魔法使いだったのです。
最近は噂を聞きませんでしたが、何をされるか分かったものではなかったので、王様は招待状を出さないでおいたのです。
「つれねぇなあ、王さまよォ……。こんなおめでたいパーティーに、オレ様だけ誘わねえなんて酷ェ話じゃねえか」
白い長髪に血のような赤い瞳――その魔法使いの名はバクラと言いました。
王様は油断なくバクラを睨みつけます。
「おいおい、そう凄むなって。お姫サマに祝福を授けてやろうってんじゃねえか」
そうバクラが言うと、リングが眩く光りました。
「そのお姫サマは美しく健やかに育つだろう……」
その言葉にお妃様と他の魔法使いは、ホッと胸を撫で下ろしました。
「だが、17歳になった時、この千年リングの針に刺されて永遠の眠りにつくだろう!ヒャハハハハハハ!」
バクラは笑いながら自分の胸にかかったリングを、まだ赤ん坊のお姫様にかけてしまいました。
「バクラ、貴様ーーーーッ!!」
王様が怒鳴りつけましたが、バクラは霞のように闇へと消えてしまいました。
お妃様も周りの臣下たちも、あまりのことに泣き出しました。
生まれたばかりのお姫様に背負わせれたのは、重すぎる運命でした。
王様もこぶしを握り締め、歯噛みをしていました。
そこへ、最後に残った魔法使いが現れました。
魔法使いは慈悲深い笑みを浮かべて首飾りをかざします。
「悲しむことはありません。確かにこの子は、いったんは眠りについてしまいますが、優しい口づけで目を覚ますでしょう」
最後に優しい魔法をかけてくれました。

それからというもの、王様たちは大慌てでした。
最後に魔法をかけてもらったとはいえ、お姫様を出来るだけ守ろうと動き始めたのです。
かけられた千年リングを外すことは出来ず、千年アイテムの使い方を知る魔法使いたちにお姫様を預けることにしました。
人の立ち入らない深い森の中に、魔法使いたちは住んでいます。
王様とお妃様は、泣く泣くお姫様と別れることにしたのです。
両親の代わりにお姫様を育てることになった魔法使いの名は、マリクとイシズと言いました。
イシズは最後の魔法をかけた女性の魔法使いです。
二人は姉弟でした。
側付きのリシドを含めた三人の家へお姫様は預けられることになったのです。
「了くん、元気でね……」
お妃様は涙で濡れた顔を、お姫様の頬に寄せて別れを言いました。
お姫様の名前は了と言いました。

それから数年が経ち、自分がお姫様であることも知らないまま、了は森の中でのびのびと育ちました。
一緒に暮らしている魔法使いたちが人の世に疎いせいで、了も少々世間知らずに育ってしまいましたが、それ以外は賢く健康な少年になっていきました。
なぜ自分が持っているかも分からない千年リングを身につけ、いつもの通りに森の中を駆け回ります。
しゃらんしゃらんとリングを鳴らしながら。

「く……そ……」
その姿を高い木の上から見ている者がいました。
悪い魔法使いのバクラです。
魔法をかけたものの、用心深い性格のバクラはずっと了を見張っていたのです。
魔法使いたちは誰もこの森に近づけないように魔法をかけていましたが、バクラは了の首にかけた千年リングの力を介することで簡単に入り込むことが出来ました。
遠眼鏡で了の姿を追います。
元々は自分の魔法でちゃんと了が眠りにつくのか見張るためでした。
勝手に不慮の事故など起こされたら、王様への復讐が台無しになってしまいます。
イシズによって魔法は弱められてしまったとはいえ、自分の手で王様に一泡吹かせたかったのです。
しかし、今となっては……。
「全然、父親に似なかったなァ……」
長く白い髪を靡かせて細い手足を動かす姿は、王様にもお妃様にも似ていませんでした。
バクラとしては、さぞかし王様に似た憎たらしい姫になるだろうと思っていたのですが。
あと数年経てば、十人が十人とも賞賛する美人に育つでしょう。
しかし、その頃には眠ってしまうことになります。
がっくりとバクラは肩を落とします。
「勿体ねェ……」
ずっと見張ってきたせいで、バクラの中に僅かな情が生まれていました。
一度かけた魔法は本人でも解くことは出来ません。
ただ黙って見ていることしか出来ないのです。

「どうしたの姉さん?」
イシズが微かに笑みを浮かべたのに気づき、マリクが不思議そうに訊ねました。
ロッキングチェアを揺らしながら、詩集を読んでいるだけなのに、なぜ笑うのでしょうか。
「なんでもないのですよ」
イシズは優雅に微笑みます。
金色の首飾りがキラリと光りました。
「了は何処まで行ったのかなあ。また、危ないことをしていなきゃいいのに」

了は虫や蛙を追いかけて、魔法使いの家をだいぶ離れたところに来ていました。
「おいおい、危ねえだろ」
遠眼鏡から了の姿を覗いたまま、バクラが呟きます。
昔から了は警戒心が薄く、バクラを冷や冷やとさせていました。
何度も陰ながら魔法で助けるほどです。
手間がかかると思いながらも、ついつい助けてしまっていました。
今日も心配しているようなことが起こりました。
足元の草が露に濡れていたので、すってんころりんと了は転びました。
それから、子供特有の身体の柔らかさが仇となり、ころころと転がって崖の方へ……。
あっという間に、ぽーんと空中に身を投げ出されました。
「あ……!」
バクラは慌てて人差し指を了に向かって差しました。
それから、くいっと天に向かって指を折ると、その動きに呼応して了の身体も宙に浮きました。
ゆっくりと地面に移動させてやります。
了はぽかーんとしたまま、動けないでいました。
「全く……。手のかかる宿主様だぜ」
バクラは千年リングを預けた者として、了を「宿主」とこっそり呼んでいました。
やれやれと額の汗を拭ったところで、バクラは気づきました。
了が真っ直ぐこちらを見ているのです。
遠眼鏡でしか視認できない距離にいるはずなのに。
偶然かと思いましたが、了が迷うことなく、すたすたとこちらへ向かってやって来ました。
木の下から見上げて、
「あのー、助けてくれてありがとう」
バクラに向かって声をかけてきたのです。
驚きのあまり逃げるのを忘れていましたが、了の胸にかかった千年リングを見て納得がいきました。
――なるほど、千年リングの力を無意識に使いこなしているのか。
となれば、隠れても無駄です。
バクラはスッと木の上から飛び降りました。
これほど近くで了を見るのは誕生祝い以来です。
背丈はバクラの腰より高いくらいでした。
バクラはなるべく友好的な笑みを浮かべ、了の顔を屈んで覗き込みました。
「初めまして。やど……危ないところだったなァ」
「初めましてじゃないよ。前も助けてくれたよね?」
疑うことも知らない瞳で了が見つめてきます。
バクラが思ったより、了は千年リングと相性が良かったようです。
ここはなんと言い返すか、バクラは頭を悩ませました。
そんなバクラにはお構いなしに、キラキラと了が瞳を輝かせました。
「魔法使いさんだよね?本で読んだことがある!魔法使いさんが僕を助けてくれてたんだ!」
どうやら、魔法使いたちは自らの正体は隠しているようです。
人間の子供を育てるのには、そうしなければならないのかもしれません。
了の独特のペースに呑まれながらも、バクラはこほんと咳払いをしました。
「そうだ。だが、このことは誰にも言うなよ。魔法使いの正体は誰にも明かしてはいけねェんだ」
それは子供騙しの言い訳でしたが、世間知らずの了はあっさりと信じ込みました。
こくこくと神妙に頷いています。
「よし、いい子だ。遅くならない内に早く家へ帰んな」
「うん!」
大きく手を振りながら、了は去っていきました。

それから、森の中で了とバクラはちょくちょくと顔を合わせていました。
バクラとしては隠れていたかったのですが、了が簡単に見つけてしまうのです。
そうすると、仕方なく様々なゲームで遊んでやることになります。
そうしている内に、どんどん魔法のかかる期日に近づいていきました。
いつの間にか、了の背丈はバクラと同じになり、元々美しかった容姿に色気が帯びてきました。

「今日は何して遊ぶの?」
「そうだなァ」

バクラもこの時間が楽しみになりつつありました。
それと同時に、まずいことになったという後悔もあります。
バクラの予想通りに、了はここ数年で美しくなりました。
時々、バクラは眩暈を感じるほどです。
イシズが魔法をかけてくれたことに、感謝をしなければなりません。
しかし、魔法を解くためには、どこぞの馬の骨とも分からない者の口づけが必要です。
ずっと見守ってきたのに、横から掻っ攫われるなど考えただけで腸が煮えくり返りそうでした。
「なあ、了。お前、この森を出たいか?」
胸中を表情に出さずに、バクラは了に訊ねます。
了はふるふると首を横に振りました。
「どうして?嫌だよ。マリクくんやイシズさんたちと離れるのも、君と離れるのも」
了のストレートな言葉に、バクラは口をへの字に曲げました。
――このまま拐いてえ……。
にやけてしまいそうなのを必死に抑えます。
「あー、……それはだな。お前そろそろ年頃だろ?家を出てかなきゃいけない時期が来たってことだ」
その言葉にしゅんと了は肩を落とします。
「確かに、もうすぐ17歳の誕生日なんだ……」
その時には了は眠りについてしまいます。
バクラは口の中が渇くのを感じました。
了を手放したくありません。
真実を黙っているのも我慢がなりません。
バクラは了の肩を掴んで話始めました。
17年前に何があったのか。
了はそれを静かに聞いていました。
「悪いな。オレは魔法使いでも、『悪い魔法使い』なんだよ」
「でも、僕を助けてくれた『悪い魔法使い』なんだよね」
了は変わらない優しい表情を浮かべていました。
「なぜ、話してくれたの?」
言葉に詰まりました。
それを言ってしまっていいのか迷いが生じたのです。
何も言わないバクラの顔をじっと見つめ、
「なら……」
了はにっこりと微笑みました。
「君が僕を起こして」

その日はすぐにやって来ました。
誕生日の日になったと同時に千年リングが輝きだし、五本の針が了の胸に突き刺さったのです。
了は痛みを感じる間もなく、ベッドの上で深い眠りにつきました。
「姉さん……」
すっかり了と遊び友達となっていたマリクは、不安そうにイシズの顔を見ました。
「心配はいりませんよ、マリク。全ては私の予言通りになります」
イシズは穏やかな表情でマリクを見返しました。
二人の魔法使いは眠っている了に危険が及ばないように、家ごと茨の蔓で覆ってしまいました。
そして、森の外まで蔓を伸ばしていきます。
茨の道が完成しました。
その道は一面棘だらけで、簡単には通ることは出来ません。
真に了を助けたいと思う者だけが通れる道なのです。
了が眠りについたという情報は、すぐに王様たちの元へと届きました。
王様は腕に自信のある者を集め、了を助けに行くように命じました。
助けた者を了の伴侶とするという条件をつけて。
「ちょ、ちょっと!もう一人の僕、勝手にやりすぎだよ!」
慌ててお妃様は止めますが、王様は言っても聞きません。
「これも了くんのためだ!分かってくれ、相棒!」
「親バカ……」

腕に自信のある貴族や騎士たちは武器を持ち、部下を連れて茨の森へとやってきました。
しかし、あまりの棘の多さに尻込みをする者が多く出ました。
いくら鎧を着ていても、不思議と隙間から棘が入り込むのです。
それに、蔓を毟っても毟ってもきりがありません。
挑戦者たちはどんどん脱落していき、残るは数名となってしまいました。
森に入ったのは朝でしたが、いつの間にか夜になってしまっていました。
今日のところは、これ以上進めなさそうだから野宿して明日に備えようと、そこにいる誰もがそう思ったとき、一際高い蔓の上に立ちはだかる影がありました。
なんだあれはと、見上げる挑戦者たちに向かい、影はにいっと口角を上げました。
雲の切れ間から降り注ぐ月光がその影を照らし、それが長髪の男だということに全員が気づきました。
男は一本の長斧を肩に担いでいます。
森の奥へと向かうのではなく、挑戦者たちと向き合っているということは敵意があると、その場にいる全員の認識が一致しました。
それぞれ武器を構えます。
「残念だったな。ここで全員ドロップアウトだ」
男が斧を振り上げ――。
その場に残されたのは、倒れ伏した挑戦者たちでした。
バクラは気絶した男たちには見向きもせず、一心不乱に斧で蔓を切っていました。
イシズたちがかけた魔法は、外部からの魔法を一切受け付けませんでした。
だから、自分の手で突き進むしかなかったのです。
時折、棘がバクラの手足や顔を小さく傷つけますが、構いません。
力押しでどんどん進んでいきます。
やっと魔法使いの家へ辿り着いたとき、東の空が白んでいました。
斧はもうボロボロです。
玄関の戸を斧で突き破り、家の中へと入りました。
少しの音もしない中、一番奥の部屋に了は死んだように静かに眠っていました。
そっとバクラは近づきます。

『君が僕を起こして』

あの言葉が頭に思い出されます。

『いいのか、お前はそれで。お前に魔法をかけたのは、このオレ様だぞ』
『助けてくれたのも、君だから。でも、眠っちゃうのは困るから、君の手で起こして。本当の父さんと母さんにも会いたいし』

その艶やかな唇に、自分の唇を重ね合わせます。
柔らかい感触が頭の奥まで響きました。
惜しむようにゆっくりと唇を離すと、目の前の了の瞼が開かれました。
少しの間、了はぼーっとしていましたが、やがてカチリとバクラと視線が合いました。
「おはよう」
了の唇が小さく動きました。
朝日が昇ると同時に、茨は全て枯れ落ち、元の森へ戻っていきます。
マリクが勢いよく家へ飛び込み、了に抱きついて涙を零しました。
その後ろには、変わらない笑みを浮かべ、静かにイシズが佇んでいました。

「……許せないぜ。許せないが、約束した通りだから仕方がない」
不機嫌そうに王様は鼻を鳴らしました。
城へ戻ってきた了は離れていた時間を取り戻すように、王様とお妃様に抱きつきました。
可愛いお姫様の前では、王様も何も言えません。
「これから宜しく頼むぜ、お義父サマ」
こうして、バクラの復讐は別の形で成し遂げられたといえます。
それから二人がどうなったのかは、魔法使いだけに伝わる古記録だけに記されています。

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最後の「お義父様」のために書いたような話です。
マレフィセントの要素も少しだけ加えつつ、アレンジしてみました。

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