あるところに、とても可愛らしい男の子が住んでいました。
みんなから好かれたその子の名前は遊戯。
遊戯は母親が作った赤いずきんをいつもかぶっていたので、赤ずきんちゃんとも呼ばれていました。
ある日、彼の母親が彼を呼び付け、こう言いました。
「森の外れに暮らしている婆さんが風邪をひいたらしいぜ。見舞いがてら、これを届けてくれないか、相棒」
遊戯と背も髪型もあまり変わらない母親が、大きなバスケットを手渡しました。
中にはお婆さんの為に用意された食べ物が沢山入っています。
「分かったよ、もう一人の僕」
優しい遊戯は口答え一つせずに素直に頷きます。
母親は破顔しましたが、やがて厳しい顔つきをしました。
「一つだけ注意しとくぜ、相棒。最近森にケダモノが出るらしいぜ。十分に気をつけていくんだ。最悪見つかってしまっても、気を許さないで行動すれば大丈夫だ」
遊戯は母親の言うケダモノの正体を掴みきれませんでしたが、母親の言う通りにしようと思いました。
「うん、分かったよ」
「ああ……でも心配だぜ。相棒が危害を加えられたら……骨をしゃぶられる前に……かされでもしたら」
遊戯は苦悩する母親の言っている意味が半分も分かりませんでしたから、ぱちくりと目を瞬きました。
「気をつけて行くんだぜ」
「はい」
元気よく遊戯は森に向かいました。
久しぶりにお婆さんに会える嬉しさのあまり、ついつい軽い足取りになってしまいます。
それがケダモノの付け入る隙になってしまうことを遊戯は知りませんでした。
そのケダモノが木陰からこちらを見ていることなど、ついぞ気付かなかったのです。
ケダモノはペロリと舌なめずりをしました。
一人でやってくる無防備な少年は、とてもオイシそうです。
ゆっくりと少年に近付いていきました。
がさりと近くの茂みが音を立てたので、遊戯はびくりと身を退きました。
ケダモノがやってきたのでしょうか。
身を凍らせて逃げることも出来ずにいると、ぬっと茂みから黒い影が現れました。
遊戯がその正体を認めると、全身から力が抜けました。
それは安堵の為です。
黒い影はれっきとした人の姿をしていて、遊戯の想像した「ケダモノ」の、野良犬や狼ではなかったので警戒する必要がなかったのです。
しかし、実はこの目の前にいる人こそが、母親の言ったケダモノその人なのでした。
ケダモノは背の高い青年でした。
長い髪を垂らし、堂々とした風貌です。
彼の名はバクラといい、紛れもなくこの森のケダモノでした。
「どこへ行くんだ?」
バクラは親しげに遊戯に声をかけました。
「婆ちゃんが風邪をひいたから、見舞いにいくんだ」
素直な遊戯は正直に答えてしまいました。
バクラは素早く頭の中で計画を練りました。
ヨコシマな考えを表情に少しも出しません。
「なら、この道を真っ直ぐにいくと、土産に最適な店があるぜ」
遊戯の向かおうとしていた方向とは全く別の方をバクラは指差しました。
「花でも買っていってやったら、そのばば……婆さんも喜ぶんじゃねぇの」
遊戯はバクラのアドバイスを手放しで喜びました。
自分からも何か見舞いの品を持っていきたかったのです。
遊戯は礼を言うと、意気揚々とその店に向かって行きました。
バクラはそれを見届けると、にやりと笑って遊戯の向かおうとしていた方向へ歩き出しました。
このまま行けば、小さな民家があることを知っていました。
そこがお婆さんの家なのでしょう。
興奮を抑えきれずに早足で向かいました。
こんこん
民家の戸を叩くと、少し遅れて細い声が聞こえてきました。
「遊戯くん?開いてるよ」
意外に若い声でした。
バクラは静かに戸を開けると、躊躇せずに中へ入っていきました。
中には余計な物がなく、必要最低限の家具のみがあるようでした。
一番奥の窓際にベッドがあって、お婆さんが横になっています。
お婆さんは足音を耳にすると、ゆっくりとした動作で上半身だけ起こしました。
そして、バクラに向かって優しく微笑みました。
風邪のせいか少し弱々しく、儚げな笑みでした。
「あれ?」
入ってきたのが遊戯ではなかったので、お婆さんはあからさまに疑問の声を上げました。
バクラはどう反応して良いか困りました。
当初の計画では、お婆さんを何も言わさずに縛り上げるはずだったので当然です。
お婆さんの姿を見た今となっては、とてもそんなことはできません。
口を塞いでしまうには、勿体ないほどの美人でした。
「君は……だれ?」
白い髪が揺れ、大きな瞳が瞬きをしました。
「オレの名はバクラ。ユウギに少し遅れると伝えるように頼まれた」
バクラはちゃっかりと入手した遊戯の名前を取り込み、冷静を装いました。
「遊戯くんの友達かな?わざわざ伝えに来てくれてありがとう」
お婆さんはバクラの言うことを疑いなく信じて微笑みました。
今度は正真正銘バクラ自身に向かっての微笑みです。
ずきゅん
確かに、バクラの中でそのような音がしました。
――欲しいッ!こいつを手に入れたい!
バクラはまず、ふつふつと沸き起こる欲望を抑え込まねばなりませんでした。
「せっかく来てくれたんだから、お茶でも飲んでって。ちょうど退屈していたところなんだ」
願ってもない機会でした。
まさか向こうから誘いがあるなんて。
「あ、ああ……ところで、あんたの名前は?」
名前を知ることは、とても大切です。
名前を知らないと、大切な時に呼べません。
大切な時とは何か――それはここで説明する必要がないので省略します。
乱暴な聞き方でしたが、
「僕の名前は了、だよ」
訝しげる様子もなく、答えが返ってきました。
了は寝間着の上にショールを羽織り、バクラの為にお茶を用意しました。
「どうぞ」
お茶の香りが家の中に満たされてゆきます。
「バクラくんは……」
「バクラで良い」
「バクラ……は、遊戯くんの友達にはいないタイプだよね……」
了が緩やかな仕草でティーカップを傾けながら言いました。
「ああ……そうだな」
了の表情から何かをためらっているようだとバクラは察しましたが、あえて問いただすことはしませんでした。
「………」
少しの間、了は何かを考え込んでいるようでしたが、ぱっと表情を明るくしてバクラの頭に手を伸ばしました。
「どうしてここだけ跳ねてるの?くせっ毛?」
バクラの跳ねた髪を撫でながら了が問います。
そんなことは気にしたことがない上に、唐突すぎてバクラは一瞬答えに詰まりました。
「そんなもんだろ」
「ふーん」
了はバクラの髪の毛を触り続けました。
その表情には覇気がなく、どこか別のところを見ているようです。
バクラは了の好きにさせておきました。
髪に触れられることが特別好きというわけではありません。
むしろ好きではない方に入るのかもしれません。
触らせたことがないのです。
そんなことをしなくても、事は済みます。
何故か、今はそのままでいさせようと思うのでした。
しかし、了が自分のことを見ていないのは気に入りません。
バクラは了の手を取り、そのまま自分の頬へ導いていきました。
――オレを見ろ。
バクラの目がそう語っています。
了は驚いたものの、今度はしっかりとバクラを見つめ返しました。
そして意を決し、深く息を吐いて静かに言いました。
「僕の代わりに、遊戯くんと仲良くしてあげてね……」
微かに声が震えていました。
「もう……僕は……長く……ないから」
その場の空気が凍るようでした。
「は……?」
バクラは了の言った言葉を頭の中で繰り返しました。
「遊戯くんにはまだ言ってないんだ。言い難くてね……」
少しだけ悲しげに。
でも、心にあったものを吐き出すことが出来て、その顔は涼やかです。
バクラは突然立ち上がりました。
了に背を向け、戸口に向かいます。
「……早く言ってやった方が良いんじゃないのか。黙ってる方が傷つくぜ」
そのまま振り向かずに出ていってしまいました。
了は何も言わずに、バクラの消えた戸を見つめていました。
バクラは森を突き進みました。
「クソッ!」
どうにも晴れない気持ちを持て余し、イライラと首を振ります。
そんな感情は初めてでした。
そして、その感情の名をバクラは知りません。
しかし、また近い内に了に会いにいこう、そう思いました。
「え!引っ越すの?」
あれからすぐ後に、遊戯はやってきました。
了はバクラの言う通りに、包み隠さず遊戯に打ち明けました。
「そうなんだ。遊戯くんにはなかなか言い出せなかったけど……少し遠くなるから、今度から簡単には会えなくなる。寂しくなるね」
「うん、でも会いにいくからね」
遊戯は了の言うことをしっかりと受け止めてくれました。
言って良かったと、了はバクラに感謝しました。
「ここにもう長くいられないと思うと悲しいなぁ」
了はそう言って、慣れ親しんだ家を見回します。
「すぐに新しい家に馴染むよ」
「そうだね」
二人はにっこりと笑い合いました。
後日、バクラが事実を知り、がっくりとへたれ込んだとか。
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初恋(?)は切ない味がしたそうです。
パロディは楽しい!