ある国にたいそう傲慢な王さまがおりました。
臣下の言うことに全く耳を貸さずに、自分の思う通りに物事を押し進めてばかりでした。
そんな王さまに臣下たちは、ほとほと手を焼いていましたが、命惜しさに逆らおうとはしません。
生意気な口を利けば、首を刎ねられるに決まっていたからです。
王さまは宝石や食べ物や服など、自分の欲しい物は何でも手に入れられました。
しかし、妃だけには恵まれませんでした。
それというのも、王さまがどんなに美しい女でも気に入らないからでした。
家臣が国から貴族の女という女を連れて来ても、王様は満足しないのです。
妃を娶らなければ、世継ぎは産まれません。
国の一大事でした。
そこで、先代の王様の時代から仕えていた忠臣が、森の外れに住む魔女の元へ使いを出しました。
魔女は多くの欲望を叶える術を持っていました。
彼女が王様に差し出したのは、一本の遠めがねでした。
城の展望台から王様が遠めがねを覗くと、何里も離れた景色が見えるのでした。
自分の望むものを捜しだす遠めがねだったのです。
王様が東の方角を見ると、この世のものとは思えない美しい娘が映りました。
「あの娘は誰だ」
「ただの娘でございます」
「あれは何処の娘だ」
「ただの農家の娘でございます」
「あの娘を連れて来い」
「承知致しました」
娘は貧しいながら、家族と仲睦まじく暮らしていました。
よく働き、利発な娘として村で評判の娘です。
城からの使いに、当然娘は首を横に振りましたが、むりやり連れさらわれてしまいました。
王さまは実際にその娘を見て、ますます気に入りました。
褒美を求める魔女を焼き殺し、即座に娘と結婚してしまいました。
お妃さまは飲まず食わずで三日三晩泣き続けました。
そして四日目の朝、泣きやむのと同時にお妃さまの顔から笑顔が消えました。
王さまはあの手この手でお妃さまを笑わせように試みましたが、一向に効き目がありません。
ある日、人が一生遊んで暮らせるくらいの価値がある宝石を王さまは持ってこさせました。
笑いません。
ある日、装飾も鮮やかな絹の服を妃のために王さまは仕立てさせました。
笑いません。
ある日、国中の貴族を呼び寄せてきらびやかなパーティを王さまは催しました。
笑いません。
もはや遠めがねから見た少女の面影はありませんでした。
それでもお妃さまは、その聡明さで国を安泰へと導きました。
傲慢な王でしたが、決して心を開こうとしないお妃さまの強い意志を無下に否定することは出来なかったのです。
結果として国は栄えました。
程なくして、お妃さまが身ごもりました。
家臣も王さま自身もこのしらせを喜びました。
子供が出来れば二人の仲も落ち着くに違いない。そう考えたのです。
城のみなが見守る中、お妃さまは無事に元気な赤ちゃんを生み落としました。
しかし、それからしばらくして、皮肉なことに王さまが病に倒れてしまいました。
王さまとお妃さまが出会ってからちょうど三年のことでした。
国の優秀な医者を呼び集めても、どうすることも出来ません。
それもそのはず、王さまの奇病は殺された魔女によるものでした。
みなの看病も空しく、王さまの身体は日に日に弱っていきました。
そして最後の日、お妃さまと数人の召使が王さまの部屋に集まりました。
ベッドの中で静かに呼吸をする王さまは、手を伸ばして見舞いの花を一本抜き取り、傍らで見守っているお妃さまに捧げました。
それは今までで一番簡素なプレゼントでした。
「ありがとう」
それだけをお妃さまに伝えると、王さまは息を引き取りました。
お妃さまはその花を持ったまま、王さまの顔をじっと見つめていました。
するとどうでしょう。この三年間、凍ったままだったお妃さまの顔に変化が訪れました。
瞳から大粒の涙が次から次へと溢れ出てきたのです。
涙はお妃さまの掌中の花に何度も何度も落ちてゆきました。
その場にいた家来たちは、お妃さまの心情を察することが出来なかったでしょう。
ただ涙を流すのみであったお妃さまの口からは、何も語られませんでした。
王さまの亡き後、お妃さまは子供を立派に育て、国を治めさせました。
不思議なことに、あの一輪の花はいつまでも枯れずに残っていました。
それどころか、花弁に溜まる汁を飲めば、たちまちに身体の具合が良くなったそうです。
お妃さまは平穏な人生を歩んだ後、天寿をまっとうして安らかな眠りにつきました。
息子の望みもあり、お妃さまはあの花を添え、弔われました。
最期にお妃さまはこう言って微笑んだそうです。
「今度は話したいことがいっぱいあるんだ……」
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頭が童話でいっぱいだったので、バク獏っぽい童話を書いてみたかったのです。
が、それほどバク獏じゃなくなって…(泣笑)。
童話の決まりごと(リズムとか流れとかあるそうなのです)は盛り込んでおいたので、童話っぽい雰囲気になったかなあ…?