ばかうけ

ハコニワ

「あなたには神様がついているのよ」
小さい頃に母さんから言われた言葉。
自分ではよく覚えていないけど、 母さんが言うには僕には不思議な力があったらしい。
昔は今よりも活発だったので、勝手にどこかへ行ってしまって母さんをよく心配させていた。
あわや、ということは何度もあったらしい。
そういう時に不思議なことが起こったそうだ。
海で波に流されてしまった時、はぐれて柄の悪い連中に絡まれた時、車に轢かれそうになった時、僕は無傷でその場に居たそうだ。
どうやって助かったのかなんて誰も分からなかった。
キャンプ中に崖から落ちた時は、足を滑らせたという記憶はあっても、どうやって元の道に戻ったのかは覚えていない。
気づいたら元の道の上に立っていたんだ。
ふっつりと間の記憶が抜け落ちていた。
どれも子供にどうにか出来たことじゃなかったから、自分で自分が不思議でならない。
だから、周囲の大人たちは凄く運のいい子だ、神様にでも守られているのだと言い出した。
子供の時だけ霊感があるとか不思議な力を持つことがあると聞く。
僕もそれだと思われたようだ。
特に母さんは自分の子が特別だということに喜んだ。
だから、さっきの言葉に繋がる。
親が自分の子が人より優れているのだと思うことはよくあることで、母さんもそうだった。
特に第一子だったこともあるだろう。
でも、それが何度も続いたことで状況は変わってきた。
二度や三度ならいい、十や二十も同じことが繰り返されると人は恐怖を感じる。
それが良いことでも、だ。
自分が神社でおみくじを引いて連続二十回大吉だったとしたら?
どこか変だと怪しむと思う。
ただ単に運が良いと手放しで喜ぶことはないはずだ。
母さんもそうだった。
はっきりと口に出したわけではなかったけど、自分の子が自分の子でないような、どこかへいってしまうような気がしていたんだと思う。
妹の天音と比べたらそれが顕著だったに違いない。
子供だった僕は訳も分からずに戸惑う母さんを心配した。
「どうしてあなたは……」
僕を見つめる母さんの悲しそうな視線が痛かった。
普通とは何かが違うという自覚はあったから、自分自身を責めたこともあった。
だから、どこにいるかも分からないカミサマに向かって祈った。

『お願い、僕を普通に戻して』

僕の願いが届いたのか、「奇跡」は起こらなくなった。
今にしてみれば、危ないことをする年齢でなくなったことも一因だと思う。
とにかく、普通の子に戻ったと母さんも僕も安心した。
それから何年か経って、また母さんを悩ませることになる。
僕の身近な人たちが意識不明になり始めたんだ。
僕はやっぱり普通じゃなかった。
神様から守られている子供から、祟られている男になった。
今度は分別のない子供じゃない。
表立っては責められなかったけど、母さんの気持ちも周囲の反応も分かりすぎるほど分かってしまった。
もしかしたら、神様じゃなくて悪魔に取り憑かれていたのではと皆が思っていた。
僕にしてみたら神様だろうが悪魔だろうが同じことだった。
自分ではどうすることも出来ない。逃げ場がない苦しみが僕を襲った。
――どっちでもいいから僕を解放して……。

「だから、お前の言う通りにしたんじゃねえか」
うん、ほんとそうですね。
それでも、当たり前だと言わんばかりの顔をされるのは腹が立つ。
一連の原因が神様でも悪魔でもないことが分かったのは、あれから色々あってからだ。
「感謝して欲しいくらいだぜ」
迷惑なんてもんじゃない。でも、少しだけ安心したんだ。
自分の手に負えない存在の仕業じゃないと分かって。
悪びれない態度に僕は苦笑いをした。
「まあ、ちょっとばかり好きにさせてもらうけどな」
「褒めてないからね」
神様よりも悪魔よりも、もっと厄介なヤツかもしれないけど。

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少しホラー調に。厄介だけど愛しい君へ。
次の話と対のようになっています。


かげぼうし

昔から不思議な子だった。
友達の輪に全く入れないわけでもなかったが、ふとした瞬間に一人で遠くを見つめていたり、大人の言動を見抜くようなことを言ったりすることがあった。
この子には何か別なものが見えているのではないかと思った。
コミュニケーション力は人並みにあるし、妹の面倒見も良いから、成長すればそうした面もなくなっていくのだろうと思っていた。
得てして子供はある種の第六感みたいなものが鋭いものだ。
その年齢の男の子としては聞き分けがいい子供であることは、母としては助かっていた。
エジプトでの「事故」の後、多少の混乱はあったものの獏良は落ち着いていた。
父親のことはショックだっただろうが、その前後のことを覚えていないのは幸いだった。
病院にも連れていったが、しばらくの間は目を離さないようにと念を押された以外は問題なしだった。
パズルブロックを積んで遊ぶ姿には、一つも陰りがなくて安心した。
「了、そろそろお仕舞いにしましょう。おやつの時間よ」
テーブルの上にドーナツとミルクの入ったマグカップを並べて獏良を呼んだ。
「はーい」
素直な返事をして、バケツに玩具を片していく。
うん、しっかりしたいい子だ。
満足げに母親は微笑んだ。
妹が出来てからは、特に手のかからない兄に育っていた。
キッズチェアに座り、おやつを目の前にした獏良の顔が曇る。
「どうしたの?」
おやつに手も伸ばさない獏良を不審に思い母親は近づいた。
腹でも痛いのかもしれない。
「足りない」
ドーナツに視線を向けたまま獏良が呟いた。
「それ以上食べたら、晩ごはん食べられなくなっちゃうわよ」
獏良の言葉を額面通り受け取った母親は息子にそう諭した。
しかし、獏良は首を振る。
「ひとり一つでしょ。これはボクの。もう一つちょうだい」
「……ああ」
そこで母親は思いついた。
きっと別室で昼寝をしている妹のことを言っているのだ。
そうに違いない。
「天音は後で食べるから大丈夫よ。了は先に食べて」
「ちがうよ」
言い終わるか否かで獏良が言い返す。
「あまねのじゃないよ。一つ足りない」
今度は母親の目を真っ向から捉えていた。
獏良の首元に紐がかかっているのがちらりと見えた。
あれはなんだっけ。
獏良の瞳は心が映らないほど不思議な深い色に染まっていた。
「××の分が足りないよ」
その瞳を見ていたら何も言えなくなってしまった。

それからというもの、表面上は大人しくひとり遊びをしているように見えても、「何か」と一緒にいるように思えた。
「あはは、そうだねえ」
漏れ聞こえてくる声は、どうしても「会話」をしているように見える。
居ても立っても居られずに病院に連れていったが、結果は問題なし。
受け答えはしっかりしているし、情緒も安定している。
医者はイマジナリーフレンドという言葉を挙げた。
空想上の友達と遊ぶことは子供にとってはむしろ必要なことだと。
母親だってその知識はある。
想像上の友達とするには違和感があるのだ。
獏良を見ていると言葉に出来ない不安が襲ってくる。
「お母さん、ご主人が事故に遭われてさぞ大変でしょう。了くんは問題ありませんから、もう少し肩の力を抜いて見守ってあげて下さい」
これは自分が暗に神経質と言われているのだと母親は悟った。
育児ノイローゼ気味だと思われているのかもしれない。
少しお話してみてはとカウンセリングの予約を薦められたが、多忙を理由に先送りにした。
「ママ、大丈夫?」
心配そうに獏良が見上げていた。
本当に優しくていい子なのだ。
医者の言うとおり、父親不在であることに気を負っていたのは確かなので、少し疲れているのかもしれない。
「大丈夫よ。ありがとう」
頭を撫でてやると、獏良は安心したように笑った。
リーン
微かに金属音がする。
そういえば、いつからアレを付けているのだろう。
アレのことを考えると頭に霞がかかっているように思い出せない。
「次はご本を読んであげるね!」
一人で絵本を広げる獏良を見守りつつ、母親は頭を捻った。
エジプト……あの人が……。
リーン
そう、エジプト土産だ。父親が息子に買ったエジプト土産だったはず。
ポンと手を打って母親は納得した。
まだ心の底に残る疑念と不安に背を向けて。

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バクラはいませんが、心の目で見て下さい。
小さい頃から一緒にいたけど、バクラは大きくなるまでひと眠りしてたのかなあと思います。
始末したいやつも消したし、情報収集はするだろうけど。
友達を抜け殻にしたりするのは大きくなってからじゃないと了くん可哀想すぎる。


キミと歩く道

「おい、そんな遠くまで行ってもいいのかよ、宿主さま」
幼い獏良は周りを見ようともせずに、ヒラヒラと舞う蝶を追いかける。
その内にどこかで蹴躓くか、なにかに撥ね飛ばされるのではないかと危なっかしくて見ていられない。
バクラは腕組みをして後ろから付いていた。
いざとなったら強制的に人格交代してしまえばいい。
それでも、バクラにとって面倒臭い状況ではあった。
宿主である獏良にはバクラの声は聞こえないし、姿も見えない。
千年リングの器であることは間違いないのだが幼すぎるのだ。
最初に人格交代した時は、酷く体力を消耗させてしまった。
それから、バクラはなるべく干渉しないようにしていた。
本格的に動けるようになるには、まだまだかかりそうだ。
大事な器が怪我でもしたらたまらない。
子供特有の警戒心のなさは、バクラが頭を抱えるのには充分だった。
バクラの目から見ても、同年代の子供より無邪気すぎるのではないだろうかと思う。
ぽてぽてと田舎道を進んでいく自らの宿主の背中を見つめてため息をついた。
いくら昔より平和な世界だとしても、食うに困る世を知っているバクラからすれば気が気じゃない。
舗装がされていない道なので、砂利や凹凸が多い。
空を見上げながら歩いていた獏良は、とうとうぐしゃりと頭からすっ転んだ。
「だから言っただろうが!」
声が届かないことが分かっていても声に出してしまう。
バクラの最近の癖だった。
獏良はゆっくりと上体を起こし、尻を地面につけて座り込んだ。
子供は頭が重いので転びやすい。
それを差し引いても、随分と派手に転んだなとバクラは引きつった笑みを浮かべた。
膝には少し血が滲んでいる。
獏良はへの字口でその怪我を見ていたが、やがてそっと立ち上がった。
そんなことをしている内に、蝶はどこかへ飛んでいってしまったようだ。
何もいなくなった空をぼんやりと見つめる獏良。
なにを考えているか、身体を共有するバクラにも読み取れなかった。
無邪気すぎる一面はあるが、ときどき同年代の子供たちより聡いような振る舞いをすることがある。
バクラは獏良の器としての資質を測りかねていた。
「もう帰るか?」
その声は聞こえていないはずだが、タイミングよく獏良が振り返った。
そして、行きと同じように黙って帰路に着いた。
いつかバクラの声が届く日があるのだろうか。
小さな背中を追いかけながらバクラは思う。
どんな声で、どんな顔で、話しかけてくるのか。

「だから、勝手に僕の物を弄るな!」
獏良がキッと睨みつけてくる。
「おー怖っ」
バクラは煽りながらそれを受け流す。
あれから数年が経ち、獏良は立派な高校生になった。
外見的にはあの子供とは思えないほど身長も伸びた。
獏良は期待通りの……いや、期待以上の器だった。
女子生徒が毎日騒ぐほどの端正な顔立ちを歪めてぶちぶちと文句を言う姿を見て、バクラはにやにやと高揚感を抑えきれずに口を緩めた。
「反省してないな!」
「ハイハイ」

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ほんと、映画ありがとうございます!なんですよ。
原作を読み返すと、最初の会話が多すぎて笑ってしまいます。
どんだけ話したかったんだよ!
それまでちょいちょい話しかけてたのかなーと思って書きました。

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