ばかうけ

休憩

時計の針は天辺を過ぎたというのに、獏良の部屋には煌々と明かりが点いていた。
背中を丸めて机に向かい、手を淀みなく動かしている。
机の上には、ノートパソコン、筆記用具、ノート用紙、そして机の隅に積まれた数冊の本。
カタカタカタとパソコンのキーを叩き、時折ノートに目を走らせ、本を手に取って付箋のついたページを開く。
大学で膨大な量のレポート提出を求められ、せっせと片づけていた。
講義を選択する前にレポート好きの教授とは聞いていたが、内容に惹かれて時間割りを組んでしまったのが運の尽き。
毎回、教授は口癖のように「ここまでの内容をレポートで提出して」と講義を締めくくる。成績には関係ないとは説明を受けているものの、手を抜いて万が一にも評価を下げられたりしたら堪ったものではない。
根が真面目な獏良は今夜も真正直にレポートに取り組むのだった。
忙しなく動いていた獏良の手が初めて止まった。
目と手に疲労、肩全体を覆う重み、椅子で圧迫し続けた脚に軽度の痺れ。
両手を挙げ、上体を反らし、ゆっくりと深呼吸。
「うう……ん」
ギシリと椅子が軋んだ。
大体の要点はまとめ終わったが、規定の枚数にはまだ足りない。
内容が薄い箇所を肉づけして――と考えるとまだまだ時間がかかりそうだ。
獏良は眠い目をこすってから、ピンと背筋を伸ばして椅子に座り直した。
そのとき――。
コンコン、と速いリズムでドアが叩かれた。
「はーい」
椅子ごと身体を回転させ返事をすると、ドアが静かに開き、寝ているはずの同居人が姿を現した。
数時間前には就寝の挨拶をしてそれぞれの部屋にこもったはず。
同居人ことバクラは片手にマグカップを持って獏良に向かって歩み寄った。
「まだ終わらないのか?」
コトリ――。
机にマグカップが置かれる。カップからは白い湯気がゆらゆらと揺れて立ち上っている。ふわっと甘い香りが獏良の鼻まで届く。カップの中には白茶色の液体。
「ありがとう。あともう少しかかる」
獏良は礼を言ってからカップに口をつけた。口の中にまろやかな甘みとコクのある味わいが広がる。コーヒーに多めのミルクと砂糖。疲れた脳が癒えていくようだった。
「美味しい……」
鼻に抜ける香りを楽しんでからカップを机に戻す。
「ひょっとして、起きててくれた?」
表情を窺いつつ期待を込めた問いかけに答えはなく、
「あんまり無理すんなよ」
一言だけ残してさっと部屋から出ていった。
ドアが閉まると何事もなかったように部屋が静まり返る。ただコーヒーの湯気だけが今あったことを示している。
獏良はもう一度コーヒーを啜る。こくりこくり、と温かいものが胃に落ちていく。
バクラが背を向けた一瞬、口元に微かな笑みが浮かんでいたことを獏良は見逃さなかった。
耳をそばだててみれば、隣のリビングから物音がする。
口から飛び出しそうになる笑いを噛み殺し、前屈みになって背を震わせる。
コーヒーのお陰で腹がじんわりと温かくなっていた。
それにしても――。
再び共に暮らすようになってから最初に言い聞かせた、「部屋に入る前にノックを必ずすること」がしっかりと守られていることが微笑ましい。
「よしっ」
獏良は両腕を天井に向かって伸ばしてから再び机に向かう。
先ほどよりも軽快な音が夜の静寂に溶け込んでいくのだった。

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自分で淹れたものよりも何故か特別のような気がして。


向こう岸 ※微ホラー

冷えきった空を暗幕が覆い隠し、小さな光が疎らにチカチカと輝いている。その中には一際存在感を放つ淡い色のベールをまとった大きな光が一つ。本来ならば、眠りにつくはずの町が、今夜は少しだけ騒がしい。人通りはいつもより多く、どこか浮ついた雰囲気がある。おまけに町全体がオレンジや紫などの奇妙な色合いで彩られている。
地上を埋め尽くすかのように乱立するビル群には煌々と明かりが点いていた。
その一室。デスクがずらりと並ぶ味気ない空間。既に空席が目立ち、残っている人間もそれぞれが他愛のない会話に花を咲かせていた。
「今日はハロウィンだし飲んでくかー」
男が背伸びをしながら椅子の背もたれをギシリと鳴らして言った。
「またそれ。何回目?先週の口実はなんだっけ」
「好きだねえ」
「自分へのご褒美ご褒美」
湧いたカラカラという笑い声が昼間の繁忙が幻だったかのように場を和ませる。
そんな賑やかな輪を避け、足音も立てずにさっと出口に向かう従業員が一人。
姿を消そうとする背中に輪の中から声がかかる。
「あ、獏良さん。獏良さんも飲んできませんか?」
呼び止められた獏良はぺこぺこと頭を数回下げ、手を横に振った。そして、今度こそ戸口の向こうに蟠る闇の中へと吸い込まれていった。
「大人しい人だよね」
「忙しいのかな」
人付き合いの悪い同僚に一同は首を傾げるも言葉に誹謗は含まれてはいなかった。彼は口数が極端に少ないが、それで業務に支障が出ることはなく、むしろ言動は静かながらも丁寧で誰も悪くは思わない。良くいえば無難、悪くいえば空気のような人間。職場の人間たちは、大人しい性格であると理解していた。関わりが少なければ、興味を持つこともない。職場の人間関係などそんなものだ。
姿を消した同僚の話題はすぐに終わり、また別の話で盛り上がり始める。
薄暗い廊下には、明るい笑い声が反響していた。

すっかり肌寒くなった夜の町を獏良は足早に通り抜ける。
町の至るところに、カボチャや魔女、ゴースト、黒猫などの飾りつけが溢れている。
場所によっては街路樹がライトアップされていたり、街灯に旗が揺らめいていたり、通行人の目を引くようになっている。
既に珍妙な格好をした人間とすれ違うも、獏良の足は止まらない。
お祭り騒ぎから逃げるように人気のない細道へと足を向ける。そこには街灯の光はほとんど届かない。
大通りから離れ、壁を隔てたことで楽しそうな人の声や愉快な音楽は遠くに聞こえる。
ようやく獏良の足が止まった。
鞄を持つ手に不自然なほど力が入っている。
最初はカチカチと小さな音が鳴った。続いて短くて速い呼吸音。握った手が震え出す。唇が薄っすら開き、覗く白い歯が小刻みに動いている。カチカチという音の正体はそれだった。顔色は青白く、表情は強張っている。
「…………ったから」
白い息に紛れて微かな声が空気を震わせた。
「断ったからっ」
二回目は言葉になったものの、悲鳴に近い響きだった。
獏良の両肩付近の空間に二つの白い花が咲いた。細長い五枚の花弁からなる奇妙な形――ではなく、よく見れば先端には先の尖った硬質の小片がついている。
人間の手、だった――。
指を広げた手のひらが宙にある。不可思議な現象に獏良は驚くわけでもなく俯いていた。
手のひらが現れた次には手首、前腕と徐々に前へと伸びていく。
肌の色は生気を感じさせない白。存在が希薄であるようにところどころ透けて夜の闇に溶け込んでいる。
上腕の半ばでふつりと途切れ、その先はない。見えないだけなのか、本当に「ない」のか、獏良ですら知らない。
宙に生えた二本の腕は海底で揺れる海藻のように獏良のそばで空を掻いていた。
「誰とも仲良くしてない」
なんとか絞り出した掠れ声が腕に届いたのかは定かではない。
獏良の全身を撫でるように揺れ動く。頬、鼻、唇、顎、首、胸、腕、脚――鼻先をヒラヒラと。肌には決して触れず、ただ身体の芯まで凍りつかす冷気が通りすぎるのみ。
ヒッと小さな悲鳴が獏良から漏れる。
その腕に意思があるのか、ないのか、確かめる術はない。
だから、獏良は思いつく限りの弁解と謝罪を口にする。相槌があるわけでもないのに。
「余計なことなんてしてないから。必要最低限の会話をしてるだけ。ごめんなさい……。一人でいるから。ごめんなさい。楽しいことなんかない。ずっと。もう、許して……」
すべてが悲哀に満ちていて、聞く者が耳を塞ぎたくなるほど痛ましい言葉の羅列。
最後には、ごめんなさい、ごめんなさい、と許しを請うだけになる。
言葉がでなくなったところで腕は満足したのか、徐々に色が薄くなり、輪郭を失い、闇夜に霞み、はじめから何もなかったかのように跡形もなくすーっと消えていった。
お祭り騒ぎの対岸、人々から忘れ去られた裏道に残るのはか細い呼吸のみ。
獏良は涙が浮かんだ目をぎゅっと瞑り、動悸が治まるのを待った。
いつからだろう。すぐ側で気配を感じるようになったのは――。
忙しく動いているときは気にならない程度。特に日中はほとんどその存在感は薄れている。しかし、立ち止まったとき、考え事をしているとき、横になったとき――ふとした瞬間に、確実に微弱な気配――視線のようなものを感じる。
誰か、などと考える必要はなかった。思い当たるのは一人しかいない。人と数えるのが正しいかは判断に困るところだが。
もうこの世にはいないと思っていた。
いや、元々生者であるかも怪しい。
幽鬼なような存在――本人の言からすれば、「闇そのもの」は、現世から追放されたことにより、いよいよカタチというものを失った。
普段は現世に介入することはできないが、冥界との境界が曖昧になるときに獏良の前に現れる。
ちょうど今晩のように――。
獏良は苦しげに白い息を吐いた。見上げれば、澄み切った夜空に星々が輝いている。
それは絵に描いたような穏やかな世界だったが、獏良を慰めてくれることはなかった。
今もすぐ隣で存在しないはずの視線を感じるから。

+++++++++++

追放されたというより、解き放ってしまったの方が正しい。


ボクだけのデュエリスト ※原作終了後の話、二人は仲良く同棲中(二心二体)

▽▲▽▲飛ばして大丈夫な設定語り▽▲▽▲
ここ数年は、原作終了後に仲良く暮らしてる二人の話をいくつか書いています。以前出した本の設定が便利なので流用しています。
ただなんとなく幸せに二人が暮らしてるなーと思ってもらえればいいのですが少しだけ。
バクラは遊戯たちに敗北した後に、了くんの元へ戻ってきていることになります。表面上はハッピーなんですが、バクラにとって現世に舞い戻るというのは、相当屈辱的だと思うんですよー。
高位の存在が罰で人間界に落とされるみたい昔話ありますよね?かぐや姫とか。あれと同じ感じだと私は思って書いています。
罪には罰なので、現世でハッピーライフというわけではないです。
暗い内容にならないのは、了くんの存在がそこを帳消しにしているだけであって。
バクラにとっては、剃髪して仏門に入り、隠居生活を送っているような、楽な道ではないのです。了くんはお釈迦様から垂らされた蜘蛛の糸みたいなもの。一つだけ手にできたものです。
そんなつもりなので、文中には書きませんが、バクラは大勝利状態ではないということです。でも了くんのことは凄く大事にしてます。

あとこれも、わざわざ説明すると本題から逸れるので……バクラの戸籍は「なんとかできる」、です。これも本でほんの少し触れました。いくつか説明はつけられます。まあ、KCが支配するあんな無茶苦茶な町だぞ、常識が通用するかー!とだけで終わるんですが、リアリティを求める方は就籍届けで検索してみて下さい。
▽▲▽▲終わり▽▲▽▲


ピコンと携帯が鳴った。
画面に表示されているのは、高校を卒業後も連絡を取り合っている友人の名前。
獏良は模型を磨く手を止め、双方を汚さないよう人差し指の先で叩いてメッセージを開いた。
『優勝したよ』
トロフィーを片手にピースサインをする友人の画像も続けて表示される。そこに写るもう一人の友人は、やや大袈裟に悔しそうな顔をしているから芳しくない結果だったのだろうか。
「フフッ……」
高校時代に戻ったような気分になり、勝手に笑みが零れる。
画像を眺めていると、もう一つのメッセージを受信した。
『彼はどうしてる?出場する予定はあるのかな?』
短い文章に獏良の表情が真顔になる。指が所在をなくしたように宙を浮遊し、ようやく画面まで辿り着くというところで止まる。じっと文章を見つめたまま時間が過ぎていく。
返事を考えあぐねた末に、模型の手入れを放棄し、携帯を持って席を立った。
リビングのソファに移動し、柔らかい背もたれに体重を預ける。再び携帯の画面を表示させ、ゆっくりと一文字一文字確認しながら打っていった。
『優勝おめでとう!さすがは遊戯くんだねーー』
祝福の言葉に雑談と短い近況報告を交える。天候の変化のこと、最近発売されたゲームのこと、新居のこと。話題に上がった同居人についても。
問いかけに対する答え――『出るつもりはないみたい』という言葉で締めようとして、すぐに削除ボタンを連打する。一文を綺麗に抹消し、中途半端なままで携帯を顎に押しつける。
M&Wの大会はKC主催により度々開かれている。プロデュテリストを目指す城之内は頻繁に参加しているし、ゲームの開発で世界を飛び回っている遊戯もたまに予定を合わせている。
バクラは数年前に一度だけ出場したきり。そのときに決勝トーナメントに進出したという戦歴により招待状はよく届く。その頃は肉体を共有していた獏良了宛になってしまってはいるが。
シード券が約束されているなど優遇されていても、バクラがそれを受けることはなかった。
獏良が届いた招待状を渡すと、一瞥しただけですぐにゴミ箱行きだ。それどころか、デッキを触っているところを見たことはない。
本人に訊かずとも、獏良には何となく事情の察しはついている。
バクラにはもう決闘する理由がないからだ。
以前はあくまで目的のための手段だった。今はそれがなくなったから触れる理由がない。カードも、何処からか手に入れたデュエルディスクも、しまわれたまま。
獏良に付き合ってボードゲームをすることはあれど、カードゲームからは自然と遠ざかってしまう。
何しろM&Wを純粋に楽しんでいたわけではないから。

獏良はリモコンの電源ボタンをテレビに向かって押した。ちょうどM&Wの大会の宣伝が流れていた。主催がこの町を牛耳っているため、日に何度となく流れる宣伝だ。社長自らが声高に大きな身振りで視聴者に語りかける。
『集え!デュエリスト諸君!己が力を存分に見せつけるのだッ!!』
獏良の瞳にその目まぐるしく変化する映像が映り込む。最新の立体映像、会場である大規模スタジアム、空に飛び上がる白い龍。チカチカチカ――。
KCのロゴが浮かび上がり、唐突に清涼飲料水の宣伝へと切り替わった。
獏良の意識がテレビから顎に押しつけた携帯に戻る。文章はまだ書きかけのままだ。顎を携帯の縁でトントンと小さく叩く。
大会に出るのも出ないのもバクラの勝手だ。望まなければ、ずっと出なくてもいい。招待状は無視をし続ければいい。
今まで獏良がそれに口を出すことはなかった。捨てられた招待状にも触れなかった。
でも――。
少し勿体ないと思っていた。
バクラは決闘者としての実力がある。アテムとも遊戯とも闘い、追い詰めたこともあるそうだ。
それほどの腕を腐らせるのは勿体ない。
そして、獏良はバクラがカードで闘う姿を見てみたかった――。
かつては意識を失っている間にすべてが終わっていた。後から遊戯たちに説明されるばかりで、獏良は一度も見たことがない。他のみんなは見ているのに。自分だけが蚊帳の外。
どんなふうに闘うのだろうか。手元に残ったデッキを眺めて想像するだけだった。
――見てみたいな……。
携帯の文字入力カーソルが早く続きを、と急かすように点滅している。上辺だけの言葉なら浮かぶ。しかし、どうしてもそれを打つ気にはならない。もう心が決まってしまっているから。
ぎゅっと目を瞑り、華奢な顎を上向け、細く長い息を吐き出す。ソファが後頭部を優しく受け止めてくれた。
そのままぼーっとしていると、玄関で物音がした。慌ててソファから立ち上がる。ガチャンとドアが開く音。廊下の暗がりから同居人がきびきびとした歩調で姿を現した。
「おかえり」
「ああ」
そのままキッチンへ。冷蔵庫の扉を開き、手にしていた紙袋を突っ込む。
「お前が言ってたヤツ、買ってきたからな」
ガサガサと冷蔵庫の中を弄る音がして、キッチンから出てきたときには小型ペットボトルを持っていた。
「ありがとう」
バクラは立ったままの獏良の横――ソファにドスッと腰を下ろし、キャップを捻る。
「あのさ……遊戯くんから久々に連絡があったんだけど……」
「ん」
ペットボトルに口をつけてグビグビとバクラの喉が鳴る。
「KCの大会に出ないのかって……」
獏良は無色透明の液体を呷る横顔を見ながら、少し遠慮がちに訊ねる。どこか落ち着かない。勝手に指が太股を這う。
バクラの口がペットボトルから離れ、
「出てどうすんだよ」
思っていた通りの反応が返ってくる。
「あ、そうだよね……」
テレビでまたKCの宣伝が流れ始める。勇ましい音楽と共に『デュエリスト諸君!』。
「相変わらずお忙しそうで」
バクラは蓋をしたペットボトルで肩をとんとんと叩く。口元には皮肉めいた笑み。面識があるはずの人物を別世界の住人であるかのように眺めている。その視線が唐突にテレビから獏良に移る。宣伝口上はまだ半ばだというのに。
「……出て欲しいのか?」
虚を衝かれた獏良は、慌てて両手を身体の前で大きく振った。首ももげてしまうくらいに左右に動かす。
「そんなことないよっ」
勢いにくらりと視界が回る。釣られて足がふらつきかけ、その場で踏ん張った。
「フーン」
バクラは愛想笑いをする獏良の顔をジッと見つめてから、リモコンでテレビの電源を落とし、ソファを立ち上がった。
「出てやるよ」
リモコンをクッションに向かって放り投げる。
目元に暗い影が差した。眼光は爛々と輝き、三日月型にぱっくりと開いた口から鋭い犬歯が剥き出しになり、それまで鳴りを潜めていた狂暴さが顔を出す。
「いい機会だ。観客を恐怖で怯え震え上がらせてやるぜ」

*****

バクラは宣言通りにKCカップに出場し、並み居るデュエリストを薙ぎ倒し、優勝をもぎとった。
前回から間を置かずして開かれた大会では出場者の顔触れが異なり、当初観客たちはさほど期待をしていないようだった。白熱した大会の後はどうしても質が落ちることがある。だから空気が緩みきっていた。
そこへ改良したオカルトデッキを携えたバクラが現れた。最新型のデュエルディスクによる迫力が増した立体映像、新設されたスタジアムの臨場感がある音響、そして怪談を語るがごとく背後から忍び寄るような恐怖を掻き立てる口上。
会場は水を打ったように静まり返った。
「あ……あ、アイツ、バトルシティの決勝で見た……」
観客の誰かが喉の奥から絞り出した呻き声を皮切りに、あちらこちらから小さな悲鳴が上がった。
冷気が漂っていたのは質の良すぎる映像が故の錯覚とは思えなかった。
後に観客の一人はこう語る。
「この年になって泣くとは思わなかった……」
凍る観客席で獏良だけが溌剌と声援を送っていた。楽しくてたまらない言わんばかりの輝く笑顔で。

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強いバクラが好きです。

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