※ツイッターで毎週開催されている「バク獏版深夜のワンドロ・ワンライ一本勝負」のログになります。
二つのお題から選び、一時間で仕上げる企画です。
誤字修正以外は投稿時のままです(臨場感をお楽しみ下さい)。挿絵はこちらの都合上カットしました。
いつもの通り仲が良かったり悪かったり様々です。
『七夕』
獏良は長方形の色紙を前に頭を抱えていた。
もうすぐ七夕。町内会の小さなイベントで、子どもたちにはそれぞれ短冊と菓子が配られた。母親から手渡され、深く考えずに、そのまま頭に浮かんだ願いを書いた。
『ともだちがほしい』
ペンを置いたところで、不味いことに気づいた。この願いは織姫と彦星に届けられる前に母親が目にするはずだ。どう思われるだろうか。
――しまった……。
学校ではクラス替えがあったばかり。気の合う子とはクラスが離れてしまったが、友だちができなかったわけではなかった。
今の男子が夢中になる遊びといえば、サッカーやバスケ。誘われれば、もちろん参加する。けれど、獏良が好きなのはもっと別の遊びだ。少々趣味が変わっている。クラスの男子たちがそれを好むことはない。
母親はもっと外で遊びなさいと言う。家の中で遊べるゲームもあるというのに。なんとなく寂しかった。
『気兼ねなく好きなことを一緒に遊べる友だちが欲しい』
獏良の願いはそういうことだった。
この書き方では、母親に余計な心配をさせてしまうだろう。しばらく考えた後、獏良は短冊を引き出しの中にしまった。まだ予備が一枚だけある。誰の目に触れてもいい、いかにも子どもが考えそうな願いを書いた。明日には内容を忘れてしまうかもしれない。
獏良は書き終えた短冊を持って、母親に見せるためにリビングへ向かった。
短冊は母親から町内会へ届けられた。七夕の日には、どこかに吊るされるのだろう。探せるかどうか分からないけれど。
一つ不思議なことがあった。引き出しの中にしまったはずの本物の短冊が綺麗さっぱり失くなっていたのだ。母親が見つけてしまったのかなと疑ってもみたが、態度に変わったところはなかった。一体、どこへ行ってしまったのか。織姫と彦星の元ではないとしたら。
願いは確かに届けられた――。
『好物』
ダイニングテーブルの上に、所狭しと大小様々な皿が乗っている。黄金色の卵焼き、ふっくらと焼き上がったハンバーグ、薄く羽根のついた餃子、カリっと焼けた白身魚のポワレ、夏野菜がたっぷり煮込まれたラタトゥイユ……。まったく統一性がなく、和洋折衷どころか、ちゃんぽん料理だった。
「おい、これ……。お前、全部食うのか」
バクラはさすがに冷や汗を額に浮かべて愕然としていた。獏良が華奢な見た目に似合わずよく食べることは理解している。が、これは異常だった。家族四人分くらいはあるのではないのだろうか。
作った本人は手を左右にひらひらと振り、
「あー、ちがうちがう。食べるのは君だから」
のほほんと言ってのける。
「は?」
「いやあ、君のこと全然知らないからさ。好きなものはなんだろうって思って。とりあえず作れるものは作ってみたから食べてみて」
眼前一杯に並んだ料理と、にこにこと無邪気な笑顔を前に、胃腸薬の在処をバクラは思い出そうとしていた。
「まだまだ沢山あるからねっ」
『ただいま』
「ただいま」
返事はない。山彦さえも返ってこない。物音一つしない我が家。毎日同じことを繰り返しても、ただ家族がいないことを確認するだけ。それでも、身についてしまった習慣は簡単には変えられなかった。
玄関を開けると、母親の返事がするとか、美味しそうなご飯の香りが漂ってくるとか、妹の屈託のない笑い声が聞こえるとか、家族団欒の象徴からは遠退いて久しい。
後頭部がずんと重くなったような気がした。意識をするとますます塞ぎこんでしまいそうで、知らんふりをして靴を脱いだ。
廊下に上がると、あり得るはずがない微かな返事が一つ。
はて、と考え込む前に相手の顔が思い浮かび、少し困ったように笑った。
そうだった。独りではなかったのだ。
『昼寝』
リビングのソファに軟体動物と化した少年が一人。座っていることすら敵わず、骨抜きとなった手足をだらしなく投げ出し、エアコンから排出される、ないよりはまし程度の微風になるべく当たるように身体を沈み込ませている。
節約のため、とエアコンの使用を禁じていた固い意志は、連日続く猛暑に早々と打ち捨てられた。今はぺったりと肌に張りついたシャツとショートパンツだけがその誓いを証明するのみ。
学校の女子生徒が目撃すれば、悲鳴を上げること間違いない醜態。幸運なことに生温くじっとりとした部屋に住んでいるのは一人。誰の目にも晒されることはない――はずだったが、白い腕がソファの背後からぬうっと伸びた。
寝返りで捲れ上がった裾の下にはヘソがちらり。母親が見ようものなら、腹を冷やすと叱責が飛ぶところ。細く長い指がその窪みを目指してまっしぐら。もうすぐ到達するというところで、
「ひゃああああ」
邪な気配に気づいたのか、間一髪で獏良は身を起こした。
「チッ」
「油断も隙もあったもんじゃないっ」
『歌』
雑踏の中で微かに聞こえたメロディ。すぐに掻き消されてしまいそうなそれを、獏良の耳はしっかりと捉えていた。どこから聞こえてくるのかは分からない。曲名でさえも定かではない。けれども、どこか懐かしい感覚が獏良を満たしていった。取り立てて珍しい調子でもなく、特別に人を惹きつける魅力があるとも思えないのに。
もしかしたら、幼い頃に母親が歌ってくれたことのある曲なのかもしれない。なぜか安らぐような気がしたからそう思った。
だとすれば、意識はしていないものの獏良にとって特別な歌になるのだろうか。他者とは共有できない感覚。その証拠に道を歩く人々は誰も曲に気に留めていない。
いつも隣にいるもう一人も、気づいている様子はなかった。だから、獏良だけのもの。
「ねえ、聞こえる?」
隣に向かってこっそりと話しかける。耳に手を当て、流れてくる歌の邪魔にならないように、小さくハミングする。
もう一人は瞬いてから周囲を見回した。
――僕だけの特別を教えてあげる。
その歌が二人の思い出になるように。
『秘め事』
獏良は夜になると、もう一つの部屋を訪ねる。ぽっかりと開いた洞穴のように薄暗い、パパにもママにも内緒の部屋。こっそりとパジャマ姿で忍び込む。
「こんばんは」
と奥に向かって話しかければ、もう一人の少年が姿を現す。
獏良と同じ背格好で、明かりが乏しい中では分かりにくいが、顔も似ているようだった。
「お話しして」
ぺたんと尻を床につけ、少年にせがむ。
少年は物知りだった。昔のことも今のことも、海外のことも、神話に出てくる怪物のことも。
もしかしたら、獏良が世界一物知りだと思っていたパパを凌ぐかもしれない。
少年が話すことは、すべて新鮮で面白い。
だから、獏良は毎晩夢中になって耳を傾ける。
少年もどことなく楽しげだった。
「キミはすごいね。ボクの知らないことを知っている」
話を聴き終わり、獏良は膝に顔を埋めて言った。
「もっと聴きたいか?」
「うん」
「じゃあ、もっと聴かせてやるよ。取って置きの話を」
抑えきれない喜びに満ちた少年の笑い声が、喉の奥から押し出されて部屋に反響する。
「いずれな」
『くせ』
――ここでプレイヤーをダンジョンの罠に嵌めて三ターン行動不能とする。奥には刺客が一人。プレイヤーの次の行動は……。
手のひらには色違いのダイスが三つ。片手で混ぜるように転がされ、互いがぶつかり合ってカチャカチャと規則的な音を発している。
――プレイヤーに与える選択肢は二つ。先へ進むか来た道を戻るか。先へ進むを選んだ場合は……。
「ゲームオーバー?」
耳元で突然囁かれ、バクラは危うくダイスを取り落とすところだった。手をグーにしてどうにかそれを回避し、抗議の意味を込めて犯人を睨みつける。
不意討ちを受けたことより、思考を読んだような言葉に動揺していた。
「あはは。ごめんね、邪魔をして」
犯人は悪びれもせず、手を後ろに組んで舌を出した。
「あんまり集中しているものだから、声をかけたくなっちゃって」
普通は逆だろ、と心の中で舌打ちをするも、犯人――獏良に指摘したところで蛙の面に水、なのだろうから口にするのは止めた。
「当たらずも遠からずってところ?」
獏良の話はどうやら最初に戻っているらしい。首を傾げてバクラの様子を窺っている。
「いや……まあ……」
それに対してバクラは歯切れの悪い返事しかできなかった。説明する義理もなければ、意味もない。そもそも、獏良が思考をどうやって読んだのか疑問だった。
「ふふふ。君のそれ、クセだよね」
獏良が指で示した先には握ったままの手。
「考え事をするとき、くるくる回すでしょ。最近見つけたんだ。しかも回してるモノが、モノだからね」
上機嫌に講釈を垂れる獏良に、バクラは居心地の悪さを覚えた。
ただの人間の少年に、心の中を覗かれている、勝てないような気がして。それ以上は気づかないふりをした。胸に刺さったものが何なのか。
『旅行』
「旅行?」
バクラは片眉を跳ね上げ、たった今聞いた言葉をそのまま返した。
「そう。まだ決まったわけじゃないんだけど」
扇風機の風を真正面から受けて、高く結んだ獏良の長髪がさらさらと靡く。声は震えて不可思議な音となる。暑さのせいか、会話の内容のせいか、表情は気怠けだった。
「家族旅行なんて、しばらく行ってなかったからさ。父さんが張り切っちゃってるみたい。そんな時間ないのにさ」
細い溜息が風に乗って、リビングへ流れていく。
「どこへ行くってんだ」
「バリ」
なるほど、それはそれは……、と頷いたバクラの脳裏に家族サービスという言葉を胸に空回りする父親の姿が浮かんだ。普段ほったらかされている妻も、青年期に突入した息子も、誰も喜ばない独り善がりの虚しい思いつき。
「一週間くらいかかるだろうし。たくさん課題が出てるのに」
息子の冷めた口調が証明している。人間の家族は煩わしくも複雑らしい。それより、バクラの興味を引いたのは――。
――バリ……。
海に面したプライベートプール付きのヴィラ。キングサイズのベッドは天涯付き。海に沈む夕日を見ながら寄り添う二人。南の島の神秘的な雰囲気は少しだけ頑なな心を大胆にさせる。なぜか背景に父親の姿も母親の姿も綺麗に消えていた。
――悪くない。
「一回の旅行くらい付き合ってやりゃあいいじゃねえか。オヤコウコウって言うだろ」
「うん。そうだよね」
デタラメを並べただけの説得を獏良はあっさりと肯定し、
「だからさ、父さんに頼んだんだよ」
回る扇風機の羽を見ながら、
「木彫りの熊作り体験の方がいいって」
「ばかやろうッ!!」
『夏休み』『不器用』
――ドンッ。ドンッ。パラパラパラ。
遠くで夜空に花の咲く音が聞こえる。
獏良は布団の中でズビズビと鼻を鳴らしていた。
友人と見に行こうね、と話していたのに。
そのために宿題を早めに片付けて準備もしていた。それなのに、突然の発熱。
今年は、花火も、瓶ラムネも、りんご飴も、焼きそばも、射的もなし――。
日本人ならつい心が踊ってしまう夏の風物詩も、今はただ空しい音にしか思えない。
友人と祭に行けるなんて、本当に久々だったのだ。だから、余計に惨めな気持ちになる。一層のこと耳を塞いでしまいたい。
布団の中で丸まっていると、来客の予定もないのにインターホンが鳴った。恐る恐る覗いたドアスコープから見えたのは、約束をしていた友人たちの顔。早々と断りのメールは送っておいたはず。
友人たちに見舞いの品だと、次々に屋台フードを手渡され困惑した。
携帯の送信履歴に覚えのないメールを見つけたのは、それから少し後のこと。
『魔法』
「僕は魔法が使えるんだ」
突拍子もない一言に、バクラは少し黙ってから、「ほー」と空々しい相槌を打った。
「違う違う。ここは『どんな魔法が使えるの?』でしょ」
いつもは気まぐれの遊びになど付き合っていられないが、今日は珍しく時間が有り余っている。獏良の望み通りに繰り返してやった。
「君をちょっとビックリさせる魔法さ」
「やれるものなら……」
やってみろ、と続けようとした唇に柔らかい感触。
「どう?」
魔法は確かに存在した。
『勉強』
カリカリカリ、とノートを走るペンの音がする。
「なあ、宿主」
「なあに?」
返事はあれど音は止まらない。
「ンなくだらねえことより……」
「くだらなくない。試験勉強のときは邪魔しないって約束」
取りつく島もない態度にもめげず、粘りつくような甘ったるい声で、
「つれねえこと言うなよなァ。もっと別の勉強しようぜ」
「沈めるよ」
容赦ないカウンターパンチが炸裂したのだった。
『猫の日』
どうしても、と並々ならぬ熱意に押され、撫でれば指の間を擽る柔らかい毛に包まれた物体が、頭頂部に二つピンと立ち、臀部からはお辞儀するように垂れている。それでも飽き足らず要求は続く。とうとう根負けして弱々しい一声。
「にゃあ……ん」
『お弁当』
「王様と決着つけてくると言ったよな?」
「ごめんね……」
長方形の容れ物が申し訳なさげに差し出される。
中身は、タコさんウインナー、タンポポの玉子焼き、パンダのピックが刺さった唐揚、野菜はすべて星やハートに飾り切りされている。おにぎりはウインクをした愛嬌のあるクマ。デザートのリンゴはお馴染みウサギさんカット。とどめにスライスチーズで書かれた「ガンバレ!」の文字。
「凝り出したら止まらなくなっちゃって」
手先が器用な獏良が本気を出せば、どこを見ても可愛らしい弁当ができあがっていた。
「お前なぁ……」
「困るよね?」
悲しげな瞳がバクラを見つめた。
その後、仁王立ちをするもう一人の遊戯の前で、勢いよく弁当を掻き込むバクラの姿があった。
『春』『その後』
はらはら、と舞い散る花びらの中で、見上げる空はどこまでも青い。目を細めれば、遠い遠い空の向こうまで見える気がして。それならば、かつて別れた古の魂もそこにいるのかな、と今はやけに凪いだ気持ちで、高校最後の日を迎えたのだった。
夢を見る。
すべてを打ち明け、許し、屈託なく笑い、傷つけ合うこともない、とても幸せな時間。目を覚ませば、途端に消え失せる儚い幻。
それは、自分でも気づかない願望を映し出す鏡。
静かに寝息を立てる口元は、少しだけ緩んでいた。
どっちの『寝顔』
『ミステイク』
「絶対ついてこないでよ!」
獏良は上着に袖を通しながら息を荒くする。友人との約束を台無しにされたら困るのだ。
「約束破ったら、ごみ箱にポイだよ!」
しつこく念を押して駅に向かい、電車に乗ろうとして気づく。胸元に揺れる金色に。
『父の日』
バクラは朝から姿を現していた。何もせず、獏良の視界にただ映り込むだけ。行動が読めないのは、いつものことではあるが――。獏良は視線をカレンダーに向けた。まさかと否定しても、胸はざわめく。今日は第三日曜日。用意したプレゼントは一つ。
『七夕』
今日は七夕。獏良は水色の短冊に願い事をしたためた。毎年商店街ではささやかながら七夕まつりが行われる。もちろん笹も用意されるので、一般客でも願い事を飾られるのだ。
何を願うか悩んだ結果、健康が一番だという考えに至り、「健康でありますように」とペンを取った。
「ジジくせえ」
頼んでもいないのに同居人が横から覗き込んで鼻で笑う。さすがの獏良もムッと眉間に皺を寄せて抗議した。
「そういうお前は何を願うんだ」
人の願い事に口出しするならお手本を見せてみろと緑色の短冊を突きつける。
「少なくともお前みたいなくだらないことは書かねえぜ」
バクラが大見得を切るや否や、獏良の意識がふつりと切れる。目を開いたときには、緑色の短冊がテーブルに伏せて置かれていた。
「もう一人の遊戯くんを倒すとか、世界をめちゃくちゃにするとか、物騒なこと書いてないだろうね」
ぼやきながら短冊を手にするも、バクラの返事はない。
「もし危ないことなら飾らないよ」
ペラリ。織姫と彦星に届けるための短冊を裏返すと――。
『宿主を思う存分好きにする』
数分後、涙を流しながら願いを取り下げるように頼み込む獏良の姿があった。
『真実』
大切な人が一人、また一人と消えてゆく。周りに誰もいなくなって顔を覆った。胸元を手で押さえ、服の下にある感触を確かめながら自分に言い聞かせる。
「大丈夫……。僕には父さんから貰ったこのお守りがある」
それがすべての元凶とも知らずに。
疑似『家族』
ファンを公言する女子生徒に家族の数を訊かれ、指を折りながら答える。
「父さん、母さん、妹、ボク」
親指から順に一本ずつ。四人だよと答えかけたところで、他人には見えない手が伸び、五本目を指差した。
笑えない冗談だと一睨み。