※ごりごりのファンタジーパラレルです。完全に原作とは違う世界になっています。
※なので、獏良にバクラを嫌う理由はありません。
※二心二体。
※獏良=ハイエルフ(白魔導士)、バクラ=???(盗賊)。
※絡みなし。
※好き勝手に書いています。
耳の長い少年はピカピカに磨かれ、真新しい服を着ていた。肌に張りつく濡れた髪。透き通る瞳。まだ少し怯えているのか、耳を下げて部屋の隅で身体を固くしていた。
家族だけでなく住んでいた村の住人全てを失ったばかりだから無理もない。本人も数日前までは捨て犬同然の生活を強いられていたのだ。環境が改善されたからといって、すぐに元気を取り戻せるわけがない。
男はそんな少年を急かすことなく、必要以上には声をかけずに放っておいた。距離を保ち、椅子に座って本を読んでいる。
きゅるると小さな空腹の音が鳴った。少年は慌てて腹を押さえる。まともな食事をしばらく取っていなかったから当たり前だ。けれど、命の恩人である男の前で粗相はできない。
男は何も言わずに席を外し、戻ってきたときには手に椀を持っていた。湯気が立っている。中に入っているのは温かいスープ。食欲をそそる香りがしている。
テーブルに椀を置いた男は少年にスプーンを差し出し、少しだけ口元を緩めて言った。
「オレの役に立てと言ったな?お前の最初の仕事はこれを食うことだ」
少年は恐る恐るスプーンを受け取り、椀の中身を掬う。優しい味わいがする野菜のポタージュスープ。温かい液体が喉を潤しながら空っぽの胃に落ちていく。久々のまともな食事。無我夢中で食べたスープは人生で一番美味しかった。スプーンで掻き込んでいるうちに少年の目からぽろぽろと涙が溢れる。スープに雫が落ちていった。
「う……うぅ……」
啜り泣く少年を男は静かに見つめていた。
寄り添う二人ならきっと
宿屋の一階にある食堂には、酒や食事を求めて大勢の客が入っていた。まだ夕暮れ時ではあるが、早くから酒を提供することもあって賑やかだ。
混み合っているはずなのに、中央近くにあるテーブルの周りは、まるで見えない仕切りがあるように席が空いている。客たちは飲食をしながらそこへチラチラと視線を送っていた。
視線の先には少年が一人。白を基調としたローブに長い髪。髪からは尖った耳がわずかに覗いている。陶器のような肌、はっきりとした目鼻立ち。近寄りがたい美貌の持ち主。
人間離れした容姿は当たり前のこと、妖精に近い種族であるエルフだ。しかも、人里では珍しい森のエルフとも呼ばれる純血種。普通の人間はまるで強い光を見たように本能的に避けてしまう。
ハイエルフの獏良は数種類の料理をテーブルに並べて静かに食事をしていた。周りからの視線に気がついていないのか、気がついていないふりをしているのか、まったく動じていない様子。
店内に赤ら顔の男が入ってきた。既に即答酔っているらしく、酒の臭いを漂わせ、足元がふらついている。男は獏良の存在に気がつくと、千鳥足で近づいていく。
「あんた、エルフかぁい?べっぴんさんだねえ」
理性が薄れた酔っ払いにはエルフの近寄りがたい神々しさが通用しないらしい。獏良の許可なく正面の席に座った。
獏良が少し驚いている表情を見れば、この二人が知り合いではないことは他人でも明らかだ。男はお構いなしにエルフの美貌を褒めそやす。「町の女どもとは違う」「オーラがあるねえ」などと、酔った勢いで歯の浮くような言葉が続いた。
獏良は「はあ……」と突然の来訪者に困惑したまま曖昧に頷く。目の前にいる男は誰なのだろう、という疑問で食事の手を止め、話に耳を傾けていた。
気が大きくなった男は「脈アリ」と判断したらしく、卑しく笑って白魚のような手に触れようとする。
「エルフってどんな味がするんだろうねえ」
毛むくじゃらの指が滑らかな肌に到達しようとしたとき——、
「知り合いか?」
獏良の背後から耳に響く低い声が聞こえた。
刃物のような鋭い印象の顔つきの長髪の男。レザージャケットという軽装備。腰にはナイフが一本。
獏良が小さく首を横に振ると男は笑顔を作り、「構ってくれて、ありがとよ。オレが来たからもう必要ねえぜ」
手をひらひらと上下に振る。口調は友好的だが、目は笑っていない。整った顔立ちをしているだけに迫力がある。
酔っ払いでもさすがに太刀打ちできない相手だと理解ができたのか、そそくさと席を離れていった。もしかしたら、酔いが吹き飛んだのかもしれない。
男は黙って獏良の隣に座ると、皿から手羽元の照り焼きを掴んで乱暴に食いちぎる。男たちのやり取りについていけなかった獏良は、唖然とそれを見ていた。
彼の名はバクラ。獏良とパーティを組んでいる盗賊であり、家族だ。十年前、村を焼かれて一人になった獏良を拾って育てた。獏良は恩返しのために自分が補助魔法に長けたハイエルフということを利用し、白魔導士として冒険者を始めた。
バクラは冒険者ギルドに属さない。冒険者を生業としている者には冒険者ギルドは欠かせないもの。登録料を払えば後援を受けられる。パーティメンバーの斡旋や怪我・病気の補償などだ。冒険者としてはメリットが多く、登録しないという選択肢がない。
バクラは目的があって冒険業を続けているからギルドを通して受ける正規の依頼を必要としていなかった。情報屋に高額の依頼料を払い、依頼を買っている。無駄金を使っているようだが、冒険者ギルドのクエストには、依頼報告の義務がある。依頼情報になかった魔物や金品について速やかに報告提出をしなくてはならないのだ。バクラはそれを疎うのだ。
他にもギルドの組合員は最低限の品行方正さなどが求められる。一般の冒険者にとってはさして問題にならないことでも、バクラにとっては異なるらしい。依頼で稼いだ大金は情報屋やギルド未加入の冒険者には必需品であるレアアイテムに消えていく。
獏良は本人がそれでいいなら構わないと思っている。獏良も金や名声に興味はない。ただ今の生活が続けられればよかった。
「ご飯はいらなかったんじゃなかったの?」
鶏肉に齧りつくバクラを横目に問いかける。返ってきたのは素っ気ない返事だった。
「気が変わった」
掴み所がない相方に獏良は苦笑いして、
「じゃあ、もう少し頼もうか。何食べたい?」
「肉」
しばらくすると、テーブルにはローストポーク、唐揚げ、根菜の煮物が並ぶ。それを摘まみながらバクラは仕事について話し始めた。
「明朝立つ。郊外にある依頼主の私有地でオーク退治だ。荷物をまとめておけ」
「討伐クエスト?」
獏良はうんうんと相槌を打ってから不思議そうな顔をする。指定されたモンスターを倒すだけの一番シンプルな依頼だ。小銭稼ぎには最適で、初心者にも打ってつけ。親切や金が目的ではないバクラにとっては一番縁遠い。
獏良は少し考えてから口を挟むのを止めた。相方の決めたことは絶対なのだ。決定には理由がある。詮索する必要はない。
「じゃあ荷物は少なくていいよね?携帯食料も必要ないかなあ」
皿に手を伸ばしながら思案する。そこにバクラが短く指示をし、食事の時間は過ぎていった。
*
町の中心地から離れた平原に依頼された土地はあった。私有地といっても人や建物はなく、乱雑に資材が置かれているのみ。区切りとして柵が張られているが、見張りも存在しない場所に意味があるのだろうか。討伐依頼を出すには無用心だった。
獏良たちは敷地内に荷物を置き、装備を整える。依頼内容は私有地に近づくオーク三十体。まったくの初心者には厳しいかもしれないが、最低ランクの冒険者でも挑戦できる難易度だ。
「さて始めるぞ」
バクラは短剣を鞘から抜いた。そこへ獏良の強化魔法がかけられる。力や体力などの身体能力が上がる。
周りには何も隔てるものがない土地だ。モンスターを見落とすことはない。オークが現れたところでバクラが切り捨てる。強化魔法がかかった状態では抵抗なくあっさりと刃が通る。一体倒しては別の個体が現れるのを待つ。討伐数が十体にも満たない状態でバクラが短剣を鞘に戻した。
「だりぃ……。チマチマチマチマやってられるか。宿主、限界まで誘い出せ」
「え、いいの?」
「一網打尽にする」
獏良は荷物が詰まったナップザックから数種類の薬草を取り出し、容器にまとめて入れて火を点ける。モンスターを誘う効果がある薬草とオークが好む香りを掛け合わせた。そこへさらに呪文を唱えて効果を上げる。詠唱が終わり、錫杖を天に向け、「フル・エンチャント」と澄んだ声で呪文を発動した。錫杖の頭についた黄金の飾り——五本の針が揺れている——がリーンと鳴る。
獏良を中心として風が巻き起こり、同心円状に広がるようにして周囲に吹き抜けた。効果が上がった誘引の香りは数十メートル先まで届き、オークを刺激する。数分経つ頃にはオークの群れが突進してきた。群れに刺激されたのか、違うモンスターまでも含まれている。
モンスターの大群を見てもバクラは落ち着いていた。中級冒険者でも一旦身を引く数だ。一定の距離まで引きつけると、地面に両手をつき——
「カタストロフ」
地面が揺れる。モンスターの足が止まる。バクラから放射線状に放たれる衝撃波。広範囲に地面が割れ、地上のものを衝撃が貫く。呪文が発動してから十秒と経たずにモンスターの群れは全滅した。
バクラは感情なくその光景を眺め、「まあ、三十は超えてるな。多い分には問題ないだろ」と素っ気なく言った。
一方的な殺戮を前に獏良は冷や汗を流す。誰もいなくてよかった——。
基本的にバクラの持っている呪文は広範囲のものばかり。屋内はもちろん、街中などの密集地帯は向かない。今回のような平原など、かなり場所が限定される。
もっとも、バクラ本人は周りなど構わずに使おうとする。毎回獏良が制止するのが恒例のやり取りだ。
ヒビの入って隆起した地面と大量の死骸——後片づけをする者のことを考えると哀れになるほどだ。もしかしたら、冒険者ギルドの正規依頼なら問題になっていたかもしれない。バクラがギルドに所属しない理由の一つだ。
「あとは依頼者サマの連絡を待つか。帰るぞ、宿主」
「うん……」
惨状を気にする素振りもなく背を向けるバクラを獏良は小走りで追いかけた。
*
依頼主が現場の確認を行っている間、二人は宿屋で待機をしていた。依頼内容が問題なく達成できていれば、報酬の受け渡しがあるという流れだ。
獏良は現場を荒らしたことでクレームがあるのではないかと落ち着かない様子。注文した茶菓子に手をつけずにいる。バクラは横で鼻で笑った。
「気にしすぎだ。絶対にそうはならねえ」と、確信があるような口振り。獏良の顔に疑問が浮かぶ。これから起こることさえ知っているようだ。バクラは素知らぬ顔で椅子の背もたれに体重を預けて揺らしている。
依頼主の従者が現れたのは、討伐から一時間後。報酬の引き渡しのため屋敷に招かれた。
バクラの口元が小さく歪んでせせら笑う。「来たか」と獏良だけ聞こえる声で呟いた。
*
依頼人は町の郊外に住む貴族だった。わざわざ迎えの馬車がやって来るあたり、経済に余裕があるのだろう。貴族の邸宅は庭園も含めて百メートル四方はあった。百人の使用人たちが住み込んでも部屋の数は余るに違いない。
二人は応接室に通され、依頼人であるカネクラ子爵が出迎えた。子爵は恰幅のよい中年の男で、獏良たちを働きを褒め称えた。
「あれほど早くモンスターを退治してしまうとは恐れ入ったよ」
身分差を感じさせない人懐っこい笑み。豪邸に緊張していた獏良の肩から力が抜ける。出された紅茶を啜り、子爵の話にしばらく相槌を打った。
「君たちの実力を見込んで頼みたいことがある」
子爵がそう切り出したのは、しばらく歓談した後のこと。それまで明るかった顔に影が差し、声の調子が下がる。
「実は私の娘がモンスターに襲われてから目を覚まさなくてね……。医者には見せたが原因が分からないんだよ。どうか君たちの力を貸して欲しい」
獏良は子爵の言葉に深く頷き、自分の胸に手を当てた。
「僕は白魔導士ですから、毒や呪いであれば解けるかもしれません」
子爵は娘の自室に二人を案内した。天蓋つきのベッドに若い娘が眠ったまま横になっている。まるで人形のように呼吸が静かだ。
「まず、解呪の魔法で様子を見ます」
獏良は錫杖をかざし、呪文を唱え始めた。バクラは腕を組んで様子を見ている。
娘から鉛のように重たい空気が漂っている。無抵抗の人間からは感じることができるはずのない圧力。詠唱が止まる。獏良は目を見開いて何かに驚いているようだった。錫杖を握る手が震えている。
「……魔力を感じる。とても古くて……怖い……今まで感じたこと……いや、違——」
「宿主ッ!!」
バクラが後ろから飛びかかり、獏良を床に引きずり倒す。瞬間、獏良の腕に強い衝撃が走る。遅れて燃えるような痛みが襲ってきた。
「うう……っ」
獏良は腕を押さえて床に転がったまま。バクラはそれを腰を落としたまま庇いつつ、敵意のこもった眼差しで部屋の入口の方を睨んでいる。
「こりゃ気づかなかったな。森のエルフは古の力に敏感なのか。次から気をつけるようにしよう」
子爵は友好的な笑みを顔に貼りつけ、呑気な調子で独り言を口にしている。
「てめえ……自分の娘を撒き餌にしたのか。今までの冒険者たちはどうした?!」
バクラは腰から短剣を抜き、臨戦態勢に入った。
「彼らは『適わなかった』からねえ。消えてもらったよ」
子爵の上着が光り、胸元から十字に似た形のアクセサリーが飛び出す。黄金の輝きをまとったそれは、獏良の錫杖の飾りに似ている。
「それはどこで手に入れた?」
「旅の僧侶が譲ってくれてな。美しいだろう?千年錠というらしい。これで君たちも意のままに操れる」
変わらない笑顔に狂気染みた色が混じる。十字に陶酔しているのか、恭しい手つきで触れる。
バクラは眉間に皺を寄せて「ケッ」と吐き捨て、
「あのハゲの考えそうなことだ胸くそ悪い。てめえはあいつに利用されてんだよ」
倒れている獏良の錫杖——正確には頭の金具を引き寄せる。
「人間ごときに扱えると思うな!」
痛みを堪える獏良の視界には、険しい顔つきをしたバクラが映っていた。その瞳は暗い何かを孕んだ底知れない赤。心情は読めない。
千年リングと呼ばれる金具が眩しい光を帯び始めた。五本の針がチャリチャリと小刻みに震える。
「オレ様がお前を罰してやる。食らい尽くせ!」
子爵に向かって光線束が放たれる。真っ直ぐに伸びた光は目標を貫く。子爵の身体は仰向けに吹き飛ばされ、そのまま動かなくなった。
バクラはつまらなさそうな表情で立ち上がり、足を踏み出す。手には抜き身の短剣。
その刀身の鈍い光が見えた瞬間、獏良はバクラの足にしがみついた。咄嗟の本能からの行動だ。
「だめだッ……それはだめ!」
懸命に頭を横に振り、言葉を繰り返す。嫌な予感がした。この一瞬では、すべてを理解したわけではない。バクラを行かせてはいけない、それだけだった。
バクラは乏しい表情で獏良を見下ろしていたが、深く息を吐くと、短剣を鞘にしまった。それから獏良を抱き起こし、傷の具合を確認し始めた。二の腕の部分の服が破け、赤く腫れた腕が見える。バクラは顔をしかめてから、布切れを腕に巻きつけた。
「これに回復魔法は効きそうにねえな。安静にしとけ」
獏良はよろめきながらも自分の足で立ち、倒れている子爵を不安げに見た。
「あの人、生きてるの……?」
「ああ。『身体は』無事だ。放っておいたって構わないが、テキトーな理由をつけて使用人を呼んでくればいい」
バクラの言葉には引っかかるものの、最悪の結果にならなかったことに獏良は安堵する。関わりのない人間でも命を失うのは見たくない。
子爵の胸にぶら下がっていたアクセサリーは紐が切れて床に転がっていた。見れば見るほど色や形が千年リングと似ている。バクラはそれを拾い上げて荷物の中にしまう。
「ねえ、この人何してたの?」
「魂の選別……」
「え?」
呟くような耳慣れない言葉に獏良がバクラの顔をまじまじと見つめると、
「マジックアイテムにこいつは惑わされたってことだ」
今度ははっきりとした口調で答えが返ってきた。言い知れない不穏な表情をしていた。
*
すぐに使用人たちがやって来て、意識を失っている主人を発見し、大騒ぎになった。その場にいた獏良たちが疑われるところだが、同時に子爵令嬢が目覚めたことで揉めることはなかった。それどころか恩人として感謝をされた。子爵は娘が目覚めた喜びのあまり意識を失ったことになっている。外傷がなければ、犯人にされようがない。
「情報屋によると、あいつの屋敷に冒険者が頻繁に呼ばれていたらしいが、帰ってきたやつは一人もいないんだとよ。オレたちのように娘が寝込んでると泣きついて襲ったんだろうよ。だから、あのおっさんに同情する必要ねえぞ」
帰り道、俯いている獏良に対し、バクラはそう言葉を投げかけた。しかし、獏良が考えていたのは他のことだ。
あの眠っていた令嬢から感じた魔力とよく似た匂いを知っている。誰よりも近くで感じているもの。
——とても古くて……怖い……。
普段は微細な量しか漂っていないが、確かに同種のものだった。
獏良は浮かんだ疑問をバクラにぶつけられなかった。そうすれば、そこで二人の関係が終わってしまう気がしたのだ。
——君は何者なの?
決定的な問いかけを飲み込んで蓋をした。
*
自宅への帰路でも獏良は口数が少なかった。心ここにあらずといった様子でどこか別のところを見ていた。長い耳が下がり、不調であることは誰の目から見ても明らかだ。
子爵の屋敷を出てから機嫌が良かったバクラも、あまりにも獏良の態度がおかしいことが気になったらしい。「具合悪いのか?」「腹が減ってるのか?」と珍しく獏良に気遣う言葉を繰り返しかけていた。
獏良は躊躇いつつ、「屋敷で手に入れていたアクセサリーどうしたの?」と小さな声で質問を口にした。
バクラは平然とした顔で「戦利品として持ってるぞ」と言い、少しの間だけ思案顔をしてから、
「あれは元々オ——」
獏良の白い手が伸びてバクラの口を塞ぐ。様々な感情が入り交じった複雑な顔で首を横に振る。少しだけ最後に笑った。
「いいんだ。何も言わないで」
むしろ懇願するような目でバクラを見つめる。
バクラも鮮やかな赤い瞳を獏良に向けた。二人の視線が絡み、湿り気を帯びた空気が漂う。それも数秒の間だけで、どちらからともなく視線は外れた。
「腹減ったな。家帰ったら食事にしようぜ」
バクラは何もなかったようにさっぱりとした口調で言って歩を進める。
獏良の手にはまだ触れた感触が残っていた。初めて会ったときと変わらない体温。それを失いたくはない。何があったとしても自分だけは寄り添う、と心に誓うのだった。
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ハイエルフ獏良の好物は野菜のポタージュスープです。