「まぁだ怒ってるのかよ、宿主様?」
白色の髪をした男が、呆れたような、困ったような声で言った。
「当たり前だよっ」
男によく似た少年は、ふいと顔を背ける。
この少年以外には到底見せないような困り顔で男は溜息をついた。
ここは、心の迷宮。
一瞬一瞬で色んな顔を見せてくれる、謂わばその者を映し出す鏡。
本来ならば、一人一部屋の自分の部屋があるのだが、ここは少し特殊にできていた。
主人格の獏良了と千年アイテムによって獏良の中に住み着いた闇の人格バクラ。
この二人の部屋がここには存在する。
今はどちらの部屋でもない中間地点で、二人が押し問答を繰り返していた。
「あれはだなー、アイツが勝手にやったことで……」
"アイツ"というところで、微かに獏良の眉が吊り上がる。
僅かな変化なので勿論バクラは気付かない。
「その前のこと!僕の腕を勝手に傷つけただろ?」
「あ、あれはお前を痛い目に遭わせるつもりはなかったんだ。すぐオレ様の力で治るしよ」
しどろもどろに言い訳をするバクラに、獏良は侮蔑の眼差しを送る。
バクラのことだ。後先考えずにその場のノリでやってしまったに違いない。
そこら辺の性格は長い付き合いになる獏良にはお見通しだ。
「まさか、あそこでアイツがお前を出すなんて、思わなかったしよ」
"アイツ"とはマリクのことだ。
いつの間にかバクラと手を組み、獏良の身体を二人掛かりで支配していた。
「僕はお前の玩具じゃないんだぞ……!勝手に僕の心に住人を増やして」
「……」
言い返そうとして、バクラはふと気づいた。
今日の宿主はなにやら機嫌がすこぶる悪い。
笑顔を作ることに長けている獏良。
バクラ以外の滅多なことでは自分の感情を出さない。
バクラは獏良を乗っ取って悪行三昧を尽くしてきたのだから自業自得だ。
それにしても、妙に刺々としていて取り付く島がない。
明らかに何か特別な訳がありそうだ。
むむとバクラはしばし考え込み、
「なるほど」
ぽんと手を打った。
「悪かったな宿主。オレ様としたことが気づいてやれなくて」
「な……何?」
いつになく優しい言葉に獏良は困惑しながらも、どこか嬉しく感じてしまう。
――そうか……僕の気持ちをやっと分かってくれたんだね。
バクラはさらに気遣うように獏良の肩に置き、
「お前……アノ日なん……」
べちーん!!
「僕は男だよ!」
「いってーな!」
平手打ちされた頬を擦りつつバクラががなった。
訳も分からず怒られ続け、その上殴られたのでは我慢の限界だ。
「オレ様は回りくどいのは嫌いなんだ!言いたい事があるならはっきり言え!」
その言葉にすいと獏良の目が細まる。
はっきりいって、こういう時の獏良はバクラよりも遥かに恐ろしい。
「お前は僕を閉じ込めて、あのマリクとかいう人と結託して僕を利用したんだ!いざという時になったら、僕を引きずり出して盾にして。いきなり表に出されても、ワケ分かんないし、痛いし……」
早口で捲くし立てる獏良の目尻にみるみる涙が溜まっていった。
「や……宿主……」
好いた子の涙には勝てぬ。
とうとう啜り泣きをし始めた獏良に狼狽し、バクラはどんな声をかけたら良いのか分からなくなった。
「……ホントに自分勝手……だいっきらい……」
震える肩が小さく見えて、堪らずバクラは獏良の身体を引き寄せる。
「――僕を一人にしないで……」
「!」
ここに至ってようやくバクラは獏良の気持ちに気づいた。
どんなに獏良が不安だったか。
思えば、事情説明もなしに巻き込み、文字通り赤の他人を心の中に土足で踏み込ませたのだから。
誰よりも大切な存在だから、余計に疎外感を感じただろう。
誰よりも近くにいるからこそ、余計に距離を感じただろう。
「……悪かった」
バクラが優しく頭を撫でてやると、
「ごめ……なんか……ボク、おかしい……」
もういいよと獏良は身体を離し、今度はしかとバクラの目を見つめた。
「……本当は僕、バクラに傷つけられたこと、なんとも思ってないんだ。君がそうしたいならそうすればいい。僕を使って」
きっぱりと決意のある口調で言った。
その細い身体にはとても似合わない調子だった。
「僕がそうしたいんだ。……あの時……庇ってくれた。僕はそれだけで充分。……だって僕は……ごめん、さっきウソをついたね」
今度は柔らかく笑い、
「僕はバクラのことが大好きだから」
涙がきらきらと光り、無垢なその笑顔はとても綺麗だった。闇に射した一筋の光。そんな印象があった。
「……了」
本来ならば、利用するものとされるもの。
傍にいても決して交わることのない二人だった。
いつから変わったのだろうか。
こんなに愛おしくなるなんて。
「もう心配するな。オレ様はお前を放したりしない。手放せない。嫌でも傍にいる」
獏良の顔に手を添え、一度捕らえたものは放さない目で強く見つめた。
「うん。信じる。僕はバクラについていくから……」
例え、行く先が地獄だとしても。
そして、二人はゆっくりと口づけを交わした。深く、熱く。
自分たちの言葉を証明するように。
いま、二人の心は一番近いところにあった。
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初めて書いたバク獏です。
大好きになってしまったので、物凄く愛がこもっています。
元はマリクにヤキモチ痴話喧嘩話だったので、途中までそのテンションでいってます。
↓痴話喧嘩のオチ(?)となるハズだったオマケ
杏子「獏良くん、落ち着いたみたいね。さっきまで、とても苦しそうだったのに」
遊戯「ウン。今はとても安らかな顔をしてるよ。もう大丈夫だね」
「僕が原因なんだけど、結局ラブラブなんだね」
居た堪れないよと、マリクは肩を竦めた。
傍でイチャイチャする二人を影から見守りながら。
マリク、いたんだよね(笑)。