獏良の眼前には見渡す限りの草原が広がっていた。
起伏は緩やかで、鮮やかな緑色の細長いイネ科の植物が地面を覆い尽くしている。
穏やかな風が吹き抜ける度に葉を揺らす。
風の通り道を示すように葉が頭を垂れていく様は、波打つ大海のようでもある。
目視できなくとも草原の果てに何があるのか獏良は知っている。
ここに来るのは二回目だからだ。
涼風は獏良の長い髪と足元まで届く白いマントを靡かせた。
帽子を飛ばされないように手で押さえる。
マントにも帽子にも生命の象徴であるアンクの模様があしらわれていた。
マントの下には白の法衣を身にまとっている。
右手にはやはりアンクの形を象った杖を持っていた。
身につけたものはすべて白色を基調としている。
アンクも白も神に仕える者の証だ。
人を助けるための魔法を白魔法といい、白魔法を行使する者を白魔導士という。
白魔導士の獏良はかつてこの世界を冒険し、仲間たちと共に魔王ゾークを倒した。
世界に平穏な日常が戻ってきたはずだった。
魔王は滅んでいなかったのだ。
蘇った魔王は再び世界に暗い影を落とし、村の周囲にはモンスターが出現し始めた。
復活した魔王を倒すために、獏良は再びこの世界へと足を踏み入れた。
今度の冒険に仲間たちはいない。
一人で魔王と戦い、勝利しなくてはならない。
この先にはモンスターの群れも待ち構えている。
魔王の城に辿り着くのも困難だろう。
さらに、前回の冒険では13だったレベルは1になっている。つまり初期値だ。
最初から冒険をするということは、こういうことになる。
能力値もHP15にMP20ととても低い。これでは満足に戦えない。
白魔導士は刃物を嫌うという設定に則り、武器として持てるのは杖のみ。
伝説の剣があったところで装備はできない。重い盾も装備できない。
そして、白魔導士は後衛職業。本来は戦士や武闘家などの前衛職業を後ろから支援する役目だ。
使える魔法は能力値を上げたり、防御壁を張ったりする支援魔法のみで、攻撃魔法は使えない。
一人で戦うには不向きな職業なのだ。
職業を変えたくとも、一回目の冒険を引き継いでいるために不可能。
勝てる見込みはないように思えるが、不公平な条件ばかりではない。
まず、この冒険が二回目であること。
この世界に何があり、魔王がどういった攻撃を仕掛けるか、獏良はすべて把握している。
相手の手の内が分かれば、対処の仕方も見えてくる。
「プレイヤーモード」
獏良は手を身体の前に突き出した。
空中に白で縁取られた黒の長方形のパネルが浮かぶ。
白字で幾つかの単語が書かれている。
「ステータス画面を表示」
獏良の声に合わせて並んだ中の「ステータス」という単語が点滅し、パネルの表示が切り替わった。
現在の獏良のステータスがパネル内に表示される。
HPとMPから始まり、体力や力、敏捷性などの数値が羅列されている。
ステータスポイントは魔法を使うために必要な知力にほとんど振ってある。
力や体力は極端に少ない。白魔導士の特徴でもある。
モンスターを直接攻撃したところで結果は見えている。
獏良はパネルを操作して次の画面を表示させた。
この画面こそが獏良に与えられたプレイヤー権限。
パネルにはレベル100までのステータスがすべて表示された。
レベルに応じて習得する魔法も消費MPから効果に至るまで事細かく載っている。
本来はレベルが上がったときに告げられる内容だが、今回の冒険に関しては成長値が開示されていた。
魔王に挑む前にじっくりと作戦を組み立てられる。
能力強化の魔法が並ぶ中で獏良が目をつけたのは、レベル20で習得するリフレクションだった。
身を守る魔法は大別すると二つあり、防御特化のシャイニング・シールドは前回の冒険時に使用し、魔王の攻撃をも防ぐことができた。
レベルを上げれば、すべてを焼き尽くす全体攻撃のゾーク・インフェルノにも耐えられるかもしれない。
対するリフレクションは防御率という点ではシャイニング・シールドに劣るものの、攻撃を跳ね返すという特性を持っている。
レベルを上げれば跳ね返せる数値も高くなる。
攻撃魔法を持たない獏良にとって、これが唯一の攻撃手段だ。
魔王の猛攻から身を守りつつ、隙を見つけて反撃を食らわす。
白魔導士のアビリティである体力を魔力に変換する力も助けになるだろう。
アビリティとはレベルが上がる度に取得する通常のスキルとは異なり、最初からキャラクターに付与された能力だ。
防御に徹しなければならなくなるが、すべての魔法に目を通しても、その他に有効な作戦は思いつかない。
あとは、能力値操作の魔法とルオナを始めとする回復魔法だけだ。
白魔導士がレベル60で覚える最終魔法はレイズデッドといい、全ステータスを回復した上で蘇生する強力な術だ。
習得すればパーティでは重宝されるだろう。
しかし、今の獏良は一人。
死んでしまえばそこで終わりだ。いくら蘇生魔法が使えたところで意味はない。
魔王を前にして悠長に回復魔法を唱える余裕もないだろう。
回復したとして、次の攻撃を受ければ差し引きゼロどころか、マイナスになってしまうかもしれない。
だから、HPが0にならないように細心の注意を払わなければならない。ミスは一つでも許されないのだ。
最初は能力値向上の魔法を使いつつ物理攻撃で弱いモンスターを倒していき、リフレクションを覚えたらさらに強いモンスターに挑んで経験値を溜める。
魔王は強敵だが、勝つ見込みがないわけではない。
獏良は手の中の杖を強く握った。
この世界は「運」が良ければ、実力以上の力を発揮できることもある。
信じれば勝利の女神が微笑んでくれるはず。
そして、獏良の中にはもう一つ考えがあった――。
「よし、行こう」
獏良が最初に訪れたのは「はじまりの村」だった。
木造の民家が疎らに並ぶ小さな村。
それでも、宿屋や酒場、道具屋といった旅の助けになる施設が揃っている。
魔王の復活により村人たちは貧しい暮らしを強いられていた。
「ようこそ『はじまりの村』へ」
「冒険者様、どうかお助け下さい」
「情報が欲しいなら酒場に行くといいよ」
村人たちは獏良を目にすると、それぞれがセリフを口にする。
冒険者にとって必要な情報ばかりだが、獏良は目もくれずに通り過ぎた。
真っ直ぐに村の中心部にある道具屋に向かい、買えるだけの薬草と魔法薬を手に入れる。
頭の中に村人たちのセリフは入っている。わざわざ情報収集する必要はない。
二回目の冒険であればこそだ。
回復薬を揃えたら、村周辺の草原で弱いモンスターと戦う。
近くにある森には足を踏み入れてはいけない。
高レベルのモンスターと遭遇することになる。魔王の張っている罠だ。
獏良は腰の皮袋に買ったものを詰め込んだ。
「そういえば、北の森に伝説の武器があるって話を聞いたな」
老齢の店主が髭を撫でながら話を始める。
獏良は笑ってそれを受け流した。
「ごくろーさまです」
次々と襲いかかるモンスターの攻撃を舞うようにかわし、マントを翻して杖で薙ぎ払う。
強化した力と敏捷力で弱いモンスターなら圧倒できる。
複数のモンスターに遭遇しても怯むことはない。
獏良は躊躇わずにモンスターの群れに突っ込んだ。
倒す度に表示されるパネルの経験値と能力値がカチャカチャと上がっていく。
レベルが上がればファンファーレが鳴り響いて獏良を祝福する。
獏良には呑気に最後まで聞いている余裕はない。立ち止まることなく杖を振った。
冒険者たちが喜ぶファンファーレも、壊れたスピーカーから流れる音楽のように、最初の音を繰り返すだけになった。
――はやく、行かなきゃ……。
それだけを考えて獏良は戦い続けた。
経験値の上昇が緩やかになったところで、やっと当初の目的であったリフレクションを覚えた。
モンスターとの戦闘もずっとやりやすくなる。
あとは能力値を上げていくだけだ。
獏良の瞳は目の前のモンスターではなく、草原の先にあるはずの魔王の城へずっと向けられている。
倒さなければいけない相手がいるのだ。
獏良は薬草を口に捩じ込んで前へ進んだ。
魔王の居城は切り立った岩壁の上にある。
真昼のはずなのに城を包む霧が空までかかり、光を遮っている。
城周辺に出現するモンスターは強力になっていたが、既に獏良の敵ではなかった。
レベルは54。これ以上レベルを上げたところで、能力値はほとんど変わらない。
覚えられる魔法もほぼすべて覚えてしまった。
魔王に挑む準備は整っている。これ以上は魔王も待ってはくれないだろう。
購入した薬草も魔法薬も残り僅か。
補充をするために道を引き返したところで、また消耗してしまうだけ。先に進んだ方がいい。
獏良が城に近づくと跳ね橋がゆっくりと下り、城門と地面を繋いだ。
魔王は獏良のことを歓迎しているようだ。
慎重に足元を確かめながら勾配を進む。
上がる度に霧が濃くなり、視界が悪くなる。
蝙蝠がキイキイと甲高い声で鳴きながら獏良の周りを飛んだ。
獏良の背丈を優に越える高さの城門まで辿り着くと、息を吸って城内へと足を踏み入れた。
前回の冒険では、魔王は玉座にいなかった。
魔王の方から冒険者の前に姿を現したのだ。
獏良はその場面を闇の中から見ていた。
罠に嵌まって身動きの取れない冒険者たちに攻撃を加える魔王。
それを止めようとして獏良は精一杯手を伸ばした。
しかし、空を切るばかりでまるで届かない。
諦めずに何度も繰り返し――。
そして、その手を仲間が掴んでくれたのだ。
仲間たちが闇から救ってくれた瞬間を獏良は忘れることができない。
伸ばした手と手が触れ合った瞬間だった。
城内は松明の灯りのみで薄暗い。歩くとコツコツと足音が反響する。
今回、魔王は玉座で獏良を待ち構えているはずだ。
それを証明するかのように衛兵がまったくいない。
玉座の間まで来いということなのだろう。
魔王は獏良と一対一の戦いを熱望しているはずだ。
獏良は歩を進めながら、残りすべての薬草と魔法薬を口にした。
魔力を惜しみなく使い、ステータスパラメーター向上の魔法を唱える。
力や防御力、知力といった戦闘に関わる数値がみるみる上がっていく。
城の最奥にある広間に辿り着いた頃には戦闘準備は整っていた。
広間は吹き抜けになっており、上階に当たる場所――壁から張り出した空間に玉座があった。
獏良のいる下階とは左右の壁に沿ってぐるりと配置された二つの半螺旋の階段で繋がっている。
魔王は玉座から獏良を見下ろしていた。
獏良の記憶にある魔王は人に近い形状ではあるものの禍々しい姿をしていた。
見上げるほどの背丈に盛り上がった筋肉から突き出した鋭い角、意思の読み取れない濁った瞳。
獏良を見つめている魔王は人とまったく変わりがない。
面影といえば、頭部から生えた二本の角と身体を包む赤いマントだけだった。
それよりも注目すべきなのは、冒険者である獏良と瓜二つだということだ。
白い髪も深紅の瞳もまるで同じだった。
魔王は立ち上がり、獏良に向かって朗々とセリフを口にする。
「よく来たな、冒険者よ。我が城へ単身乗り込んだ勇気を褒めてやろう。だが、所詮は人間。闇の前では無力なのだ。その勇気、蛮勇とならぬよう祈るがよい」
対する獏良は魔王に杖をかざした。
「この世界に暗黒をもたらす魔王よ。お前の力など僕がこの手で今一度打ち砕いてやる!」
「下等生物の分際でほざいたな。貴様の身を引き裂いてこの大地に血の雨を降らせてやろう。我がこの世界に君臨する王となることを貴様の屍により人間どもは思い知るのだ。闇を統べる我の力をとくと味わえ」
魔王は鋭い犬歯を覗かせるほどに大口を開け、広間に響き渡る笑い声を発した。
マントを弾いて広げた両手に紅蓮の炎が灯る。
夜空を走る火球を思わせる二つの炎は、ばちんばちんと破裂音を鳴らす。
その様子を見た獏良は青褪めて杖を突き出し、もう片方の手を添えた。
口の中で素早く呪文を唱える。
魔王はにいっと口の端を吊り上げて、二つの炎の球を身体の前で練り合わせた。
再び広げられた腕の中に生まれたのは、うねる地獄の業火。
広間を眩しく照らす炎が、獏良に向かって解き放たれた。
「食らえ。ゾーク・インフェルノ」
「シャイニング・シールド!」
魔王から生まれた炎と獏良から生まれた光が膨張し、正面から衝突した。
能力向上の魔法がかかった獏良最大の防御魔法と魔王の力は拮抗していた。
ドーム状に広がった二つのエネルギーは互いに押し合い、一歩も引かない。
獏良は気を緩めれば弾け飛びそうな杖を両手でしっかりと押さえ続けた。
「ぐう……ッ」
地に踏ん張った足が圧力を受けてじりじりと後方に下がる。
魔法壁を張り続けることによりMPを消耗していく。
それでも負けるわけにはいかない。
ここで耐えられなければ終わってしまう。
歯を食い縛り、杖に魔力を注ぐ。
勢いを増した二つの力は行き場を無くして共に弾けた。
二人の間を中心として爆風と轟音が巻き起こる。
まともに衝撃を受けた獏良の身体が紙切れのように後方へ吹き飛ぶ。
爆発から生じた巨大な風圧は、柱や壁すらも飲み込んでいく。天井がガラガラと崩れ落ちる。
辛うじて残った魔法壁が、地に伏した獏良の身を瓦礫から守っていた。
衝撃波が治まったのを確認してから獏良が身を起こすと、頭上には空が広がり、瓦礫の山と化した城の周囲には草原が見えた。
MPの半分以上を使用してしまったが、まだ戦う力は残っている。
獏良は休むことなく乱した息を整え、防御壁の魔法を唱えて、杖に反射の力を込めた。
立ち込める粉塵の向こうに黒い影が見えていた。
魔王は少しもダメージを受けていない。
しかし、奥義を放った後は強力な技を使えないはず。
攻めるなら今しかない。
獏良は魔王に向かって一直線に駆けた。
能力強化魔法の効果は続いている。
杖を振り上げて跳躍、魔王の頭上から一閃した。
金属音が鳴り響き、寸前のところで杖を受け止めたのは抜き身の剣。
「惜しかったな」
魔王は余裕の笑みで獏良の杖を払って切り返した。
さらに獏良の杖がそれを受け止める。
俄に魔王と白魔導士の打ち合いが始まった。
瓦礫の中で激しい攻防が繰り返される。
杖と剣が重なる度に火花が散る。
獏良は表情に焦りの色を浮かべながらも、魔王の攻撃をすべて防いでいた。
対する魔王は歯を剥き出して絶え間ない攻撃の雨を降らせる。
一見、獏良が押されているよう見えるが、反射の性質を持つ魔法壁が魔王のHPを着実に減らしていた。
それでも体勢が整えば、魔王の強力な技が繰り出されてしまう。
二発目のゾーク・インフェルノを受け止める余裕はもう獏良にはない。
魔王は一際強い力で薙ぎ、獏良を跳ね飛ばした。
倒れる前に獏良は猫のように身を縮め、片手を地に突いて耐える。
「人の身でここまでやるとはな。だが、次の攻撃も受け止め切れると思うな。我が闇よ、刃に宿り黒き力となれ」
魔王は背筋を伸ばし、剣を顔の前で垂直に構えた。
それは十字のようで神に捧げる刀礼の姿勢に似ていた。
ただし、刃は獏良へ向けられ、敵意を示している。
「ダーク・フェノメノン」
魔王の身体から放たれた黒い霧のような禍々しい魔力が剣に収束していく。
目の前の光景に獏良の額から汗が流れ落ちた。
間もなく先ほどまでとは比べ物にならない一撃が襲ってくる。
一薙ぎするだけで獏良の身体が砕け散ってしまうだろう。
それでも、引くわけにはいかなかった。
獏良も立ち上がって魔王とは正反対に、杖を身体の前で横に構える。
両手で根本と柄をしっかりと掴んだ。
魔王の眉間が楽しげに広がる。
腕を後方に引き、やや上段に構えた剣を勢い良く振り下ろした。
黒い風刃が地面を削りながら獏良に迫る。
「アビリティ発動。僕の命を魔力に!」
獏良の白い魔力が杖へと注がれる。
次の瞬間、魔王の攻撃が杖に激突した。
獏良は両腕で真っ向から受け止める。
反発し合う白と黒の力。勝ったのは白の力だった。
受け止めた黒の魔力を杖頭に灯し、獏良は魔王を睨みつけた。
杖を魔王へと向けて、矢のように疾走する。
「面白い!我が力、貴様ごときに操れると思うな」
魔王は迫り来る獏良に対して剣を正眼に構えた。
反射魔法で力を跳ね返されれば、魔王といえども痛手を負う。
獏良の攻撃をいなして、返り討ちにするつもりだった。
獏良は手にした杖を天に掲げている。
隙だらけのまるで愚直な攻撃だった。
胴を薙いでしまえば、真っ二つだ。
魔王はくつくつと喉で笑い、獏良の攻撃に備える。
考えなしの特攻とは思えない。
獏良の顔からは闘志は消えていない。捨て鉢の攻撃ではないはず。
しかし――。
間合いに入っても獏良は杖を振り下ろさない。
無防備な構えのままで魔王の目の前まで迫った。
焦燥感に駆られたのは魔王の方だった。
滑稽とも言える獏良の行動に、剣を持つ魔王の手に躊躇いが生まれた。
切りつけることができないまま、獏良に懐を許してしまった。
獏良が次に起こした行動は、受けた攻撃を跳ね返すのではなく、単純で最も原始的な攻撃である体当たりだった。
無論、魔王にとっては痛くも痒くもない。
獏良は身体ごと魔王にぶつかり、二人は重なって倒れた。
「はあはあはあ……」
魔王の胸元にはぴたりと杖が突きつけられていた。
獏良が馬乗りになり、肩で息をする。
「僕の……勝ちだ……」
宣言に魔王は目を閉じた。
黒の魔力に覆われた白の杖が高く上がると、真っ直ぐに振り下ろされた。
動かなくなった魔王から獏良はそっと離れた。
立ち込めていた霧は晴れ、天から太陽の光が降り注ぐ。
世界に平和が訪れたのだ。
地面に倒れた魔王は青空を仰いでいるように見えた。
パネルに「魔王ゾークを倒した」と表示が浮かび、便宜上設定された膨大な経験値が加算される。
ラスボスを倒せば冒険は終わり。意味のない経験値だ。
目まぐるしく数値が変動し、レベルが上がる度に軽快なファンファーレが鳴る。
システムメッセージが次から次へと表示される。
『レベルが上がった。HP1、MP2増えた――』
獏良は眉一つ動かさず、魔王の亡骸を見ていた。
幾つかの条件が揃えば、勝てる見込みはあった。
獏良に与えられた冒険者権限と前回の冒険の経験――。
そして、鍵となったのは魔王が獏良の存在を認めてしまったことだ。
前回のままであったら、魔王は獏良を捻り潰すこともできただろう。
今の魔王には獏良を殺すことはできなかった。
大技を繰り出す際にわざわざ宣言して見せたのは、獏良に回避させるためだ。
それはもはや攻撃ではなく、パフォーマンスだった。
強力な技を見せつけることにより、獏良の戦意を喪失せるためのもの。
精神を打ちのめすように魔王は攻撃していた。
だから、獏良が無防備な姿を見せたとき、魔王は動揺したのだ。
下手に攻撃すれば獏良を殺してしまう。
躊躇った挙げ句、獏良に最後の攻撃を許してしまった。
魔王を殺したのは一握りの情だった。
経験値の処理が終わり、レベル62でピタリと数値が止まった。
最後の表示が消えると、獏良は杖を天に向かって高く上げた。
そして、白魔導士の最後にして最大の魔法を唱える。
「
杖から現れた光の帯が魔王へ伸びて身体を包み込む。
ぴくりの魔王の指が動き、ゆっくりと瞳が開かれた。
「あんなのアリかよ。反則だ」
魔王は筋書きにはないセリフを口にした。
瞳に青空を映したままで息を吐く。
「勝ちは勝ちだよ」
微笑んだ獏良の顔が青空の中に映り込む。
右手を魔王に向かって伸ばしている。
魔王はその手を掴んで立ち上がった。
伸ばした手と手が触れ合った瞬間だった。
「ルール違反ではないよね。それに、こうするって最初から決めてたんだ」
爽やかに笑う獏良に釣られ、魔王の口元が緩んだ。
「仕方ねえな。オレの敗けだよ」
手を握った二人の間に優しい風が吹き抜けていった。
「さて、楽しめたかよ」
ゲームマスターがシナリオから目を離して顔を上げた。
「なかなかにね」
反対側の席についたプレイヤーが、肘をついた手に顎を乗せて答えた。
二人の手元には色違いのダイスが転がっている。
「まったく好き勝手やりやがって。ゲームマスター泣かせだぜ」
敗けたはずのゲームマスターは悔しさを滲ませることはなく、むしろ晴れ晴れとした表情をしていた。
「このゲームで僕に勝てると思ってた?」
「ま、こればっかりはな」
机に置かれた巨大なジオラマ。
ゲームマスターは魔王城に面した席に、プレイヤーは村に面した席に座っている。
城の手前には二つの人形が立っていた。
魔王と白魔導士が向かい合い、まるで楽しそうに笑っているようだった。
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一度TRPGの世界を舞台にした話を書いてみたかったので。
昔読んだゲームブックを思い出しつつ。
「リプレイ」はTRPG用語では遊んだ様子を小説などに書き記すという意味になるそうです。