ばかうけ

※「もし、バクラが原作終了後に戻ってきたら」という捏造設定になっています。
原作の世界観を壊されたくない方は、申し訳ありませんがブラウザバックをお願いします。


お誕生日おめでとう
お誕生日おめでとう

特別な日にしか食べられない白くてまぁるい大きなケーキ。
たっぷりのクリームの上には、等間隔に並んだ真っ赤なイチゴと年の数だけ揃えた色彩豊かなロウソク。
それに「お誕生日おめでとう」と書かれた名前入りのシュガープレートが主役に顔を向けている。
他にもフライドチキンやエビフライ、ちらし寿司などのご馳走がテーブルの上に並んでいる。普段よりもちょっぴり豪華なディナー。
すべてが主役のために用意されたものだ。
いつもと同じ食事だったとしても、主役の嫌いなものなんて並ぶはずがない。
今日は特別な日なのだから。
両親の愛に包まれて、とても幸せな時間。

四角い大きな箱を手渡された。
たくさんの動物たちが踊る包装紙に青の金縁リボン。
わくわく胸を弾ませながら箱を開けると、中にはクラスで流行りのロボットプラモデル。
「わあ、なんで僕の欲しいものが分かったの?」
顔を輝かせて尋ねてみても、両親は顔を見合わせてにこにこと笑うだけ。
子どもの知らない情報網があるに違いない。
きっと、ちょーほーきかんってやつだ。

さあ、ろうそくの火を消して。
一度にぜんぶ消せるかな。

大きく息を吸い込んだ。
3、2、1――。


「はあ……」
獏良は何度目かの溜息をついた。
今日は九月二日。獏良の誕生日だ。
誕生日だというのに晴れない顔をして、繁華街の通りを一人で歩いていた。
残念ながら今日の予定は空白だらけ。
それにしても、獏良は取り立てて誕生日を気にする方ではない。
喜んでいたのは子どもの頃だけ。毎年華やかに祝ってもらった。
金銭的にという意味ではなく、折り紙で作った輪っかや花で部屋を飾るだけで特別に感じたものだ。
年を経るごとにパーティの規模は縮小していき、いつの間にか無くなってしまった。
今は友人からの祝福メールと両親からのささやかなプレゼントが届くのみ。
子どもから大人になる極々自然な流れで、当然のことと受け入れている。
誕生日など二十才を超えれば、一年に一度訪れる、年を重ねるだけの一日。
だから、わざわざ祝うものではないと思っていたのだ。
バクラが戻ってくるまでは。
かつて獏良に宿っていた闇の住人は、王に敗れて一度は消滅したものの、紆余曲折を経て獏良の元へ一人の人間として戻ってきた。
行く当てのないバクラを獏良はマンションへ迎え入れ、二人で暮らしている。
目的を果たすためだけに生き、自分以外の存在を決して受け入れようとしなかったバクラは、たった一人のかけがえのない存在である獏良を大切に扱うようになった。
二人暮らしを始めるに当たり、便宜上友人として獏良が両親に紹介したところ、しゃんと伸びた背筋に大人びた丁寧な物言いが気に入られ、第二の息子とまで言われるほどに受け入れられてしまった。
生き別れの兄弟のように似通った見目は、奇跡や運命という聞こえのいい言葉で片付けられた。
あまりにあっさりと事が進み、両親の楽観的な思考回路に獏良は首を傾げずにはいられなかった。
年を老いたことにより丸くなったのか、子どもの獏良には見えていなかったのか。
何はともあれ、すべてが順風満帆。二人の前に障害などない。
獏良が不満を抱えようもないはずだった。
しかし、元大邪神の片割れであるバクラとただの人間である獏良には、決定的な違いがあったのだ。
バクラは祝い事にまったく興味を持たなかった。
誕生日という言葉を認識はしていても、祝うという概念がない。
誕生日が近づき、獏良がそわそわとしていても無関心だった。
カレンダーを見つめてみたり、バクラに日付を確認してみたりしても同じことだった。
あまりにも反応がないことに、獏良はがっくりと肩を落とした。
同時に、誕生日一つで一喜一憂してしまう自分にも驚いた。
今までは気にならなかった誕生日が、バクラという大切な存在ができたことにより、特別な日になったのだ。
それを実感することは嬉しくもあり、寂しくもあった。
いっそのこと、直接伝えてしまおうかとも考えた。
しかし、「今日は僕の誕生日なんだ。祝ってよ!」なんて図々しいように思えて言えるわけがなかった。
祝いの言葉を強制したくはない。祝われるのなら、言わせるのではなく、自発的に言って欲しい。
なにより、勇気を出して伝えたところで、「はあ?」などと首を傾げられてしまったら浮上できないような気がした。
人を好きになることは難しい。どうしても、相手への欲求が高くなってしまう。
思う通りに相手が動いてくれることなんてないのだ。
人と人はそういうもの。
理解していても、色恋が絡めば割り切れなくなる。
バクラが悪いわけではない。人間として生きてこなかったのだから当然の反応なのだ。
人間は些細なことに喜びを感じ、大切な人と時間を分かち合う。
それを説明するのはとても難しいことだった。
分かってもらえなくても仕方がないが、分かって欲しいとも思う。
間が悪いことに、今日は休日。バクラの仕事は休みで、獏良の夏休みが明けるのはもう少し先。
もやもやとした気持ちを抱えたまま二人で過ごすよりはと、獏良は家を出てきてしまった。
休日は家で過ごすことが多い獏良が「今日は遅くなる」と伝えても、バクラは表情を変えずに頷いただけ。
その様子に獏良はますます落ち込んで、とぼとぼと歩いていた。
ぱあっと誕生日のことなど忘れ、思う存分外で遊べば気が晴れるだろう。
そうすれば、抱いてしまった願望をなかったことにして、蟠りなくバクラと話せるようになるはず。
――今日だけ。今日だけだから。
獏良は自然と俯いてしまっていた顔を上げて前へ進んだ。


獏良が最初に訪れたのは、童実野町最大級のショッピングモール。湾岸沿いに位置し、観光スポットにもなっている。
多種多様な店が集まり欲しいものが大体揃う、童実野町民にとっては便利な施設だ。
じっくり全部見ようとすれば丸一日かかってしまう。
獏良はその中から気に入りの店を選んで順番に見て回っていった。
ちょうど夏物の大安売りと秋物の入荷が重なる時期で見ているだけで面白い。
売店で購入したジュースを片手に吹き抜けの中央広場を歩いていると、軽快な音楽と共に広告を流す大型ビジョンが目に入った。
高校卒業間近にとある事件に巻き込まれたことを思い出す。
童実野町の誇る大企業の代表が大がかりなイベントの告知を突如としてし始めたのだ。
その頃バクラはまだ現世に戻っておらず、千年リングが塵となるのを見送った。
二人が出会ったときのことを獏良が知ったのもその時だ。
懐かしいと目を細めて、獏良はビジョンの前を横切った。
買い物らしい買い物はせずにショッピングモールを出て、港に向かう遊歩道を歩く。
地元民でも知らない風景があちらこちらに広がる。
住んでいても学校や職場を毎日往復するだけで、珍しくもない地元をじっくり見ようとは思わない。
旅行で立ち寄る地域の方がよほどよく見ているのではないだろうか。
もしかしたら、童実野町を訪れる観光客の方が獏良よりも詳しいなどということもあるかもしれない。
それでも、唐突に見覚えのある場所が現れる。
バトルシティが開催されたときには、童実野町のそこかしこが即席のバトルステージとなった。
獏良の記憶にあるのは、その一部だろう。
見学と応援に行ったはずが、いつの間にやらデュエルディスクを手に入れていた。
散々な目に遭ったことも、今ではすっかりいい思い出だ。
獏良は左上腕をそっと撫でた。薄い痕が残っているだけで、もうすっかり傷は塞がっている。
傷つけたことをバクラは謝らない。
その代わり、傷痕に何度もキスをしては舌を這わせる。
「もう痛くないよ」と伝えても、止めようとはしない。
動物の傷を治す行為に似ていると気づいてからは、静かにバクラの唇を受け入れた。
単なる身体接触ではない。バクラの気遣いと想いに触れ、獏良は心にぽかぽかと温かいものを感じた。
言葉で伝えなければ伝わらない気持ちもあるが、言葉よりも確かなものは存在するのだ。
プラトニック然とした触れ合いから徐々に色が付いていく。獏良の好きな甘い時間。


臨海地の顔でもある倉庫街を抜けると港に辿り着いた。
目の前に広がるのは鏡のように凪いだ海。日の光を浴びてぴかぴかと光っている。
古い倉庫を再利用した店が点在し、公園の芝生が広がる以外には人通りの少ない場所。
港には大型客船が停泊していることもある。
世界を遊覧する富裕層がこの町でしばらく買い物を楽しむのだという。
劇場やプールといった施設まで有し、海を走る町と称される豪華客船を一目見たいと獏良は思っていた。
残念ながら、今日は作業船や小型船ばかりだ。
規模は劣るものの、獏良は一度だけ大きな客船に乗ったことがある。
ペガサス島に向かったときのことだ。
初めて乗る大きな船は友人たちとわいわい騒いで楽しかった。
そして、ペガサス島では遊戯に敗れて消滅したはずのバクラが再び話しかけてきた。
その時から二人の関係が新たに始まったともいえる。
長いようで短い二人の時間。
突然獏良の前に現れた一本の細い糸。


すぐに切れてしまいそうに見えたその糸は、遥か昔から続く因縁により複雑に絡んでいた。
目に見えていたのはほんの一部で、実は幼い頃からその糸と獏良は繋がっていたのだ。
簡単には解けない強固な結びつき。


水平線に向かって太陽が傾きつつあった。
もうすぐ町全体が茜色に染まるだろう。
――なんだか、会いたくなっちゃったなあ。
来年は誕生日を祝って欲しいと伝えよう。
その頃にはバクラも人間としての生活に今よりも馴染んでいるはず。
贅沢は言わない。ささやかでいいから二人で祝うのだ。
目玉焼きのような夕日を見つめていたら、獏良のお腹が小さく鳴った。
「帰りは遅くなる」とは伝えたが、夕飯は取らないとは言っていない。
食事担当は獏良だ。バクラのためにも帰らなくては。
準備は間に合わないだろうから、土産代わりに名産品をおかずに買って帰ろうかなと決めた。

惣菜の詰まったビニール袋を手に玄関の戸を開けたところで、獏良の身体がぴたりと止まった。

香ばしい匂いが奥から漂ってくる。
しまった既に出前でも取ってしまったのだろうか。
慌てて獏良は靴を脱いで奥へ向かった。
ジュージューという小気味の良い音が次第に聞こえてくる。
匂いと音の元は廊下の先にあるキッチンからだった。
火の点いたコンロを前に菜箸を持ってバクラが立っている。
コンロの上にある深型のフライパンからパチパチと油が弾けた。
焦げた醤油とにんにくの食欲をそそる香りが鼻に届く。
見慣れない光景に獏良は唖然とキッチンの仕切り扉の前で立ち尽くした。
「お、帰ってきたのか」
バクラはすぐに獏良の持つビニール袋を認めた。
「あー、買ってきちまったか。やっぱり言っておきゃあ良かったな」
手慣れた様子でフライパンから菜箸で中身を取り出し始める。
コンロ脇にあるキッチンペーパーを敷いた皿の上に、きつね色に揚がった塊が積み上がっていく。
「ど、どうしたの?」
体調不良などの特別な場合を除けば、当番である獏良を差し置いて、バクラがキッチンに立つことはあまりない。
キッチンは獏良の城となっている。調理道具も調味料も獏良の好みで揃えてある。
バクラはコンロに向かったまま親指を立てて背後にあるリビングを指し示した。
指図される通りに獏良がリビングに向かうと、いつも殺風景なはずのテーブルの上に食事が並んでいた。
ボールにはパプリカやプチトマトで彩りを加えたサラダ、ディップソースを添えたクラッカー、サーモンとハムを巻いたグリッシーニ、エビとアボカドと枝豆のカクテル、それにグラスとシャンパン。
丁寧にも積み重なった小皿まである。
テーブルの隅にはダリアを中央に据えた淡い色の花束が包装紙に包まれたまま横になっている。
それらが何を意味するか、誰のためのものか、獏良は頭では理解しても、半信半疑のまま見つめていた。
「もうすぐ出来上がるから待ってろ。お前の買ってきたメシどうすっか」
キッチンからバクラの声が飛んできた。
「明日のご飯にするからいいよ」
獏良はテーブルから目を離せずに口だけを動かした。
足元からぞわぞわと昂りが這い上がってくる。
「この花は?」
「ああ。花のことはよく分かんねえから、適当に包んでもらった」
目の前の現実を獏良の心が徐々に受け入れ始め、
「花瓶に水入れてくるね」
花束を掴むと洗面所に小走りで向かった。
蛇口を捻り花瓶に水を満たす。
勢い良く注がれる水を見つめ、獏良は気分を落ちつけようとした。
心臓の音がどくどくと耳まで聞こえる。
誕生日なんて、もう騒ぐものではなかった。
そのはずなのに、まるで子どもの頃に戻ったように、跳ね回ってしまいそうだった。
鏡に映った顔は驚きと戸惑いと喜びが入り交じった表情をしていた。 紅潮した頬を両手で覆った。
――どうしよう。嬉しい……。
湧き上がる感情に飲み込まれてしまう。
――誕生日ってこんなに嬉しいものだった?
家に帰るまではありえないと思っていたことが、現実となっているのだ。
花瓶から水が溢れても、獏良はしばらく鏡を見つめていた。


花瓶に花束を挿してテーブルの中央に置くと、ますますテーブルが華やぐ。
バクラが大皿に盛った骨付き唐揚げ手にリビングへやって来た。
二人は席に着き、シャンパンを開けて、二つのグラスに注ぎ込んだ。
しゅわしゅわと細かな泡が琥珀色の液体の中に浮かぶ。
「ケーキは冷蔵庫の中にあるから後で食おうな」
「うん……!」
獏良は緩みそうになる唇をむずむずと動かした。
チンとグラスを鳴らし、シャンパンを口にする。
「おめでとさん」
「ありがとう!」
テーブルいっぱいに並んだ食事を取り皿に少しずつ取り分けた。
「この唐揚げ、味が染みてて美味しいっ」
さくさくに揚がった衣の中から肉汁が溢れる唐揚げに獏良は夢中で齧りついた。
「だろォ?昼から仕込んだんだぜ」
バクラは得意気に鼻を鳴らした。
他愛のない話をしながら二人で笑い合い、夕食を一つ残らず平らげた。
冷蔵庫から取り出した小振りのホールケーキには、「HAPPY BIRTHDAY」と書かれたチョコプレートがようやく乗っている。
ロウソクを一本挿してライターを近づけると、小さな明かりが灯る。
バクラは長方形の包みを獏良に手渡した。
無地の青い包装紙に、ちょんと慎ましくリボンテープが隅に貼ってある。
「お前が欲しがってた立体パズルな」
「わっ、お城のやつ?」
テープを一部だけ外して中を覗き見た。
それ以上は開けずに箱の表面を撫でて、プレゼントを貰ったという感触を確かめる。
「ありがとう。嬉しいよ。僕、こんなに嬉しい誕生日初めて。君が気にしてくれてるなんて知らなかった」
オレンジ色の温かい炎に包まれて、獏良がこぼれるような笑みを浮かべた。
バクラは視線を宙にさ迷わせてから、
「まあな、今まで祝ったことなかったろ。オレも少しは人間の真似事をしないとな」
片手で頬杖を突いて獏良の笑顔に応える。
料理にプレゼントにケーキに花束、準備にどれほど時間がかかったのだろうか。
準備をしている素振りをバクラは少しも見せなかった。
なぜ、いつから、などと野暮なことは聞かない。
この場にあるものがすべてなのだ。


チョコプレートが乗った二人分の白くて丸いケーキ。
普段よりも少し豪華なディナー。
テーブルの中央には太陽のように咲くダリアの花。
すべてが主役のために用意されたものだ。
獏良の好物ばかり。
今日は特別な日なのだから。
二人だけの大切な時間。
「来年は君も一緒に祝おう。今度は僕にも祝わせて」
バクラは目を一瞬だけ大きく開いてから笑って頷いた。
小さな丸い明かりが二人を包んで照らす。
さあ、蝋燭を消して。
3、2、1――。
「おめでと」

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2017年のお誕生日お祝い話です。
二人だけでささやかに祝ってほしいなあという気持ちを込めました。
スピカはおとめ座の連星です。二つの星が引力で引き合ってくるくる回って一つに見える星です。

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