勝って 嬉しい 花いちもんめ
負けて 悔しい 花いちもんめ
隣のおばさん ちょっと来ておくれ
鬼が怖くて行かれない
あの子が欲しい
絶対欲しい――
年端のいかない子どもたちが、手を繋いで横並びに列を作っている。
小さな背格好が作る向かい合わせの二列。
朗らかな歌声が公園を賑やかす。
並んだ色とりどりの靴が一斉に空を蹴る。
獏良はその光景を外の通りから横目で見ていた。手にはスーパーのビニール袋。
ただ公園の前を通りかかっただけなのだが、なにやら懐かしい歌が聞こえてきて興味を引かれたのだ。
――今の子たちもやるんだ。
携帯型ゲームやインターネットやら、手軽に夢中になれる娯楽はたくさんあるのに、古めかしい遊びに興じる子どもたちに、関心を抱きつつも少し嬉しい気持ちになる。
獏良も小さい頃はああいった道具の要らない遊びを友だちとよくしたものだ。
誰かが遊び方を知っていて、いつの間にか周りの子どもたちにも広まり、全員が当たり前のように遊び出す。
幼稚園や小学校で教えてくれるわけでもないのに不思議な現象だ。
「花いちもんめ」は、特別好きな遊びではなかった。もしかしたら、苦手だったのかもしれない。
歌いながら互いが相手のグループから好きな子を一人選ぶ。じゃんけんで勝てばその子を同じグループに入れることができる。
ちょっとした空間があれば、誰でも簡単にできる遊びだ。
なぜ、獏良があまり好ましく思っていないのかというと、選ばれなかったときに寂しくなってしまうからだ。
みんながやろうと言えば従うし、抵抗するほど嫌というわけではない。
仲のいい子がなかなか選んでくれないときは、どうしても気分が沈んでしまうのだ。
しかも、最初から選ばれなかったことなんて、ただの一度もなかった。
子どもの遊びなのだから、そこまで気にしなくていいはずなのに。
『○○くんは、どうしてボクのことを選んでくれないんだろう……』
獏良が好意を持っているだけで、友だちはそれほど仲がいいとは思っていないのでは、と疑心暗鬼さえ生まれた。
同じ列から一人去り、また一人去り、繋ぐ手が片方だけになって、最後はどうなったのかはよく覚えていない。
覚えていないのなら、どうせなら選ばれたことにしてしまおうか。
獏良はいまだ子どもたちの歌声が溢れる公園を後にした。
あの子が欲しい
あの子じゃ分からん
この子が欲しい
この子じゃ分からん
向かい側の列の子たちの顔が見えない。
黒く塗りつぶされて、墨一色になっている。歌声だけが明るく流れる。
両手にはしっかりと誰かの小さな柔らかい手の感触がある。
顔を確認しようとしても、首が真正面に固定されたままで動かない。
身体は歌に合わせて勝手に前へ後ろへ移動している。しっかりと片足を蹴り上げるところまで忠実に。
その足がいつもより小さいことに、獏良は疑問すら抱かなかった。
――○○くんはいるのかな……。
目を凝らして一番の友だちを探そうとしても、どの子も黒いのっぺらぼうのまま。
相談しよう
そうしよう
歌声がぴたりと止んで、向かい側の子どもたちが輪を作り、顔を寄せ合う。
それなのに、獏良がいる列は手を繋いだままで、話し合おうともしない。
誰も口を開かず、その場に立っているだけ。
やがて、向かいの輪がもう一度列になった。
――こんどこそ、えらんでほしいな。
向かいの子どもたちは、声を出さずに片手を真っ直ぐに挙げる。一糸乱れず、子どもたちの数だけ旗がピンと立ったようだった。
その旗が勢いよく振り下ろされる。
全員の指は折り畳まれ、人差し指だけが獏良の方を向いていた。
「え……?」
子どもたちは揃いも揃って獏良に人差し指を突きつけている。
指差しの形だった手が一斉にぱっと花開き、獏良に向かってゆっくりと近づいてくる。
顔面に迫る五本の指。
あの子が欲しい
あの子が欲しい
歌声がまた聞こえてくる。
やっと選ばれたのだ。
けれども、獏良の胸に広がっているのは、戸惑いだけだった。
嬉しさなど毛ほども感じない。
やっと選ばれた。選ばれたけれど、誰に選ばれた……?
視界が小さな楓の葉で覆い尽くされ、逃れようとしても、がっちりと強い力で両手を繋がれていて動けない。
「あっ……ああ……」
そのうちに、一つの手に手首を掴まれた。
獏良は強引に列から引きずり出され、意思などお構いなしに前方へずるずると連行される。
視界の先は一面の闇だ。
ここは、いつもの公園ではなかったのか。一体どこへ行くというのだ。
「やめて……!」
知らないところへ連れて行かれる。獏良は本能的に恐怖を感じ、足を地面に突っ張った。
それでも、手は力を緩めない。子どもの力とは思えなかった。
身を捩りながら目にしたのは、子どものものではなく、大きな骨張った手だった。
手の持ち主は見えない。大人なんていなかったはずなのに。知らぬ間にすり替わっていた。
――だれっ?!
ぎょっと獏良の身が竦む。
それに乗じて、手はますます強い力で獏良を引きずる。
「やだぁ!はなして!」
抗議の声は何の意味もなさない。
「おねがい……なんで……」
声に湿り気が混じり始めたとき、唐突に手の動きが止まった。手首は掴まれたまま。
「なんで?お前が望んだことじゃねえか」
子どもの声ではなく、若い男の声。
闇に浮かぶ双眸がギラギラと輝き、こちらを向いていた。
「っは……」
獏良は大きく息を吐き出し、顎を上向けて有りっ丈の空気を吸い込んだ。
新鮮な空気が肺を満たし、乱れた呼吸が整っていく。
背中がじっとりと濡れている。服が肌にまとわりついて気持ち悪い。
――夢か。
先ほどまでの闇は消え去り、見慣れた自室が静かに座していた。
――どうして、あんな夢……。
心臓はまだバクバクと激しく打っているが、もう恐れる必要はないのだ。あれはただの夢だったのだから。
背中同様に汗が滲んだ額を拭おうと手の甲を顔の前に翳し、息を呑んだ。
手首が薄く赤紫に変色している。
さらによく見れば、細い複数の線が入っている。
意識した途端、手首に痛みが甦るようだった。
確かに、獏良は選ばれたのだ。
あの子が欲しい
絶対欲しい
可愛いあの子……
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誰に選ばれなくとも、絶対選ばれてしまう運命。