ばかうけ

その日、獏良はいつになく張り切っていた。
午前中から自宅の掃除を始め、フローリングとダイニングテーブルをピカピカに磨き上げた。
家事が一段落したところで、今度は駅前まで買い物へ。
選んだのはいつものスーパーではなく、品揃えが豊富な自然志向の店。店に並ぶのは、品質が良い分、それなりの価格のするものばかり。
予め決めておいた食材を値札も見ずに躊躇いなくカゴへぽいぽいと投げ入れていく。
普段は一瞥するだけで通りすぎてしまう価格のチーズも同じように手に取った。
アルコールコーナーの近くを歩いていると、シャンパンがおすすめ品として大量に詰まれているのが目に入った。
獏良はアルコールをあまり口にしないものの、少しは飲めるようになりつつある。
銘柄には詳しくなくても、金色のシールと蔓薔薇のラベルに惹かれた。
お祝いっぽくていいかも、とその場で購入を決める。
予定よりも荷物が多くなってしまったが、負担とも思わず、軽やかな足取りで自宅へと戻った。
台所で購入した材料をビニール袋から取り出し、早速食事の準備に取りかかる。
まず、昨晩から仕込んでおいた、とっておきのスペアリブを冷蔵庫から取り出し、オーブンで焼き始めた。
焼き上がるまでに平行して作業を進めてしまう。
バターで炒めた玉ねぎをことこと煮込んでオニオンスープ。
クラッカーにサーモンやチーズ、アボカドディップなどを乗せれば、お手軽ながら見映えのいいカナッペになる。地味な印象にならないようにミニトマトやディル、オリーブで彩りを加えた。
レタスを中心とした野菜の上から細かく刻んだゆで玉子を散らせば、ミモザサラダの完成。その名の通り、食卓に花が咲く。
最後にバケットを食べやすい大きさに切り分けて皿に盛った。

去年は和食中心だった。
豚肉とゴボウの炊き込みご飯は、思わず自画自賛してしまったほど。
他に、西京焼きや煮物、漬物――。
どのメニューも喜んでもらえた。

今年は趣向をがらりと変えてみた。

戸棚の奥から二枚のランチョンマットを引っ張り出し、テーブルの上に向かい合わせに敷いた。その上に二組の食器を置く。
まだ数回しか使っていないグラスも用意した。
テーブルの中央に盛りつけた料理を並べると、一般家庭の食卓でもそれなりになる。
ここに飾りがあれば、誕生会やクリスマス会に負けないパーティにだって見えるだろう。
獏良が上出来と頷いていると、オーブンが焼き上がりを告げた。
オーブンの中からは、じゅうじゅうと胃を刺激する音と共にこんがり焼けたスペアリブが現れた。甘酸っぱいバーベキューソースの香りが漂う。
これでメニューはすべて揃った。去年に引けを取らない出来映えだ。あとは来客を待つだけ。
獏良は着席する直前にはたと気づき、慌てて自室へメモ帳を取りに行った。

来客は玄関からやって来ない。
何の前触れもなく、まるで最初からそうであったように、気づいたときには部屋の中に居る。
獏良がテーブルに頬杖をついて時計を眺めていると、誰もいないはずの自室から来客が姿を現した。
行動が予測不能でも、一年に一度は必ずやって来る。
来客は真っ暗な部屋から煌々と明かりの点いた部屋に一歩踏み入った。
姿形はちっとも変わらない。最後に別れたときの、獏良の肉体から離れたときのまま。
獏良は椅子から立ち上がり、満面の笑みを浮かべて来客を迎えた。
「おかえり!」

グラスにシャンパンを注ぎ、チンと鳴らして再会を祝う。
悩んだ甲斐があって、今年もメニューは好評だった。
獏良は逸る気持ちを抑え、少しずつ話を始めていった。
なにしろ話題は一年分ある。伝え忘れて後でガッカリすることのないように、しっかりとメモまで取っておいてある。
つい話に夢中になるあまりに食べることを忘れてしまう。フォークを握る手が止まったまま話し続ける獏良に、
「料理が冷めちまうぞ」
専ら聞き役に徹していたバクラは小さく笑いかけた。

時計の針が天を指せば、小さなパーティは終わり。
獏良は歯痒い面持ちで、止まることなく進み続ける秒針に何度も視線を送った。
食事を終えた二人は、新しく増えた獏良の作品を眺めていた。
前回は作りかけだった童実野町の模型はすっかり完成しており、バクラは惜しみなく称賛を送った。
新しく挑戦しようとしているのは、古代ギリシャの都市国家だと獏良はこっそり打ち明け、次回会うまでには完成させると約束を交わした。

「じゃあ、またね」
獏良は決して「さようなら」は言わない。口にするのは再会を願う言葉だけ。
二人は向かい合い、互いの目を見つめた。
バクラも別れの挨拶は言わない。
獏良の言葉に小さく頷き、少しだけ唇を重ねる。
それを最後に音もなく足元からスーッと消えていった。
最初から何もなかったかのように、獏良だけが静かな部屋に佇んでいた。

獏良はテーブルに置かれたままの皿をすぐには片づけようとはしなかった。
ささやかなパーティの名残を愛しげに見つめる。
こうして余韻に浸るのが毎年の恒例になっていた。
空の皿だけがここに二人いたことを証明してくれる。
来年はどんなご馳走にしようか――。
来客の喜ぶ顔を思い浮かべながら、一年かけてゆっくり考えるつもりだ。

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やっぱり少しは会いに来て欲しいと思うのです。

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