ばかうけ

銘々が教科書とノートを机に広げ、頭を抱えている重苦しい空気の中、わずかな希望を求めて誰かが言った。
今年のクリスマスイブはみんなで集まってパーッとやろう。
試験勉強に辟易していたグループの誰もがその提案に飛び乗った。試験期間が終われば楽しみが待っていると思えば幾分か気が紛れる。
その後に試験結果が待ち構えてはいるが、なんとか今をやり過ごすのに必死だった。
十二月の初めから教室で顔を合わせる度にクリスマスパーティの打ち合わせで大いに盛り上がった。
パーティに必要なものといえば、まず場所とご馳走、プレゼントにケーキ。
場所については早々に遊戯の家が選ばれた。祖父がホビーショップを営んでいるだけあって、パーティゲームが揃っている。盛り上がらないはずがないと全員一致の意見だった。
ご馳走はピザを宅配で頼む他に一品ずつ持ち寄ることで決定した。
ケーキは話を聞いて張り切った遊戯の母親が作るという。遊戯は顔を赤くして止めようとしたらしいが無駄だったようだ。
プレゼントは金額を決めてお決まりの交換会をすることになった。

試験は滞りなく終わり、あとは全員晴れ晴れとした気持ちでクリスマスを迎えるだけ。
結果はどうだったかと訊くと、城之内がぎこちなく笑うので試験の話は禁句とした。
せっかくのお楽しみにわざわざ水を差すようなことをするのは無粋というもの。
遊戯の家に集まり、それまで我慢していただけ目一杯楽しんだ。
ご馳走は、ピザ、フライドチキン、グリーンサラダ、ポテトフライ、スパニッシュオムレツ、グラタン。
各自が自由に持ち寄ったせいで少々重いメニュー。その割に、ほとんどが食べ盛りの男子だけあって、あっという間に皿が空になった。
プレゼント交換は、杏子が用意した趣味のよいストールから城之内の奇抜な文字が入った変わり種Tシャツまで、当たり外れが大きい内容で、それはそれで盛り上がった。
遊戯が倉庫から引っ張り出してきたゲームで遊んでいるうちに、いつしか普段と大して変わらないノリになっていた。
最初から最後まで笑いが絶えることなく活気づき、冬の寒空など誰もが忘れていた。
お開きになったときには、太陽はすっかり西の空の向こう。
それぞれに予定があるので、あまり遅くまで長居はできない。玄関先で別れを告げた後は、三々五々帰路に就いた。

獏良はプレゼントで引いた大きなハンバーガー型のクッションを抱えて自宅へと向かう。
それまで暖かい部屋にいたせいか、外の空気がひんやりと一層寒く感じる。
息をする度に口から白い湯気が漏れ出た。
クリスマスイブの夜は繁華街こそ賑やかだが、住宅街になると人通りは少ない。
今日は特別な日だから、外を出歩く暇もなく自宅で家族団欒の時間を過ごしているはず。
友人たちもそうだった。
今日か明日か、ゆっくり家族と過ごす予定があるらしい。
パーティは楽しかった。クリスマスであんなに笑ったのは数年ぶりかもしれない。
チカチカと星が瞬き始めた空の下を獏良はゆっくりと歩いていた。

*****

クリスマス――今日は前日に当たるそうだが――というのは騒ぐものらしい。
文化的背景はこの国ではあまり関係ないにもかかわらずだ。
他の日と何が違うのか、まるで理解ができない。
クリスマスという口実ができれば、羽目を外してしまう。おかしな話だ。
派手なイルミネーションを見ても、町中に流れる陽気な音楽を聴いても、バクラの心は動かなかった。
ただ、宿主である獏良がクリスマスパーティをとても楽しみにしていたから、邪魔をしないようにじっと静かにしていた。
――というのは表向きで、遊戯と一緒にいる時間が長いので存在を悟られないようにしていた、という理由が大半を締めている。遊戯は遊戯でも、もう一人の遊戯を警戒してのことだ。
馬鹿騒ぎが終わり、ようやく静かになって清々した。のびのびと手足が伸ばせる。
これだけ遠慮してやったのだから、好きに身体を使う権利があるはずだ、と傲慢な考えさえバクラは持っていた。
クリスマスパーティが終わってからだいぶ時間は経っている。日付が変わる頃だろうか。
もう宿主である獏良は眠りに就いているはず。バクラはそっと心の底から獏良の意識の外へ浮上した。
予想通り、部屋の電気は落とされ、カーテンはきっちりと閉まっている。数時間前の騒がしさとは打って変わって静寂が支配している。
さあ、身体を借りよう――としたところで、ギクリと全身の血が凍ったようにバクラは動きを止めた。
ベッドの中で大人しく横たわる獏良の目が大きく開かれている。
起きているなら電気を点けるなり、身体を動かすなりしているはず。
眠れないだけというなら、入眠するための努力をすべきだ。
身動きをせずに天井を見つめることなんてせずに。
「いるのかい?」
静かな問いかけに、バクラは躊躇せず獏良の前に姿を現すことにした。
こういうときの獏良の勘は鋭い。いないふりをしたところで誤魔化せる気がしなかった。
見えるように形を取ってベッド脇に立つと、獏良は上半身だけ身を起こした。
「サンタさんかと思った」
唇には微笑。瞳はどこか虚ろ。パーティで屈託なく笑っていたときとは別人だった。
「クリスマスパーティとやらで興奮して眠れないとでも?」
「ん……。違う。サンタクロースを待っていたのさ」
声の響きは冗談めいている。が、とても茶化していい雰囲気ではない。荒涼としている、という表現に近い。
だからバクラは冗談に冗談で返すしかなかった。
「宿主様はいまだにサンタクロースを信じているのか?」
注意だけは怠らず、おどけた口調で言った。
「信じてたよ、昔はね」
獏良の心は揺らぐ気配がない。深い井戸の底に滞留している水面のよう。風を送ろうとも届かず、ちっとも手応えがしない。
「来そうかよ」
「来ないね。日付ももう変わる」
お手上げだった。このまま獏良と会話を続けていても進展は望めなさそうだ。今夜は夜の散歩は諦めることにして、さっさと引っ込んでしまおうか。
二人はしばらく無言で薄闇に身を置いた。
「……楽しかった。今日は楽しかったんだ」
今度は誰に話しかけるわけでもなく。獏良は宙を見つめている。
「だから……さびしい……」
続く言葉はほとんど音になっていなかった。
それでも半身であるバクラにはしっかりと聞き取れた。
少なくともバクラが獏良の中に棲むようになってからは、クリスマスに何かをしていた記憶はない。家族とも友人とも。
獏良を基準とするしかないから、クリスマスとはそんなものと思っていた。
この日にどんな感情を抱いているのかまったく想像できない。考えたこともなかった。
「サンタクロースから何を貰うつもりだ」
できるのは不毛な会話を続けるだけ。

*****

獏良がサンタクロースを信じていたのは小学校に上がる頃までだった。
妹がまだ信じていたので、それに合わせて信じているふりをした。
クリスマスイブに電気を消せば、翌朝になるとプレゼントが枕元に置かれている。信じていてもいなくても、胸が踊ることには変わりない。
妹が真実を知った後は二人で口を噤んだ。両親にバレてしまったら、もう枕元にプレゼントは置かれなくなると思ったからだ。
黙っていれば、サンタクロースは毎年来てくれる。夢を見続けていられる。子どもなりに考えた結論だった。
早朝に二人でプレゼントを開けるのが楽しみだった。二人で見せ合いっこをして、既に食卓についている両親に報告をする。優しく二人を見つめる両親の目が温かかった。
ある年、サンタクロースは来なかった。
理由はなんとなく察しがついた。無邪気に喜んではいけないということだったのだろう。
その前後から家の中は火が消えたように静かになった。
友だちからパーティに誘われても、行ってはいけない気がして断った。
その次の年も、また次の年も、サンタクロースは来なかった。
クリスマスの話題すら家族間でしなくなった。
ケーキもご馳走もなし。
それでも獏良は一人でサンタクロースが来るのを待っていた。
父親はああいう人だから仕方ない、と言い訳を探して。

久々のクリスマスパーティはとても楽しかった。こういうものだったと思い出せた。
だから、終わった後でその落差に愕然とした。
一人ぼっちで今年も夜を過ごさなければならないと思うと、どうにかなってしまいそうだった。
毎年のことで慣れているはずなのに、今年は楽しかったから、みんなで過ごせたから、耐えられそうもない。

*****

「プレゼント……は欲しくない」 サンタクロースが来るのを待っていたのは、プレゼントが欲しかったからではない。
獏良の声が初めて揺らいだ。
「一緒にケーキが食べたい。ツリーを飾って、チキンを食べて、トランプして……」
目蓋の裏には温かかった光景がすぐに浮かぶ。一度思い出してしまえば、消えてくれそうもない。
「……ただ、それだけ」
獏良は祈るように言った。
「それが望みか」
投げかけられた声に感情はこもっていない。事務的で冷たいようでいるものの、獏良の言葉を否定することもしない。
「――そばにいて」
本当の望みを喉から絞り出した。
「朝までなんて言わない。あと……5分だけでいい。日付が変わるまで」
こんなことを頼むなんて馬鹿げている。酷い悪態が返ってくるに決まっている。それでもここに頼める相手は一人しかいない。
判断一つでこの場からあっさりと消えてしまうかもしれないのに。縋りつくしかなかった。
時計の針はゆっくりと進む。一秒一秒が止まってしまったかのように長く感じる。それでもやがて天井を指し、三つの針が揃った。
「来年はもっとマシなもん願うんだな」

日付が変わってから気が抜けたのか、獏良はそのまま眠りに就いて朝を迎えてしまった。
寝惚けた頭でのろのろとベッドから這い出す。
枕元には当然プレゼントなどない。
今年もサンタクロースは来なかった。
それでも、一人ではなかった。
哀れまれたのか、単なる気紛れなのか、特に意味はなかったのか、そのどれでもないのか、獏良には分からない。
ただ、ほんの少しだけ胸が軽くなっている。
カーテンを開ければ、窓の外には澄みきった青空が広がっていた。
「メリークリスマス」

----------------------

世界にたった一つのプレゼント。

前のページへ戻る