人気のない路地にぶらりぶらりと一つの影が歩いていた。
「外も良いもんだねー」
その影、獏良が大きく深呼吸をした。
「だから言っただろ、ちっとは休めって」
後ろを歩く、影のないもう一人の男、バクラが呆れたように呟く。
「あははっ。だってキリの良いところまでいきたかったんだもん」
言って、ころころと笑う獏良を見ていると、こりゃ勝てねぇなぁという気分にさせられる。
「限度ってモンがあるだろう。お前、あんまり寝てねぇじゃねぇか」
ジオラマを作ってくれと言ったのは自分だ。
しかし目の下に隈まで作れとは言っていない。
再三休めと言ったのに、目の前の頑固者は言うことを聞かなかった。
「大丈夫だよ。もうすぐ終わるから」
空を仰いぎながらくるくると回る獏良をバクラは眩しげに見やる。
もうすぐ終わる。
何もかもこれで決着が着くはずだ。
ジオラマを使って何をするのか、詳細は獏良に言っていないが、おそらく感づいているだろう。
相変わらず聡い宿主だと思う。
どくっ
微笑もうとしたその刹那、ぎゅっとバクラの胸の奥が締めつけられる。
自分の胸倉を掴み、その痛みに耐えた。
獏良はバクラの異変に気づかない。
「これが終わったら……」
二人で静かなところへ行こうよ。
そう言おうとして振り返り、初めてバクラの異変に気がついた。
苦しそうに荒く息を吐き、何かに耐えるバクラに。
「どうしたの?だいじょ……」
獏良が差し出した手を、バクラが素早く掴んだ。
いや、掴んだように見えるだけだったが、固く固定されたように手が動かなかった。
先程までとは打って変わり、バクラの口が笑みを描いている。
「もうすぐ終わる」
いつもは凶悪だが優しい色をする瞳が、今や狂気の色を帯び、獏良の知らないものへとなっていた。
恐怖に竦み、右手を振り切ろうとするが、びくともしない。
「時がくればウツワごときともおさらばだぜ。なあ、宿主?」
目がすいと細まり、妖しく輝いた。
この声も姿もよく知っているが、全然知らないものだと、獏良は悟った。
「やだッ……!」
こんなのはバクラじゃない。
獏良の知っているバクラは、悪に染まりきれなくて、なんだかんだと人に世話を焼いてしまう変な奴だ。
そして、自分を大切に扱ってくれる愛しい人だ。
バクラの右手がすっと、獏良の喉に伸びた。
「ホント、感謝してるぜ、宿主サマ……」
ぎりぎりと喉が締めつけら始めた。
「ヒャハハハハハッ」
バクラの高笑いを聞きながら、意識が薄らいでいく。
「ッ……」
心の中で強くバクラのことを呼んだ。
目の前の形だけのものではなく。
「あ?」
ぴたりと喉を締めつけるのを止め、動揺したように、バクラが目を見開いた。
そして――。
「てめぇは引っ込んでろ!これはオレの問題だっ!」
バクラが吠えた。
空気が震える程の気迫だった。
バクラの腕の力が抜け、ずるりと獏良の身体が落ちた。
勿論足や手に力が入るわけがない。
地面に崩れ落ちる前に、バクラが抱き留めた。
やはりそのように見えただけだったが。
「……ッ……クラ」
獏良は掠れた声でバクラを呼んだ。
事情は良く分からないが、ただ一つ、バクラが戻って来たのだということは分かった。
「……すまねぇ」
そのままの体勢のままで、バクラが一言呟いた。
解放された余韻でぼうとその言葉を聞いていたが、一つの事実に気づく。
この体勢からはバクラの顔は見えない。声はしっかりとしていた。
が、微かに身体が震えていることを。
バクラが豹変してから耐えてきた熱いものが、一気にこみ上げてきた。
抱きしめるかたちで、バクラの背に手を回し、獏良は声も無く涙を流した。
後から後から湧き出る涙は止まりそうもない。
これが終わったら……
僕たちは救われる?
お願い……
誰か
教えて……
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ずっと書きたかった話です。
エジプト編のバクラは見てて辛かったので。
ゾーク?バクラ??という感じで。
私なりの見解でして(というか希望…もはや夢)、バクラの中に更にゾークがいる、蝕んでいくといったイメージです。
アニメの杏子の一言で、もう書くしかないと。
獏良は前書いたものの通りで、分かってて協力的です。