※IFバクラ勝利END
※原作の人間キャラはすべて死んでいます。
人の手を離れて一体何年経つのだろうか。
コンクリートのあちらこちらにヒビが入り、鉄筋がところどころ剥き出しになっている廃墟の一室。
そこだけに真新しい絨毯とソファが置かれ、異質だった。
ソファには男が一人——白い長髪から左右に二本の角が伸び、血のように赤い瞳をしている。
深く腰かけ、背もたれに体重を預けた姿は尊大そのもの。
男の前には細身の少年が跪いていた。顔は男と瓜二つで、角は生えていない。
攻撃的な男の表情に対し、少年は純粋無垢な笑みを浮かべていて別人のよう。
男に向かって両手を伸ばし、歌うように告げる。
「あいしてる」
どこか辿々しい発音で邪気がまったく感じられない響き。
男はそれを受け、長い爪が生えた手で少年の頭に触れる。
大人が幼児にするような動作に少年は安らいだ表情をし、にこりと笑う。次の瞬間——。
ぐしゃっ。
指に力が入り、少年の頭を握り潰した。
本来であれば、目玉が飛び出し、脳や血肉が飛び散ったところだが、砕かれたところから砂の塊になって崩れるのみ。
頭を失った少年だったものは、身体と頭を繋ぐ首からヒビが入り、全身へとそれが広がり、ついには形を失った。残されたのは、人の重さをした砂。
男は退屈そうな顔をして、その砂山を蹴飛ばした。
バクラが大邪神の力を取り戻して以来、世界は闇に包まれた。
太陽の力は失われ、昼も夜も真っ暗なまま。
立ち向かえる者はもう誰もいなくなり、それどころか無知な人間たちは、太陽に照らされなくなった事態について異常気象と結論づけた。
すべての生命は太陽がなければ生きられない。自然の驚異を前に人間たちは為す術べなく、地球上のほぼ半分の命が失われた。
残った者たちは知恵を絞り、巨大なシェルターを造り、身を寄せ合って何とか生き延びていた。
闇から生まれた存在には暗闇の世界は心地好く、人間の負の感情を喰らって生き続けていた。
今や世界は彼にとって間引いた人間を生かす養殖場にしか過ぎない。
かつて、器だった少年の獏良を彼は囲った。とても気に入っていたから、戦利品のようなつもりの扱いだった。
自身も彼に合わせて、ビルの大きさを超える巨体を無理やり人の形に収めて過ごすことにした。それほど、少年の容姿に執着していた。
大邪神としての人格と「バクラ」として活動していた人格が、混じり合っているのかもしれない。 最初は怒鳴ったり泣いたりして抵抗していた獏良だったが、徐々に無気力になっていき、数年が経つ頃には感情のない人形のようになった。
反応が失くなったことはバクラにとってはつまらなくなった程度でしかない。逆に思う通りになったのは気分が良いと感じるくらいだ。
ますます好き勝手に接するようになった。
けれど、人間の寿命は約百年。いくら身体を修復し続けても、やがてどうにもならなくなった——。
清潔なベッドに寝かされた獏良の呼吸は、どんどん弱々しくなっていく。
かつては健康な少年だった器の人間は、皺だらけの老人。
段々と床に就く時間が延び、今ではずっと寝たきりだ。
バクラは能面のような顔でそばに立っていた。聞こえる心臓の音は消えかかっている。
確かに気に入っていた人間だったが、バクラにとっては人間すべてが下等生物。
長く連れ添った愛玩動物がその他の生物と同じように寿命を迎えているくらいの認識しかない。
運命を弄ばれ続けた獏良は、その儚い命を終えようとしていた——はずが、薄く眼を開き、空気の抜けるようなか細い息で喉を震わせた。
それが殆ど音の出ない笑い声であることにバクラは遅れて気づいた。
予期していなかった行動を凝視していると、大きく見開いた眼が向けられる。
姿形は変わってしまっても、瞳だけは昔のまま。いつも湖面のように澄んだ瞳だった。
長く閉じられていた瞳はバクラを捉え、爛々と異様な光を放っている。老人とは思えないような生命の灯。
乾燥した唇が薄っすらと開いた。そこからは途切れ途切れに小さな言葉が紡がれる。
「……やっとだ……やっと……待っていた……」
獏良が表情らしい表情を久々に見せた瞬間だった。
「終わり……を、迎えられる……長かった……」
うわ言のような言葉は強い意志を感じられるよう。時折、言葉を詰まらせ、苦しげな呼吸が混じる。
「お前、に……呪い、を……かけて、あげる……。永遠に……解け、ない、呪いだ……よ……。うれしい……」
喋り終えると、清々しいとさえ思える笑顔を頬に浮かべ、獏良の身体から力が抜けた。
それから昏睡状態が半日間続いた後、心臓が完全に止まった。
バクラは最後の獏良の様子を釈然としない気持ちで反芻していたが、結局答えは本人にしか分からない。
考えることを止め、亡骸を土の地面の下に葬った。他の人間には絶対にしない特別扱いだ。
それが終わると、バクラは今までのことがなかったように廃墟に作った自室の椅子に腰を下ろした。
所詮、人間は人間。長く共に時間を過ごしたが、他より少し重い命が尽きただけのこと。少々退屈になる程度だ。
一ヶ月ほど経つと、バクラは土くれを捏ね始めた。形成するのは、懐かしい少年の姿。
亡くなったばかりだから、本物とよく似ていた。
そこへ仮初めの命を向き込む。すると、まるで生き返ったように獏良の人形が動き出した。
とても良くできている、とバクラが満足げな笑みを浮かべた一週間後、人形は壊されて元の土くれに戻した。
しばらくして、また同じように人間を作った。今度は三日と持たず壊した。
それから、作っては壊し、作っては壊し、作っては壊し——延々と続けた。
人形を獏良に似せれば似せるほど、僅かな差異が気になって仕方がない。これは違う。これも違う——。
尽きない要望は留まることを知らなかった。
獏良が息を引き取ってから数百年が経ち、九百九十九体目の人形を壊したときにバクラは悟る。
「呪い」とはこのことだったのだ。
獏良が何を考えていたのか、もう分からない。復讐心だったのか、死が近づいて錯乱していたのか。答えはもうこの世の何処にもない。
バクラは今日も人形を作り続ける。この暗闇の世界で——。
年老いた獏良は眠り続けながら自分の命が尽きようとしていることを知った。
世界が暗闇に包まれてから感情を失い、一つのことだけをずっと考えてきた。
それがやっと成就することになると思うと、失ったはずの感情が動き出し、心の底から笑いが止まらない。
息苦しさに喘ぎながら喉を震わす。
眼を開き、そばに寄り添う男に視線を向けた。
視界は霞み、もうほとんど目は機能していない。それでも大きく開けて見ようとした。
どのような顔をしているだろうか。その表情を目に焼きつけられないのが残念だ。
ずっと言おうと思っていたことを口にした。胸が空いた
のは何時ぶりだろう。
すべてが満たされ、獏良は永い眠りにつこうとしていた。
——これで……これで……ぜーんぶ……。
楽しい夢を見ながら安らかに——。
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幸せだったのか不幸せだったのか、解釈はお任せします。