「真面目な子だと思ってたのよ」
カフェに中年の女が三人。丸テーブルで互いの顔が見えるように座っている。その中の一人が立て板に水といった調子で話し始めた。
「いつも挨拶はしてくれるし、一人暮らしらしいのに綺麗にしてるじゃない?でも、突然よ。突然、いなくなっちゃったの。お隣さんも何も聞いてないって言うしね」
「私も見たことあるわ。数年前に引っ越してきた子よね?髪が長くて顔の整った……モデルかと思っちゃったわ、私」
「そうそう。まだ大学生で年度末でもないのにいなくなっちゃうなんて、よっぽど事情があったのかしらね」
それまで頷くだけだった三人目が声を落として口を開く。意味ありげな視線を二人に向けていた。
「私、見たことあるのよ。深夜にその子が近所を徘徊してるとこ。昼間とは雰囲気が違って話しかけづらかったわ」
「あら、私もあるわ。挨拶したけど、返事がなかったの。気づかなかったのかなと思ってたわ。実は荒れてた、とか?」
「お父さん、童実野美術館のオーナーでしょう?裕福なご家庭のはずなのに……複雑なのかしら……」
それから三人は各々の意見を言い合い、想像を膨らませた。家庭不和、素行不良、金銭問題——。第三者は無責任かつ軽率だ。敏感な内容であればあるほど関心が強まる。話の内容は刺激の強い方へ流れていく。
「人って見かけに寄らないのねえ……」
「最近の若い子って何考えてるのか分からないわ」
「ご両親は捜索願い出しているのかしら?」
あらかた近所の少年の話が出尽くした後は、自然と話題が芸能ニュースに移行していき、若手俳優の電撃結婚について盛り上がった。どこにでもある平日昼間の一コマだった。
*****
「ふう……」
獏良は肩に巻いたタオルで頬に流れる汗を拭った。
紙を広げて描かれた地図と視界を見比べる。
目の前には黄色がかった薄茶色の広大な砂漠と崩れかけた遺跡。太陽は力強く降り注ぎ、照り返しが眩しい。
いつもは無造作に下ろしている髪を束ね、キャップを深く被っている。断続的にうなじから垂れる汗はタオルが受け止めてくれていた。
「土地勘がないのがなあ……。でもツアーだと、自由に歩き回れないし」
ぶつぶつと思案しながらペットボトルを取り出し、フタを捻る。そのまま傾けると、ミネラルウォーターがちゃぷんと揺れて喉を潤す。
濡れた口元を無造作にタオルで拭い、
「そりゃ、父さんに案内してもらったら間違いないし楽だよ。自分で見て回った方がいい経験になるって、協力してくれないんだ。獅子の子落としってやつだよ」
首を竦めてから、実家の父に思いを馳せる。
「でも、事情を聞かずに背中を押してくれるんだからありがたいよね」
ここは観光スポットから外れた場所だ。他に旅行者は見当たらない。獏良は「一人」で荒涼とした場所を歩いている。
「そういうお前はどう?懐かしい?」
問いは虚空へと向けられた。渇いた風が吹き抜けるのみ。
「——そっか」
言葉はそれきり。あとは目的の場所を目指して黙々と歩みを進めるのだった。彷徨う魂を盗賊たちが眠る地へ届けるために。
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
第三者はいい加減なものなんです。