ばかうけ

「そうだな。急に暑くなってきやがったから、そこら辺の対策も考えなきゃなんねえな」
自室で携帯を片手にバクラが窓の外を眺める。
「ま、オレには関係ないが。せいぜい頑張れよ。KCが絡んでくるとなると、利権がめんどくせぇことになりそうだな」
電話口の相手の声色が変わるのを感じ取り、
「お前だったら上手くやれるだろ」
わざと軽い口調で言った。
前向きな言葉が返ってきたのを聞き、少しだけバクラの口元が弛む。
話題が変わり、電話相手から同居人の名前が飛び出した。
「ああ、いつもと変わらず元気だよ。今は出かけてんな。『暑いー。アイス食べたい』とか言いながら帰ってくるんじゃねえの?」
同居人の口真似がよほど似ていたのか、電話の向こう側から笑い声が聞こえる。
あとは二、三の近況を交えて談笑。話の切りのいいところで、どちらともなく会話は終了した。
バクラは携帯をテーブルに置き、眩しく太陽が照らす真っ青な空を改めて窓越しに眺めた。先週まで長袖だった服は半袖のシャツに変わっている。蝉の声はまだ聞こえないものの、じっとしていると汗が滲んでくる。
ついこの間までは肌寒い日が多かった。コートを手放せないでいたくらいだ。慌ててタンスの奥底にしまってある夏服を取り出したのが数日前。


珍しく知人から連絡が来た。近日行われるデュエル大会の相談と近況報告。
数年前までは気軽に話せる相手ではなかった。顔を会わせるときは、思惑があるときだ。何しろ彼の相方とは三千年もの間の因縁があった。
だが、今は違う。すべてが清算し終わり、それぞれが別の道を歩んでいる。
バクラはかつての宿主と共に暮らすことになった。普通の人間としての暮らしは甘くはない。まず、何をするのにも金がいる。住み処が保証されている点は救われているだろう。飲み食いをするために働かなければならなかった。
以前のように奪えば、現在の法では裁かれる。元宿主である獏良にも迷惑がかかることだ。バクラのプライドとして、それは許されなかった。
結果として、この生活に慣れるまで数ヶ月の時間を要した。人間として生きるのは思ったより骨が折れる。獏良と怒鳴り合う喧嘩もした。それでも、童実野町に生きる一人として今 ここにいる。


バイブ音と共に携帯に通知が表示される。先ほどの話し相手から、パソコン用のアカウントにメールが届いた。来月開かれるイベントの資料に違いない。送り主から外部からの意見を求められている。
かつて闇そのものだった存在は、苦笑いをして内容の確認をすると携帯をテーブルに放った。ソファの背もたれに体重を預け、頭の後ろで手を組む。
働いて、食って、寝て。まるで、ただの人間ではないか——。確かに形式上はそうではある。長い年月を人ならざる者として存在した身としては違和感が……。

「ただいまー!」

バクラの思考を遮るように明るい声がドアを開ける音と共に飛び込む。間を置かずしてバタバタと廊下が響く音。
「あっついねぇ!アイス買ってきたんだー。食べない?」
葉を揺らす爽やかな風のように同居人がリビングに現れた。
バクラは思考を止め、立ち上がって彼を迎える。まずは麦茶を入れることにしよう。イベントについては後回しにしようと決めた。

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退屈な日々が新鮮。

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