厳しい太陽の季節が終わりを告げるように始まった秋雨。空は雲に覆われ、晴れ間のない日々が続く。今日も景色は灰色に染まっていた。雨こそ降らないものの、大気は湿り気を帯びている。そこから切り取られたように童実野高校の休み時間は賑やかで、明るい声が飛び交っている。
「最近流行ってるカードゲーム買ったよ。ひらがなを繋げて文字を作っていくやつ」
「ああ、元々ゲーム機で出てたやつな」
「そうそう。これなら学校に持ってきてもいいと思ってさ」
獏良がにこにこと笑顔を絶やさずに通学鞄の中から小さな紙箱を取り出す。
「よっしゃ。じゃあ勝ち抜き戦でやろうぜ」
「おめーは初戦で敗退じゃね?」
それぞれのグループが思い思いに休み時間を過ごしていた。雑誌を広げる者、流行りの話題で盛り上がる者、読書をしている者。いつもと変わらない風景。誰もが何の疑問も持つことはない。
*
帰宅時間となっても雲が晴れることはなかった。それどころか、ごろごろと大気が震え、今にも雨が降り出しそうだ。
獏良は早足で校門を飛び出し、帰路に着いていた。天気予報では雨の確率が低かった。だから、楽観的な考えで傘を持ってきていない。そんな自分を呪いつつ急いでいると、前方に見慣れた背中を見つけた。獏良と同じく傘を持っておらず、小走りで急いでいる。
獏良は足を早めてその背中に追いつくと、
「遊戯くん!」
「あ、獏良くん」
二人は速さを緩めずに肩を並べた。同じ状況下に置かれていることで仲間意識が芽生え、自然と笑みが溢れる。
「やっちゃったね」
「今、ぽたって一粒きた!」
すぐに雨が地面を叩き始めた。たまらずに二人は近くの店先に避難する。
空は厚い雲に覆われ、雨は勢いよく降っている。同じように傘を持たない通行人が慌てた様子で走っていった。
「どうしよう」
待っていても雨が止む様子はない。雨足が強まるばかり。
「僕は家が近いから、もう走っていこうかなあ……。でも、獏良くんちはここから遠いよね?」
遊戯が眉を八の字にして、ぶつぶつと口にし始める。
「うちで雨宿りしていく?うーん、でも、止むかなあ……。そもそも遠回りになるよね?」
「あ、いいよいいよ!」
獏良は手を横に振り、あっけらかんと言った。
「スーパーに寄っていくし、傘買ってもいいしさ」
「そう?」
交差点で二人の行き先が左右に分かれるまで、遊戯は心配げな顔を崩さなかった。
「じゃあ、気をつけてね」
友人が去るのを見届け、獏良は家に向かって歩き始める。寄り道をするとは言ったものの、何も決めていなかった。陰鬱な天気が気分を滅入らせる。晴れ間の少ないこの季節が獏良の思考を鈍くしていた。
遊戯が家に帰れば、母が迎えてくれるだろう。もしかしたら、ひょうきんな祖父もいるかもしれない。獏良が帰宅しても、家には誰もいない。その事実が無性に惨めな気分にさせた。だから遊戯の誘いを断った。その場は楽しいかもしれない。けれど、家に帰れば、より一層孤独であることを思い知らされてしまう。
家に帰れば、一人なのだ——今は「本当の一人」になってしまった。
雨粒が額から目元に流れ、目尻から頬に伝っていく。
自覚したのは、別れのデュエルを見守ってエジプトから帰ってきた後。家に帰るとやけに部屋が広く感じた。ずっと一人暮らしのはずなのに静かだという印象も受けた。ベッドはやけに冷たい。
なぜだかすぐに分かった。心の中に棲んでいたもう一つの人格がいなくなったからだ。
恐ろしくも疎ましく思っていた。自分に害しか与えない相手——そう思っていたはずなのに、いなくなってから心の中は荒涼としていた。文字通り、心の一部が失われたのだから当然かもしれない。
友人たちは獏良を苦しめていた悪人がいなくなって喜んでいた。当たり前だ。当の本人もついこの間まではそう思っていた。
けれど——どうしようもない喪失感が獏良を襲った。周りにはそれを隠して振る舞った。友人たちに説明できる気がしなかったからだ。外面と内面が剥離していく。獏良の心は限界だった。
加害者である闇の存在に親愛の情などあるはずがない。自分で決着をつけられずに消滅していった者への遺恨のようなものだろうか。何にせよ、心の中には消化することができない粘着物が沈殿している。
獏良は店に寄ることも、雨宿りもせずに、自宅へと戻った。暗たんたる気分のまま玄関で靴を脱ぐ。歩くたびに水分でぐずぐずと不快な音がする。廊下が濡れるのも構わず、リビングへ向かう。制服が肌にまとわりついて厭わしい。
一生こんな気持ちを抱えて生きていかなければならないのか——。崩れた天候が獏良を少しずつ蝕んでいく。諦めにも似た心情が吐息となって漏れる。
そのとき——壁と家具の間、影が蟠る背後から微かに嘲笑が聞こえたような気がした。
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傷跡を残すタイプの闇。