ばかうけ

ああ……なんでこんなことになっちゃったんだろう。
「神の定めに従いて、夫婦となろうとしています……」
厳かな牧師の理をどこか遠くに感じた。
神前で白い衣に包みこまれた自分の姿はなんて滑稽なのだろう。
この特殊な状態がおかしいのではない。
隣に立っている燕尾服の人物が彼だったらと、今更ながら思っている自分が愚かだと思うからだ。
「その命の限り、堅く節操を守ることを誓いますか?」


「獏良くんって、ホント綺麗よね」
「えっ……」
杏子が突然身を乗り出して、獏良の顔をじろじろ眺めだした。
容姿に一片の曇りもなく魅力的な杏子からまじまじと言われても、どう返したら良いか分からないので口ごもってしまう。
「私が保証するわ!普通の女の子よりも断然可愛い」
尚も力いっぱい杏子が主張する。
「可愛い……」
よく知りもしない女の子たちからキャーキャー騒がれるのには諦めに近い形で慣れているが、友人から言われると健全な男子高生としてはやはり傷つく。
そんな悩める思春期の男子高生の憂鬱には気づかず、杏子は一枚の紙を取り出した。
「そこで獏良くんに頼みがあるの」
「頼み?」
獏良はその経験から、こういうお願いはろくなことがないことを知っていた。
特に女の子がこうやって機嫌良く切り出す時は。
「冗談半分で応募した懸賞が当たったの。遊戯と行くはずだったんだけど、急にダンスのレッスンが入っちゃって行けなくなっちゃったのよ。勿体ないし、遊戯に悪いから代わりに行ってくれる?」
聞く限りは悪くない話だ。
問題はどんな内容かによる。
「うーん。どこに?」
杏子が黙って紙を差し出す。
「何、コレ?」
「ブライダル・キャンペーン」

結婚式場のリニューアルを記念して、抽選で10組の方に無料で衣装の貸付と記念撮影をご提供!

恋人たちなら二人の関係を盛り上げるのに一役買うだろうし、夫婦なら昔を思い出せつつ新たな思い出にすることが出来るだろう。
なかなか面白い企画かもしれない。
感心しかけてふと思い出した。
『遊戯と行く』
それと杏子の先程の言葉。
そんな馬鹿な話が有り得るわけがないと首を振ったが、杏子のセリフで奈落の底に突き落とされた。
「お願い、花嫁になって!」


「結局引き受けるんだな」
冷たくも呆れた口調でバクラが呟いた。
「しょうがないよ」
待ち合わせ場所に向かいながら獏良が返した。
その表情は硬い。
断りきれずにずるずると引き受けてしまったのだ。
「そういうの、人が良いって言うんじゃねぇぞ」
「分かってるよ」
二人の口調はとげとげとどこか突き放したようだった。
それもそのはず、杏子の頼みがあった日から今日まで口論し続けているからだ。
獏良は「仕方ないじゃないか、友達の頼みなんだから」と言い、バクラは「オレの許可なしにバージンロードを歩くな」とテレビで得た知識から反発した。
このところの二人の間には険悪なムードが流れていた。
お陰でバクラはちょこちょこと口出しをするだけで姿を現さない。
こんなことになるならちゃんと断れば良かったと、後悔せずにはいられない。

――マリッジブルーじゃあるまいし……。

「よお!獏良ぁ」
待ち合わせ場所には既に城之内、本田、遊戯が揃っていた。
「おはよー」
沈んだ気持ちを締め出して、三人に笑顔を向ける。
「今日は頑張れよ!」
「う……うん。でも本当に男で大丈夫なの?」
「杏子が大丈夫だって言ってたよ」
たまに何かウケ狙いの企画で獏良のような客もいるらしいし、最近は趣向を凝らした面白い結婚式が増えている。
だからどうということはないというのが杏子の意見らしい。
実際に結婚するわけではないのだからというのが一番の理由だろう。
「それに電話で確認したから安心して」
今日の旦那さま役の遊戯がにっこりと微笑む。
なんだかその小さいが姿がとても頼もしく見えた。
「そうそう。仮装大会とでも思えば良いんだ」
「うん……そうだね。本田くん、ありがとう」
肩を優しく叩かれ、ほんの少しだけ荒んだ気持ちが和らいだ。
「それによぉ、獏良だったらすっげー似合うと思うぜ」
「……」
「おい、城之内。フォローになってないんだよ、てめーは」


予め連絡を取っておいたお陰でスムーズに準備が行われた。
別室で着替えを終えた獏良がおずおずと三人の前に現れた時、大きく息を飲む音が聞こえた。
「オレ……ハツコイするかと思った」
「オレも」
髪を結い上げ、薄く化粧をした獏良は美少女以外の何者でもない。
獏良本人も完成した自分の姿を見た瞬間は自分であることすら分からなかったくらいだ。
せっかくなら見せてやりたかったな。
バクラがどんな反応をするか興味があった。
着替え室に通されてすぐに荷物と一緒に千年リングは回収されてしまったので、この姿は見られなかったはずだ。
「あとは……写真を撮って終わりだよね?」
終わったらすぐにあいつに見せに行ってやろうかな。
しかし、従業員の気が利きすぎたのか、はたまた本当の男女のカップルと勘違いされたのか、とんでもないオマケが用意されていた。


「こちらへどうぞ」
笑顔の従業員が導いたのは室内チャペル。
小さいながらも厳かな雰囲気が漂っている。
「少しでも雰囲気を味わってもらう為に、簡単に誓いを行ってもらうことにしているんですよ」
企画に余程自信があるのか、胸を張って従業員が言う。
この従業員は獏良が男だと微塵も疑っていないようだ。
「……遊戯くん?」
地を這うような獏良の声に、遊戯がびくりと肩を震わす。
「僕も聞いてないよ」
戸惑う二人を尻目に、従業員がどこか楽しそうに簡単な誓いの言葉を紡いでいく。
これはごっこ遊びみたいなものだし。
「……誓いますか?」
「ち、誓います……」
遠慮がちに遊戯が言った。

これで終わるんだから。

ゆっくりと獏良に視線が向けられる。

永遠の愛を誓いますか?

誰と?

決まっているじゃないか。

「ごめんなさい……ッ」
それだけ言って獏良は踵を返した。
後悔が津波のように押し寄せる。
思い人以外と永遠の愛を誓うなんて、ふざけてでも出来るわけがない。
慣れないハイヒールでつっかえつっかえ走る自分が、酷く不恰好で、情けなかった。
「ごめんね」
もう少しで裏切りの言葉を口にするところだった。
言うべき相手は決まりきっているのに。
受付で驚く従業員から荷物を受け取ると、着替えた部屋まで駆け込んだ。
カバンを開くと、ぎゅうぎゅうに押し込められた千年リングが顔を出した。
「ったく……あのババア、乱暴に扱いやがっ……」
不機嫌な呟き声が語尾で力を失った。
「宿主……」
さすがに、獏良の花嫁姿にはすっかり動揺してしまったらしい。
いつもの勢いが消え失せている。
「終わった……のか?」
「逃げてきた」
「は?」
どういうことだとバクラが続ける前に、部屋の扉が開かれた。
バクラが千年リングをカバンに隠したのと同時に、遊戯たちが部屋に入ってきた。
「ここにいたんだね、獏良くん」
三人の息が切れているところからすると、探し回ったようだ。
「あ、ごめんね。いきなり僕……」
「僕の方こそ……あんなの嫌だったよね」
申し訳なさげに言う遊戯に胸が痛む。
「……僕、言えないと思ったんだ」
「大切な人がいるの?」
遊戯の問いかけに獏良は黙って頷いた。
「……だから、その人じゃないとダメなんだ。誓うとか、愛するとか。絶対ダメなんだ」

冗談で口に出そうとするだけで傷ついてしまうほど大切だから、好きだから。

「そう。その人は幸せだね、そんなに思ってもらえて」
柔らかく微笑む遊戯の手は、自分の胸元に伸びている。
いつもそこにあるものは、思い出すまでもない。
「僕も幸せだよ」
ようやく獏良は遊戯に微笑い返すことが出来た。
「じゃあ、帰るって言ってこなくちゃ!ね、城之内くん、本田くん」
獏良に意味ありげな笑みを残して、遊戯が二人を促した。
「気を遣ってくれたのかな」
千年リングを再び取り出し、今度はきちんと身につけた。
複雑な面持ちのバクラが姿を現した。
姿を見られたのは数日ぶりで、妙に懐かしい。
「本人を目の前に、ああいうこと言うかぁ?」
「何のこと?」
とぼけた獏良にバクラはねめつけた。
「いいモン拝ませてもらったからいいけどよ」
バクラは獏良の花嫁姿を爪先から頭までにやにやと眺めた。
「見ないでよ」
裸を見られるよりも恥ずかしいかもしれない。
「似合ってんのになァ」
「バカ」
久しい掛け合いが居心地良く、二人は自然と微笑み合った。
「なあ、誓いってヤツをして良いか?」
「……そんな知識どこで手に入れたのさ」
古代エジプト人であるはずのバクラが知っているはずがない。
「テレビ」
「盗賊がメディアに左右されるなよ」
「うるせえ」
バクラが獏良の顎に手をかける。
実際触れているわけではないが、獏良は心持ち少し顔を上げた。
「誰にもやるつもりねぇから」
「うん」
これなら花嫁でいるのも良いかもしれないと、ほんの少しだけ思った。
獏良は目を閉じた。
そして唇に柔らかい感触が落ちるのを確かに感じた。

「掃除の邪魔になるから、消えててよねッ」
実体がないとはいえ、目の前をうろちょろされると、落ち着かない。
掃除機を片手に怒鳴った獏良は、バクラの様子がおかしいことに気がついた。
こそこそと隠れるように何かをしている。
「何してるの?」
背後から覗き込み、バクラが見つめているものが目に入った。
「あっ」
それはあの後に結局取られた、獏良の晴れ姿の写真だった。
なるべく見ないように隠していたのだが、全く無意味だったようである。
「いつの間に……」
油断も隙もあったものではない。
「オレ様の写真を撮って隣に貼りつけておいてやるぜ」
「やだ!返せ!今すぐ返せ!掃除機で吸ってやるッ」

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祝いになってない確率・穴があったら入りたい確率99%だぜ☆
誕生日を結婚記念日にしたかったようですよ。
親戚の結婚式を思い出しつつ……色んな出し物があって面白かったんです。結婚式ってホイホイあるものじゃないけれど、
最近はみんなああなのかしら?
あと、抽選なんですが、そんな企画が実際あるのを発見して、ほっとしました(笑)。

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