その日、バクラの機嫌は悪かった。
始終眉根を寄せて、良いとは言えない目つきが更に吊り上がっていた。
その理由を獏良は朧げに察していたが、指摘すればますます荒れることになるのは目に見えていたので、そっとしておいた。
もう一人の遊戯が今日も向かってくるゲーマーを軽く捻り倒したのだ。
その時の立ち振る舞いといったら、遊戯王そのものの姿で威厳に満ちていた。
そんなものを見て、バクラが面白く思うはずがない。
舌打ちの音が小さくしたのを獏良は聞き逃さなかった。
やれやれ。
獏良はどこか嬉しそうに溜息をついて、バクラの心の部屋をノックした。
バクラの気分のせいか、今日のバクラの部屋は暗く冷たかった。
バクラは地べたにどっかりとあぐらをかいて座っていた。
跳ねた髪の毛がぴりぴりと逆立っているように見える。
「バクラー」
獏良も向かい合うように座り、出来るだけ優しい声を出した。
聞こえ方によれば、幼児に対するそれと似ている。
要するにからかわれていると取れる。
「おいで」
両腕を伸ばし、バクラを招く。
「ふざけてんのか、てめぇ」
「大真面目だよ」
「んな、ガキみてぇなこと出来るか」
噛みつかんばかりの形相のバクラに獏良は少しも動じない。
「僕からすればお前の方がガキだよ」
と、涼しい顔で言い返した。
「てめぇ、オレ様が何年生きてるか知ってんのか」
「そうやって、年のことを持ち出すところがまたガキだよねぇ」
まるで駄々っ子を軽くいなしているような口ぶりだ。
到底口で獏良に敵うはずもない。
「気持ちの切り替えって大切だよー。ほら」
再び獏良がおいでおいでと、手招いた。
「……」
バクラがふいと横を向き、無言で拒否を示す。
「こんなの滅多にないよ?」
「……」
「頑固者」
「……」
「唐変木」
「……」
口で言っても駄目ならと、バクラに向かって両腕を伸ばし、
「?!」
非力だが男子高校生の力を持って、バクラを引き寄せた。
ぽふっ
不意を衝かれて抵抗する間もなかったバクラは、まともに顔面を獏良の胸に突っ込むハメになった。
「……ッは。いきなり何すンだよ、てめぇ!」
「ごめんごめん。ひざ枕の方が良かった?」
「そういう問題じゃねぇ!っつーか、ちっとは申し訳なさそうにしろ!」
「でもさぁ、温かいでしょ?」
獏良の体温――ここは心の中なのだから、心の温かさなのだろうか――は、確かに温かく、心地良かった。
獏良はバクラの背に優しく手を回し、すっぽりと抱き締める形を作った。
「こうしてると、体温が一緒になっていくみたいじゃない?」
「バカじゃねぇの」
嬉しそうに笑う獏良の顔が眩しくて、バクラは視線をずらした。
「落ち着いた?」
「何のことだかねぇ」
素直じゃないのと、クスクス獏良が笑う。
「こうしてて良いからねー」
「あとで犯す」
「ご自由に」
完全にあしらわれている。
けれど嫌いじゃない。むしろ……。
「たまにはね……甘えて欲しいんだ」
囁きほどの声で獏良が言う。
「そうしたら、僕も甘えられるから……」
消え入るようなその声にバクラが表情を窺うと、恥ずかしげに頬を染めた獏良の顔があった。
「素直じゃねぇの」
意地悪くにんまりと笑い、獏良の背に両腕を回した。
「しょうがねぇ……付き合ってやるかァ」
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最初はバクラさんのみ甘えさせるつもりだったのを、了さんも甘える方向に。
ラブラブになってますかねぇ。