エレベーターの戸が開く。
すると、目の前には夜景が一面に広がっていた。
「わあ……!」
思わず感嘆の声を上げる獏良。
夜の散歩のついでに、たまたま目についた展望台に登ってみたのだが、どうやら当たりだったようである。
「凄いねぇ」
いつも自分たちが暮らしている町を遥か上から見下ろせる。
窓ガラスに沿って、ぐるりと見物をし始めた。
閉館間際だけあって、見る限りは誰もいなかった。
「あ!ウチの方だ」
建物でさえも豆粒のようで、確かな場所は分からなかったが。
「ね、綺麗だね。バクラ」
心の中にいる連れに同意を求めて話しかけた。
「ああ、綺麗だな」
返ってきたのは、大して興味もないとでも言いたげな、ぶっきらぼうな言葉。
――つまんないの。
ここに寄ったのは気紛れからだったが、バクラに見せてあげたいという想いが少しあったからだ。
長い時を過ごしてきたのに、きっとこんな景色を見たことないだろうから。
「こういうのをロマンチックって言うんだろうね。カップルとか来るんじゃないかな」
………
「オレ様とお前のことを言ってるのかぁ?」
「ちっ……違うよ」
顔を真っ赤に染めて反論する獏良を、バクラは可笑しそうにくすくすと笑った。
窓にうっすらと映った姿は獏良一人。
周りに誰かいたのなら、奇妙な目で見られただろう。
「あ。このコート、似合ってないや」
うっすらと窓ガラスに映った、黒いコートをまとった自分の姿を改めて見て獏良は思った。
――バクラだととても似合ってて、かっこいいのになぁ。
バクラは獏良の姿を借りているので元は同じはずなのだが、二人はまったく別人のようだった。
声も顔つきも、とても同じ人とは思えない。
実際バクラはまったくの別人なのだから、そう思えるのは当然かもしれないが。
「すげぇなぁ……」
バクラの声に獏良は我に返った。
二度目の感想は唐突で、さっきの言葉よりも何かしらの感情がこもっていた。
「……凄いね」
夜はこんなに明るかったのか。
町の灯が無数に広がり、何処までも続いているように見えた。
恐ろしく綺麗であったが、同時に危うくもあった。
「本当なら、こんな景色ないんだもんね。僕たちが作っていったんだから、存在するはずのないものだったんだ。まるでまやかしみたい」
現実のものなのか、はたまた幻想のものなのか。
本当に此処にあるのか。
「……オレ様みたい、か?」
感情のない声でバクラが尋ねた。
言葉には悲しみも絶望も含んではいなかったが、それだけに現実味があった。
「違うよっ。バクラはちゃんと此処にいるもの。幻なんかじゃない」
バクラはずっと身体が欲しいと思っていた。
幾年も前からの野望を達成するための、自分の手となり足となる器が欲しかったのだ。
今は……?
今はこの頼りなげな、でも意外と頑丈な、宿主の身体に触れられる身体が欲しかった。
しっかりと獏良を感じられる身体を。
「僕はバクラと一緒にいる。いつもバクラを感じてるよ」
バクラに触れるかのように、獏良は手を胸に置き、囁いた。
か細い声のはずなのに、紡ぐ言葉に強い意思がこめられていることをバクラは知っている。
「オレ様はお前が感じてくれるなら、それでいい」
決して交わることのない身体だから、互いに求め合い、惹かれ合う。
それならば、一緒に溶けてしまえばいいのに。
断てない一つのリングによって二人は繋がれている。
「さあ、もう帰ろうか。遅くなっちゃう」
優しく微笑み、獏良が言った。
「帰りはバクラにこのコート着て欲しいな」
「宿主様の頼みとあっちゃ、聞かないワケいかねぇもんなぁ」
他愛のない会話が楽しくて、自然と声が弾む。
二人は確かに此処にいた。
-----------------------
触れ合えないもどかしさを思い描きつつ書きました。
原作から読むバク獏という感じです。完全二心一体。
そんなとこがバク獏の奥深いところだと思います。難しいけど、楽しいv
ちなみにこのまま原作の遊戯に千年眼を渡すところの続けられます。