ばかうけ

闇は好き?


天音と了の兄妹は外見が良く似ている上に、さほど年が離れていないせいで、男女という壁を除けば一卵性双生児といっても差し支えはない。
そして、特別仲が良かった。
了はよく天音の面倒をみて、天音は了を慕った。
小さい頃から手がかからない子供ということが両親の自慢だった。
そんな二人にも大きな違いがあった。


時刻はとうに零時を過ぎ、幼児が歩き回るには荷が重い。
「お兄ちゃん……」
天音が了の身体を遠慮がちに揺する。
「ん……」
眠い目を擦りながら了が身を起こした。
「どうしたの?」
「トイレ……」
泣き出しそうな声で天音が答えた。
「行けないの?」
了の問いに天音は黙って頷く。
怪談をテレビで見たせいだろうか。
幼児として当然の反応である。
了は安心させるように天音に優しく微笑みかけて頭を撫でた。
「僕が付いていってあげるからね」
小さな手を同じく小さな手が引き、暗い廊下を迷うことなく導いていく。
その歩調に恐れはない。
天音はそんな兄を誇らしく思い、同時に自分とほとんど変わらない年齢にそぐわない度胸に幼いながらも少し疑問を持つ。
「ちゃんと待ってるからね」
天音がトイレに入ってからも、了は不安にさせないように会話を続けた。
「ねえ……お兄ちゃん。お兄ちゃんは暗いの、恐くないの?」
夜中にトイレにも行けないのは、もしかしたらとても恥ずかしいことなのかもしれない。
兄は全く怖がらないのだから。
「天音は暗いの、嫌い?」
「うん……何も見えないもの。オバケが出るかも」
「……」
答えはなかった。
不自然な会話の穴に天音は竦み上がる。
もしかしたら戸を一枚隔てた向こうで、兄は暗闇にさらわれてしまったのかもしれないと思ったのだ。
「お……お兄ちゃん?」
相変わらず返答はない。
「返事して……」
涙目になった天音が呟くそれは、もはや懇願だった。
何か言ってくれれば、変わらずそこに立っている証拠になるのだから。
「そこにいるんでしょ?」
戸を開けるのが恐い。
もしそこに誰もいなかったら?
「……僕は好きだな」
最後に了が喋ったときからどれくらい経ったのだろう。
不安を感じた為に、恐ろしく長く感じたのかもしれない。
実際は瞬くほどであったのかもしれない。
どうであれ、了の声色は変わっていなかった。
何もなかったと声が主張していた。
「え?」
言っている意味が分からず、天音は聞き返した。
「僕は好きだな、暗いの」
落ち着いた声に天音は胸を撫で下ろす。
兄の身に変わりはない。
「どうして?」
外に出るのも忘れて、そこに立ったままで会話を続ける。
「安心するから」
「あんしん?」
意味が分からない。
自分がこんなに恐い暗闇を安心するという兄が分からない。
幼い天音が知るよしもないが、人間が暗闇に恐怖を感じるのは本能であって当然のことだ。

例えば突然真っ暗な洞窟に自分が身を置いたとして、進める道が二つあるとする。
一つは先に小さな明かりがあって、一つは全く先の見えない道。
普通なら明かりのある方を選ぶ。
明かりに希望を託し、信じ、先へ進む。
間違っても自分の手も見えない暗闇を選ばない。
人が選ぶのは光であって闇ではない。

天音は漠然と不安を覚えた。
もしかしたら兄の声を借りた全くの別人にすり替えられてしまったのかもしれない。
勢いよく戸を開けた。
「お兄ちゃんッ」
了は変わらない微笑みを浮かべ、そこに立っていた。
何も変わっていない。
「行こうか」
「うん」

兄は普通の人とどこか違う。
天音は時々そう思うことがあった。


闇は好き?
全てが闇だったら初めのうちはもがくんだ。
そこから抜け出したくて、足掻いて、抵抗して――やがてどうにもならなくなる。
改めて闇に身を置く自分を見直す。
無数の闇に抱かれてる自分に気付くんだ。
身体も心も闇に包まれて、安心する。
常に僕と共に在ると。


ゆっくりと獏良は目を開けた。
いつもと変わらない天井、ベッドの感触。
「ゆめ……」
いやにはっきりとした幼い頃の夢だった。
声に出すことで、これが現実だと確認する。
起き上がり、そばに置いておいた千年リングを掴み、
「起きろー」
がしゃがしゃと無造作に振った。
「……やめろ」
不機嫌全開の声にぴたりと手を止める。
「最悪の目覚めだ……ウッ!……もっと丁寧に扱えよ」
覇気のない声から察するに、酔ったらしい。
獏良はいたわる様子も見せず、ころころと笑って用を伝える。
「夢見た」
「……」
返事がないことに、また眠ってしまったと判断した獏良は腕を大きく振り上げた。
「待てッ!」
振り下ろす直前でまたぴたりと動きを止める。
「ンな理由で起こすんじゃねぇよ!」
「一応報告をと思って」
「夢ぐらい勝手に見やがれ」
完全に気を損ねてしまったらしい。
もう何を言っても無駄だ。
「せっかく……」
こんなのはもう慣れたものだ。
千年リングを元の位置に戻し、夢を思い返してみてみる。
他愛のない昔の夢。

「だからかなぁ」


闇は好き?
好き。
慣れれば意外と居心地が良いんだよ。
温かいんだよ。
闇が好き。

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