ばかうけ

なぜ、この季節に生まれたのか
なぜ、この季節でなければならなかったのか
目覚めなければ良かったのに
眠ったふりをしていれば良かったのに
それでも真冬の蝶は羽をばたつかせ、ひらひらと舞う
この季節を生きることを自ら選んだのだから

「もうすっかり冬だねぇ」
コートにマフラーに手袋という重装備でスーパーの袋を手に下げ、獏良がゆっくりほくほくと帰路についていた。
「雪が降るかもしれないね」
どんよりと暗い空を見上げて呟く。
空よりも遠い、時の向こうにいる彼は今どうしているのだろうか。
修羅の道を選んだ彼。
知らないふりをしているわけにはいかなかった彼。
生の光に満ち溢れ、眩しい人だなと、獏良は思ったものだった。
獏良の目の前をひらひらと蝶が舞う。
「似てるって言ったよね……」
覚えてる?
最後まで言わずに、後半は飲み込む。
寒空の下で蝶は懸命に生きている。

「冷えてきやがった」
冬に向かって段々と下がっていく気温を案じて、バクラは顔をしかめた。
昼はいいが夜になって冷え込むことを思えば、別の拠点を探した方が良い。
冬というと、一人の少年が脳裏に浮かぶ。
全てが真っ白で、思考を読みとることが出来ないような、不思議な雰囲気を持っていた。
何もかもが見透かされているようだったが、嫌な気分にはならなかった。
色んな意味で惚れていたのかもしれない。

似てるね、冬の蝶に。

虫けらと一緒にするなとバクラは返したが、彼は笑って続けた。

虫けら一匹でも、厳しい寒さの中で生きているんだよ。

どんなに辛くても。凄いね。

彼に自身の事情を話したことはない。
それなのに、彼はバクラ以上に事を把握しているようなそぶりを見せるのだ。
そんな時バクラは、あえて驚きを隠すことをしなかった。

その虫けらをお前は哀れに思うか?

思わない。無理矢理じゃなくて、自分でそれを望んだんだから。

バクラはきっぱりと言い放つ彼の頭を、少し乱暴に撫でた。
特に考えがあったわけではない。
ただそうしたかっただけだ。
彼は心地良さそうに目を細め、

それにね、春という季節があるんだ。春は暖かくて、優しくて、とても気持ちが良いんだよ。
冬の後に春は必ずやってくるから、それを知ってるから、僕は哀れんだりなんかしない。

と続けた。
バクラは彼の言う春を見たことがなかったが、彼の話からすると素直に良いものなのだろうと思った。
「さてと、新しい寝所を探さなきゃなんねぇなぁ」
言って、足を進める。
彼は言った、

「春にまた会おうね」

と。

冬の蝶は凍えるような空の下、懸命に飛んでいる。
向かうその先にはきっと春がある。

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成虫で越冬するタイプだったのか、蝶が一匹、寒い中をひらひら飛んでました。
色々と気候のことを見たのですが、古代にしろ現代にしろ、実際に体験してみないと、季節のことは分かりませんね;

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