今日はクリスマス。
みんなで祝う聖なる日。
バクラは住み処に帰り着くなり乱暴に上着を脱ぎ捨て、シャツ一枚になった。
どっかりと椅子に座り、暖炉に火をつけた。
頃合いを見て、薪をくべる。
赤く燃える炎を見つめながら、苦々しげに呟く。
「ついてないぜ」
静かな部屋の中、ぱちんと火が爆ぜる。
今年の収入は0に近かった。
年末最大の仕事だったので、これはかなり痛い。
蓄えは充分過ぎるほどあるので、生活面で苦しむことはないが。
悔しいのは仕事よりも、"獲物"に触れていたのに取り逃がしてしまったことだ。
長年盗賊をやっているのに、どうしても、たった一つだけ、盗めない獲物。
バクラは掌を見つめた。
獏良に触れていた掌を。
あんなに近くにあったのに。
確かに触れていたのに。
――もっと触っときゃ良かった。
逃げられないように、己の欲望を満たすように、きつく抱きしめて、唇を奪って……そして……怯えさせて……?
「ちっ」
自分の思考を掻き消すように、ぱっと手を後ろ頭で組む。
来年もまた同じことを繰り返すのかと思うと、無性に気が滅入った。
新たに薪をくべ、だらりと無意味な時を過ごす。
何もする気にはならなかった。
とんとん
不意に小さくノックの音がした。
今はすっかり日が落ち、普通なら自宅にいるなり出掛けるなりして、クリスマスを祝っている頃合いだ。
特にサンタクロース連中は打ち上げに忙しいはず。
好き好んで盗賊の元へ尋ねてくる奴はいない。
思い当たるのは、いつも取引をしている闇の商人くらいか。
そうだったら、玄関先で追い返すまでだ。
重い腰を上げて戸に向かった。
戸を少しだけ開き、相手を確認する。
ドアの向こうに佇んだ白い姿に、バクラは目を見開いた。
「お前、どうしてここに」
その問いに、どこか居心地が悪そうに獏良が上目遣いで答えた。
「遊戯くんから聞いたんだ……お前の気持ち」
「そう……なのか」
どう返答したら良いか分からず、バクラは口ごもる。
全てを理解して現れたというなら、脈有りととって良いのだろうか。
柄にもなく戸惑うバクラに、
「だから……これッ!」
獏良は何かを押しつけた。
「……あ?」
反射的にそれを受け取る。
獏良は俯き、頬を紅潮させながら、早口で自分の思いを告げた。
それが愛の告白だったら、この上なく雰囲気があっただろう。
「お前は悪い子だから、プレゼントをあげられないけど、獏良了としてならあげる」
「何言って……?」
「これでプレゼントを狙わなくなるなんて思ってないけど……でも……少しだけでも控えてよ」
獏良の言わんとしていることが理解出来ずに、押しつけられたものに視線を落とす。
そこには緑の包装紙に赤のリボンという、何ともクリスマスらしいラッピングのされた包みがあった。
「なんだこれは?」
「だから、プレゼント。遊戯くんがお前はプレゼントが欲しいんだろうって」
――全く分かってねぇ……!
先ほどまで硬直していた身体から力が抜け、顔がひきつる。
獏良は少し不機嫌そうな寂しそうな顔をした。
「いらないんだったら、いいよ……」
その表情を見ていて、初めてバクラはこのプレゼントの重さに気がついた。
獏良からのプレゼント。
考えてみれば、天と地がひっくり返るような出来事ではなかろうか。
「オレ様は、貰えるものなら貰っておく主義だからな」
心とは裏腹に、つっけんどんな返事をしてしまった。
バクラはてっきり怒らせると思ったが、意外にも柔らかく目を細めるのみで、獏良は何も言わなかった。
その表情からは何を考えているのか読み取れなかったが。
「それ、パウンドケーキ。クリスマスだから、焼いたんだ。多めに」
「ああ」
「……」
それきり、外と中、黙って見つめあいながら突っ立ていた。
「……じゃあ」
沈黙を破り、獏良が背を向けた。
今を逃したら次はない気がした。
「待て」
腕を掴み、獏良を引き戻す。
「少しくらい寄ってけよ……」
獏良が驚き、声を失う。
「……クリスマスだから……だろ?」
取り繕うように、言葉を足す。
「……良いよ」
獏良は控えめながらも、初めてバクラに笑顔を向けた。
獏良は木製のテーブルにつき、興味深げに部屋を見回した。
「へぇ……マトモな家に住んでるんだ」
「拠点、土台はしっかりしているほど良い」
答えながらバクラはほとんど使うことのないティーカップを二人分出した。
「あ、セイロンティーはある?」
「茶の種類なんざ知らねぇよ」
「だと思った」
獏良がくすくすと笑った。
「嫌がらせかよ」
毒づきながらも、普段ならありえないような獏良の柔らかい雰囲気に驚きを覚える。
覚束ない手つきで、戸棚の奥で埃をかぶっていた紅茶を淹れる。
カップと皿をテーブルに持っていくと、獏良が包みを空け、ケーキを取り出していた。
ふっくらと膨らんだそのケーキは売り物と見紛うほどの出来だった。
「本当に自分で作ったんだよな?」
思わずそう聞いてしまったのだが、特に獏良が気にした様子は見受けられなかった。
「そう。本を見ながら、本の通りに作ったんだけどね」
獏良が慣れた手つきでケーキを切り分け、皿に移す。
例え本を見ながらでも、簡単にこれほど上手く焼きあがるわけはないと、菓子作りをかじったことのないバクラでも容易に分かった。
感心をしながら、ケーキを口に運ぶ。
甘くふんわりとしたケーキの中に胡桃がたっぷりと入っていた。
バクラは何も言わずに、二口目、三口目と、見る見るうちにたいらげた。
「そんなに急がなくても良かったのに」
獏良の口調は呆れ半分、嬉しさ半分と言ったところか。
獏良の皿にはまだ半分以上のケーキが残っていた。
「お前が遅いんだよ」
「ま、そういうことにしとくよ」
言って、獏良は残ったケーキをつついた。
「あんまり遅くならないうちに帰るよ」
驚くほどゆったりとした時間は唐突に終わりを告げた。
上着を羽織る獏良を、バクラは名残惜しそうに見た。
暖かい時間がゆっくりと冷えていく気がして、息苦しい。
「じゃあ」
獏良は躊躇いを寸分も見せずに、あっさりと戸口に向かっていった。
ノブに手をかける。
がちゃりと戸が開き、冷たい風が室内に吹き込む。
「あ……」
獏良が立ち止まり、振り返らずにバクラに言った。
「来年、良い子にしてたら……またプレゼントを届けてあげる」
そのまま赤い服を身にまとったサンタは去っていった。
メリークリスマスと言い残して。
「メリークリスマス」
小さくバクラが返した言葉は、サンタに届いたのだろうか――。
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ま…間に合わなかったですけど、祝わせて下さい!