ばかうけ

「くーっ!なんでチョコがもらえねーんだ」
城之内が地団駄を踏んだ。
「あんたの日頃の行動を思い返してみなさいよ。それに今更キメてきたって遅いの」
杏子がびしりと指差した先には、いつもより遥かに整った城之内の髪型。
熱意は伝わってくるが、バレンタイン当日に慌てても無駄だ。
「くそー。バレンタインなんて、なくなっちまえ。チョコを貰える男は嫌いだ」
「ひがむな。遊戯を見習いなさい」
遊戯は杏子から貰ったチョコ一個で、嬉しげな笑みを浮かべていた。
勿論、城之内も杏子から申し訳程度のチョコを貰っている。
それでは満足出来ないらしい。
「せっかくの日なんだぞ。オレだって貰いたいわ。この顔のどこがいけないんだ」
「あんたはともかくとして、格好いいからって沢山貰えるとは限らないのよ」
いくら二枚目でも近寄り難い雰囲気があると、女子は引いてしまう。
それに、スカした男には受け取って貰えない。
親しみ易さのある男の方がポイントが高い。
「身近にそんな人がいるよね」
杏子が机にぐったりと突っ伏した人物を見ながら言った。
「獏良か」
「獏良くんなら受け取ってくれそうだし、お返しも期待出来るでしょ。これを期にお近付きにってね。……本人にとっては良い迷惑みたいだけど」
獏良は衰弱していた。
チョコを貰う度にありがとうと笑顔を作り、受け取る。
こんなことを続けていたら、身が保たない。
しかし、だからといって断るのは性質上出来ない。
獏良の耳にチャイムの音が飛び込んで来た。
昼休み。
チョコを渡す、絶好の機会。
つまり、獏良は……逃げなくてはならない。
弁当箱を持ち、教室を飛び出る。
人気のないところで休み時間を過ごすことに決めた。
注意深く辺りを窺い、道を選ぶ。
「あー!獏良くん、居たー」
「うわぁ」
後ろからかかった黄色い声に、もう駄目だと、ぎゅっと目をつぶる。
「獏良くんに用があったの」
駆け寄って来る女子生徒の方に、目が開かれる。
「……なに?」
短く鋭く言い放たれた。
いつもとは違う冷たい雰囲気に、女子生徒は、
「あ……えっと……何でもない」
気圧されて、萎縮してしまう。
「そう」
そのまま女子に気も止めずに、先を目指した。


「あれ?」
弁当箱を片手に、いつの間にか屋上に立っている自分を認識し、獏良は驚きの声を上げた。
女子生徒から声をかけられてからの記憶が、ぷっつり途絶えている。
「もしかして……」
胸元を見下ろす。
服の下には勿論、千年リング。
「うざったかったんだよ。小娘に群がれて」
ぶっきらぼうな声が響く。
「バクラ」
「何だよ。またお前、勝手なこと……」
「ありがとう」
少し風は冷たいけれど、ぽかぽかした暖かい陽気の中で、優しく獏良は微笑んだ。
「!気持ち悪ぃな。熱でもあるんじゃねぇか?」
「今日はギリギリだった。だから」
「ケッ。しょうもねぇ日を作りやがるぜ」
明らかなバクラの照れ隠しの言葉に、獏良がくすくすと笑う。
「のんびりしていられないね。急いでご飯、食べなきゃ」
ぺたりとその場に座り込む。
「全く面倒な日だな」
「こういう食事もたまには良いじゃない。今日は貰うばっかりだからさ……」
箸でおかずをつっつきまわしながら、
「何か……バクラの好きな物、夕飯に作ってあげるよ」
恥ずかしげに、呟く。
いつの間にか、おかずのハンバーグが細切れになっていた。
「お……ああ」
それきり獏良は黙々と箸を進めた。
弁当箱がほとんど空になったところでバクラが口を開いた。
「少しは良いモンかもしれねぇな、ばれんたいん」
「調子良いね。お返しはヨロシク」

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「僕だって男の子だもん」を主張。
せっかくの行事ですが、大人しめ路線を目指して。
チョコを作るとかって考えはハナからないのかなぁ。
でも、ほら、あげてまえ

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