「そして、彼が恐る恐る後ろを振り返ると、薄気味悪く笑った無数の顔が、彼の真後ろに浮かんでい……」
「うわーっ!」
「うるさい!城之内!」
突如、空気を切り裂くような叫び声を上げた城之内に、ぎろりと非難の眼差しが集まる。
「だってよー。今、マジに想像しちまってよ。気味悪ぃのなんの」
青ざめた顔の城之内に、
「待ってよ、城之内くん。ここからなんだ。……彼が悲鳴を上げる間もなく、暗闇から長い……」
更に獏良が追い討ちをかける。
「もう勘弁してくれー」
薄暗い部屋に城之内の声が木霊した。
話の流れで開催された怪談大会。
他の人に迷惑がかからないよう一人暮らしの獏良の家が会場に選ばれた。
全員で円陣を組み、順番に話していっている。
始まってすぐに怪談話の類が苦手な城之内は、「箱の裏の焼売」だとか「青い眼の女」だとか、その場の雰囲気を壊すような話を始めたので、全員から取り押されられ、聞き手側に回された。
聞き手側にも語り側にも熱が入りきった頃には、ほとんど獏良が怪談を披露していた。
話のレパートリーもさることながら、話し手としても優れていて、しっかりと怪談のツボを押さえているのだ。
基本的には静かに、感情を殺し、ここぞと言うときに力を入れる。
今ではすっかり聞き手を引き込んでいた。
「獏良……お前、何モンだ?」
憔悴しきった城之内がぽつりと呟いた。
「城之内くんには悪いけど、面白かったよ」
「うん。あっという間だったもんね。もうこんな時間」
杏子の一声に、全員が部屋の時計を見上げる。
「居座っちまったな。そろそろ帰るか」
「じゃあね。獏良くん」
友人を見送りながら獏良が呟いた。
「何をそんなに怒ってるの?」
仏頂面のバクラが獏良の隣に現れた。
「あいつら、うるせぇ」
バクラは獏良宅は自分の縄張りのようなものだと思っている。
それを複数で居座ったものだから、機嫌を損なったらしい。
「ハイハイ。急に静かになるのも、寂しいものなんだよ」
獏良は自宅の鍵を開けてノブを回す。
先程とは打って変わって、しーんと静まり返った部屋が冷たかった。
「お前さ、怖いものないのか?」
「んー」
しばし獏良が唸り、
「思い当たりません」
そう答えた。
「昔は……色々あったけど……」
ちらりとバクラに視線を向ける。
「今は……」
「つまらない奴だな」
そう言うも、バクラの唇の両端は上がっていた。
「少しは怖がって見せろよ。ユーレイもノロイもヨーカイも。可愛くねぇな」
「悪いけど、どれも自分の目で見たことないから、怖くないよ。作り物はそれ以前の問題だし」
「オカルト好きのくせに、否定派か?」
意味ありげな獏良の言葉がバクラの興味を引く。
「ただ、見たことないものをヘタに信じて、怖がる必要はないってこと」
さらりと言ってのける獏良に、バクラはつまらないと言いたげに鼻を鳴らす。
「目に映るものはいくらでも信じるよ」
バクラの頬に触れるように手をゆっくりとバクラの方へ延ばす。
「ね?」
幼児に諭すような言い方で優しく微笑む。
ぼうと獏良に見惚れていたバクラだが、数秒で我に返る。
「見下した物言いしやがって」
ふいと顔を背け、獏良の手から逃れる。
「そんなこと、ないけどな」
困り顔でバクラを覗き込む獏良。
「お前は……」
バクラが獏良の口を手で塞ぐ。
実際に触れているのではないのだから、続けることも出来るのだが、バクラの意思に従って黙る。
「知ってるか?」
バクラは手はそのままで息がかかる錯覚を受けるほど顔を近付ける。
「存在し続けることの最低条件」
そう囁き終わると、獏良の口を解放する。
「……お前はそれを僕に望んでいるの?」
その問いには答えず、バクラはただ目を細める。
大勢が否定しても、誰か一人だけでも信じていれば、それは存在することになる。
誰もが存在を認めなければ、そこに在っても、ないことと同じだ。
「大変だな……」
どんなに否定しようとしても、心の底で既に認めてしまっている。
目の前にバクラという存在がいることを。
これから先もそれは揺るがないだろう。
獏良の口が再び塞がれる。
今度は唇で。
知ってる?
お前がいる限り、僕もここに在ることを。
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ずっと一緒。