宿主観察メモ
休みは一日中ほぼこもりっぱなしで、TVやビデオ、TRPG作りをして過ごす。
不健康な生活だ。
たまには外へ出てないと、身体を壊すぞ。
オレ様の身体でもあるのだから、それは非常に困る。
夕方になるとキッチンに立ち、メシの支度をし始める。
これが舌を巻くほどの美味さだ。
何処で仕込まれたのか、インスタントやコンビニで済まそうとしねぇで、何から何まで自分で作る。
もしかしたら、これもこいつの趣味なのかもしれない。
だから宿主がメシを食うときは、味覚を開いて味わうことにしている。
だってよ、いま特別動く必要ねぇから、ただ大人しくしてるだけってのはつまんないだろ。
味は申し分なし。
褒めてやっても良いくらいだ。
後始末も手際良く済ませる。
あとはTVを見るなり、宿題とやらをするなりして過ごすはずだ。
会話はないにせよ、ずっと一緒にいるんだから生活リズムも、癖も、何を考えているのかさえ、自然と分かっちまう。
これでお互い反発し合ってる仲なんだから笑えてくる。
でもよ、一つだけ分からねぇことがある。
何故、千年リングを外さない?
身につけてる限り、オレ様が付いてまわるっつーのに。
外せばオレは一切手出しができなくなる。
今まで散々宿主の周りを引っ掻き回したこのオレ様が。
わかんねぇ。
「何をそんなに悩んでるのさ」
いつの間にか、声に出していたらしい。
興味津々といった面持ちで宿主が尋ねてくる。
話しかけてくるなんて、千年眼を手に入れた時以来だ。
「……」
まさかオレが考えていたことをまるっきり話すわけにもいかず、どう答えようか考えあぐねていると、
「『なんで、まだ千年リングを付けてるのか』ってトコ?」
少なからず、オレは動揺した。
まさか、こっちの意識が読まれているとは思わなかった。
それとも、ただ単にこいつが鋭いだけか。
宿主の声に憎しみの色が含まれていないことも驚いた。
自分で言うのも滑稽だが、こいつの嫌がることは殆どやった。
居場所は全部取り上げたし、遊戯たちを罠に嵌めようとした。
勿論こいつ自身を肉体的にも精神的にも傷つけた。
人に言えないようなことも。
「そりゃあ僕だって、こんなふうに生活をめちゃめちゃにされて一人暮しをするはめになったんだから、恨み言の一つも言いたいさ」
充分言ってると思うが。
オレは姿を現すわけでもなく、相槌を打つわけでもなく、ただ聞いているという気配のみを出した。
「でもさ、怨み続けるよりも許してしまった方が楽なんだよね」
確かに負の感情はエネルギーを大幅に消費する。
でも、"許す"なんて簡単にできるもんじゃない。
オレ様も許されたいなんて思わないしよ。
宿主の柔らかい表情も、言葉も信じられなくて、ただ黙って聞いてるしかなかった。
それでも構いなしに宿主は言葉を続ける。虚空に目を向けて。
「僕にはさ、天音っていう妹がいてさ」
知っている。
宿主を通して写真を見たことはあるし、亡き妹へ手紙を書く宿主も見た。
「天音が死んだときに分かったんだ。人は遅かれ早かれ、独りになるって。
それからお前が現れて、本当にそうなった。これからずっとそうなのかとも思ったよ。でもさ」
そこで宿主はくすくすと笑った。
オレはというと、情けないことに宿主の話に聞き惚れ、まったく動けないでいた。
「よく考えてみると、僕はお前とずっと一緒じゃないか。寝ても覚めても。
お前は僕を独りにしたのに、独りにさせないんだ。
僕にはお前がいて、お前には僕がいる。
可笑しいだろ?絶対分かり合えない仲なのに。
そう思ったら、怨みとか憎しみとか、どうでもよくなっちゃった。
今の僕には、お前の感情を少しだけ感じ取ることもできるんだよ」
そう言って、宿主はあっけらかんと笑った。
オレは笑えなかった。
なんでこいつはそんなことが言えるんだよ。
憎め、オレを。
ずっと憎んできた。
記憶も薄れるほど昔の、あの出来事を。
ずっと独りだった。
復讐を誓ったあの日から。
もう孤独なんて感覚はない。
なのにこいつは!
「……理解できねぇよ」
初めてオレは口を開いた。
声は辛うじて震えていなかったが、動揺が伝わっていないとは思わない。
「うん」
何年ぶりだろうか。
「今度はお前のことも聞かせてよね」
こんな感情。
ありえない。
このオレ様が、居心地良く感じるなんて。
「ねぇ、バクラ」
初めて呼びかけられた名。
ひどく温かかった。
ほんとに変わった宿主様だよ。
-----------------------
両思いになる前の、バクラ一人称でした。
包容力のある受けを目指したのですが…。
これの少し前の獏良君の葛藤も書きたいなぁ。