ばかうけ

太陽がゆっくりと、闇に浸食されるように、その姿を消していく。
町に暗い影が落とされ、今や太陽の絶対的威厳は失墜した。
獏良はベランダに出て、その様子を眺めていた。
周りを見渡せば、獏良と同じようにしている住民が確認出来る。
「ねえ、見てよ!」
楽しげに獏良が指を差した。
さすがに一人で眺めているのも寂しくなったので、もう一人に話しかけた。
「うるせぇな。ンな珍しいモンじゃないだろ」
あからさまに不機嫌な声が響く。
「珍しいよ!だからこうして……」
指折り数える獏良に、
「良いのか?見なくて」
「ええ?あ、見逃しちゃう」
バクラが制止の声をかける。
「原理は分かってるけど、不思議なものだね」
日蝕を見上げながら獏良が呟いた。

巨大な太陽とちっぽけな月。
距離と軌道という奇跡的な条件が揃ったときに起こる現象。
要素のどれが欠けても成立はしない。

「お前はさ、前にも見たことある?」
「知らねぇ」
身も蓋もなく言い返された。
バクラはいつの間にか、隣りで獏良と同じように空を見上げていた。
その表情からは真意は読めない。
地上に影が落ちてくる。

太陽が
光が
消えた

二人はそれを黙って見つめていた。
「……」
獏良は肌で場の雰囲気が変わったことを感じ、反射的にバクラに視線を向けた。
ほんの一瞬だけ。
すぐに空へ目を向け、その後に違和感に気付く。

……え?

おかしい。
見間違いではない。
でも、なぜ?
あまりに場違いだったから
すぐに反応が出来なかった。
再びバクラを盗み見る。
先程と変わらず、バクラは無表情で空を見上げていた。
でも、絶対見間違いではない。

一瞬

確かに

笑っていた。

闇の中で。

今は全くその気配を見せていないが。
確かに。
「バクラ?」
小さな声で、その名を呼んだ。
確認の意味を込めて。
「なんだよ?」
ここにいるのは確かにバクラだ。
しかし、先ほどは別人のように思えた。
獏良が混乱するのも無理はない。
初めて……
あまりに見たことのない表情に驚いたのだ。
あまりに笑みが人間くさかったから。

学校にいて
町にいて
生活していて
何処にでもありふれた笑みだった。

遥か以前、よくこんなふうに笑ったのだろうか。
それが獏良に正しいかどうかなんて分かるはずもない。
ただ、そう感じただけだ。
「何か言えよ。人の顔、じろじろ見やがって」
聞きたいことは山程あった。
しかし、
「好き……?日蝕」
それだけしか言えなかった。
「あ?」
なぜ今そんなことを聞くのか、そう言いたげにバクラが聞き返してきた。
当たり前の反応だ。
「う……ごめん」
さすがに無理があったと、獏良はそれ以上は言わずに黙り込んだ。

「ざまぁねぇな」
「え?」
独り言のように、バクラは言った。
消え去った太陽を見上げながら。
太陽に向かって。
初めは意味が分からなかったが、バクラの瞳を見つめているうちに言わんとしていることが分かった。
「太陽が小さな月に消されちゃうんだもんね」
あくまで、表の言葉の意味のみでだが。

絶対的な太陽が、ちっぽけな存在によって、その力を落とす。
だから、バクラは笑った。
無意識に。
その時が瞬く間でも。

獏良にはバクラが心の底で何を考えているのか分からないが、一瞬の笑みを通して、遠い昔のバクラの姿を確かに見た。
「あ、太陽が出てくるね」
再び光が照らし始めた。
二人は惜しむかのように、ベランダに立ち尽くしていた。

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ファラオって三重くらいの意味で…なので

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