「せっかく暖かくなったと思ったのに」
しまいかけたコートを再び引っ張りだして、着込んだ獏良が震えながら言った。
この頃の天候はおかしい。
ころころと変わる。
春の足跡が聞こえたかと思ったら冬にまた逆戻り。そんなことがしょっちゅうだ。
「もうこれで終わりにして欲しいね」
昨日は雪まで降りだした。
溶けずに残った雪が道のあちこちにその形跡となっていた。
「うー……さむぅ」
びゅうと一際強い風が吹き荒れた。
「また雪、降るかな」
空を見上げて獏良が呟いた。
「雪は嫌いか?」
それまで黙っていたバクラが静かに尋ねた。
「好きだけど……」
基本的に雪は好きだ。
降ると嬉しいし、わくわくする。
交通に影響したり、寒いと嫌になるが。
「もう暦の上ではとっくに春なんだよ?雪が降ってると、春になったって感じがしないんだもの」
獏良の答えにバクラはふうんと頷き、
「雪はお前に似てる」
ぽつりと言った。
姿を現わしてないのではっきりとは分からないが、バクラは道に残った雪を見つめているようだった。
「それって……褒め言葉?」
「光栄に思いな」
空から舞い降りる真っ白なそれ。
地上のどんなに汚れたところでも白で覆い隠してしまう。
どこまでも白。
にわかには信じられず、戸惑いを覚える。
バクラが雪のどこをそう思ったのか分からないが、気恥ずかしさに素直に受け入れられない。
「あ……ゆ、雪なんて、冬だけじゃないか。春になったら消えてなくなっちゃうじゃない。そんなの……」
″消えてなくなる″
ぴたりと二人の時間が止まった気がした。
「…………」
こんなこと言うんじゃなかった。
後悔してももう遅い。
心臓を締めつけられるような沈黙が襲う。
いくら地上に降り積もっても、雪はいつかは溶けて消えてしまう。
それも痕跡すら残さず、跡形もなく。
いつか必ず消えて……。
獏良は喋られなかった。
今の言葉を笑って無かったことにするのはどうしても無理だったし、言葉を認めてしまうのはその先までも認めることになる。
バクラは――
「確かに消えてなくなるな」
沈黙を破って、静かに切りだした。
びくりと獏良の身体が跳ねる。
「けどよ、また降るだろ。冬まで待てば、必ず降るだろ」
獏良の瞳の縁に涙が溜まる。
黙って獏良は頷いた。
「お前は待てるか?」
素っ気ない一言。
しかし、きっとバクラは真っ直ぐに獏良を見つめているのだろう。
獏良はコートの袖で目を拭った。
ぱっと顔を上げ、曇りのない瞳で前を見据える。
「うん、待てる」
声なくバクラは笑った。
「ずっと待つよ」
空中に白い腕が浮かび、獏良の髪をさらりと梳く。
「そうか」
寒い冬が終わる。
もう――春。
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冬の終わりに