ばかうけ

「いっぱい買っちゃったなぁ。ホクホクだよ」
「……それは良かったな」
尋常ではないほどの大荷物を抱えて、獏良は繁華街を軽やかに歩いていく。
口調は明るく、歌うようで、獏良が浮かれているのは一目瞭然だ。
バクラの方はというと、対照的にぐったりと肩を落し、声にも力が入ってない。
「これで当分は困らなくて済むよー」
大袋を持ち上げて、見せびらかすように揺らす。
「そうか」
バクラはまた聞いているのか、いないのか分からないような相槌を打った。
バクラは見るも哀れに衰弱しきっていた。
それというのも、獏良が古着屋を見つけ、あまりの安さに長時間に渡るショッピングを始めてしまったからだ。
興味がない買い物に付き合うほどつまらないものはないと、バクラは身に染みて分かった。
絶えない人通りの中を歩いていると、
「あ……」
獏良の目の前を赤い物体が通り過ぎた。
幼い女の子が、手に持った赤い風船を宙に浮かばせていた。
「風船……あそこで配ってるのかぁ」
獏良は道の先で女が風船の束を手に持っているのを見つけた。
店の広告なのだろう、女は何事か話していた。
小さな子供が風船を欲しがり、母親にせっつく光景も目につく。
「昔、天音もああやって欲しがったんだー」
遠い目をして獏良が呟いた。
「それで?」
珍しくバクラが続きを促したので、獏良は一瞬だけ目を見開いた。
しかし、すぐに穏やかに昔語りを続けた。
「タダで配ってくれるなら良いけどさ。何かの商品のオマケって場合もあるんだ。だから、母さん、困ってたけど、天音が泣き出したから渋々財布を出したこともあったけ。こんな高い風船 ないわーって」
昔を懐かしみ、小さく獏良が笑った。
「で?」
「いや、これで終わりだけど」
話受けが悪かったときのような気まずさを覚え、獏良は困った顔をした。
「お前はどうしてたんだ?」
そこまでバクラが言ったところで、バクラが興味を引いていたのは他でもない自分のことなのだとようやく気付いた。
「あ、僕?風船を貰わなかったし……」
「なんでだ?」
「ほら、お兄ちゃんだし」
「関係あんのか?」
今日のバクラは妙に食いついてくる。
暑くもないのに汗が額に滲んだ。
幼い頃のように揺れる風船の前で黙って立っていた。
駄々をこねる天音の後ろで、獏良は何も思っていない顔をしていた。
本当は欲しくて欲しくてたまらなかったのに。
「僕も欲しいよ」
そう言ったら母親はもっと困ると幼いながらも思い、我慢をしていた。
風船を手に入れた天音が羨ましくて、後で気落ちをして、逆に母親を困らせた。
たった数日で萎んでしまう風船のために心を痛めた。
言えば良かったのに。
「欲しい」
その一言が言えなかった自分。
今考えてみると、ただ意地を張っていたように思える。
昔から頑固だったのかなと、自嘲を禁じえない。
手を伸ばせばすぐに届いたのに、伸ばす勇気がなかったのだ。
「バカ」
口から自然と漏れたのは、バクラに聞こえたのかも分からないくらいに小さい呟きだった。
昔の獏良にか、今の獏良にか、それは自分にも分からない。

回想が終わり、いつまでも立ち止まってはいられないと、足を動かそうとしたときに気付いた。
身体の自由を奪われていることに。
「ちょっ……バクラ?」
獏良の意思とは関係なく、身体が風船を持つ女の元へ向かっていく。
「何するの!」
風船の目の前まで来て、ぴたりと足が止まった。
「おい」
バクラが声をかけると、女が笑顔のまま振り向き、
「はい?」
そのまま凍りついた。
鋭い目付きの男が偉そうな態度で目の前に立ちはだかれば、逃げ出したくもなる。
バクラは右手を勢い良く差し出し、言った。
「それ、よこせ」

「あー……」
身体を解放された獏良の右手には、しっかりと黄色の風船が握られていた。
「もうちょっと下手に出れないの?お願いするならさ」
「うるせー」
片手に大荷物、もう一方の手に風船を持ち、通りを進む。
「これ、お前からのプレゼントってこと?」
おずおずと尋ねる獏良に、
「好きにしろ」
仏頂面でバクラが答えた。
「ふふふっ。ありがとう。大切にするね」
面と向かって素直に礼を言われると気まずい。
ついバクラは捻くれたことを言ってしまう。
「すぐに萎むだろうが」
そんな言葉にも獏良は笑って返した。
「プレゼントはね、その物の価値よりも気持ちが大切なんだよ。だから、バクラの気持ちを大切にする」
これには眩暈を起こすくらいの衝撃があった。
バクラはひくりと顔を引きつらせ、脂汗を額に浮かべる。
「それはやめろ」
「好きにして良いって言った」
笑顔でさらりと言い返す獏良に隙はない。
じっと見つめ合う中で先に折れたのはバクラの方だった。
「チッ」
舌打ちと同時に、気まずげに視線を逸らした。
「じゃあ、帰ろうかな」
ゆらりと風船と獏良の髪がすっかり暖かくなった日差しの中で揺れた。
風船はすぐに萎んでしまうけれど、いつまでもその気持ちは残る。
永遠に。

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のんびりデート。

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