ばかうけ

二心同体というのは、言わずもがな不便なものである。
バクラは小腹が減ったと感じるや否や、台所の戸棚や冷蔵庫を引っ掻き回し始めた。
それに慌てたのは勿論獏良で、自由の利かない身体を止めに入る。
「ちょっと、やめてよ。ちょっとお腹が減ると、すぐにお前はばかばか食べるんだから」
少食ながらも、獏良はきちんと三食取っている。
そこに、もう一人分とはいかないまでも、必要以上の間食が入ることは有り難くない話だ。
実際、この頃胃の調子がおかしい。
せめて自分の目の届く範囲は暴食を止めたかった。
「何もねぇ」
しかし、獏良の言うことを聞く素振りを微塵も見せない。
「今月はピンチだから、余計な物は一切買ってないんだ。ある物でなんとかやってるんだから」
獏良の言う通り、冷蔵庫はスカスカで手軽につまめる物は一切ない。
「インスタント、あるだろ?」
確かに、もしもの時のために安売りのカップラーメンは数個保管してあった。
「あるけど……」
貴重な食料を次から次へと食い潰されるわけにはいかない。
どうせだったら、賞味期限ぎりぎりの物を処理して欲しい。
獏良はそこでうってつけの物があることに気がついた。
ぱっと顔を輝かせ、バクラに向かって悪戯めいた笑みを浮かべた。
「僕が作ってあげるよ」
「あ?なんだ、突然」
獏良の笑顔には、嫌と言わせない押しの強さがあった。
これといって断る理由もないので、バクラは獏良の好きにさせても構わないと思った。
要は腹が満たされれば良いのである。
獏良に身体の主導権を渡すことで自分の意思を示した。
台所は完全に獏良の領域である。
てきぱきと調理器具や材料を揃えだした。
獏良が手を伸ばした戸棚の箱には、「ホットケーキミックス」と書かれていた。
「おい、まさか」
「ホットケーキだよ」
「ンなもん、オレ様が……」
「ホットケーキ」
柔らかな口調なのに、鋼鉄の意思が通っているような言葉で、バクラに二の句を言わせない。
買ってはあるものの食す機会がなく、なかなか減らない粉を使うには持ってこいだ。
ボールの中で手際良く卵と牛乳と粉を混ぜる。
だまがなくなるまで根気よく混ぜる。
「神経質だな、てめぇは」
「ちゃんと混ぜないとダメなの」
腹の足しになるようなものをちょっと口に放り込むだけで良かったのに、面倒臭いことになったなとバクラはぼやいた。
暖めたフライパンに油を敷き、おたまでタネを流そうとして、獏良はぴたりと止まった。
何事か考えているようだ。
「ここは任せた」
そう言うだけ言うと、奥へ引っ込んだ。
「あ?」
おたまを右手に持った状態でバクラは表に立たされる。
「だって、お前のだもの。焼くぐらいしなきゃ」
獏良はそこはかとなく楽しそうだった。
呆然としている間におたまが傾き、タネがフライパンに広がった。
「フライ返しはそっち」
バクラの料理姿は全く絵にならない。
自分の情けない姿にバクラは握ったフライ返しを腕ごとだらりと下げた。
ホットケーキの焼ける心地の良い音と香りが台所に広がる。
焼き加減は全く分からないが、そろそろ良いのではないか。
バクラがホットケーキを返そうと思った瞬間、
「まだ」
絶妙なタイミングで獏良が声をかけた。
少しの仕草や雰囲気で考えが伝わってしまったらしい。
なんとなくこそばゆくなって、バクラは鼻の頭を掻いた。
ぱちぱちと香ばしい音がする。
もう良いだろう。
「まだ」
二度目の制止の声に、今度はがくりと肩を落とした。
「お前……遊んでないか?」
「ないよ。生焼けは嫌でしょ?」
笑い混じりでそう言う獏良の様子はやはり上機嫌だ。
「後で泣か……」
「あ、ひっくり返して」
「……」
今の獏良には、言い返しても無駄だと、バクラは判断した。
ホットケーキにフライ返しを差し込み、一気に手首を返す。
ぱた
ホットケーキが綺麗なキツネ色を見せた。
「うわ……憎たらしいほど器用」
初めてで上手くいくはずないと、あまり見せないバクラの失敗を期待していたのが脆くも崩れた。
先ほどの仕返しとばかりに、バクラはふふんと鼻を鳴らす。
「ヤな感じ」
皿の上に焼きたてのホットケーキが乗せられた。
バターとはちみつがとけて混ざり合い、とろりと皿の縁まで流れた。
バクラはナイフとフォークで器用にホットケーキを切り分けて、口に運ぶ。
ゆっくりと咀嚼して、味わい、喉に流し込む。
「美味しい?」
「ただのホットケーキだろうが」
獏良がバクラに向かい合うようにしてテーブルについた。
「二人で作ったからね。倍美味しいはずだよ」
「オレにそんな精神論が通じると思ってるのか?」
口に運ぶ手を止めずにバクラが言った。
バクラにしてみれば、工程がどうであれ腹に入れば同じだ。
「いやいや、聞いてよ。僕とお前で作ったものを味わって、いま、身に取り込んでるわけだ」
また一口、もう一口とケーキを口に運びながら、バクラは耳を傾ける。
「お前の中で融けて混ざり合って一つになるんだよ」
バクラは空になった皿にフォークとナイフを置いた。
腹は満たされた。
どうしようもない欲求が。
「それってさ、なんだかさ……」
意味ありげに獏良が微笑んだ。
どこか艶めかしい表情だ。
「満足した?」
「まだだ。まだ足りない」
バクラは獏良を手招いた。
それに従って獏良が近付くと、バクラは腰を引き寄せるように手を伸ばした。
「底なし、だね」
バクラの唇を指でなぞった。
「食いしん坊」
尽きることのない欲望が小さく鳴いた。

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食欲=で。食べるってえっちくないですか?

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