ばかうけ

「うーっ、暑い」
うわ言のように呟きながら、マットの上をごろごろと転がる。
暑さで思考能力が低下しているとはいえ、とてもクラスメイトに見せられる姿じゃない。
暑いんだから仕方ないよね。
形振りなんて構っていられない。
僕は寒さになら耐えられるけど、暑さにはとことん弱い。
今の僕は、まるで砂浜に打ち上げられた鯨のよう。
無残に転がるだけで助けを求めることも、自ら動くことも出来ない。
干上がるのを待つばかり。
いや、動けないんじゃなくて、動かないが正しいか。あはは。
元々インドア派なのに暑さが加わって、外に出ようという意識は皆無だ。
声を高らかにして言うことでもないけど、今日は僕の誕生日だ。
うん、間違いない。
すっかり夏休みのせいで怠けてしてしまっているので、頭を少し起こすことで壁にかかったカレンダーで確認する。
誕生日だから、特別に何かをしようという気にはならない。
夏休みの誕生日なんて、そんなもんだ。
こうやって、のんびりしているうちに過ぎてしまうだろう。
ちょっと怠けすぎかな。
僕一人だったら、このまま何事もなく終わったかもしれない。
「もう我慢出来ねぇ。そんなに寝てばっかだと、太るぞ。外へ出ろ、外へ。この引きこもりが」
相当ストレスがたまっていたらしいバクラは、突然息を巻き始めた。
「身体を壊したらどうすんだよ」
「あれ、心配してくれてるの?」
不機嫌な言葉の裏に隠れた優しさは聞き逃さない。
僕はにやあと笑った。
「お前に倒れられたりしたら、オレが困るんだよ。動けなくなるだろう」
やや気まずさを含んだ調子でバクラが切り返してきた。
んまあ、そういうことにしておこう。
それから、あれだこれだとうるさかったので、おとなしく従うことにした。
着替えるの面倒くさいなぁ。


「コンビニで良い?」
「もっと遠出をしろ、遠出を」
マンションの近くをうろうろして帰ろうと思ったけど、それでは満足出来ないらしい。
久しぶりに感じる外の空気は清々しい。
鈍りきった身体を動かすだけで、うきうきする。
けど、行く所がない。
せっかく家を出たんだから、図書館に行きたい。
でも、以前行ったときに、静かさに耐えきれ なくなったバクラが騒ぎだして、それに対して思わず怒鳴って……もう、 こいつと一緒に行くのは嫌だ。
「はあ……じゃあ駅の方まで行く」
特に何をしてるってわけじゃないけど、バクラはこれで満足しているのだろうか。
外に出られれば、目的を果たしたことになるんだろうか。
奥に引っ込んでいるままだから、普通の人のように、表情を伺うことは出来ない。何か言ってくれないと、僕に伝わってこない。
何故こんなにバクラのことを気にしなきゃなんないんだろう。
デートじゃあるまいし。
……デート?
なに考えてるんだろう、僕……。
欲しいものがあるわけじゃないけど、色んな店を見て回れば暇潰しにもなるし、意外な掘り出し物に出会えるかもしれない。
なんて、大通りをちょこちょこ歩いていたら、財布の中が寂しくなってい ることを思い出した。
無駄遣いしたらどうするんだよ。
「ねえ、帰って良い?」
問い掛けてもバクラは黙ったまま。
家の中ではあんなにうるさかったのに。
いざ外へ出たら無口になるなんて無責任だ。
せっかく外へ出たのに……。
一人で歩いて、一方的に喋って、これじゃあ、僕……バカみたいじゃないか。
足を動かす気がなくなってしまって道端で立ち止まった。
目頭が熱くなって、きゅっと目を閉じる。
こんなことで何を悲しく感じてるんだろう。
別に僕が外へ行きたくて、出てきたんじゃない。
無理矢理付き合わされたのと同じだ。
それなのに、寂しく思うなんて、変だ。
さっさと帰ってしまおうか。
弱音が出ないうちに口を固く結ぶ。
前と後ろのどっちに進もうか迷っているうちに、何かの気配を感じて後ろを振り返る。
バクラが僕の肩に手を置いていた。
なに?
そう問う前に通りの人の流れがいつもと違うことに気がついた。
その流れは、何処かある一ヶ所に向かっているようだった。
若者が多い気がする。
何かイベントでもあるんだろうか。
「何かあるの?」
もう一度バクラの方を見ようとしたけど、既に姿を消した後だった。
これは行けということなのかな。
無視してやりたいけど、僕自身が気になってしまったからしょうがない。
流れについていくことにする。
お祭り……じゃないよなぁ。
周りの人の顔を盗み見ながら、あれこれと想像を巡らせてみる。
やがて、道の先に人だかりが見えてきた。
辿り着く前に、人々の反応と雰囲気から、なんとなく何が行われているか想像がついた。
「プレイヤーにダイレクトアタック!」
「あ、やっぱり」
前の人の頭で見えにくかったけど、デュエルに間違いなかった。
町内大会程度の小規模なイベントだけど、十分な娯楽になるらしく、結構見物人が集まって来ている。
更に、通りすがりの人が気になって足を止め、そのまま人だかりに加わる。
人が人を呼び、これだけの人数が集まったんだろう。
僕の好きなボードゲームと違って派手だしね。
「で、お前はこれを見たかったから、僕を外へ連れ出したの?」
ひくひくと頬を引きつらせ、千年リングの紐を掴む。
不機嫌な声色になってしまうのは仕方がない。
あれこれ悩んだのに、ただの我儘に振り回されたと思うと腹も立つ。
「何か言え……」
詰問を開始する前に、
「獏良くーん!」
明るい声が遠くから飛んできた。
人の多さと声援に、声の出所を探すのに苦労したけど、遠くに遊戯くんが飛び跳ねながら手を 振っているのを見つけた。
「奇遇ーっ」
久しぶりに会った友達の顔が嬉しくて、ついつい駆け寄ってしまう。
「獏良くんも見に来てたんだね」
最後に会った時と変わらない笑顔を遊戯くんが浮かべる。
「あ、うん」
まさかバクラに付き合わされてとは言えない。
我ながら曖昧な返事だった。
よくよく見れば、杏子さんも城之内くんも一緒にいた。
「久しぶりねー。まさかこんなところで会うと思わなかったけど」
自然と零れる笑顔で、他愛のない会話を楽しむ。
こうなると、学校が恋しくなるから現金だ。
「あ、そうだ!」
唐突に杏子さんがぽんと手を叩く。
「今日って獏良くんの誕生日じゃない?」
思ってもみない一言に目を見開く。
「えー……うん、そうだよ」
前に誕生日を言ったかもしれない。
転校したばかりのときに。
まさか覚えてくれてるとは思ってなかった。
女の子ってマメだなぁ。
「えーっ。そうなの?」
「つかオレ、今日何日かしらないぜ」
うんうん、それが男の反応。
「城之内、お前、ボケすぎー。獏良くん、誕生日おめでとうね」
思いがけない誕生日祝いをしてもらった。
「おめでとー!」
「新学期までには何とか金作って、何か買ってくるからなっ」
次々と貰う言葉が嬉しくてたまらない。
「あはは、無理しないでね」
プレゼントよりも言葉の方が高価に思えた。
いつも通りに家でじっとしていたら皆に会うことはなかった。
なんて運が良いんだろう。
「みんな、ありがとう」
あとは偶然を起こしてくれた神様にでもお礼を言ったら良いのだろうか。
偶然――
その時、はっと気がついた。
頭の中の霧が晴れるように。
まさか……。
否定をしてみるけど、そうであることが自然すぎる。
否定をするのが馬鹿馬鹿しい。
外へ出たのも、繁華街に来たのも、偶然じゃなかった。
全然偶然じゃなかった。
「バクラ……」
この騒ぎなら、少しくらい声を出しても、誰にも聞かれない。
「あのさ、これ、お前……」
けれど、上手く言葉に出来なくて詰まってしまう。
もどかしい。
だから、全部捨てて、こういうことにした。
「ありがとう」

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了くんって自分の誕生日のことを言わなさそうだなーと思いながら。
バクラは祝ってくれなさそうで。
誕生日はのんびりと過ごせたら良いんじゃないかな。

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