それは必然でした。
出会うべくして、出会ったのだから。
それは、二人にとってかけがえのない出会いでした。
バクラは壁に背をもたれて、その場に座り込んだ。
しくじった。
後悔の念が頭をよぎる。
上着 の中へ手を入れ、直に腹をさぐる。
指の先にぬめりを感じ、思わず顔をしかめた。
汗では ないことは分かっている。
そのまま奥へ手を運び、傷口まで辿り着くと、手の平を押し当てた。
痛みは薄れたが、手の平の中でどくんどくんと傷口が脈打ち、熱い。
全くもって自分のミスだった。
経験を積み、慣れれば、自然と油断は生まれるもの。
自分の腕なら、どうってことはない。
そんな慣れと過信が隙を作り、生じた小さなミス。
致命傷ではないが、掠り傷とも言えない怪我を負った。
情けない。
盗賊バクラ――。
少し名が世間で知られておきながら。
傷を負ったお陰で気が引き締まり、冴えたことは幸いだった。
奥へ進むことを諦め、入口近くまで戻ることが出来た。
罠の気配はもうない。
安全を確保したこの状態で応急手当てに取り掛かる。
荷の中に手当てに使えそうな物はない。
服を破って包帯代わりにするしかない。
手間がかかると溜息をついたその時、思ってもみない声がした。
「怪我、したの?」
弾かれたようにバクラが顔を上げる。
目の前に少年が立っていた。
怪我を負っているとはいえ、気配に全く気付かないなんて異常だった。
バクラが身構えることもしなかったのは、動揺しただけではなく、彼が……獏良が眩しかったからだ。
薄暗い通路に、髪も白ければ、肌も真っ白な姿。
繊細な顔立ちに容易く折れてしまいそうな華奢な身体。
深い、何かを秘めた色の瞳。
どれもこれもが儚く、目が離せない。
獏良は片膝をついて、そっとバクラに手を伸ばした。
「見せて」
上着に手が触れると、獏良の顔が曇った。
真紅の衣なので見た目には分かりにくいが、赤で赤を染め上げ、血が一面に広がっている。
湿った感触がそれを示していた。
「酷いね……さ、手をどけて」
バクラの生きている世界では、信用出来る人物か否かをよく判断しなければならない。
それなのに、見ず知らずの相手に気を許すなんて馬鹿げている。
しかし、獏良の表情に裏はない。
バクラは傷口からゆっくりと手を離した。
許可が下りたのかどうか様子を窺っていたが、やがて恐る恐るバクラの服に手を伸ばす。
腹がべっとりと血に染まっていた。
「大した傷じゃねぇ。罠が掠っただけだ」
バクラの言う通りだったが、処置を施さなかったせいで血が垂れ流しだった。
「何か役に立つ物を持ってない?」
仕事の時は必要最低限の荷しか持たないようにしているので、治療に使えそうな物はなかった。
行きはともかく、帰りには多くの戦利品を持って帰るのだから当たり前だ。
獏良は荷の中から水の入った革袋を探し当てて傷口を洗う。
「罠って言ってたけど、毒とか塗ってなかったよね……?」
「ただの矢だったぜ。問題ない」
傷口に触れないように、じっと具合を見るが、
「ふむ……」
応急処置の知識のなさを思い知らされるだけだった。
「消毒液なんてないもんなぁ……。後でちゃんと消毒してね」
唸りながら真剣に考え込む獏良に、バクラは少なからず感銘を受ける。
赤の他人に対してここまで出来るだろうか。
後で法外な治療費を請求される可能性だってある。
しかし、獏良の柔和な顔を見ていると、そんなことがあるわけがないと、思う。
心からバクラのことを気にかけているのだと伝わってくる。
「包帯代わりのものは、ないよね……」
いつの間にか、獏良の手元や伏し目になっている顔を見つめていた。
「よしっ」
獏良は手早くシャツを脱ぎ、口で力任せに破った。
「おい!」
「はい、じっとしててよ」
細長く破いた布切れを傷口にあて、少しきつめに巻き付ける。
こんなの、見たことがない。
こんなことをするのは途方もないお人好しで、バカで、愛しい奴だけだ。
「お前、バカだろ」
乱暴に端折って口から出てしまった言葉だが、獏良は気にすることなく小さく笑った。
「そうかもね」
ぐるぐるとバクラの腹を締め上げる。
「そこまでするワケを教えて欲しいねぇ」
「ワケか……」
すぐ解けてしまわないように固く布を結んでから、獏良は顔を上げ、
「お前のこと、構わないと気がすまないんだ。悔しいけど」
少しはにかみながら、首を傾げる。
「変?」
「いや」
バクラは右手を獏良の頭に持っていくものの、血で汚れていたので、代わりに左手でわしわしと撫ぜた。
「可愛い奴だな」
そう直球で言ってのけたので、獏良の白い顔が赤みを帯びた。
からかうとか、厭味の要素が一切ない素直な言葉だ。
バクラは隠しようのない獏良の反応に、にかっと笑った。
「行くトコあんのか?」
「うん……ちょっとお守りをしなきゃいけないんだ」
意味深な声色だったが、何を意味するのかバクラは知らない。
「そうか。出来れば儲けゼロの代わりに持ち帰りたかったんだがよ。仕方ねぇな」
「それは、残念」
獏良はどこまで本気か分からない笑みを返した。
「さて……ぼちぼち行くか」
怪我をした素振りを微塵も見せずに、勢いよく立ち上がる。
「ちゃんと手当てしてよ。あと、油断は禁物」
「ああ。お前は襲われんなよ……感謝してるぜ」
獏良が言葉を返す前に、ぐいっと片手で顔を掴まれる。
それは、無造作で、乱暴で、一瞬だけの行為だったけれど、言い表せない暖かさがあった。
唇が離れると、獏良に背を向けた。
「さよなら」
その返事の代わりにバクラは振り向かずに片手を挙げた。
そして、出口へ、光の中へ、ゆっくりと進んで行った。
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この人とは不思議な感じで。
手当て。手を当てる。触れ合い。