ばかうけ

散乱している本の中で、読書に夢中になっている獏良の姿があった。
本が収められていた本棚は少しばかりの埃を残して、ほとんど空になっていた。
始まりは本棚の奥深くに閉まった小説を探しているだけだった。
最初にほとんど読んでなかった雑誌に目が留まり、十数巻に渡るシリーズものの作品に手を出したときには、当初の目的をすっかり忘れていた。
獏良は山積みにされた本の中で、ただただ読書に耽るのみだ。
中には自分でも忘れていたような本もある。
懐かしさに自然と手が伸びる。
あれも、これも。
まるで年末の大掃除のような騒ぎだ。
これでは一日で終わるかすら危ぶまれる。
また一冊読み終わり、無造作に本の山の上に放った。
それまで絶妙なバランスで保っていた本が、その振動で崩れた。
さすがに慌てて散らばった本をかき集める。
埋もれている中で一冊の本が目に付き、力任せに引っ張り出した。
小さな雪崩が起こるが、今度は気にしない。
埃を払い、タイトルを確認する。
それは幼い頃に何度も読み返したお気に入りの童話だ。
紙があちこち痛んでいるのは、ただ古いせいではない。
辛うじて喉の部分がほつれていないのが幸いだった。
胸をときめかせながら物語の扉を叩く。
それは特に奇抜な話ではない。
平和な森のちょっとした出来事が綴ってあるだけだ。
大まかなストーリーは覚えているが、その他の部分は心許ない。
一枚一枚めくりながら、過去の記憶を呼び覚ましていく。
それは幸せだった頃の自分に返るようで、甘く優しい響き。
 友達たちと別れ、主人公は一人で森の中でさまよう。
 きっともうすぐ出口があるはずだ。
 森を抜けたら、何が待っているのだろうか。
 自分の家か?それとも……?

お気に入りの話だったはずなのに、獏良は結末をすっかり忘れていた。
まるで綺麗にそこだけ切り取られたように。
子供向けの話なのだから、ハッピーエンドだろう。
いやいや、こういう話ほど意外と残酷なオチがついていることが多い。
色々な空想を広げながら、最後の一ページを開いた。

その後森を抜けた主人公が目にしたものは……。

獏良はハッと息を呑む。
話の展開に驚いたからではない。
あるはずの結末がなかった。
そのページだけ乱暴に切り取られていた。

一人ぼっちの主人公はどうなったの?

懸命に記憶を辿るが、やはりぷっつりとそこだけ途切れている。
大事にしていたとはいえ、なぜこんな破れた童話を大切に取っておいたのだろう。
引っ越したときを思い返す。
あの頃は既に何回か引っ越しを重ね、持っていく荷物は最小限にと決めていた。
落ち着いてからは何度か荷物を取り寄せたりもしたが、これは最初から持っていきた中に入っていたはずだ。
そのときに獏良はこの童話を手に取り、

『これは持っていかなきゃ。だってこれは……』

段ボールの奥底へ丁重にしまった。
破かれた部分を優しくなぞり、回想する。

だってこれは天音の一部だから。

お気に入りだった童話。
何度も読み返した。
ただ単にそれが悪戯心だったのか、それとも兄が夢中だった本へのささやかな嫉妬なのかは分からない。
幼かった妹が無惨にも、最後の一ページを引き裂いてしまった。
当時の獏良は猛烈に腹を立てて妹をなじった。
なんとか親になだめられて機嫌を直したが、買い直してやろうと提案されても頑として首を縦に振らなかった。
大切にしていた童話はそれ一冊で、どんなにボロボロになっても代用は絶対に利かないことが分かっていたからだ。
だから、ずっと捨てずに取っておいたのだが、ある日を境にその本が持つ意味合いが変わってしまった。
妹の死。
両親は思い出の残る妹の物を何一つ片すことが出来なかった。
娘の死に触れることが辛かったのだろう。
そっと自分たちの方から目を逸らした。
獏良の方は逆に些細な物に執着し始めた。
妹の息吹が感じられるものを、途もすれば崩れてしまいそうな心の支えにした。
そうなると、欠落した童話でさえ、妹との思い出の大切な架け橋だと思えてくる。

これがあればずっと天音と一緒。僕は絶対に忘れない。天音と一緒にいるんだ。

ぎゅっと一冊の本を抱きかかえていた。
その時はそれが全てだと思っていた。
それしかなかった。

そんなこともあったけ。
自分は薄情だろうか。
時間が簡単に忘れさせてくれた。
時と共に悲しみが薄れるのはごく当たり前。
そうでなければ、生き続けてなんていけないだろう。
当時はあれだけ思いが強かったはずなのに。
一生消えないように心に刻み込んだ。
失ったものなんかに思いを託したから、童話の結末と一緒に忘れてしまったのかもしれない。
獏良はぼろぼろの童話に縋るほどに脆かった自分を思い出し、しかしこれで良かったんだと思い直す。

ずっと後ろ向きでなんかいられないもの。

何年も経っているとはいえ、探せば同じ本が売っているだろう。
しかし、獏良にはそんな気は起きなかった。
続きが分からないなら新しく自分で作れば良い。
そうすれば、今度は絶対忘れない。
獏良は紙とペンを持って頬杖をついた。

物語にふさわしい最後を考えよう。
お前ならどんな結末を書く?

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久々になりますが、いつもの通りバクラがいないです。
それでもやっぱりバク獏です。

童話のイメージは日本のもので。
日本の児童書独特の柔らかくて優しい雰囲気好きなんです。

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