ばかうけ

この話はTRPG風味ファンタジーです。
実際の遊戯王の設定とは何ら関係ありませんが、
それでも宜しければドウゾ。


バクラは山間の小さな町を訪れていた。
そこには役場や商店などの必要最低限の施設があるだけで、ほとんど村といってもよい規模の町だった。
観光地となりそうな名所がなければ名産物もない。
このままでは若者が出て行くばかりで、廃れてしまうだろう。
本来ならばバクラが目もくれない町だが、引き受けた依頼の為にわざわざやって来たのだ。

バクラは広義で見れば冒険者に当て嵌まる。
冒険者というのは、町から町へ旅をしながら様々な依頼を受けることを生業としている者を指す。
旅の何でも屋といったところだ。
一般人からは気侭な連中と思われがちだが、そうではない。
単独で旅をしていれば魔物に襲われるし、定期的な収入源もないので時には自給自足を強いられることもある。
よく冒険者に憧れて一家の大黒柱が飛び出したが、一月と経たない内に戻ってきたという話がある。
浪漫だけでは食ってはいけない。町で大人しく働いて暮らしていた方がよっぽど頭の良いことなのだ。
様々な理由で冒険者になる者はいるが、そのうちに適当な町に住み着いたり、傭兵になったりして別の道を見出だすことは少なくない。
そうして残るのは、訳ありの実力者――いわゆる曲者ばかりということだ。
バクラは盗賊という職に就いている。
聞こえを良くすれば、トレジャーハンターともいえる。
魔物狩りよりも、洞窟や遺跡などでめぼしい物を見つけて売り捌くことに重点を置いている職業だ。
今回はたまたま生活費が尽きかけていたのと、待遇の良さからこの依頼を受けることにしたのだ。

依頼は山奥にある教会の保護。
一ヶ月前から山に魔物が現れ、教会と連絡が途絶えたという。
教会には僧侶が一人、村には対魔物用の施設も武器もない。
国に救助依頼を提出し、どうにもならないまま一月が過ぎた。
依頼がやっと受理され、バクラが派遣されたということだ。
そういう背景もあって、本来なら外の人間には排泄的であろう町の人々にバクラは手厚く迎えられた。
バクラとしては小さな町の平和にはこれっぽっちも興味がなかったのだが。
町人には口が裂けてもいえないが、田舎町からの依頼なんてそうそう国に通ることはない。
通常は後回し、たらい回しにされ、最終的には冒険者に仕事を斡旋する情報屋に安く売り付ける。
そうして正義の味方でも、国の誇る精鋭部隊でもなく、ただの通りすがりが派遣されるのだ。
今回もその例に漏れず、懐が寂しくなっただけのただの盗賊が適当に選んだだけだ。
引き受けるに至ったメリットは二つ。
まず、この依頼が必要経費も込みで相場よりかなり好条件の報酬が用意されていること。
もう一つは、腐っても国からの正式依頼なので、冒険者としての顔が売れて信頼が得られること。
つまり、この依頼を無事に終えられれば、当分は路銀の心配をしなくて済むようになる。
特に収入の波がある盗賊からすれば、重要なことなのだ。
そんな裏事情を町人は知るはずもないので、バクラはこの厚意を充分に利用させてもらうことにした。

「三日に一度くらいは買い出しやら何やらで降りて来てたのよ。それが全然見なくなって。気さくな神父さまで、皆に声を掛けてくれるから、いらっしゃったらすぐに分かるのにねえ」
「こりゃ心配だーって、若い者何人かを集めて山に行かせたんだけども、途中で動物とも人間とも分からないような唸り声が聞こえてきて、そこからちぃっとも進めなかったんだと」
「ここいらは全然魔物が出なかっただけに心配なのよ。何日か前に黒ずくめの怪しいヤツも見かけたっていうしね」

小さな町だけあって、バクラが少し聞き込みをしただけで物凄い量の情報が集まった。
おまけにまだ考えてもいなかった宿まで用意をされていて、さすがに背中の辺りがむず痒くなってきてしまった。
それだけ期待されているということだろう。

町人たちの話をまとめるとこうだ。
町からそう歩かない小山の奥に目的の教会がある。
何年も無人になっていたらしいが、五年程前から旅の僧侶がそこに住むようになった。
普通はこんな町に余所者はすぐには馴染めないものだが、僧侶の人柄と能力もあって、今では町人たちの駆け込み寺のようになっていたのだとか。
それが急に連絡が取れなくなってしまい、町の青年たちやたまたま町に訪れた冒険者に教会へ向かわせたが、どれも失敗に終わったらしい。

「なるほどねぇ」
宿のベッドにどっかりと座り、バクラは考え込む。
ちゃんとした医療施設もないこの町には願ってもない人材だ。 神父とまで言われて、相当慕われているのだろう。
国からの依頼書に全てを目に通しているバクラとしては複雑な気分だった。
バクラは上着とウエストポーチを外し、装備品を点検しはじめた。
ダガーのような刃物類から薬品など、職業柄で身体中に仕込んである。
タダ同然の金額でこの町で調達した物もある。
ちなみにこの宿もサービスらしい。
「勇者サマじゃないんだけどな」
神父もこのような扱いだったのだろうか。
後ろ頭を掻きつつも、丁寧に装備品を入れ替えていく。
今日のところは早めに休み、明日抜かりなく依頼を遂行する。
その為には準備は怠らない。
最後の短刀を装着した時、部屋の戸が叩かれた。
「バクラさーん、お夕飯の支度が整いましたよ。ジャポネーゼ料理フルコースですよ」
「……!」
女将の軽やかな声がバクラの胃を苛めるのだった。


翌朝、町の人通りが激しくなる前にバクラはこっそりと町の裏山に来ていた。
これ以上余計な茶々は御免被りたい。
山道をさくさくと登っていく。
傾斜は緩やかだし、道もきちんと整備されている。
のどかな散歩コースのようで、魔物が出るなんて一見思えない。
しかし、バクラは気づいていた。
動物の鳴き声どころか、小鳥一羽の囀りも聞こえないことに。
静かすぎる。
神経を尖らせながら先へ先へと進む。
唐突に視界が開け、広場に出た。
ここからは平坦な道が続くようだ。
町で得た情報に寄れば、この奥に目指す教会があるはずだ。
バクラは歩みを緩めずに先へと進んだ。
ひんやりとした空気が肌にまとわりつく。
それもそのはず、50m四方程の墓地が広がっていた。
小さな町の割には立派な墓地だ。
行方不明の僧侶が管理しているのだろうか。
まだ昼にもなっていないので、人気のない墓場でも不気味さはない。
教会の屋根が木々の中から突き出しているのが見える。
「あそこか」
バクラが墓地の中を突き進もうとした瞬間、

ぉおおおおおん

唸り声が何処からともなく聞こえてきた。
風とも聞き間違えそうな音だがそうではない。
素早く辺りを見回すが、視界には何も写らず、音の出所も全く分からない。
バクラは腰に差したショートソードに手を掛けた。
臨戦態勢を整える間もなく、地面から無数の腕が一斉に突き出た。
腕の次は肩、肩の次は頭……地中から生ける屍が這い出してきたのだ。
まだ人として形状を保っているものもいれば、白骨と化しているものもいる。
のんびりと数えている暇はないが、三桁に達しているかもしれない。
おびただしい数のアンデッドを前に、バクラは額から冷や汗を流した。
――笑えねぇだろ、コレは。
これ程の数のアンデッドが自然発生するなんて聞いたことがない。
ましてや、ここは教会なのだ。浮かばれない霊とは対極にある場所。
想定外の事態に、バクラは心を落ち着かせる為に目を閉じて深く息を吐いた。
背後からもゾンビの呻き声が聞こえて来る。
ゆっくりと開いたバクラの瞳は冷静さを取り戻していた。
アンデッド達が動き出すと同時にバクラも駆け出した。
ショートソードを引き抜き、素早い動きで敵の間を縫うように走り抜ける。
眼前にゾンビが迫れば軽く身を翻し、剣の腹でその背中を叩く。
スケルトンが背後に回れば、振り向き様に胴を一発蹴り上げる。
アンデッドは通常の攻撃では倒せないが、致命的に遅いという弱点がある。
バクラの素早さの前では捕らえることも出来ない。
そうして何匹もやり過ごし、隙の出来たところで上着の内ポケットにある細長い小瓶を取り出した。
中には無色透明な液体が揺れている。
これが神の祝福が与えられた聖水だ。
蓋を投げ捨て、剣の柄頭に細工してある穴に瓶を差し込む。
聖水を流し入れることで、少しの時間だけアンデッドにも攻撃が有効になるのだ。
空になった瓶もその場に放り出し、今度は刃を向けて切り付けた。
聖水の力で傷口が浄化されるので、不死身のアンデッドでも再生が出来なくなる。
しかし、これではその場凌ぎにしかならない。
色々な事態を想定して装備はしてきたが、対アンデッド用に使えるものなど聖水が4瓶しかない。
これだけの数をまともに相手にしていたら、すぐに追い詰められてしまう。
バクラはアンデッドを薙ぎ倒しながら山を下った。
細い山道に出ると、もう追っては来ないようだった。
念の為に道を外れ、林の中に身を潜めることにした。
手頃な木に身体を持たれ、ようやく一息がつけた。
「あんなもん聞いてねぇぞ」
アンデッドに対抗出来るのは神に仕える僧侶系統くらいしかいない。
しかも、直接攻撃しか術を持たないバクラには打つ手がなかった。
――近くのそこそこの町に行けば僧侶が拾えるか……?あんまり時間を掛けたくもねぇな。教会の僧侶の安否だけでも確認すべきか。
あれだけのアンデッドに囲まれているなら、僧侶の生存は絶望的に思える。
どういうわけだか、あの空間では教会の神の加護がすっかり消えてしまっているようだ。
さすがにバクラもあのアンデッド軍団の中をもう一度突き進むことを考えると気が滅入る。
「しょーがねぇなあ」
重い腰を上げて身体に付いた土を掃う。
教会へ戻るべく、茂みを掻き分けて進んだ。
「!!うぇ……」
靴の裏に柔らかい奇妙な感触がした。
擬音で表すと、むぎゅとかきゅうとなるに違いないくらい気持ち悪い柔らかさが伝わってくる。
――動物の死骸か?今日はツイてねぇな。
そっと足を退かし、踏んだ物の確認をする為に草を掻き分けた。 人だった。
ぼろきれのように丸まって動かないものの、弱々しいながらも息はしている。
「おい!アンタ何やってんだ」
バクラはその身体を茂みから引っ張りだし、頬を軽く叩いた。
見る限り酷い外傷はないようだ。
――こいつは何者だ?随分若いが、教会の僧侶サンって訳でもないよな、この格好は。
女とも男とも見分けのつかない顔に、黒いローブを身につけている。
僧侶や魔法使いが着るローブと同じ形状をしているが、真っ黒というのはあまり見たことがない。
僧侶なら白や淡い色を身につけるのでその線はないだろう。
身体のあちこちに触れ、傷や持ち物を確認する。
武器はおろか、旅道具もほとんど持っていない。
――やっぱり魔法使いか?……あ、こいつ男か。それにしても綺麗な顔してるな。
真っ白な髪と肌が黒いローブに映える。
一見ミスマッチにも思えるが、不思議な存在感を際立たせていた。
「…………ず……」
小さく唇が開き、搾り出すように声が漏れた。
バクラは腰に付けた皮袋を取り外した。
お椀を作った手の平に水を注ぎ、少年の口に流し込んでやる。
こくこくと喉を鳴らし、あっという間に飲んでしまう。
今度は水筒の口から直接流し込んでやった。
少年はバクラの腕ごと掴んで、中の水を懸命に飲んだ。
「どうだ、喋れるか?」
バクラの問い掛けに初めて少年の瞳が開いた。
「あの…………」
「なんだ?」
大きな瞳には見つめられ、少しばかりバクラは戸惑ってしまう。
「何か食べ物下さい!」


バクラのあげた簡易食料に少年は無心にかぶりついた。
――さてはこいつ腹が減ってただけだな。
半ば呆れてその光景をバクラは眺めていた。
少年は水を最後に飲み干し、ようやく満足したようだった。
「ありがとう。生き返ったよ」
ちょこんとその場に正座して頭を下げた。
「そりゃどーも。で、アンタは?」
「僕はリョウ。村の人に頼まれて教会の様子を見に来たんだけど、ゾンビたちに襲われて慌てて逃げてきたんだ」
「オレは情報屋の依頼を受けてやって来たバクラってもんだが……他に派遣者がいるとは聞いてねえぞ」
しかも、とても冒険者には見えないし、魔物を倒せるような力を持っているようには見えない。
「たまたま寄ってみたら、町の人たちが困ってたから手伝うことにしたんだ。まさかあんなにゾンビがいるなんて思わなかったけど」
「お前、あいつらに傷を付けられてないだろうな」
アンデッドの傷はすぐ化膿するから質が悪いんだぜ
「えっ、ううん。ケガは全然……ただ……」
急にリョウはもじもじと身体を揺らし始めた。
「びっくりして逃げたら道に迷っちゃって……抜けられなくなったら、お腹空いちゃって……三日間さ迷ってた……」
リョウはバクラの機嫌を窺うようにちらっと視線を送る。
「さてはお前、足手まといだな!なんでここで道に迷うんだ。ほとんど一本道じゃねぇかッ!」
リョウの鼻先に指を突きつけて捲くし立てた。
さすがにリョウもむっとして、
「凄く慌ててたから!道とか方向とか見てなかったの!」
バクラに詰め寄る。
その額をバクラは手の平で軽く小突いた。
「……オレはまた教会に行って神父サマの様子を見てくるから、お前は町へ帰ってろ」
言うが早いか、背を向けるバクラの腕にリョウがしがみついた。
「待って!僕も行く!放っておけないよ、あんなの……」
悲しげに顔を歪ませて懇願する。
その様子にやれやれと肩を竦めたバクラは、
「助けたりしねぇからな」
リョウの言葉を待たずに教会へと続く道に向かって足を進める。
「ありがとう!」
その後をリョウは小走りに付いていった。
「お前、何の魔法が使えるんだ?」
歩みを止めずに後ろのリョウに問い掛ける。
使えるものは少しでも利用したかった。
「まほう?」
呆けた声が後ろから返ってくる。
「炎系とか。攻撃じゃなくても幻覚みたいな補助魔法でもいい」
「何も使えないよ」
バクラは上から一抱え程ある岩が落ちてきたような錯覚を覚えた。
「回復魔法は?シールドでも構わない」
「全然使えないって」
しれっとした回答にバクラの頭から何かが千切れる音がした。
「何しに来たんだてめえはッ!やっぱり役立たずだろ!」
勢いよく振り返り、目を丸くしたリョウに怒鳴りつけた。
「便利な魔法が使えるなんて勝手に思わないでよ」
確かに魔法使いか僧侶と思い込んだのはバクラの方ではある。
マイペースな言葉に怒る気持ちも萎えてしまう。
「じゃあ、お前は一体何なんだよ。このままだと呪術士と見なすぞ」
声は低いままで最初に会った時の疑問そのままをぶつけた。
「僕は……」
会話の途中で目の前が開けた。
あれほど群がっていたアンデッドたちは一匹残らず姿を消していた。
「オレ様は強行突破するが、お前はどうすんだ?」
バクラは再び剣に聖水をセットし始めた。
「付いてく。必ず役に立つから」
「無理すんなよ」
剣を構えて教会に向かい駆け出した。
リョウも一歩遅れてそれに続く。
墓地の真ん中辺りに着くと、先程と同じように地面が次々と盛り上がる。
目の前に出たものは薙ぎ払い、かわせるものはかわしていく。
――気を抜かなければいけるな。
ちらりと後方のリョウに目をやると、バクラの切り開いた道を懸命に付いて来ていた。
恐ろしい程に次から次へとアンデッド達が湧き出てくる。
墓地の死体の数は限られているだろうが、無限に続くのかと思うくらいだ。
あと数メートルで墓地は終わる。
「バクラー!これは……」
リョウがアンデッドに捕らえられたのかと慌てて振り向くが、もたついてるものの攻撃を加えられてる様子はない。
「変!おかしいよ」
群がるゾンビ数匹に切りつけ、
「何がだよ。とっととこっちへ来い!」
墓地を抜けきった。
こんなにアンデッドが大量発生することがおかしいなんて分かりきっている。
――だから、すぐにこんな所とはおさらばしたいんだろうが。
「誰かに操られてる。すぐ近くにいるッ!」
悲鳴に近い声をリョウが上げると同時に、バクラは背中に寒気を感じた。
考えるより先に横に跳躍をする。
そのまま地面に手を付いて空中で反転をした。
バクラのいた地面には何かにえぐられた跡があった。
素早く辺りを見回すと、教会の近くの木の影に黒いフード付きマントに身を包んだ男がいた。
男が手を突き出すと、見えない何かが飛ばされる。
再びバクラはその場から離れる。
「そいつだよ!」
アンデッドの輪の中からリョウが叫ぶ。
「そんなの分かりきってるだろ!」
バクラは四本のナイフを男に向かって投げつけた。
しかし、男は木々を使ってひょいとそれを避けてしまう。
魔法相手に遠距離は不利になってしまう。
間合いを詰めるべくバクラはタイミングを見計らう。
その時、やっとリョウが墓場を抜けた。
「ハアハア……墓場の死体を蘇らせたのは貴方ですね」
「だからそれは見りゃ」
「神父さん!!」
バクラは言いかけた言葉をぐっと飲み込んだ。
黒ずくめの怪しい人物が町で慕われている僧侶な訳がない。
しかし、リョウは厳しい顔で男を睨んでいた。
「アンデッドモンスターの生まれ方はニ通りがあります。一つは一定の条件を満たす呪われた土地で自然と生まれる場合。そして、もう一つは魔法などで特殊召喚される場合。この二つ方法には決定的な違いがあります」
突然何を言い出したのか、バクラは呆気に取られてリョウの動向を見守っていた。
心情を読み取ることが出来ないが、黒ずくめの男も黙って立っている。
「特定の目的を持つか持たないかです」
「どういう意味だ?」
男から目を離さずにバクラが問い掛ける。
「当たり前な話なんだけど、自然発生するアンデッドは単調な動きしかしないんだ。人為的に作られた方は主人の命令に従うから意志を持って見える」
アンデッド達は揃いも揃って全て墓地に入ったバクラとリョウを狙っていた。
まるで教会に近づかせないかのように。
「それがなんでアイツが神父サマっつーことに繋がるんだ?」
「作られたアンデッドだと仮定して、これだけの数を生むなんて、普通に考えたらいくら魔力があっても足りないよ。ただね、一つだけ方法があるんだ。最初の条件に少し戻るんだけど、この墓場一帯を穢せばアンデッド生成機が出来ちゃうんだよ」
「は?そんなに簡単にゾンビが出て来たら世の中ゾンビだらけだぞ」
静かに語るリョウだが、瞳の奥に怒りの色が浮かんでいた。
それをバクラは感じ取り、ごくりと唾を飲み込んだ。
「そうだね。簡単じゃないよ。でも、この墓場を管理する立場だったら?神父さんは迷える魂を救うのが仕事でしょ。その逆をどうやるかなんてよく知ってますよね?」
それきりリョウは口を閉ざした。
最初に男は身体を小さく震わせていたが、とうとう大きな声で笑い出した。
「よく分かったな。教会の神父がアンデッドマスターだなんて突拍子もなさすぎて誰も気付かないと思ったが……よほど特殊な思考回路をしてるのかな?それともただのオカルトマニア君かな?」
男がマントを脱ぎ捨てると、その下には神職者を意味する白のローブが現れた。
「神父サマじゃないだろ?てめぇはただの行きずりの僧侶だろ。いや、もうそれ以下か」
バクラの軽口にぎょろりと神父が赤く染まった瞳を向ける。
「黙れ!」
神父の手から魔法弾が放たれた。
軽い身のこなしでバクラはそれを避ける。
「随分と頭に血が上ってんじゃねえか」
切り返す為に武器を取り出そうとしたバクラが目を開いた。
既に神父は次の標的を狙っていたのだ。
「ふざけんな!」
ナイフを神父に向かって投げ、自分も飛び出していく。
勢いも虚しくナイフが見えない壁に弾かれたる
神父が両手を前に突き出し、リョウの腹に添えた。
瞬間、神父の手から爆風が巻き起こり、リョウが後ろに吹き飛んだ。
そのままアンデッドたちの中に倒れ込む。
波が飲み込むかのように、リョウにアンデッドが群がった。
「それでも神職者か!」
バクラは剣で神父に向かって切りつけた。
が、神父は自らアンデッドの群れの中に飛び込んだ。
代わりに一匹のゾンビの横腹に剣が食い込む。
聖水の効力は切れていた。
こうなると、ゾンビにとってはただの棒も同じだ。
力を入れてもめり込んだ剣は抜けそうにない。
剣の束をバクラは放した。
「はははっ。ここは私の教会なんだ。お前たちに土足で踏み入らせて溜まるもんか」
アンデッドは神父には何もしない。
痛みも苦痛も感じない屍たちは生きる盾となる。
「お前の教会なんかじゃねぇだろうが!」
聖水を補充した剣で目の前のアンデッドを切り刻んでいく。
聖水はもう一瓶しかないのに、これでは切りがない。
「早くあいつを貪ってしまえ!」
リョウがいるはずの場所には灰色の塊しか見えない。
「くそ……リョウッ!」
――いっそのこと火薬でこの辺りを吹き飛ばすか。
バクラ自身もただでは済まないが、二人で犬死にするよりましだと思えた。
狂ったように笑う神父の声が不気味に響いていた。
一握りほどある爆薬を取り出したバクラの手が止まった。
微かに周りの空気が変わるのを感じた。
息が苦しくなるような重たい空気。
視界が薄っすらとぼやけだし、バクラは辺りを見回した。
一拍遅れてその変化に気づいた神父も、慌てて前後左右全ての方向に目を向ける。
いつの間にか墓地全体が薄暗い霧の中に包まれていた。
「こんなふうに死者を弄ぶなんて許せない。神職者として恥ずべき行為だ」
アンデッドの小山が割れ、中から佇んだリョウが現れた。
「貴方には聞こえないの?この亡者たちの苦しそうな声が」
この重たい空気はリョウから発せられている。
バクラは呆気に取られてリョウを見つめていたが、神父は気付かないようだった。
「戯言を。ゾンビ達よ、早くそいつの口を封じろ!」
神父の命令により、再びリョウにアンデッドが群がる。
しかし、もう少しの所でその動きが鈍ってしまう。
「どうした?!」
慌てる声にも反応を示すアンデッドはいなかった。
リョウが両手を広げると、風が巻き起こった。
不思議なことに、アンデッドたちの動きが一斉にぴたりと止まった。
呻き声も鳴り止み、微動だにしない。
聞こえてくるのは神父の焦り声だけだ。
「おい、どうした!?」
その様子に冷たい視線をリョウは送る。
「所詮貴方の施した術なんて幻のようなもの。さあ君たち、僕の言うことを聞いてくれるね?力を貸して」
リョウがすっと右手を挙げた。
「あの人に君たちの思いを伝えてあげるんだ」
宙にある右手を力強く振り下ろし、神父を指差した。
その動きに合わせて今まで動かなかったアンデッドが一斉に神父の方向へ顔を向ける。
「ヒィッ!」
腰を抜かした神父にアンデッドたちが殺到する。
リョウに群がっていた時とは比べものにならない数だ。
その中にいるバクラには一つも危害を加えられない。
完全にアンデッドたちはリョウの指揮下にあった。
「ネクロマンサー(死霊術士)……」
一糸乱れぬその光景にバクラはただ見とれていた。

「もういいよ。ありがとう。お帰り……」
リョウが役目を終えた指揮者のように手を下ろすと、アンデッドたちはまた一斉に土の中に還っていった。
姿が見えなくなった場所から順に光が天へと昇っていく。
それをリョウは最後まで見届けた。
「さよなら」
後に残ったのは顔を腫らして気絶した神父のみ。
「大したヤツだな。先に言えよ、たくっ」
「あらかじめ召喚されたのを動かしただけだから。正式な術でもなかったし」
リョウの頬が少し赤く染まった。
ネクロマンサーは生れつきの才能などの幾つか条件が揃わないとなれない特殊な職業だ。
バクラも初めて目にした。
動かなくなった神父をバクラが太い縄で縛り上げていく。
「馬鹿なことしたよなコイツ。長続きしなかったろうに」
バクラもリョウも神父の言動から動機をなんとなく察しはついていた。
そもそも、片田舎の依頼が国に受理されたのは訳があった。
法律では町に最低でも一つは教会がなくてはならない。
その教会の定義は、国家資格を持ち、国際団体に所属する神父が一人でもいること。
法律で決まっていても、まだまだ田舎ではその設備がないところが多い。
この町もその中の一つだ。
無免許神父が教会を独占していることは国にとって良くない。
そこで町からの依頼を受け、「教会を保護する」という内容で情報屋に委託したのだ。
バクラは依頼を受けた際に本当の意味を理解したし、リョウも町で話を聞いて大よその事情は察していた。
神父もこの生活が長くないことを知ったのだろう。
昔からこの状態が当たり前だった町人は、急に神父が消えて大騒ぎだ。
「いい気になってたんだろうな。町の奴らに崇められて。神父の座に固執しなきゃ良かったのによぉ」
警察に身柄を引き渡して、役所に報告すればすぐに正式な神父が派遣されるだろう。
リョウは複雑な面持ちで僧侶を見ていた。


「なんでお前の言った通りにしなきゃなんねぇんだよ」
教会にあった荷台に僧侶を乗せて、山道を下っていた。
僧侶の身体の上には自身が身につけていたマントを被せてある。
「それが町の人の為なの!」
犯人が僧侶だとは言わない方が良いと言い出した。
僧侶は保護して病院送り、犯人は捕まえて警察に引き渡す。
新しい神父が来れば丸く収まると言ってきかないのだ。
バクラは町人がどうしようと興味はなかったので、リョウに反対する気はない。
ただ僧侶のことを隠すのが面倒なだけだった。
「教会の金目のものをちょろまかしたこと言っちゃうからね」
リョウが軽くバクラを睨むと、ヒャハハと笑い声を上げた。
「オレ様を誰だと思ってんだ」
「よくやるよ」
一応の恩人に向かって必要以上に攻めはしない。
「お前がネクロマンサーとはな。見掛けによらないな」
バクラは舌を巻いたことは素直に認めようと思った。
観劇賃を払ってもなかなか見られるものではない。
「本当は白魔導士志望だったんだけど、こっちに縁があっただけ」
涼しい顔でリョウが答えた。
――結構イイ性格してんだなコイツ。
バクラが口の端を吊り上げてこっそりと笑う。
「オカルトオタクのリョウな。覚えておいてやるよ」
「こっちこそ。教会荒らしのバクラね」
二人は同時に笑い声を上げた
町はすぐそこだった。

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暴れるバクラと死霊に好かれる了君が書きたかったノリで。

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