これは三千年前から決まっていたことだ
僕を縛らないで
友達を傷つけるやつは絶対に許さない
オレ様は墓を暴く盗賊
僕の中から出ていけ
大事な宿主様……
何も覚えてないんだ
楽しい闇のゲームの始まりだぜ
やめて
……プツン
……
目を開けると真っ白い天井が目に入ってきた。
ゆっくりと上体を起こす。
酷く頭痛がする。
頭を押さえて苦悶の表情を浮かべた。
何かとても重要な夢を見ていた気がする。
でも、思い出せない。
何もかも思い出せなかった。
夢もこの部屋も自分の事も全て。
何かを思い出そうとしても、頭の中が空っぽで記憶が何も引き出せないのだ。
まるで宇宙に突然放り投げ出されたかのようで、じたばたともがいても意味がないようだった。
漠然とした不安が襲って来る。
懸命に思い出そうとしているうちに気分が悪くなってしまい口元を押さえた。
自分の事が分かる物が欲しい。
そうしたら、それをきっかけに何か思い出せるかもしれない。
ベッドを降り、部屋を見回してみる。
ここは自室なのだろうか。
生活感が溢れているので誰かが暮らしているのだろうが、その誰かが自分なのかは分からなかった。
他に人はいないのだろうか。
部屋を出て家中をうろうろと彷徨ってみる。
リビングルームに出て、まずその広さに驚いた。
それから手当たり次第の部屋を覗いてみるが誰もいなかった。
それどころか必要な家具は充分に揃っているようなのに、物の数がどう見ても一人分しかない。
この広さと部屋の数にはどうも不釣り合いだった。
一人暮らしをしているのか……?
それにしても不可思議である。
目についた白いドアを開けた。
視界に現れた影に驚き、足が止まる。
訝しげに目の前のものをじっと見つめると、そのまま擦り寄って行った。
何のことはない。洗面台の鏡だった。
鏡に映った自分の姿に驚いてしまっただけのこと。
呆然とその鏡像に向き合った。
手探るように自分の頬に触れると、鏡像も同じようにする。
確かに自分の姿だった。
鏡の中の自分も信じられないと言いたげだ。
華奢な身体、青白い顔、顔よりも白い髪。
確かに自分なのに、他人を見ているようだ。
こちらが瞬きすると、向こうも瞬きする。
くらりと目が回る。
それ以上は見ていられず、鏡に背を向けてしまった。
まるで酔ってしまったよう。
自分が自分でない感覚がとても気持ち悪い。
チャリ
今まで気づかなかったことが不思議だが、大きなリング状の金属が首にかかっている。
アクセサリーにしては大きすぎる。
何か重要なものだろうか。
何故か過去の自分に関わっている気がして、暫し手に取って眺めた。
とにかく、少しでも自分のことが知りたい。
部屋に戻り辺りを見回すと、ベッドの脇にバッグがあった。
少しばかりの期待を抱いて開けてみる。
中には簡素な本が何冊も詰まっていた。
更に奥を探ってみると、ポケットの中に小さな手帳が出て来た。
取り出してみる。
表に小さな写真が貼ってある。
それは先ほど鏡で見たばかりの自分の顔だった。
童実野高校 二年生
バクラ リョウ
獏良 了
と大きく書かれている。
名前を見ても何も思い出せない。
それどころか、自分の名前であることも信じられなかった。
写真が証明しているというのに。
「ばくら りょう」
耳慣れない名前と初めて聞いた自分の声の違和感に驚いて思わず口を塞ぐ。
男にしては少し高い声。
自分のものとは思えなかった。
あまりに冴えない自分に気落ちしてしまう。
獏良了は肩を落とした。
手中の手帳に生年月日や自宅と思われる住所が記載されているのが目に入った。
そこには学校の住所も記載されている。
少々無謀なことだとは承知している。
それでも、自分で動いてみなければ気が済まなかった。
獏良は手帳に記載されている高校へ向かっていた。
手帳と同じく鞄から出て来た財布を持って来た。
着ていた服はどうも部屋着か寝間着だったので、部屋に掛かっていた服に着替えた。
町の地図と住所だけを頼りに道を進む。
不思議なことに、迷うことはなかった。
元々方向感覚が良いのか、身体のどこかで道を覚えているのか。
大した苦労もせずに目的地に着いてしまった。
門のところに童実野高校と書かれているので間違いないだろう。
このまま真正面から入ってしまって良いものか。
その場に立ち止まって考えあぐねていると、
「獏良くん!」
突然声が掛かり、身体が飛び跳ねる。
いつの間にか側に少年が立っていた。
「珍しいね、獏良くんも遅刻?」
目の前の少年は人懐っこい笑みを浮かべて、尚も話し掛けて来る。
この話しぶりからすると友人なのだろうか。
話し続ける少年を前に、どう対処したものか悩んでしまう。
自分の状況をありのままに伝えた方が良いのだろうか。
「……もしかして、具合悪いの?」
獏良が言葉に詰まっていると、
――遊戯くん……。
ふっと何処からか声が聞こえたような気がした。
「遊戯くん」
そのままそれを口にする。
「なあに?」
少年が首を傾げた。
どうやらこの少年は「遊戯くん」で間違いないようだ。
「いや、大したことない。少し気分が悪かっただけ。もう問題ない」
「そう?無理しないでね」
結局、話を合わせる方を選んでしまった。
遊戯について中に入るも、学校にも何も思い出させるようなことはなさそうだった。
教室に遊戯の友人が数人いるが、どうやら獏良自身も親しかったらしい。
話し掛けられても適当に返事をすると特に疑問を持たれないので、それ程口数が多い方ではなかったのだろうと想像出来た。
注意深く観察していると、自分の周りの状態がある程度分かった。
よく喋るのが城之内と本田という少年で、こちらから話さなくても話が勝手に進んで行った。
二人が中心になっているのかと思えばそうでもないらしい。
遊戯が話の中心にいるようだった。
我が強いタイプでもないのに不思議な光景だ。
自分がその輪の中にいたのだと思うと変な気分がする。
ここは本当に自分の居場所だった?
会話に加わっているのに疎外されている
見えない壁があって、スポットライトが自分だけ当たっていないような感覚。
眩暈のようなものを感じ、一時的に席を外すことにした。
トイレで顔を洗ってみるがすっきり出来るわけもなく、これが現実だということを思い知らされる。
夢だったらいいのに。ここで目が覚めて何事なく元の自分に戻れたら……。
ぼーっと鏡を見つめていると、おかしな現象に気づいた。
鏡に映る自分の後ろに、誰かが立っているのが見えたのだ。
それに気づいた途端、ぎょっと獏良は身を竦めた。
入った時には誰もいないことは確認済みだし、今までにも気配は感じなかった。
誰もいないはずなのに。
後ろの人物は背後に立ったまま獏良を見つめ続ける。
声を掛けることを出来ずに、凝視するしかない。
更に驚くことにそれは獏良と瓜二つの姿をしていた。
鏡の中にもう一つ鏡像が映り込んでいるようだ。
驚きを隠せない獏良と違い、もう一人の獏良は冷静な顔をしている。
ガラス玉のように透き通った瞳に、息を飲むほどの端正な顔立ち。
確かに同じ顔をしているのに、表情によって別人に見える。 不思議な光景だ。
一見無表情に見えるが、何か獏良に訴えかけているように感じる。
「……な、んだ?」
パサパサに乾いた口で何とか問い掛けた。
同時にその姿がスッと消えてしまう。
思わず後ろを振り返るが、そこには何もなかった。
自分の心臓の音がどくどくとうるさい位に鳴り響いた。
気づくと胸にかかっているリングをぎゅっと握っていた。
頭がどうかしてしまったのだろうか。
大人しく病院へ行って診てもらった方がいいかもしれない。
ふらふらと廊下を歩いていると、前方から遊戯がやって来た。
「獏良くん、やっぱり具合悪いんじゃない?顔色悪いよ」
「大丈夫……」
獏良の見え透いた嘘に、心配げに遊戯が近づく。
チャリ
遊戯の胸元の飾りの鎖が鳴った。
獏良の目がそれに釘付けになる。
金色に輝く逆ピラミッド型。
形は違えど、獏良の持つリングとどことなく雰囲気が似ていた。
「それ……」
「千年パズル?どうかした?」
千年パズルは獏良の頭に何かを訴えかけているような気がした。
「なんでもない」
わんわんと頭の中で何かが叫んでいる。
お前は誰なんだ?
仲良くしようぜ、宿主サマ
そんな事を僕は望んじゃいなかった
「……やっぱり、ちょっと保健室へ行ってくるね」
今度は柔らかい微笑みを作った。
付き添いを丁重に断り、一人で屋上に向かった。
保健室へ行く気などさらさらなく、一人になれる場所が欲しかった。
希望通りに屋上には誰もいなかった。
昼が過ぎて日が陰り、優しく風が吹いている。
「どういうことだ?」
何処へともなく問い掛けをする。
「ふざけるにもほどがあるだろう」
再びその場にもう一人の姿が現れた。
今度は悲しげな表情を見せていた。
「僕がバカだったんだ」
そう言って俯く姿に、バクラは溜息をつく。
記憶は全て戻っていた。
自分の記憶が一時的になくなってしまったこと。それは獏良が悪いわけではない。
千年リングに依存する形でしか存在出来ないバクラにとって手痛いミスだった。
怨念と混在している以上は自分の存在がぶれてしまうのは避けられない。
何千年もの間、精神を摩耗しながらもそこに有り続けられたのは、自分という存在を見失わなかったからである。
今回は自分の気の緩みが起こしたことと納得はしていた。
しかし、バクラの精神内部で起こっていることと、宿主である獏良は無関係のはずだった。
むしろバクラの気が弱まれば、それだけ獏良が解放されるのだから悪い話ではない。
身体の主導権を取り返すことだって容易に出来たはず。
「お前は覚えてないかもしれないけど、凄くうなされてたんだよ」
それから、つっかえつっかえにその時の状況を獏良は話し始めた。
何かの記憶のようなものが流れ込んできたこと。
それを理解は出来なかったが、とても直視出来ないものだということは分かった。
夢か幻でも見た気がした。
「それで目が覚めたら、お前の気配が感じられなくて……。
深いところまで探ってみたけどやっぱり分からなくて。もうこのまま戻って来ないのかなって思った」
バクラは舌打ちをした。
自分の失態にも腹が立ったが、無関係の事を気にする獏良に言いようもない苛立ちを覚えた。
獏良はずっと目を伏せたままだ。
「別にそのままでも良かったんじゃねえの?」
言わなくてもいい言葉が思わず口をついて出てしまった。
あまりにも苛々してしまったから。
自分のことだけを考えていればいいのに。
余計なことに首を突っ込む必要はないのだから。
「そうだね」
その返答ははっきりとした音調の肯定の言葉だった。
二人の間に緩やかな風が吹いた。
二人とも口を利かない。
痺れを切らしたのはバクラの方だった。
「それで?……それでお優しい宿主様はオレ様に席を譲って下さったと?」
ぎゅっと獏良は目をつぶった。
「……違」
「甘ぇんだよ!それでどうかなるのかと思ったのかよ!」
バクラの怒号に獏良の肩がすくまる。
「思ってなかった……。ただそうした方が良いのかなって。全部忘れられれば楽なのかなってずっと見てた。でも、お前の為にも僕の為にもならないって分かった。ううん、本当は分かってたんだ。こんなのは僕の理想……我が儘でしかないよね。本当、馬鹿なことした」
獏良は顔を上げて澄んだ瞳でバクラを見つめた。
愚かだと思う。
結局この身体も居場所も全部獏良のものなのだから誰にも譲ることは出来ない。
第一、バクラ自身が忘れることなんて望んでなかった。
でも、その愚かさが今は愛しかった。
「馬鹿だな、お前は」
意識が一瞬途切れたと思うと、次には獏良の心は自分の身体に収まっていた。
ゆっくりと手の平を握ったり閉じたり繰り返し、身体の感覚を取り戻す。
「お前は余計なことを心配しなくていい。オレの居場所は自分で決める」
バクラの意識が闇に沈んでいく瞬間に、ぽつりと獏良の耳に声が届いた。
「今のところはお前の中で我慢してやる」
バクラは心の深層に降り立つと、壁にもたれ掛かるようにして座り込んだ。
何もない殺風景な部屋。
無機質な床と壁。
それなのに、じんわりと暖かい。
まるで外側から包み込まれているような感覚。
それをより感じるためにバクラはゆっくりと目を閉じた。
---------------------
入れ替わりネタなのですが、バク獏だとちょっと違った感じになりますね。